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混沌に染まる  作者: 式 神楽
第二章 本の虫
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第二十話 赤子

第二十話です。昨日上げるつもりでしたがきりの良い時間に投稿することに決めました。いつも執筆するさいに、シューベルトの魔王を聞いています。自分が悪役になったような、魔王のような雰囲気を纏いながら書いています。

なんて世間話はそろそろ、楽しんで頂ければ幸いです。章の起の部分ですので退屈かもしれませんが読んで頂けると嬉しいです。

 鋭く尖った岩肌に、暗く湿って淀んだ洞窟。鉱石が淡く光り、染み出した水滴が静かに石を穿つ。


 ココ、ハ。

 意識の生まれ、初めて知ったのは小石の感触だった。撫でる手も、味わう舌も無い。それどころか、目も耳も、頭、胴体さえ無い。

 自分が一体何者なのか、何故ここに、何のため…


 ズルズルと黒い塊が這いずり息をする。残留する重い闇が沸々と地面を溶かしていく。光と熱を頼りに、黒塊が洞窟から這い出した。


 ツメタイ

 全身を濡らす水の音がうるさく響いて動きを鈍らせる。必死に熱を求めて蠢く塊は、うっそうと茂る森の中を蠕動する。面白がって小突く獣から逃げながら、雨に濡れる重い身体で駆け抜ける。

 イキテイル、ワタシハイキテイル…ッ!

 醜く黒い、しかし確かな熱と呼吸を持って、芋虫のように進んで行く。


 草をかき分け土を舐める。ドロドロと後を引いた闇を置き去りに、必死に必死に生を噛み締める。

 森を抜けた、開いた視界に光が差す。なおも目指すは命の熱が灯る場所。



 眼の前に現れた何かに動きを止めた。

 「な、なにっ!!」

 悲鳴を上げた生き物が持っていた何かを手からこぼす。


 命だ、呼吸の波がはっきりと分かる。

 黒の塊は夢中で飛びついた、闇が蠢いて女を覆い隠す。

 「だ、すけ…」

 モゴモゴ音を立てた女に染みていく。闇が一つに溶けていく。


 「あ゛あぁぁ…あ、あ、あ。あめ、だ。雨、冷たい、けど…嫌いじゃあ無い。」

 顔を伝う雨水を舐める。長く伸びた舌で唇を撫で、白い息を吐いた。

 生きている、私は生きている…っ!


 落ちたかごを踏みつぶす、脆い木組みの中からこぼれ出た木の実を齧り喉を潤わせた。

 「私は誰だ、何故ここに、何故生まれ、何故生きている…」

 足を動かし腕を振った。美しい世界を見て、雨の匂いを嗅いでいる。探さねば、追い求めねば。生きる意味を、生まれたわけを。


 混沌は初めて笑顔を浮かべる。そして、熱を求めて歩き出した。




 「馬鹿な、混沌?それもこの帝国に…本当なのか黒の君。」

 「感じたのだよ、新な誕生を、近く私だけが受け取った。ははは、はは。」

 マクベルの問いに、いつになく楽しそうに混沌が笑う。一人だけ嬉しそうに、傍らでマクベルと龍馬の二人は眉間に皺を寄せていた。


 「混沌、実際は災害級の被害が出るんだろう?」

 「ああ、黒の君が異質なだけだよ。持っている能力によるけど、最悪を考えないと。」

 唯一黒の君だけが、死を予知するという非殺傷能力を持った混沌だ。誰に聞いてもその脅威は戦慄するほどの邪悪。今回誕生した個体がなんの力を持っているのか、分かる前に討伐しなければならないのだ。


 「急がねえとだ。近いのならば何時この帝都に来てもおかしくない。場所は分かるか、黒の君。」

 龍馬が訪ねようと黒の君を見るがそこに姿は無い。辺りを探すと呑気に本を選ぼうと屈むのが目に入る。

 「ん、ああ。場所も方角も分からないよ。ただ近い、それだけさ。」

 手に取ってペラペラと紙を捲り始める。脅威が無いためすっかりと忘れていたが、こいつも混沌なのだ。

つまりは同類、たとえ何人死のうと感情に揺れは無いのだろう。

 龍馬は必死に感情を押し殺す、激情は邪魔になると手を握りしめた。


 「マクベル、あんたはここ二。俺は王女にすぐ伝えねえと、」

 そう言って立ち上がった龍馬の手を掴んだマクベルは、テーブルに閉じてあった本を棚に戻した。

 「僕も行こう、皇帝に会いに行くんだろう?力になれる、かもしれない。」

 

