水中が私のフィールド
温い液体に体が包まれていく。
頼りない視界の外で気泡が上へ上へと上がっていく様子が見える。
沈んでいく体。明るい世界がどんどん離れていく。こんな不自由な体で、どう泳げというのか。
細い視界の中で、ぶん、とヤケクソになって手を振り回した。
グン、と勢い良く体が前に出る。
一瞬の、沈黙。いや、騒がしいのは私の脳内だけなんだけど。
呼吸も正直苦しいわけではない。いや怖くて水の中で息を吸うなんてことはできないけど怖すぎる。
試しにもう一つ手を後ろへ押す。グン、と前へ進む。今度は両手で。足で。もがいて、もがいて。
平泳ぎの、要領で!
ばしゃ、と口先が外に出た。口先が外に出た? 自分で言っていて違和感があるけれども、水面を突き抜けた感覚というのは口先から感じたのだから合っている、はず。
ぱしゃぱしゃと四苦八苦しながら水をかき分け、泳ぐ。そこで気づいた。私の手、水かきが生えている。
我ながら自分の体の状態がどのようになっているのか確認するのが怖くなってきたが、それよりも転がり落ちて溺れて死ぬより地上に出たい。
・・・・・・泳いでれば地上に着くかな。いや、転がり落ちた方に泳いでいるとも限らないし・・・・・・
落ちた場所が池か湖か海か、ともかく広い水場だとアウトだ。私の体力の方が先に尽きる。なんせ自慢ではないが運動は苦手で、体力なんてものはない。普段から立ちっぱなしで働いている両親達の方が遙かにあるだろう。
恐る恐る、ゆっくりと体の力を抜いて浮かんでみる。浮いた。良かった。これで浮かなかったらどうしようかと思った。
ぐるりとその場で横に回転してみる。一周回ってうつ伏せに浮いた。仰向けになれそうにない。
じっとしていても、激しい揺れは感じないし、流されている感じもしない。わずかに感じる水面の揺れは私が泳いだからだろう。
ということは、ここは流れのできるような場所ではないということだ。
試しに一つばしゃばしゃと動いてじっとしてみる。波が打ち返されるのであればそっち方面に泳いだ方が地面が近い、はず。多分。
思ったよりも早く体がゆらゆらと揺れたので波が来た方向に舵を切る。運が良かったようだ。落ちた地面からさほど遠くない場所を泳いでいたらしい。
地面さえあればこちらのもんだもんね! とりあえず現状を確認したい。
私は現状が確認したい。ただそれだけだった。
ざぶん、と大きな波が打ち寄せてきて、翻弄されて、あ、これ溺れるわ、と思ったら何かの上に乗っている。しかも風を感じるから地面動いている。いやいや、動く地面なんぞあってたまるか。いや地球は実際動いてるけど!
やばい。何これ。しかも冷たい。試しに手で叩いてみる。固い。少なくとも先ほど転がり落ちた地面が急に浮いて出たわけではなさそうだった。
材質、という言葉がこの場で適当なのか分からないけれど、とりあえずなんか違う場所に出ているっぽい。
そよそよと風が体をなでていく。特に露骨に感じるのは鼻先だ。はは、犬猫の濡れた鼻じゃあるまいし。
そんなことを考えていたら腹が大きく鳴いた。声は出せないのに腹は鳴くのか。腹立つな。腹だけに。
あれだけじたばたと動いてこんだけ思考を回していれば当然だろう。ご飯・・・・・・あるわけがない。
ぎゅるると鳴く腹を撫でて、固い地面の上にうつ伏せに寝そべる。
腹の虫をBGMに、私はぐでりぐでりとその場を慎重に転がる。先ほどみたいに転がり落ちるのはごめんだ。
私の体、どうなってしまっているんだろう。
感覚的に、いつもより短い手足。ご丁寧に水かきつき。はっきりとしない視界。やたらと敏感な鼻先。
立ち上がれず、腹ばいのまま移動するしかないこの不便さ。そして今意識したけど、なんか尻尾っぽいものがある。床をべちんべちんできる。
どうあがいても、どう考えても、どう現実逃避をしても、私は人間の造形を失っている。
なんでこんなことになっているんだろうか。そんな同じ問答を何度も何度も繰り返して、気づけば私は目を瞑って寝入っていた。
振り回される