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あなたの想い出買い取ります。

作者: 伊藤総一郎

お立ち寄りいただき、ありがとうございます。

良ければ評価等お願いします。

励みになります。

皆様、おはようございます。

今日も良い天気ですね。お洗濯ものがよく乾きそうです。何事も順風満帆に進みそうな気がします。私自身の仕事についても―――。


気になるでしょうか?

特に自慢するようなことではないのですが、大雑把に言えば小売業とでも言いますでしょうか。人によっては慈善事業と言って差し支えないほど世のため、人のためになるお仕事でもあります。

そのため、誇りをもって日々の仕事に励んでおりますとも、ええ。

なに? 回りくどいでしょうか。はっきりしていないと?

ふむ。そうですね。かいつまんでご説明すると私は以前、脳の研究をしておりました。

もちろん人間の脳髄の、ですよ。人間ほど複雑怪奇で面倒くさい生き物はいませんからね。そして、そこで研究していたのは人の記憶についてです。

楽しかったこと、辛かったこと、悲しかったこと、頭にきたこと。そうした人生の中で脳髄に刻み込まれたものは尊くもあり鬱陶しくもあります。その記憶はその人物が生きてきた中で得た価値観、考え方、だからこそ感じた想い、個性が如実に出てまいりますが、嫌なことは誰しもが頭の片隅に追いやっても消し去ることはできません。

そこで私は考えました。人の思い出を人為的に抜き取ることはできないのかと。脳髄がパソコンのハードディスクのようなものならば出力も可能なのではと。

そんなこんなで私は自作で特製マシンを作ることに成功したのです。特許申請はまだ出しておりませんが、私の仕事が広く世間に周知されればその必要性も出てくるでしょう。権利は主張するものです。

長くなりましたが本日のお客様がいらっしゃったようですので、ご説明は十分ですね。それでは本日の仕事に取り掛かるといたしましょう。


×××××


本日初めのお客様は、中学生くらいでしょうか。白い半袖シャツに坊主頭の少年が入り口付近できょろきょろと店内を見回しております。

怪しい雰囲気のお店ということは自他共に認めるところですが、こちらとしては非合法なことも思春期に気になるであろういかがわしい店舗でもございません。

ツカツカと革靴を鳴らしながら、出入り口に近づきそっと扉を開けて差し上げます。お客様への思いやりの気持ちで日々接客させていただいております。

「うっぁWOW!」

にっこりと笑顔を携えながら、扉を開けたつもりでしたが少年は急に開いたドアにびっくりされたようで

嬌声を上げ、尻もちをついておられます。地味にショックです。

めげずに笑顔を顔面に張り付け、いらっしゃいませと声を掛けますが、一時停止でもされているのか少年は動き出しません。

その為、空想上のリモコンを手に取り再生ボタンを押す仕草を行いますが少年の、

「なんでいるのわかったんですか……?」

という問いかけが発せられ、時は動き出しました。

「ええ、まあ立ち話も何ですから中にどうぞ」

少年は促されるまま立ち上がり、出入り口の扉を閉めます。

実はドアのガラスはマジックミラーになっており、中からは丸見えなのです。その旨をご説明すると、珍しかったのかドアを半開きに片手をかざしてはスゲーと感心したようで少年は少し遊びました。

