第二十二話 影の尻尾
第二十二話です。最近見てくださる方が増えているのがとても、とてもとても嬉しいです。
この喜びを皆様に分かってもらうためにいろいろ考えましたけどなんて言うのが正しいのか…リスが隠してすっかり忘れてしまった木の実を偶然掘り当てた、というのはどれほどのどれほどの喜び何ですかね。これはリスに直接聞くしか…しかしリス語はあいにくで、兎なら少しは。
なんてくだらない話をしつつ、言いたいことはとにかくいつも見てくださる皆さまへの感謝です。執筆中相も変わらず私の頭の中では、魔王が子供を攫いに娘を連れて走っているのですが、皆様も是非試してみてくださいな。
三つ目の角を曲がる。どこに行っても纏わりつく湿った空気が煩わしい。
物乞いが地べたに座り、両手を出して呻いている。既にこと切れた子供が横たわり、それを漁る老人。
目をやることなく通り過ぎる。中途半端な慈悲は彼等のためにならない。それに、今は他にやるべきことがある。
「…つけられてるな。」
「なにっ!」
ベッケンハックの所を出てからずっと、二人を尾行する気配が一つ。ギリギリ気が付かない距離を保ってついてくる影、間合いを分かっているところからして相当の手練れだろう。しかし、誤算だったのは対象が龍馬だったこと。僅かな敵意も逃さない龍馬は初めから気が付いていた。
「振り向くな。」
「ああ…」
マクベルにだけ聞こえるように囁く。もうすぐスラムを抜ける、おそらくその前に何か行動するだろう。
速さは変えず、二人は歩く。
あと少し、二つ角を曲がれば街に抜ける道に出る。
影が動いた、角を曲がった二人の前に回り込み姿を現す。
細く背の高い影。顔には黒い布を巻きつけ、全身を覆う服と呼べないぼろ布からは痩せて骨が浮き出た身体が覗く。物乞いかと思われた、しかし腰には剣を差している。
「今はそれどころじゃあ無いんだけどな。」
「恨みはねえが…」
しゃがれた声、低い調子から男だと分かる。目と口だけを覗かせた男が汚く笑った。盗賊だろうか、上玉を見つけたとでも思っているのだろう。しかし龍馬を目の前にして引かないのを見るに相当の使いか、または力量を測れないただの愚か者か。
マクベルを下がらせ、対峙する。少し目を反らした瞬間眼前に迫った男が腰の剣を抜き放った。
路地に輝く刃、連続で放たれる突きを難なく躱す。早いところ決着をつけようと、攻撃に転じる機会を探る。彼女を抜くには狭い道、それを計算してなのだろう男の剣は普通より短く細い。
突きに特化した細剣を夢中で放つ、見れば刃は鋸のようにギザギザに歯がついている。
「防戦一方かあ!?」
そう挑発する男は乾いた唇を舐め、目を見開いて攻撃を繰り出す。どうやらただの追剥ぎ、と言うには腕が立つ。何度も何度も、体制を変えながら上段下段に空気を裂く。剣の腕体捌き共に一流、とは言えないがそこそこ。
男は焦っていた。目的達成のための単なる障害、その考えが見事に打ち砕かれたのだ。
(何故、何故何故当たらない!!何者なんだ…っ!!)
