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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十三話 始まりの鐘の音

第二十三話です。こんな夜更けに投稿するなと怒られてしまいそうですが、書き上がってしまったので読んで頂けると嬉しいです。

今回は十八歳未満の読者様にはあまりお勧めできない内容が僅かに入っています。勿論のこと卑猥な内容、というわけではございません。

 緊張の糸は今にも切れそうに張りつめ、重くのしかかる空気にまたかと嫌気が差す謁見の間。

 面を上げ目の前に座る皇帝の顔は、つい数時間前とは違い苦虫を嚙み潰したような渋い顔をしていた。


 「当然の呼び出し、休息を破ることを謝罪しよう。しかし協力が必要だ。」

 重々しい雰囲気の中切り出した皇帝ゼアリスの言葉を黙って聞く。彼女の隣にはやはりビンと呼ばれる騎士が佇み、不気味な単眼の紋が虚空を見詰めている。


 たっぷりの沈黙、体内で二分ほどが過ぎていた。言い渋る彼女は眉間に皺を寄せ、手足を何度も組み直す。

 やっと開かれた口からは大きなため息と共に衝撃の内容が告げられた。


 「第二の混沌だ、それもおそらくは帝都内。」

 混沌を探しに来た自分達にとって朗報だ、とはとてもじゃあないが言えなかった。一つでさえ手に余るそれがこの帝都に二つ潜んでいる恐ろしさ、膝をついた桜とレティシアは慄いて言葉を発することが出来なかった。


 「確かな情報だ、既に街には兵を放っている。」

 「ま、待ってください!二体目、?私たちはまだ一体目の観測も済んでいません、それを…!」

 レティシアが皇帝に叫ぶ、それをしたところでどうにもならないことなど彼女が一番分かっていた。しかし止めることなく溢れた気持ちを抑えることが出来なかった。

 

 「し、失礼しました。」

 レティシアの悲痛の言葉を受けて尚、皇帝は何も言わずジッと見つめていた。肘を突き、此方を向いたその引き込まれそうな紅眼が光る。

 レティシアは自分のしたことを思い直し、背筋に垂れる冷や汗に焦りが募る。相手は()()女帝。いくら自分が一国の姫であろうと、ここでは彼女が絶対だ。


 「…構わんさ。」

 微笑で返す皇帝はゆったりと足を組みなおした。レティシアの悲痛な叫びも届かない。


 

 皇帝ゼアリス・グリード・ガヴェインは混沌の存在を知っていた。それはもちろんのこと、そしてそのことは帝国内に留めておくつもりであったのだ。しかし、何処からか情報が洩れ、現在こうして調査するための使者が後を絶たない。


 何故ここまで危険な混沌を隠そうとするのか。帝国に出現した一体目が全くの被害を出さない安全な混沌だからというのは、最早理由付けにすぎない。

 力の独占。混沌という人知を超える能力を持った存在を掌握すること、ただそれだけだった。それがたとえどんなに業の深い行いであろうと、彼女の欲は収まらない。


 数ヵ月前、現れた。名を【黒の君】。引きつる笑いと悪寒、身体の震えを止めることが叶わない。ゆらり立つ顔を闇で覆い、その中で光る瞳が肌に刺さる。ぞくぞくと恐怖が、しかしそれよりも大きな喜びが止まらない。

 死を予知するという、人の域から足を踏み外した存在。是が非でも自分の手に納めたい、その欲がどれだけ罪深いことであろうと。


 信頼できる人物に監視を任せた混沌の隠匿、絶対に失敗すると言われたそれは今になっても被害の一つもない。結果本好きの人間に似た何かが出来上がっただけ、成功とは言えないが一先ずの安心を得て終わった。


 そして現在、皇帝の頭の中には悪魔が存在していた。目の前で自分に膝まづき、嘆いた少女の言葉もゼアリスには届かない。耳元で囁かれる、「混沌を我が物に!」



 「く、はは…愉しいなあ友よ。」

 王女とサクラの二人には混沌探しの要請を出し、謁見の間には皇帝と護衛騎士の二人だけ。

 二体目が出たとあの男から聞いた時はどうなるかと、恐怖が湧いて来た。しかし、今彼女の心を占める感情は狂気的な興奮と熱烈な喜びだった。


 もうすぐだ。

 魔紅玉のはめられた杖を突き立ち上がる。

 ドンッ

 静かに響く杖の音、後ろに続く単眼の戦士。


 「行くぞ、ビン…血の時代が始まる。」

 轟音と共に扉が閉じられた。

 開戦の時は近い。




 細い路地を抜け、()()が帰って来た。空の明るさは同じだというのに、軽く晴れた気持ちが心地よい。まばらに流れる人粒がスラムの方から来た二人を一瞥し、皆フードを深く被り足早に駆け抜けていく。帝都西、治安も良いとは言えないここは寂し気な空気に覆われていた。