若いっていいですねぇ。

飽きてようやく店内に戻ると少年はミーアキャットのように少し背伸びをして店内を見回します。

特に珍しいものを置いているわけはないのですが、私の趣味の書籍や標本等が飾られている為、案外普通の本屋さんにでも見えていることでしょう。

「……ねえ、何なんですかあれ」

少年は店内の一点を指さし、怪訝そうに尋ねてきます。

指先に視線をやるとホルマリン漬けの脳みその標本です。何時見ても素晴らしいです。人体の神秘、知的好奇心をくすぐられます。

「あれは見ての通り脳の標本です。皆様等しくその方だけの素晴らしものをお持ちですよ。そう、あなた様もきっと」

興味を持っていただいてうれしく、つい笑いかけてしまいましたが少年は怖がってしまったようで坊主頭を鷲摑みしております。別に盗ったりはしませんが。

今のところ私はものすごい低評価をされていそうですが、それでもお帰りにならないあたりよほどのことがあるのでしょう。

気を取り直して仕事と参りましょうか。


少年を引き連れて店の奥に進み、診察室に辿り着きます。診察室といっても病院のような清潔感に溢れているわけではなく木製の長机と椅子だけの簡素な一室です。

私は腰掛け、少年に空いた椅子へと座るよう促します。

少年にとって安心できる空間になったためか少し落ち着きを取り戻しつつあるようです。

さて、ではお仕事お仕事。

紙とペンを取り出し、少年に質問していきます。

「まずはありがとうございます。足を運んでいただいたことに。うちの情報はどこで?」

少年は背筋を正して、

「は、はい。学校のクラスメイトから噂を聞いて、その……」

歯切れは悪いですが、受け答えの様子を見て礼儀正しい子だということはわかりました。そういう子は嫌いではありません。

「ほう、噂。どのような噂ですかね」

内容を書き留めつつ、少年に目配せで続きを促します。

「はい。なんでも嫌な記憶とか忘れたい記憶を買ってくれるって」

ああ、なるほど。そっちのお客様でしたか。

「もちろん、噂の通りですよ。忘れたい過去があるのでしたら是非やらせていただきましょう」

私の返答を聞いて、少年は軽く仰け反ります。

まあ、半信半疑だったのでしょう。十数年生きてきた常識に当てはめてそんなことはあるはずもないと。だからこそ、気にはなるけどなかなか入る勇気が出ず悶々としていたのでしょう。

とはいえこうしてお客様として対応もしており、不安げだった少年の面持ちもだいぶ和らいだようです。

問診を続けます。

「では、単刀直入ですがあなたの忘れたい過去とは何でしょうか」

私の仕事の都合上、人様のプライベートと直結するので回りくどいことはしませんし、躊躇もしません。

ずかずかと踏み込んでいきましょう。

いきなりでしたので少年は少し口をつぐみました。その後もなぜか深呼吸や上半身でストレッチを行ったかと思うと頭を揺らしてうんうん唸っております。

そうとう悩んでおられる様子でしたが、暇でしたので少年の行動変遷を書き留め、トレードマークであろう坊主頭を磨きただしたところで口を開き始めました。

「――――ッスゥー……フラれたんす」

少年には申し訳なかったのですが少し爆笑してしまいました。

「ひどいっすよ。そんな笑うなんて」

と、坊主頭を掻きながら愚痴る少年。

存外可愛らしいお悩みが来たものでこちらとしても面食らってしまいました。

詳細もかいつまんで聞くと少年は現在、中学3年生らしくフラれたお相手様は1年生の時のクラスメイトで

以来片思いをしていたそうです。

クラス替えでまた同じクラスになれたようで、一大決心をされて今に至ると。

青春ですねぇ。本来であればその想いも糧になると世間の皆様方は言うのでしょうか。しかしそれでは私の商売あがったりなのでありがたく頂戴いたしましょう。

「内容はわかりました。それでは早速その記憶に別れを告げましょうか」

机の棚から一枚の紙を取り出し、少年の前に差し出す。

「簡単にご説明するとこちらはご契約書です。記憶を私が買い取り、あなたはその分の対価を得る。基本前払いになっているので、ええと」

棚から料金表を取り出し、金額を算出いたします。

今回は思春期の失恋の記憶、しかも3年余りの片思いですからね。その間の少年の想い、感情、純粋な欲求――それらは幾ばくのものか。

私には想像しかできませんが、ざっと見積もっても、

「20万……というところですかね」

料金表を片付けながらさらっと告げると少年は勢いよく立ち上がり、

「に、にじゅってそんな大金! なんか危険なんじゃ!」

ああ、学生さんには少々お高い金額でしょうし、驚かれるのも無理はありません。まあまあと少年を落ち着かせとりあえず座っていただきます。

「確かに学生の身の上ですと大きな金額だと思います。ですが、危険なことはありません。そもそもあなた様の記憶はあなただけのもの、そこに本来金額をつけること自体おこがましいことなのです」