何度突いても掠ることさえしない刃、段々と体力が奪われ動きも遅くなっていく。勢いを失った連撃がついに止まり、敵を目の前にして屈みこんだ。
握力も体力もまだ尽きたわけではない、
「もういいだろう、急いでるんだ。」
斬る必要も感じない。呆れたように息を吐いた龍馬はマクベルを呼び、悠然と男の横を通り過ぎる。
「ま、待てえ!」
そう叫んだ男は疲労した身体を起こし、風を纏って二人の目の前に回り込む。いつもより息が切れるのが早いこと、雨に紛れてしまった尋常でない汗の量、どれも異常なことなのに気が付かない。いや、頭では気づいているのかも知れない。それが目の前で恐ろしい威圧感を放つ龍馬のせいであることを理解はすれど、本能が認めていないのだ。
「ミドの管理人。お前だけはここで、」
「殺す、か?」
雨が、止んだ。いや、今も肩に当たっているはずの水滴を感じないだけだ。ああ、これが本物の殺気なのだろう。俺が今までやっていたのは茶番も茶番、ガキのお遊びにもなりやしねえ。
目も耳も感覚も離せない。今理解した、殺すという言葉の重みに。意気込んで叫ぼうとした、その一瞬で目の前に迫った顔は正に悪魔の微笑みを浮かべていた。
言葉を紡ごうとするが腹を襲う激しい鈍痛に息が出来ない。着いた膝の冷たさにやっと雨が降っていたことを思い出した。
「どうした、呆けてないで行くぞ。」
その言葉に一瞬反応が遅れ、返事をしたつもりが声は出なかった。小走りで彼を追う中先ほどの光景が忘れられない。ベッケンハックの酒場で目にしたことなど、ほんの一端に過ぎないということが身に染みる。
瞬きなどしてはいなかった。男がおそらく僕を殺すと言おうとしたその時にはもう龍馬が肉薄し、彼の腹部に剣の柄を叩きこんでいたのだ。あの男が目の前に回り込んだ時、僕は風かと思ったんだ、それくらい速かった。しかし龍馬はどうだ。ページに穴が開くほど文字を読み焦がしているというのに、彼の強さを表す単語を出しあぐねている。
「は、っはは…」
乾いた笑いは酷く小さかった。雨に消え彼には聞こえていないだろう。恐怖より喜びの強い感情が、冷たい体を温めていった。
「ぐ、うう…」
壁に手を付きながらなんとか目的の場所に辿り着いた。痛みも軽くなった、しかし傷つけられた自尊心とこれからのことを思うと足が重い。
木の扉をゆっくりと開く。中は薄暗く、外と同じ臭いがした。
「しくじったのかい、【ストーカー】。」
「は、話を聞いてくれぇ!!実は、」
耳を掠め背後に刺さった手斧に小さな悲鳴を上げる。暗闇から歩いてくる恐ろしいほどに、静かな怒りを放つ彼女に身が縮こまる。
ここには目標、つまりミドの管理人の首を成功の証として持ってくるつもりだった。彼女の判断は手元に何もないのを見てのことだろう。
ドンッ、と壁に叩きつけられ絞められた首に細い指が食い込んでいく。
「任務失敗。それがどういうことか、分からない愚図じゃあないだろう?」
「が、かっ!っは…」
美しい声で凄まれる。瞳も鼻も口も見れば見るほどに引き込まれてしまう。しかしそんなこと考えることさえ恐れ多い。
手が離され地面に落とされる。大きく息を吸い呼吸を整える。
「はぁはぁ、護衛が、いたんだよ。それも滅茶苦茶に強い奴でさぁ…」
「あの男が護衛?今までに聞いたことが無いね。苦し紛れの嘘、にも見えないけど…」
小さなナイフを眺めながら、女はつまらなそうに彼、ストーカーと呼ばれた男の話を聞く。
「あああ、嘘じゃあない。」
「そ、じゃあ違う奴に引き継がせましょうか。あんたには、」
「ま、待ってくれ!!待ってくれ【ディープ】!!」
ストーカーは必死に彼女の言葉を遮った。彼女はディープ。深遠とは言ったものだ、この女が考えている事を容易に理解する者など存在しないだろう。何を考えているのか分からない、しかし一つだけ知っているのは彼女は必ず任務を達成するということ。それも当然、例外なくだ。
別の奴に回すなんてとんでもない、何故ならそれが自分の死を意味することをよく知っているからだ。任務に失敗し役目が終われば、使えない者として殺される。役立たずに待つのはただ静かな、確実の死のみ。
「もう一度だけ機会をくれ、頼む!」
終わった、彼女にもう一度なんて言葉は通用しない。しかし一縷の望みを賭け懇願する。
「…もう一度、この次は無いわ。」
「ほ、ほほ本当か!ありがとぅ…」
しかし思わぬ返答、突然のことに声が裏返った。安堵の溜息と消え入るような感謝が混じる。
「次。しくじったら、」
ダンッッ
「あんたの頭蓋でお酒なんていいかも。ふふ、いい具合に酔えそうねえ…」
ゴクリ、大きな音で唾を飲み込んだ喉が痛む。首を絞められたからか、それとも。
彼女がナイフを突き立てた、テーブルの上には元情報屋の首がこちらを向いていた。
前書きが長くなってしまったので、簡潔に。
いつも本当に応援ありがとうございます。毎日投稿、出来れば続けたいんですけどねえ。すみません。なるだけ二日あけることはしないようにしますので、見てくださる方々のおかげで私がいますのでどうか。
これからも応援よろしくお願いします。新しくブックマーク、並びに評価して下さった方々もほんとうにありがとうございます。結局長くなってしまいました。