第一発見者との邂逅
体を突然の衝撃が襲う。頭が激しく揺さぶられる。
じ、地震!? 一体何!?
飛び起きてあたりを見渡すも、視界は一切きかない。灰色が波を打っているかのような、視界の中で何かが動いているような感じはするけれど分からない。
振り落とされんばかりの横揺れ。必死にしがみつこうとするも手も足も地面から滑る。
もうやだ! 訳わからないの勘弁して!!
目を瞑る。涙がじんわりとしみているのか顔を伝っていくのが分かる。体中の震えが止まらない。
瞬間、下からものすごい勢いで突き上げられ。息が詰まった。体が地面から離れた。
あ、浮いている。
それを自覚した瞬間、今度は内臓が上に浮く気持ち悪さ。下に引っ張られていく体。顔面、というか、口先がやたら風を感じる。
すごい勢いで。例えるならば、遊園地のアトラクションかバンジージャンプか。顔面に空気の圧が叩きつけられている。
あ、落ちてる。
視界をぼんやりと動く灰色の立体物。手足をばたつかせるも、体の制御なんてきくはずがない。運動神経、良くはなかったし。体操選手でも、スキー選手でもあるまいに。
死んだなぁ、これ。
迫り来る灰色の波、その色の濃い場所に私は向かっている。回転する視界の中で、ぎゅっと目を瞑った。
どうやら私は、悪運だけはいいらしい。
体にやたらとネバネバした物質がついて気持ちが悪い。しかも動こうものなら体が弾んで更に絡んできて身動きが取りづらい。
なんだろう、こう、縄。そう、縄だ。ネバネバした縄。そんな感じのものが私の体に絡んでいる。
あの灰色の色が濃い場所に飛び込んだ私は、どうやらこのネバネバベトベトのこれにぶつかって生きている。背中にべったり。べったべただ。
へへ、目が覚めてからやたらと体を張ったバラエティに取り組んでいる。テレビ出演をした覚えはないのに。
とりあえず、ここから動きたい。動きたいけど、動きたくない。さっきみたいなことが、こんな視界不良のなかで起きてはたまらない。もう動くことが恐怖だ。
また眠ってしまおうか。そして、起きたら考えたい。そう思った矢先、腹から大きな音が鳴った。
・・・・・・どんなときでも、おなかは空く。生きてるってすごーい。
乾いた笑いが出る。笑えてるのかもう分からないけど。
おなか空いた。動きたくない。怖い。おなか空いた。眠りたい。ネバネバ気持ち悪い。ただ一つの感情の波さえ今はしんどい。
「おい、お前、なんだ。やたらとうるさいぞ」
え。
後ろから声がした。というか反響してる、あれ、いや、今まできいていた音とあからさまに音の入り方というかなんかそういう感じのものが違う。
というかまって。日本語? 聞き間違いじゃない?
振り向きたくとも振り向けないことを体をじたばたさせてアピールする。
助けて! 助けて! 私いまここから動けないの! 助けて!!
「あ? あーぁ、せっかくのすてぃんてらんちゅうらの頑丈な糸を・・・ったく、こんなのがかかるなんて運がねえな」
なんて? 一部が上手く聞き取れなかった。
耳元でブチブチブチと何かをとる音がする。突っ張っていた体から緊張がとれて、地面に下ろされた。
地面、地面! アイラブ地面もう離さない。
ひし、と地面に顔をこすりつけて涙を流していると、体に張り付いたままの縄を引っ張られた。
ぎゃあ! 痛い!
「やっぱとれねえよなぁ・・・・・・仕方ねえか」
今度は何かを頭からかけられる。とろとろの何かだ。なんか変な臭いがする。うへえ、気持ち悪い。
「つーかまじでこれなんだ・・・・・・生き物? だよな。鳥でもねえし、ネズミでもねえし・・・・・・食っても旨味がなさそうだ」
体を揉み込まれる。ぐちゃぐちゃに揉まれる。めちゃくちゃ冷たい手に何かの液体を塗り込まれる。というか手のひら全体のようなものが私の体全体を包めるってこの人どれだけ大きいの。
ぎゃああとかぐえええとか泣いていたら、少し黙れと言われた。
迫力のある低音だったので黙ることにする。なんか怖い。
「よし、これで取れるだろ。暴れたら毛皮ごと剥がれるからな。動くなよ」
背中からベタベタ物質が剥がされていく。
あー、なるほど。これをとるための液体だったのか。臭いけど。鼻の奥にツンとくるような液体だけど。正直塗られて気持ちいい感じはしないけど。というかアンモニア臭を感じるんだけど。これアンモニア入ってるよね!? まじで何を塗られたの、怖い。
体全体に液体を揉み込まれて体が直に風を感じる。縄を剥がしてくれるのはありがたいけど、あれだ、すぐに体を洗いたい。
縄を剥がしてくれている間、やることがないのでまた頭が思考を始める。
私を見て"鳥"だとか"ネズミ"だとか言われたのはショックだ。
なんとなく気づいてはいたけれど、私は人間ではなくなっているらしい。でも鳥もネズミも形状があからさまに違うのに断定しないなんてことがあるだろうか。
鳥にも似ている、ネズミにも似ている、けれどどちらでもない・・・・・・・・・・・・分からん。私は幻想生物にでもなってしまったのかもしれない。あるいは、動物の合成実験にでも巻き込まれたとか? はっはっは。
しかし、よくよく考えると、ここで目覚める前の記憶がおぼつかない。ゆっくり思い出してみよう。まだ時間かかりそうだし。
私は、人間だった。花の女子高生、かっこ死語、かっこわら、ってやつだった。17歳。誕生日は7月29日。ちょうど夏休みスタートと同じぐらいで、我が家では夏休み初っ端の恒例イベントだ。
名前は・・・・・・あれ、名前、は? 嘘でしょ、覚えてないの!?
