異世界転生しても先生
【竜】
読み方:りゅう。ドラゴンとも呼ばれる。ファンタジー等に登場する想像上の動物。翼と爪と蛇の尾を持つ爬虫類で、口から火を吐くとされている。
しかし、気を付けてほしい。
これは一般的な『竜』であり、その実、種類は多岐に渡り、全てが同じわけではない。
俺の目の前にいる竜は『青い多頭竜』と呼ばれるドラゴンで、首が二つに分かれ、それぞれが冷気のブレスを吐いてくる。
なので、一般的な対ドラゴン用耐火装備では意味がありません。ここ大事、アンダーラインひいといてほしい。
そして、何よりファンタジー等に登場する想像上の動物と言ったが、ファンタジーの世界からすれば実在の動物である。
う~ん、すっごいリアル。
真っ青な鱗がびっしり生えてて、二本の鎌首もたげてこちらを威嚇してくる。ドライアイスみたいなのが口の端から吹き出ているし、ちょっと肌寒い。
あと臭い。
でも、ブルーはまだマシなのよ。レッド、グリーンはいわずもがな。バイオレットがやばい。腐った卵みたいな匂いがする。なので、ブルーは臭い面では大丈夫。
まあ、生命の危機という意味では今大丈夫ではないが。
さて、どうしたもんか。
正直、俺はこの目の前の青い多頭竜に一人では勝てないだろう。
勝てない相手に無謀な戦いを挑むことなんて冒険者失格である。逃げることも選択肢。大事。これ、テストに出ます。
…というわけで、
「コマンド、逃げる!!!」
(いや、戦わねーのかよ!)
どでかい声に思わず耳をふさぐ。といっても、この行為に意味はないのだが。
声は〔念話〕と呼ばれる、いわゆるテレパシーのようなもので、頭の中に直接響いているのだ。声の主は、俺の腕にぶらさがっている銀の牙のような装飾のブレスレット。名前はまだ無い。
(いや、あるわ! あるだろ! ギンって名前が! お前がつけた名前が!)
はあ、うるさいな。コマンド、捨て……
(ば! 馬鹿! 何しようとしてんだ! キャンセルキャンセル! Bボタン!)
分かったから黙りなさい。お前は俺の考えてること勝手に分かるんだから意図を読め、意図を。
語り手の意図を読む読解力がお前には足りん。
(何回言わせんだ! はっきりこっちに呼びかけてくれねーとぼんやりとしか分かんねーんだよ! 大体、多頭竜がそんな簡単に逃がしてくれるわけが……)
ギンが言い終わるより早く青い多頭竜の尻尾が左から横薙ぎに襲い掛かる。尻尾の太さが俺の胴体と同じくらいある。この質量×速度だと普通なら死ぬな。
(言ってる場合か! どうすんだよ!)
受け止める。防御だ。
(マジか! く、そ! 間に合え!)
俺は尻尾が飛んでくる方向に腕を出し防御の構えをとる。しかし、青い多頭竜の尻尾が僅かに金色に光るその腕ごと俺の胴体を押しつぶし、そのまま吹き飛ばす。
ダンプに轢かれたような、とか元居た世界では衝撃度合いでよく言われるけど、本当にそんな感じだ。
鞠のようにぽーんと跳んでいった俺は、そのまま20メートルは先の柱に叩きつけられる。柱は木製だったので多少ダメージを軽減出来たが飽くまで多少だ。背中はズタズタ、腫れあがり、おそらく何本か骨は折れているだろう。
(お! おい! 大丈夫かよ! 今、変な音したぞ!)
ギンに心配されながら、よろよろと起き上がると視線の先で青い多頭竜が大きく息を吸い込んでいる姿が目に入る。
竜息だ。
〔凍てつく竜息〕と呼ばれるその竜息が襲い掛かる。まるで吹雪だ。ぼろぼろの身体では左右どちらに逃げても摑まるだけだろう。
俺は左手を前に突き出し、術式を刻み始める。
魔法は得意ではないが、初級程度であれば流石に20メートル先の竜息がこちらに届くまでに術式を組むことが出来る。
「〈燃え上がる火炎〉」
左の掌から火が吹きあがり、〔凍てつく竜息〕を抑える。
とはいえ、俺の魔法は並以下の威力だ。
その上、竜息というのは吸った魔素の量で持続時間が変わる。
この前、生物の授業でやったばかりのところだ。
この青い多頭竜はめっちゃ吸ってたからかなり持つだろう。
(冷静に分析してる場合か! どうすんだよ!)