 二人は急ぎ、書殿を後にした。残された黒の君。

 「ははは、はははは、ははははははは。」

 感情の無い、まるで揺れない笑い声だけが広い書殿に響いていた。



 カチャカチャとぶつかり軽く鳴った音に目が覚める。薄目に映るベルフィーナの姿に手を伸ばし、肩を掴んだ。

 「殿下、目を覚まされましたか。」

 「ん、ええ…サクラ様は?」

 彼女が目で促したベッドには未だ寝息を上げる聖女様の姿が。少し固まった身体をほぐすように動かすレティシア。椅子から立ち上がり食器を片付ける彼女を手伝う。


 「しかしあれから何も声がかかりませんねえ。」

 椅子で寝落ちしてからどうやら二時間ほどが過ぎていたようだ。唯一意識を保っていたベルフィーナが言うにその間誰も来なかったという。


 束の間の休息、注がれたばかりの紅茶を喉に流し込む。ベッドの上、横たわる少女はまだあどけない寝顔を見せていた。年は十七、自分より一つ下とは思えないほどに幼く見える。艶めいた黒髪を指で梳いてみると、一本一本がサラサラとこぼれていった。


 「どれほど不安であったでしょうか、見知らぬ土地、舞い降りた先では世界を救えと…」

 想像できるだろうか、成人もしてない幼気な少女が拉致まがいに連れてこられて大役を命じられる。不測の事態でもう一人、心の知れた者がついてきたのは今思えば幸いだった。

 ここガヴェイン帝国への旅路でも彼女がリョウマの傍を離れたことは無かった。いくら自分達が気を許そうと、親密になろうと立ちはだかる心の壁は巨大であるのを身に染みて感じた。


 「道中彼女が言っていました、殿下には感謝していると。」

 「感謝、ですか?嫌われているのを覚悟でいましたがそのような…」



 ミルバーナを出て二週間が過ぎた頃。水浴びをしながら吐いた言葉を聞いていた。

 「私、まだ何も出来てません…聖女だって言われて祭りあげられて、期待されて、挙句龍馬まで巻き込んで。なのに私なんの役にも…」

 目から溢れる水滴を隠すように顔を水で流した桜、横に聞くベルフィーナもかける言葉に困惑する。


 「…焦る必要はありませんよ聖女様、混沌の脅威も身近には有りません。それにいざとなればあのリョウマという…」

 そう呟いて、失言だったことに気が付いた。今の言葉では彼女に出来ることは無いと言っているも同義だろう。謝ろと彼女に向いたがそんな事どうでもいいと、聞いていない彼女の目線が何かを見詰めている。先を追う、どうやら自分の身体を、


 「でっっ…か…」

 見開いた目が食い入るように見ているのはベルフィーナの身体の一部、たわわに実った二つの果実に焼き付いた瞳から、後ろに振り返って逃れた。

 「聖女、様?」

 「はっ!いや、その鎧に覆われてたから初めて見たので…」

 ゴクリと喉を鳴らした彼女の目は少女のものとは思えないほど血走って、鼻息を荒くした変態が目の前にいた。ベルフィーナはため息を漏らし、心配していた気持ちを返して欲しいと願った。


 「んんっ!話が逸れました聖女様、とにかくあまり気負わないでくださいな。」

 「ありがとうございます、ベルさん。でも、うん。やれることは頑張ります。それにこの世界に来たこと別に恨んでなんかいないんです。正直驚いたけど、前板世界じゃあ私には何も力は無かったから。」

 聖女としての力は一回きり、アルフレッドを治した時だけだ。それから何度か試してみても淡く光ることさえ無かった。でも、可能性はある。一度出来たなら次も出来るはずだ。


 「龍馬の力になりたい、いつも迷惑かけてるから少しでも。前はいつも彼の背中を見てたけど、いつか遠くても横に立って助けになりたい。王女様にはその機会をもらえて感謝しています。」

 彼女の瞳に偽りは無かった。ただ純粋に、それは恋をしている眼。

 「好いているのですね。あのリョウマという者を。」

 「焦がれています。どうしようもなく愛しています。」

 水滴の輝く顔が朱に染まる。しかし恥ずかしさは無く、心から浮かべた笑顔が美しい。

 返しのついた楔のように、抜けることの無い気持ちだった。



 「恋なんて分かりません、でも彼女の気持ちを叶えてあげたい…」

 表情の乏しいベルフィーナが微かに笑った。桜を慈しむように、見守るような笑顔。

 「サクラ様のためにも、見聞録の入手は絶対。彼に期待するしかありません。そして、此方は僅かでも混沌について調べなければ。」

 「はい!」

 決意のした二人は顔を見合わせる。未だ眠る勇気ある少女のため、そしてこの世界のために。

 そんな中、勢いよくノックされた扉。外で慌ただしく叫ぶ女性の声。開くと、メイド服の少女が引いた位に汗を浮かべていた。


 「お休みのところ失礼いたしますっ!皇帝陛下がお二方をお呼びで…!」

 その表情に嫌な予感がした。警報となって頭に響く。良からぬことが起こっている、紛れもない大事が今降りかかろうとしていた。

 急ぎ桜を起こした三人は皇帝の下へと急ぎ走った。何が起ころうとしているのか、まだ誰も知る者はいなかった。

いつも見て頂きありがとうございます。だんだんと評価して下さる方が増えて来て嬉しい限りです。今から続きを書きますので、何とか早めに投稿できるよう頑張ります。

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