き、昨日は何してたっけ。確か、そう、冬休みに入って、でも受験期だから模擬試験受けなきゃいけなくて、でも外はものすごい大雪で・・・・・・あんまりにも大雪で、電車が止まっちゃって、メールで試験日が延長になったって連絡が来て、電車が停電しちゃって・・・・・・あ、あれ?
そこから何も覚えて、ない?
「おい、終わったぞ」
ま、まって、そこまで覚えてるのに? ほ、他に覚えていることは? 素数は、いち、さん、ご、なな・・・お、覚えてる。日本語は覚えてる。
「おい!」
はい!!?
ぐわんと脳を直接揺さぶられるような音が思考を中断させた。
きょろきょろあたりを見渡す。真上でため息が聞こえた。
「お前、親から念和の仕方教わらなかったのか」
ね、ねん? ねんわ? どうぶつご? 今言葉がかぶって聞こえた。どういうこと。
「つーかその様子だと目もあまりよくねえな? となると親から索敵も教わってねえよな。本当なんだお前」
また言葉が被って聞こえた! どういうこと!?
「腑抜けた面してやがるし・・・・・・ここの階層でこれが生きてこられたとは思えねえ。落ちてきたか、あるいはご主人と同じタイプ、か」
もう訳が分からない。一々突っ込むのを辞めよう。そもそも私がなんか意味の分からない生き物になっている時点で多分私が持っている常識は捨てた方がいいとみた。
ため息を吐くと、それが相手にも伝わったらしく、肩甲骨の間をつままれた。摘まむな。そして持ち上げるな。
「腹に集中してみろ。分からなかったらとりあえず想像しろ」
おなか。集中。
意識を向けると鳩尾あたりが確かに暖かい、気はする。気がするだけだ。
これ? と顔がありそうなあたりを見上げて小首を傾げるも、相手の説明が感覚的だから私の感覚がつかめたかなんぞわからんだろう。
と思っていたら腹に手のひらをぐわぁしぃとあててきた。
お前の手冷たいからやめて! おなかって冷たいのよくないんだからね!!
「腹にぐるぐるしてる熱みたいなのがあるだろ、それを外に押し出してみろ」
ねつ。外に押し出す。
これだこれ、と無遠慮に押される。やめろ吐くぞ。
ぐえ、となりながら、ぐむぐむとおなかに力を入れて、中にあるものを外に追い出すイメージをしてみた。心でやたら気合いの入った声をあげながら。
「でやぁ!!!!!!!!」
「いってぇ!!!!!」
ぼて、と落とされる。
痛い、急に手を離さないでほしい。体型的に私は着地苦手なんだぞ。
そう、相手をにらもうとした瞬間。
私の目に映ったのはそこかしこ緑赤黄色とまばゆく地肌の青い岩や地面。奥には大きな氷の塊のような石が青白く光っている。あれがこの空間を青白く照らし出しているらしい。
透明度の高い大きな氷柱がたくさん壁に突き刺さり、少し離れたところには大きな赤い色が滲む池があった。足下を見ると、キノコが青白く光っている。所々に草むらがあり、中では何か動いている。生き物が居るようだ。
壁に走っている亀裂は青白く光り、ぽこぽこと音を立てて何かが染み出している。
深い青、目映い青、目に入る色、色、色。
灰色の波にしか見えていなかった光景は、今、世界の絶景写真と見比べても遜色ない場所へと変わっていた。
「やったあ! 見える! 見えるぅ!!」
びたんびたん、手足をばたつかせる。心なしか尻尾と思わしき部分もべちべちしている。
「すごい! 見える! え、何これ! やっば!!」
ぎゃいぎゃい騒いでいると、突然頭をわしづかみにされた。
ちょっとこの光景を堪能させてほしい。いいところなのに、と振り返った先には。
筋肉隆々の上半身ウサギ男がいた。
第一発見者はウサギ。