あー、たぶん僅かばかり時間稼げたから大丈夫。あいつら、僅かな時間で気づいて一瞬できちゃうから。あ。ほら、聞こえてきた。
「…ぇぇぇぇぇぇ…!」
お忘れなく。現在、俺は必死で竜息を防いでいる。吹雪の竜息だ。吹雪というくらいだからごうごうと物凄い音をあげているのだ。それでも、聞こえる声。
いや、どんだけの声量よ。
ああ、どんどん大きくなってきた。いつもいつもお世話になります。
けどね、ほんとね、俺行かない方がいいよね? って俺からちゃんと言ったのに、俺の職業じゃ足手まといだろうからって言ったのに、連れてこられたからね。
「いるだけでいい」って。だから、俺は悪くないよね。むしろ、被害者だよね助けて当然だよね。
でも、君たち、きっとこれで俺を助けて「ご褒美ください!」って言うよね。何その手口。悪質~。もういいや。慣れた。慣れましたので、ご褒美も考えますので、おねしゃす。
「せぇえええんせいに! 何しとんじゃおりゃああああああ!!!」
と、吹雪の向こう側で聞こえた声。なんか爆発音。吹雪が止む。
そして、目の前には、青い多頭竜を大きな足で踏みつけ、剣を向ける黒髪の巨人のような女性。
【万化の勇者】と呼ばれる彼女は特殊スキル〔千変万化〕によって自身の身体を自由に変化させることが出来る。いつもの彼女の身長は俺の胸の高さくらいしかないので、少女と言っても過言ではないのだが今は単眼の巨人もびっくりの巨人である。その単眼の巨人びっくり巨人がこちらに必死の形相で振り返り、その大きな口を開く。
「先生―! 大丈夫ですかー!」
単眼の巨人びっくり巨人なうである彼女の本気の叫びは、当社比10倍の大音量だ。正直、音の衝撃波は竜息よりやっかいだ。あかん、死ぬかもしれない。
と、人よりちょっと長めの走馬灯を見始めた瞬間、ブルーメタルの鎧に身を包んだ優しい茶色髪の青年が目の前に現れ、〈堅固なる盾〉の術式を組み衝撃波を防いでくれた。
同時に発動していた〈癒しの手〉によりぼっこぼこの全身も治療された。
「先生、すみません。遅くなってしまいました」
今、世界で話題の【万能の勇者】に頭を下げられると、こちらも困ってしまうのだが、彼は構わず深々と頭を下げ、謝罪してくる。
そして、気にしていないことをちゃんと伝えると、ほっとした表情を浮かべ……後ろを振り返る。
そこには、元のサイズに戻って腰を抜かして怯えの表情を浮かべる万化の勇者と尻尾を両断された青い多頭竜の姿があった。
彼を勇者たらしめる特殊スキル〔同時発動〕。その名の通り、普通の人間が一度に一つしか発動できないスキルや魔法を三つ同時に発動できる。
先程の〈堅固なる盾〉や〈癒しの手〉は同時発動された内の二つの魔法であり、残りの一つである〔飛斬撃〕については、万能の勇者が、万化の勇者ごと青い多頭竜を切り裂こうとしたので見なかったことにしようと思っていたのだが、
「ねえ……なんで、先生に向かって、衝撃波なんて放ってるのかな……?」
戦闘中にも関わらず、万能の勇者が万化の勇者に矛先を向けてしまった。
にげられない!
