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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十一話 払う犠牲

第二十一話です。最近投稿が遅い時間になってしまいすみません。一日空いてしまいましたが、見てくださると嬉しいです。開いてくださりありがとうございます。

どんどんと、重くなっていく話が続きます。この先長くなりますが、どうか見てください。

 「陛下、陛下!お連れいたしました!」

 重い扉が音を立てて開かれた謁見の間、相変わらず玉座に座る皇帝と傍にいる騎士の二人だけ。先ほどと違うのは、皇帝の顔から一切の笑みが消えていること。


 「至急の用だ、例は不要。つい先ほどは入った情報をお前達にも伝える。」

 重く険しい顔をした彼女の言葉を待つ。緊急事態だと、彼女の表情が叫んでいた。

 「混沌の出現が観測された、それもかなり近く。おそらく帝都の中だろう。」

 「なっっ!!」

 帝国内部での第二の混沌の出現、それは絶望以外の何ものでも無かった。言葉に詰まる、当たり前だろう。今現在帝国に潜む混沌の被害は一つとして無い、しかし新たな存在が犠牲を出さない可能性など限りなく低いのだ。存在自体が邪悪な混沌、今までを見れば死人の無い方が異常なのだ。


 「誠なのですか!?」

 「ああ、紛れもない事実だ。」

 情報元、彼は嘘を言うような人間ではない。しかし今回ばかりは嘘であって欲しかった。誕生したばかりとはいえ、もう既に死者が出ているやも知れない。一刻も早く討伐せねば、帝国の未来が危うい。


 「既にいくつかの隊が動いている。しかし混乱は避けたい、そこでだ。そなた達にも協力を仰ぎたい。」

 「もちろんです陛下、少しでも早く討伐を!」

 皇帝の要請に二つ返事の王女が桜とベルフィーナを連れ城を後にした。雨の中、少ない人混みに話を聞く。しかし時期が早すぎたか、誰一人確かな情報を持っていなかった。

 犠牲は出したくない、しかし死人が出なければ手がかりさえ見つからないこのジレンマに苦しめられる。

 もしかしたら犠牲なんて出ないんじゃあないか、一体目と同じく温和な個体なのかもしれない、そんな甘い考えが脳を過る。


 「もし、そこのお方。何か変わったことはありませんか。」

 混沌が何処にいるか、なんて直球に聞くわけにはいかない。精一杯にはぐらかし、異変を探る。しかし帰ってくる答えは芳しくない。


 堂々巡りに進まない、いくら聞き込みをしても僅かな目撃情報も無い。時間だけが刻々と過ぎていく。募る焦りに拍車をかけるように雨だけが強く降り続く。

 「僅かでも目撃情報があれば…」

 必死に街中を駆け回る三人。

 しかし願いは叶わない。雨が止み、日が暮れようと一切の情報を得ることは出来なかった。




 「話は済ませた。僕たちも行くとしよう。」

 王城へと向かった二人、皇帝へ混沌の誕生を伝えようとしたところ謁見が許されたのはマクベル一人だった。雨の中門前で待たされた龍馬はやっと帰って来たマクベルを迎える。肩の水滴を払いながら、彼の報告を聞く。


 「皇帝は話を聞いてくれたのか?」

 「ああ、問題ない。調査隊の編成を急ぐとのことだ。」

 一般人の妄言とあしらわれると思っていた龍馬は驚く。ミドの書殿の管理人として、どうやら皇帝へのつながりがあるというのは本当のようだ。横を歩く彼に目をやった。不思議な男だ、掴みどころのない性格に国宝とも言う本等の管理を任されるほどの重要人物。この男はいったい何者なのか。


 「どうした?」

 見詰めていたことに気が付いた彼が怪訝そうに顔を覗く。なんでもないと流した龍馬、当てもなく街を歩く二人はこれからどうするか決めあぐねていた。しらみつぶしに街中を聞いて回るのもいいが、それでは時間がかかりすぎる。そういったことは調査隊の物量に任せ、少しでも可能性の高い場所を探すべきだ。


 「時間が時間だ、黒の君が言うに感じることができるのは完全に自我をもってからだという。詳しくその期間は知らないが、早くとも一週間、場合によってはもっともだ。もう既に数人犠牲があってもおかしくない。」

