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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十五話 深夜、点いた灯り

第二十五話です。今回も辛い話が続きます。18歳未満の方にはあまりお勧めできない内容となっておりますのでご注意を。


 雨はすっかり鳴りを潜め、暗がりに浮かぶのは小さな灯りが二つだけ。星の見えない曇り空、少し冷える風が肌を撫でる。

 書殿を後に、五人は再び二つに分かれた。情報の共有を済ませ、再び例の小さな家へと足を運んだ龍馬とマクベル。既に死体は運ばれ、現場に残るのは悲劇の跡。すぐに取り壊されるであろうそこで、出来るだけ情報を得ようと物色する。


酒の空き瓶、腐った食料は一つにまとめられ、ゴミの無くなった狭い床には生々しく飛び散った血痕だけが残る。糸のほつれた子供用の服、木造りの玩具はバラバラに破片を播いていた。

 明日から本格的に処分が始まるだろう、捨てられた子供の家からはもう魂の名残は消えていた。今夜が最後、逃せば混沌の正体からはまた一つ遠のいてしまうだろう。


 「親は何処にいるのだろうな、少なくとも彼女が死んだことは知らないのだろう。」

 「野垂れ死んでいるといいなあ、今ものうのう生きているとは思いたくねえぜ。」

 スラムより少し離れた場所ではあるが、ここはまだ治安の悪い住宅街。自分の子を棄てた人格破綻者が今も幸せに生きているとは考えられない。


 二手に分かれ中を探る。狭いが物の多い中は誇りまみれで、時折見える食べ物の欠片に虫が集っている。

 鼻を摘まんだマクベルは、いくら探そうと何も出てこないことに汗を拭う。

 「なあ…」

 半刻ほど経っただろうか、背中に龍馬が声をかける。彼は埃のついた指を見せ、首を傾げていた。

 「床にも椅子にも、壊れた卓にも埃が積もっていた。当然だと思って何も疑問は無かったんだが、ここ。おかしいだろ?」

 彼が指した先にあるのは、最初に来た時には倒れていた空っぽな本棚だ。中を覗いたマクベルが目を見開いた。


 「…っ!」

 埃の積もり方だ。倒れていたとはいえ、こびり付いてとれない埃が残るはず。それがまるでつい最近まで本が入れられていたような、そして強引に抜き取られたような。本が入っていたはずだと、如実に語るその跡。最初から少しだけ違和感があったのだ、何故中身の無い本棚が存在し倒されてるのか。あの時気が付けば良かったのだ、この僅かな犯人の足跡に。


 「本を持ち去った、?何故だ、何が目的で…」

 脳を必死に稼働させる。人食いの化け物が何を思って大量の本を持ち去ったのか、生まれたばかりの怪物が食事の後に文字を求めた意味を必死に考える。


 「これもだ。見ろマクベル、読めるか?」

 龍馬が摘まんでいるのは薄汚れたハンカチだ。模様から子供の物と思われる、隅には小さく刺繍が施されている。【ジョン】、ありふれた優しい子の名前だった。ありきたりと言えば角が立つだろうか、しかしどこでも耳にする名前。ただそれが当てはまるのは男児の場合だ。


 「いやしかし君が…違う、長い髪の毛はあの子のものじゃあ無い。犯人、つまり混沌の落とした少ない証拠なんだ。」

 被害者は男児、そして犯人は女。あるいは髪の長い男に絞られる。そして、同じ混沌の黒の君が言っていた生まれたばかりだと言う情報。

 「分かったぞ龍馬。赤子は食欲を満たすためジョンを喰らい、知識欲を満たすために本を奪い去った。」

 「もう一つ、分かるかこの匂い…」

 龍馬の言葉に、二・三度鼻を鳴らす。スンスンと、ごく僅かかろうじて分かる花の匂い。


 「どこかで嗅いだ、思い出せ。僕はこの匂いを知っているはずだ…っ!」

 とても最近に記憶のある香りだった。こんな時に興味の無いことすぐに消してしまう自分の脳を恨む。なんの花かさえ分かればと、頭を抱えたマクベルの肩を叩く。


 「心当たりがある。」

 そう言ったリョウマの顔はとても恐ろしい。その細められた目に喉を鳴らした。


 

 「ま、待ってくれ!今の話僕は受け入れることが出来ないよ!」

 家を出ようとした龍馬を呼び止め叫ぶ。彼の口から出た衝撃の言葉、憶測であろうと聞き入れ納得することが出来なかった。

 「命がかかっているんだぞ、僅かな可能性でも探るべきだ!何処だ彼女の家は、()()()()の家は何処なんだ。」

 