背中しか見えないのでどんな表情か分からないが、背中でよかった。俺から見える万化の勇者はまるで魔王でも見たかのように怯え、全身を震わせている。いや、正直あのめんどくさ女の方がチョロ……かわいいかもしれない。ちなみに、ギンは本来ならば俺にしか聞こえない声なので黙る必要もないのだが、沈黙を貫いている。怖いもんね。
「あ、あの……ごめんなさい……先生が大怪我してて心配で思わず……!」
「思わず、で、衝撃波放っちゃうかな。先生に言われていたよね、『思慮深く大胆に』なんで君は大胆しかできないのかな」
「う、うう……」
あ、泣いちゃう。青い多頭竜の竜息よりも冷たい絶対零度の詰問の声に、まさに冷や汗をかきこの場から一人離れようとしていた俺だが、流石に可哀そうになってきた。
助け船を出してやろう、そう考え近づこうとした時、
「グアアアアアア!」
青い多頭竜が俺に向かって〔凍てつく竜息〕を放ってきた。
殺せる者を殺す。
多頭竜というのは変わった魔物で、集団という意識が強く、生存本能も一体一体が持っているのではなく、大切にするのはその集団であり、自分の属する集団の誰かが生き残ることを最善としている。
その為、自分と敵対する者たちの能力を見極め、『集団が生き残るためにすべきこと』をやってくる。
この場合、勇者を倒すことや傷つけることは難しいと感じた青い多頭竜が、少しでも戦力を削るため、最も倒しやすそうな俺を狙ったのであろう。普通なら悪くない判断だ。
ただし、多頭竜はまだ見極め切れていなかった、彼らの真の実力と、俺に対するよくわからんまでのリスペクトを。
俺に放たれた竜息は万能の勇者の〈無慈悲なる消滅〉、〈光り輝く盾〉、〈万能たる支援〉の〔同時発動〕によって俺に全く届くことはなかった。
そして、青い多頭竜は己の行動の結果を見ることなく、万化の勇者の〔微塵斬〕によって青い小さな肉の山に変化していた。
万能の勇者がくっくっくと喉を鳴らす。あれ? さっき氷の呪文とか使ってたっけ? なんか身体が震えるんですけど。
「なるほど、なるほど……飽くまで、多頭竜たちは先生が一番弱い、とかいう最も愚かな考えをもって先生を狙うというわけか」
「ねえ……あとで土下座でもなんでもするから、ひとまず私に、ここら一帯を更地に変えさせてくれないかなあ……!」
「そうだね。今は教え子同士でもめている場合じゃないね。先生も『仲良きことは美しきこと』って言ってたし、みんなで協力してこの【多頭竜の神殿】を壊滅させるとしようか」
そう万能の勇者が呼びかけると、方々から現れ、怒りの表情と共に魔素とか闘気をまき散らしている彼ら彼女らは大きく頷いた。
「ふむ、この地に先生を無理やり連れてきたこの馬鹿盗賊には死をも望むような罰を与えてやりたいがそれは後にするとしよう」
「はあ? 最終的に自分が離れずに護衛するから大丈夫って言ってたくせに、いいとこ見せたくて先生のそばを離れたあんたが言うかい? あんたこそ、瞬きの間に身ぐるみはいで素っ裸で先生の前に晒してあげようかしら」
【薔薇騎士】が剣を納めかけたのに【盗賊女王】がそれをからかう様に挑発する。やめて。
「身ぐるみ剝がされて先生の前に……! す、すごい辱め! は、剥がされたい……!けど、今はお馬鹿多頭竜ちゃんたちの皮をはぐことが先決」
「し、師匠……! ……もう、だから俺は多頭竜の竜息は防げても師匠の暴走は止められませんよって先生に言ったのだ……!」
色んな意味で危ない表情を浮かべる小さな【重騎士】を必死で抑える弟子である【大盾使い】。うん、頑張って止めて。
「大盾の奴、先生にお願いされておいて何よその態度は。こっちは何お願いされてもいいようにありとあらゆる魔法を修めたのに……!」
「あら~、その為に血反吐はくまでの修行をしたのね~、偉いわ~。でも、大丈夫よ。先生はいずれ私の発明のすばらしさに気づいて身の回りの品を私の子達だけにしてくれるから」
頬を膨らませながら、無数の圧縮された魔法を浮かべる【魔女】に対し、その頬をつんつんと押しながら多数のゴーレムをくみ上げている【錬金術師】。ねえ、おさえて。
「もっと世の為人の為に出来ることにも使ってほしいのだが……。とはいえ、先生の御身を守ることが最上の使命であることは否定しない。先生との交渉には私も一肌脱ごう」
「人肌!? そ、それはどういう意味ですの! は、はかどりますわあああ! さっさと消滅させて屋敷に帰らねば!」
千里眼鏡でこのあたり全域を調べ、伝心音石でヒュドラの居場所を伝える【軍師】の傍らで希少な時魔法を発動させる【令嬢】。おい、自重して。
「先生の血……! 血! 血! ああああ! ヒュドラを殺す殺す殺す殺す殺す!」
「……先生の為、全て、滅す」
不穏な言葉が溢れ出す【聖女】と不穏な言葉を零す【弓使い】。……おふ。
……やばい。多分、地形が変わる。
この前、ここの王様に泣いて縋られたのに、
「頼んだのはぁ、確かにこっちだけどぉ! そこまでしてって言ってないじゃない! なぁんでぇ、洞窟が一夜にして溜池になっちゃってんの!?」
まさか、物語にもなっている【冒険者王】が泣くと思ってなかった。今回はやばい。
だって、前回はちょっと俺が、罠で膝すりむいたただけなのに「先生を傷つけておいてこの世にとどまれると思うなあ!」って、【大魔王】が極大魔法をぶっぱなしたのだ。
その件もあり、あの子は今日つれて連れてきていないけれど、それに負けずとも劣らずのやばいメンバー。
しかも、今回は俺のダメージの受け方が違う!