 「なに?出現したのを感じ取ったんじゃあないのか!」

 聞いていなかった話に苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべる。一週間じゃあ犠牲が出てもおかしくない。いや、混沌だというのなら隠れていても情報が上がってくるはず。公になっていないというところにヒントがあるかもしれない。


 「人間が一人いなくなっても誰も騒がない場所…」

 二人は顔を見合わせある結論にたどり着いた。帝都とは言え貧富の差は拭いきれない現状、ひっそりと町はずれに存在する。そこは誰か一人死のうと日常茶飯事、明るい日常に隠れた暗黒の部分。


 「スラムだ!」

 声が揃った。まだ騒がれていないのならば死者はスラム街から出ている可能性が高い。帝都の中、西の門から少しいったところの塀際に存在する小さな街。そこでは軽い罪はもちろん殺人なども横行する。

 二人は急ぎ走った。いくらスラムであろうと命は尊い、これ以上の被害を食い止めるため。


 ふと、マクベルの足が止まった。雨の中佇んだ彼の視線を追う。その先には一人の少女がフードも被らずに歩いている。どこかの店に入ったようですぐに姿は見えなくなったが、今なおマクベルは見詰めていた。

 「彼女は、リーシェだ。たまに孤児院に顔を出す、子供たちにも好かれるいい子なんだ。」

 「お前と同じだな。」

 「ああ…」

 彼にしては、誰かに興味を持つなど珍しいことだった。なぜ目が留まったのか、彼の頭に巡る考えに彼でさえ疑問を浮かべていた。


 「偶に僕と被ることがあってね、その時少しだけ話をしたんだ。貧しい出でね、彼女は文字を勉強しているらしかった。…あそこは本屋だ、僕も児童書を調達することがある。……いや考えすぎか、行こうか。」

 何か思うことがあったのだろうか、しかし今は優先すべきことがある。再び西へと急ぎ走った。


 

 「すごいな…」

 腐臭というか、ごみの溜まった臭いに包まれる。目を反らしてしまうほどは無い、しかし確かに捨てられた街という雰囲気が醸し出されたそこはスラム街。

 地べたに座る老人、ごみを漁るやせ細った子供。その眼は血走って、二人を見詰める眼光は獣のように鋭い。静かに道を行く、この先どうやらマクベルの知り合いがいるらしい。


 「ここだ。」

 朽ちた看板がかかる家を指さした。小さい、しかし他よりはましな造りをした建物。扉を開けて中に入る。酒場、だったようだ。今は営業していない、手入れもされず卓や椅子が散乱する中は光も灯らず暗い。


 「おやぁ、久しい顔が見えた。…あんたに連れとは珍しい。」

 奥から出て来たのは小汚い恰好に身を包む小さな男、キシキシと不気味に笑う男は身を屈めて手を揉んだ。口から見える少ない歯は鋭く尖って、細い舌を覗かせる。


 「ベッケンハック、情報を買いに来た。」

 それが男の名前なのだろう。マクベルは卓の上に小さな布袋を置く。ドサッと言う音から中身がぎっしり詰まっているのが分かる。ベッケンハックが袋を開いて中を見た、大きな口を歪ませて笑う。