 「ふう…しかし、いやあ驚いた。」

 小さな声でそう呟く。情報屋ベッケンハックの酒場、それについ先ほどの襲撃、どちらも目を疑うほどの光景だった。スラム内では気持ちが張りつめていたため受け入れることが出来ていたが、今になって鳥肌が立つ。

 混沌の気配を感じ取ったことから、ただものではないと思っていたが予想以上。マクベルは自然に上がる口角を抑え、隣で疑問符を浮かべるリョウマを背中を押した。


 「急ごう。情報によればこの先すぐ、スラム以外での犠牲者の家がある。」

 ベッケンハックはとても有用な情報を落としてくれた。スラムでは相変わらず行方不明者が増えているという中。つい先日、西住宅街で初の被害が出たという。現場は小さく隠れるように建った家。育児放棄され一人で住んでいた、まだ幼い子供だったという。

 最近である、ということに加え被害者に関係するものが極端に少ないためか、この一件を知る者はごく少ない。


 外見は何の変哲もない家だ。ただ貧しさを露わにした壁の罅は大きく、窓は割れ扉が少し朽ちている。

 窓から中を覗くが生の気配は無い。臭いは酷く、生ゴミに微かな血の臭いが混じる。


 「マクベル…」

 「ああ、これは酷いな。」

 中は暗く、人の住んでいたとは思えないほどに汚れていた。思わず口と鼻を抑えた二人が家に踏み入れ、最初に飛び込んできたのは言葉に出来ない程のもの。椅子も卓も粉々に砕け、棚の中身も全て無い。


 「一週間、いや三日も経っていないなあこの様子じゃあ。損壊も激しい、これは…」

 性別の判断も出来ないほど。可哀そうに、顔さえない。

 「ああ。ただの殺しじゃあ無いな。断定は出来ねえが、これは唾液だ。」

 龍馬が指した地面に光る透明な液体。明らかに血液とは異なるそれが示す、捕食の跡。


 「人食い…混沌は子供を喰らうのか?」

 さあ、と首を傾げた龍馬。彼が手にしたのは一本の長い髪の毛、この子は女の子だったのだろう。

 中の壁には必死な抵抗の跡。手も足も残っていない、彼女の亡骸は酷く荒らされている。


 マクベルは、自分と本以外に興味が湧かなかった。共感なんてちっともだ。しかし、立ち上がった彼は手を握りしめ、ギリッと噛み締めた歯が鳴る。

 「許す、許さない。僕にそんな権限は無いだが!だがリョウマ。僕は今猛烈に、腹が立っている。腸が沸騰する音が脳で止まらないんだ、こうして吐く言葉一つ一つもこんなに激情の波に揺れている…っ!」

 静かな、そして激しい怒り。自分の感情が渦を巻いて、身体の中を駆け巡るのは初めてだった。

 

 「待っていてくれ、君。必ず僕とリョウマが、無念と哀しみを晴らすと約束しよう。だから少し、あと少しだけ待っていてくれ…っ。」

 消え入るように、そして祈るような優しい言葉。少女の身体に毛布を掛け、二人は後を去った。



 「ご協力に感謝を…」

 騎士への報告も終わり、二人は小屋を出る。雨の勢いは収まって、やや小降りとなった空の下を行く。何件か有力と思われる人物への聞き込みを済ませたが、これといって新しい情報は無かった。そんな夕方。


 「やあ。」

 ばったりと出くわしたのはつい数時間前、遠くから目にした少女。胸に抱える袋にはぎっしりと本が詰まっている。

 「どうも、失礼を。」

 そう言って去って行く少女をマクベルは黙って見送った。


 「やはり僕は嫌われているようだ。」

 「そうか?今のはどっちかというと知らない人間と出くわしたような感じだったが。」

 ぶつかった彼女はしっかりと二人に目を合わせ、一例の後に去っていった。嫌いであるのならばもっと相応しい態度があるはず。


 「それは…僕が覚えていられないほどに薄い人間だと?彼女、リーシェというのだがいつもああしてすました顔をしているんだ。…しかしいつの間に文字が読めるように。」

 「まあ、子供は吸収能力の達人だ。三日もすれば別人だよ、あの子は女子だが。」

 なんてくだらないことを考えながら、龍馬とマクベルは書殿への帰路に就いた。

 ふと、後ろを振り返った龍馬。どうした、というマクベルの声ですぐに向き直る。


 「いい匂いがしたんだ、どこかで嗅いだような…気のせいだ。」

 「なるほど。リョウマは香りへ比較的軽度の執着あり、と。」

 懐から取り出した髪に何やら謂われ無い事実が追加されようとしているのを見て、マクベルを小突く。

 日も傾いて来た。二人は道を急ぐ。

 避けようのない運命に足を踏み入れた。哀しみの連鎖が音を上げ、ゆっくりと。

いつも見て頂きありがとうございます。もうすでに時刻は…と考えたくないですね。白目であとがきを書いております。苦しいわけではないです。ブックマークして下さる方々が増えてきたことによる喜びです。

本当に見てくださるだけでも嬉しいですので、休憩時間にでもこの駄文を読んでいってくださいな。できれば応援も、と。

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