やばい!
今、世界中の国々をまとめてくれている冒険者王が号泣して王様やめるとか言い出したら世界終わる!
こ、こうなったら……
「よ、よ~し! 俺も戦おっかな~!」
静寂。
「え……本当ですか……? 先生が一緒に戦ってくれるんですか……?」
「え? 嘘!? ほんとに? やだあ! 今日、勝負戦闘服じゃない~!」
「先生、私の活躍を目に焼き付けてください! くっくっく、あの【聖騎士】め……さぞかし悔しがるだろうなあ」
「あたしが先生の前に瀕死の多頭竜持っていってあげるからね! そう、あ~んしてあげるから! 先生動かなくていいからね! 待っててね!」
「見られる……! 先生に、あたしの戦ってる姿が見られてしまう……! ああ……恥ずかしうれしい!」
「師匠! マジで抑えてくださいよ! 俺だって先生と共闘したいんですから!」
あ、やば。狂気に近い殺気はおさまったけど、狂気=やる気が溢れてきてる……! 念押ししておかねば…!
「う、うん! だから、俺も戦うから、地形を変える【極大魔法】とか、山を斬っちゃうような【奥義】とか、ここら一帯を灰にする【神話級魔導具】とかはやめてね! 俺が、危ないから!」
「え? あ、ああもちろんそのつもりよ。ねえ?」
「あ、あはははは! そのくらいは分かってるわよ~。も、も~」
「ふむ、ならば肉弾戦か……。先生が望むのであれば一肌脱ごう!」
「一肌脱いで肉、弾、戦!? なんという甘美な響き!」
うん、一部の会話は無視して、今、ものすごい魔力を一瞬感じた。
魔王と戦った時にしか使わなかったと聞くアレだよな。二人ともあわてて隠したけど。
それでも興奮抑えられないのか、熱はどんどん上がっていく。
これは良くない。良くないね。
「シィン」
「「「「「「「「「「……」」」」」」」」」」
静寂。
俺が一言。その一言で全員が静まり返る。
これは魔法だ。
俺と生徒たちだけに通じる特別な。
「呼吸」
全員がふっと息を吐く。
「離」
四秒。四秒鼻から息を吸う。
そして。
八秒口から息を吐く。
すーーーー。
ん。
はーーーーーーー。
繰り返す。
「良し」
全員が今までの騒ぎが嘘だったかのように落ち着いている。
そして、全員と目を合わせ……指を一本立てて『授業』を始める。
「問。人間が人生で最も多くとる行動とは? えーと、じゃ、今日はニ十七の日か、二かける七で一四、一と四で五、五期生か。じゃあ、オウル」
「はい。呼吸です」
生徒の鑑と言われる【万能の勇者】がはっきりとした口調で答えてくれる。
「正解。素晴らしいね。では、先ほど行った呼吸にはどういう効果がある? イト」
「はい、先生。吐く息の長い呼吸は、リラックス、心を落ち着かせる効果があります」
『工作』と『化学』の授業が大好きな少女だった【錬金術師】が微笑みを浮かべ答えてくれる。
「正解。ありがとう。では、その呼吸を行った意味は? キイ」
「え、えーと、あ、ははは……う~ん。あ! ちょっと私たちがやる気満々すぎましたかねえ……」
表情をころころと変えながら【万化の勇者】が答えてくれる。
「そうだな。でも、一番大事なのはみんなが傷ついてほしくないってことだ。心の乱れによって、いらない怪我を負って欲しくない」
「せ、先生……!」
「大事なのは……みんなが……」
「うふ、うふふ……私は多少の血くらいならアクセサ……」
【軍師】が涙を拭って、【大盾使い】が真面目にメモをとりながら、【令嬢】が興奮しながら何かメモしてる。
「シィン……呼吸、集」
今度は八秒鼻から吸い、四秒口から吐く。
そして、徐々に吸う時間を短くし、均等にしていく。
吐く息の短い呼吸は心拍数を上げ、集中・緊張状態を作り出す。
もっとも集中状態とは緊張と緩和の間だ。それを呼吸法で作りだす。
俺は、『元いた世界』でも『ここ』でもまずこれから教える。
全ては呼吸に始まる、と。
某アニメの影響でより伝わりやすくなったが、昔は首を傾げられたし、某鬼退治アニメなんて全く知らないこの世界でも意味が分からなかったようだ。
『元いた世界』では点数評価主義、『ここ』ではステータス至上主義。