 「キヒヒ、太っ腹だねえ。余程の事と見た。力になってやるがその前に…」

 懐に布袋を入れたベッケンハック、出した手には何か光る者が。

 ヒュッと空気を切る音が鳴った、龍馬の目の前に飛来する小さな刃。的確に目を狙われた小さなナイフを難なく摘まむ龍馬、涼しい顔をして受け止める。


 「なっ!何をするベッケンハック!彼は僕の連れだぞ!」

 「よそ者を簡単に受け入れるほど、おいらは落ちぶれてないんでね。あんたがいくら信用しようがおいらにとってこいつは邪魔なんでい!」

 予備動作なく飛びついたベッケンハック、ボロボロのローブから取り出した獲物は二振りの手斧。明確な殺意が宿る一撃が龍馬に迫る。


 「キヒヒィ!!!」

 大振りが交差する。しかしそれが当たることなど、ありえなかった。次の瞬間にはその小さな体が奥の壁に叩きつけられる。

 パンッッという音が鳴る、手からこぼれた二つの斧が床に刺さった。


 「リョウマ、大丈夫か!」

 「ああ。」

 マクベルがこれでもかというほどに驚いて心配してくる。もうだめかと思っていたのか安堵の息を吐いた。実際これが初めてだった、龍馬と出会って彼の実力を目にするのは。

 ガラガラとベッケンハックが立ち上がる。腹を抑えた彼が悔しそうに歯噛みした。


 「ナイフが効かなかった時に理解するべきだったなぁ、ベッケンハックとやら。」

 龍馬が笑顔を浮かべた。隣でマクベル感じたのは獣のような凶暴性。ゾクゾクと彼の身体を走る悪寒。

 (こ、これほどとは…っ!)

 風貌から力を持っているとは思っていた、しかしあまりに想像を超える恐ろしさに身体を震わせる。


 「やめとけよ。」

 ユラユラと立ち上がったベッケンハックの顔にはまだ闘志が残っていた。龍馬は忠告する。

 「おいらは情報屋だ、あまり多くに知られると厄介でねえ…マクベルの旦那には悪いが、死んでもらうぜえ?キヒヒ、ヒャアア!!」

 手斧を一つ、両手で握り向かってくる。剥きだした歯が薄暗い室内で光った。


 クンッと、僅かに見せた彼女の姿。瞬間当たりを包むのは重苦しく身体にのしかかった殺気。戦いに身を置いたベッケンハックはもちろん、疎いマクベルさえ感じ震えた恐怖。

 飛びついた彼はもう遅い、引くことの出来ない状況に顔には絶望が覗く。


 キンッと高く短い音の後、龍馬の背後の壁に激突したベッケンハック。開いた口が塞がらない彼が、持った手斧を掲げる、刃が崩れ落ちた。あの一瞬、斧の首を正確に落とす技量。ベッケンハックは両手を上げ降伏の意を示す。殺されなかったこと、ただただそれに感謝した。


 「はぁはぁ。そ、それを仕舞ってくれ…っ!!」

 悲鳴に似た声を上げたのはマクベルだった。壁に張り付いて少しでも距離をとろうとした彼が見るのは、少しだけ姿を見せた【灰屍】。冷や汗さえ引っ込むほどの威圧に、心底恐れを浮かべている。

 彼女の殺気に中てられたマクベル。抜けた腰をガクガクと震わせて、まるで怪物を見るかのような眼で龍馬を見る。


 「はぁ、ふぅ…びっくりしたよまったく。大丈夫かいベッケンハック。」

 龍馬が納刀し、動けるようになるまで数十秒。立ち上がったマクベルがベッケンハックの手を掴む。呆けている彼を強引に立たせ、椅子に座らせた。


 「はっ!…参った参った!おいらの負けだ!」

 「それはもういい。僕の話を聞いてくれ。」

 我を取り戻したベッケンハックと話し始める。

 混沌のことは伏せ、彼が知る限りの情報を貰う。


 一刻ほどの時間が過ぎた。やはりスラム街では一週間ほど前から人が消えているらしい。どれも無差別に、規則性のない人選。既に二桁に昇る人間の消失にベッケンハックも困惑していた。


 「原因は分からねえが、なんだかやばそうだぜ?こっちの旦那は別としてマクベルの旦那、あんたは手を引いた方がいい。」

 龍馬が怖いのか、指だけを向けた彼の言葉を飲むわけにはいかなかった。このまま、自分だけが退くことなど出来ない。

 「そうか、ありがとう。もう行くよ。」

 椅子を引き、立ち上がった二人が酒場を後にする。


 「気いつけなあ。ここはあんた等に優しくねえぞ。」

 「知ったことだ。」

 見送りに手を挙げた。暗い道を進んで行く。飢えた野生の眼光が、あちこちで光り二人を睨む。

 淀んだ空気だ絡みつき、背後で暗い影が動いた。

いつも見て頂きありがとうございます。着実に進む物語、私は今日も笑顔で筆を進めます。皆様のおかげです。見てくださるという事実だけでご飯を食べることが出来ています。

本当にありがとうございます。

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[一言] 龍馬強い!
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