 家の中に残った花の匂い、それは瑠璃花の香りだった。思い出した、最近嗅いだというのはリーシェの匂い。しかし、考えたくもない。マクベルは認めたくなかったのだ。何故ならそれが本当ならば、彼女はもう。


 思考を止めたかった。昼間本屋に入る彼女を見た事、文字を読めない彼女が大量の本を手に抱えていたこと、ぶつかりすれ違った時の反応、まるで別人のようなあの子の行動。そして残された長い髪の毛。


 「ははは…っ。」

 自嘲気味に乾いた笑いが漏れる。よくもまあ速く回転する頭だ、結論を求めれば彼女の存在が一番近い。

 「マクベル、何処だ。」

 両肩を掴んだ彼に揺さぶられる。我に返り、覚悟を決めた。願うのは彼女が無事であること。

 「…ついて来てくれ。」

 踏み出した、背中の汗が乾いて冷たい。風の通り抜ける細道を二人は走った。



 覚えのある道を通り過ぎる。昼間は人の多い中央通りも、今は息の音も聞こえない。住宅街を少し行き、ポツリと建った一軒家。灯りの無い、生い茂る草が覆った普通の家。

 「ここだと聞いた。」

 依然孤児院の老婆に聞いたというリーシェの家。外から覗くがまったくの気配の無い。家族構成は彼女に加えて両親の三人。時刻は深夜、寝ているとはいえ静かすぎる。


 不用心にも鍵は開いていた。軋む扉を開き中へと入る。何度か呼びかけるも返事がない。龍馬だけが入った時に気が付いていた、この家には誰もいない事を。

 部屋の扉を開けようとするマクベルを思わず止める。彼は訝し気な顔を見せ、構わずに取っ手をひねる。


 月夜が窓から入り、薄暗い室内はとても静かで荒らされた形跡などは見えない。ギシギシと足を踏み出す度に鳴る床。男が二人、無断で立ち入っているというのに誰も出て来る気配が無い。


 「マク、」

 「そうだ!彼女は時折孤児院で寝泊まりをするんだ、今夜もそうに違い無い。リョウマ、そうだろう?」

 言葉を紡がせまいと早口の彼の目は、同意を懇願するように揺れていた。両親の影さえ無いことも、より強く香る瑠璃花の匂いも、気が付かないふりを続けていた。


 リーシェの家と孤児院は近い場所に在った。数分歩いた少し先、深夜だというのに灯りの点いたままの教会の門扉を叩く。焦りからか何度も何度も次第に強く、呼ぶ声は次第に大きくなっていった。

 「入るぞ!」

 嫌な予感が頭を過り、鍵のかかった扉をけ破る。


 シン、と重い静けさに覆われた中には小さな二つの足音だけが不気味に反響する。警戒の中声を潜めて慎重に探る。


 【土足厳禁!】と可愛い文字で書かれた木の板が踏み砕かれ、泥でつけられた足跡が廊下に続く。それを追うとそこは子供たちが安眠しているだろう寝室が。四つ全ての部屋に足跡が残り、一番奥の部屋からは何かを引きずったためか、足跡が少し掠れて乾いていた。


 「マクベル!」

 手で制した、これ以上先には一人で行くと。龍馬の迫力に気圧された彼は聞こえるほどに喉を鳴らす。手前の部屋、恐る恐ると取ってを捻り押し開く。少しだけ、中の闇を覗こうと顔を近づけた。

 瞬間。噎せ返るほどに強烈な、それでいて酔ってしまうほどに濃い血の臭い。


 べっとりと窓に付いた赤黒い血糊。天井までも飛び散ったそれが部屋中を赤く染めていた。あまりの惨状に目を離せない。生唾を飲み込むことも気持ちが悪く、目を伏せようとも床には一面転がる肉の塊。


 静かに閉じて、マクベルを見る。龍馬の表情で全てを悟ったのだろう、見開いた目ときつく結んだ口元が激しく痙攣している。

 「地獄だ。」

 初めて見た、これがそうなのだろう。もう扉は閉じたというのに鼻の奥にこびり付いた濃厚な血の臭いと、目の奥に焼き付いた悲惨な光景が取れないでいた。 

いつも本当にありがとうございます。もうすこし、あと少し二章は続きますので見てくださると嬉しいです。これからもどうか応援よろしくお願いします。

辛い話を書くのは中々に心苦しいです、しかし全て必要なことと我慢しています。


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