これらが俺の教育の邪魔をした。
俺が教えるのは戦い方だ。自分と、人と、世界と。
数字だけで出来るモノじゃない。
勿論、否定された。
『元の世界』では追放されたし、『ここ』でも始めは笑われたし、なんなら最初の生徒は、冒険者失格の烙印を押された三人の冒険者達だった。
けれど、今では、世界を代表する冒険者達を卒業生に持つ冒険者学校の先生だ。
俺は【重騎士】と【薔薇騎士】を見た。
初めての生徒。この世界の常識を少し覆してみせた小さな重騎士。
そして、傷つくことに慣れ過ぎた薔薇の紋を持つ騎士。
俺は一人では何もできない。
というか、一人で何か出来るつもりもない。
一人で世界を救えるのは神チ―ト持ちくらいだろう。
俺にそこまでのチ―ト能力はない。あるのは、『前世の追放教師としての知識と経験』、そして、恵まれた生徒たちだけだ。
「先生」
【魔女】がまだかと笑っている。
みんな、いい表情をしてる。
【盗賊女王】は指を鳴らし己の技を魅せる準備は出来たと頷いている。【聖女】はご自慢の巨大な武器を掲げた。【弓使い】はいつの間にか俺の背後で微笑んでいる。
そうだな。今までほんとみんなには頑張ってもらった。
ご褒美は必要だよな。
「よし! 課題、いかにして被害を少なくヒュドラを倒すことが出来るか」
「課題……? ということは……?」
「課題ですよね! ということは?」
「課題……なら、あれがないと……」
「90点以上の優秀者には、何かしらのご褒美を……」
「「「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」」」」」
あ、れ……?
巨人化した万化の勇者以上の大音量が多頭竜の神殿に響き渡る。
これ、多頭竜たち逃げちゃうんじゃない?
「私が、一番上手に殺す殺す殺す殺す殺す殺す殺す!」
「一番、うまく、全てを、滅す。」
大丈夫だよね。伝わってるよね。
はあ~、出来るだけ被害を小さく出来るよう、俺達も頑張るか。
彼らの狂気に恐れおののき無言を貫いていた左手のギンに呼びかける。
(お、おい。あいつらの本気は防げないからな! 俺死んじゃうからな!)
分かってる。俺も絶対に無理だから。さて、始めようかね。
彼らと比べたら、あまりにも脆弱な魔素が銀の牙に宿る。
銀の牙と魔素が共鳴し、音が鳴る。
きーんこーんかーんこーん。
元にいた世界の学校のチャイムのような音。
それと、同時に、全身を金色の光が包むこむ。まあ、なんとかなるか。
地面を蹴って一番近くにいた緑の多頭竜の背後に付く。
目では終えてなかった緑の多頭竜だが反射に近い動きで、尻尾を振りぬいた。が、『今の』俺には防げる一撃だ。右腕で尻尾を抑え、左腕で金色の術式をくみ上げる。とはいえ、俺に出来る魔法は変わらない。ちょっとパワーアップはしてるけど。
「|〈“金色に”燃え上がる火炎〉《ゴールデンファイア》」
耐火に優れた緑の多頭竜だが、一瞬にして炭と化す。
(やっぱり、生徒の前だと強いなあ)
「生徒の前しか強くないんだよなあ。」
そんな世界に名を轟かす生徒たちがキラキラした目でこちらを見て、俺の号令を待っている。
息を吐き、深く吸う。
そして、顔を上げ、一言。
「一限、開…始!」
その日、【世界七大魔境】である多頭竜の神殿は一日で攻略(壊滅とも言う)された。
ある物語の中で、冒険者王は半泣きですんだ、と語られている。
この物語は、冒険王者の摩訶不思議な冒険と王になり上がるまでの夢物語ではなく、勇者が魔王を倒すまでの愛と勇気の戦いの冒険活劇でもなく、不遇職と呼ばれた【教師】が数多くの生徒を導く。ただそれだけの物語である。
お読みくださりありがとうございます。
少しでも面白い、続きが気になると思って頂けたなら有難いです……。
よければ、☆評価もしていただけるとなお有難いです……。
この作品の為に、長編や短編で修業兼世界観作りしているので更新間隔は序章終了後は、かなり空くと思われますが、それでもよければブックマークよろしくお願いします。
改めて、お読みくださりありがとうございます。