私はなおも続けます。

「その3年間の想いは誰のものでもないあなた様だけのものなのですよ。それを譲っていただけるのに、はした金では釣り合わないというものです」

私は机の棚からヘッドセットを取り出します。マル秘の特製マシン、お目見えです。

机の上に置かれたヘルメットのようなマシンを見て、少年は固唾を呑み込んでいるご様子。

「施術の内容としてはこれをかぶっていただき、そうですね。30分くらい眠っていただければ終わります」

ご説明すると少年は拍子抜けしたようで、

「えっ、頭を輪切りにするとか。脳みそを取り出して標本にするとかじゃなく?」

「いたしませんよ、そんなこと」

私の仕事、いったい何だと思われているのでしょうか。さしずめホラー映画に出てくる狂気のマッドサイエンティストのイメージなんですかね。

頭に?を浮かべつつ、マシンを穴が開くほど見つめる少年。今度は本当に効果があるのか疑われているようですね。無理はありませんが。

私は最後に少年に語り掛けます。

「だまされたと思ってやられてみては? この場で証明もできませんし最悪偽物だったとしてもあなた様には何の実害もないのですから」

腕組みをして悩みだす少年。決心がついたのか契約書にペンを走らせます。

まあ、もともと半信半疑だったのでしょうし彼なりに考え、最悪記憶を抜かれなくとも問題はないと判断したのでしょう。

少年が書き終えると、私は部屋の隅の金庫より現金を20万円ちょうど持ち出し、茶封筒に入れてお渡しします。

「金額は先払いです。まあ記憶を抜いた後では説明しようがないですからね」

少年は、

「まあ、そうですけど」

と言って茶封筒をおずおずと受け取りました。

「それではこちらへどうぞ」

ずっと茶封筒を握りしめている少年の肩を叩き、ベッドに座らせます。

頭にマシンを被らせ、スイッチを起動。怪しく点滅しだすマシンにビクつきながらも私の誘導に従い、横になる少年。

「では、おやすみなさい。次に目覚めるときはまあ、私のことは思い出せないでしょうがまたお会いする機会があれば……そうそう茶封筒には懸賞金が当選しましたと用紙も入れておきましたが、万一警察などあなた様の手元に残らなかったとしても責任は負えませんのでご了承ください」

少年はこれから何が起こるのか視線が泳いで落ち着かないようです。きちんと現金が少年お手元に残ることを願いながらマシンを起動いたします。

これにて業務終了です。


×××××


しばらくして少年は目覚めて参りました。奥の診察室から出てきた少年の反応はつい先ほどまでの新鮮なものと相違ありません。どうやら成功のようですね。

書籍を整理する私のところまで歩いてきた少年は質問してきます。

「あの~僕、ベッドで寝ていたみたいなんですけど……ここってどこですか?」

訝しげに問われる少年に対して私は返答します。

「ここはまあ、私が趣味でやってるお店でしてあなた様が店の前で倒れていたので少し休ませてあげただけですよ。どうやら体調も問題ないようですし大したことはなさそうですね」

私が言い切らないうちに少年はハッとして、

「そうだったんですか! ありがとうございます!」

体育会系のきっちり腰を折るお辞儀をされ少々圧倒されてしまいます。

「いえいえ、お大事に」

そう言って私は店外まで送り出しました。

少年はポケットの違和感に気づいたのか茶封筒を取り出し、中身を確認して飛び跳ねて帰って行かれました。単純でよかったです。将来、幸せになれるタイプですね。


少年が出て行ってからしばらくして次のお客様がいらっしゃったようです。

見ると、恰幅の良い少しボサついた髪型にセンスの光る丸メガネの男性です。着ているTシャツは体型のせいで生地が伸びてしまっているようです。

まあ、そんなことはさして気にも留めません、私のお店の常連様ですから。

「ようこそいらっしゃいました。今回はどういったものをお探しなんでしょうか?」

私の営業スマイルに特に反応を示さず丸メガネの男性はぼそぼそと話します。

「今回は、趣向を変えて恋愛ものをと思っている。何か適当なものが入ってないか?」

「まさしくうってつけのものがございます。いや~運がいいですよ!」

営業スマイルが無視されたことは多少傷つきますが、お仕事です。いやしかし本当に運が良い。入荷したものが今日の内にお話をいただけるとは。

やはり今日はよい日ですね。そんな気がしておりましたとも。


男性を奥の診察室へと通し、商品の内容をご説明いたします。

「思春期真っただ中の片思い! 純情な気持ちで想い続けた3年間! これがあれば次の次回作もリアルな描写で高評価の嵐で間違いないかと思いますよ」

男性は無精ひげが生えた顎に手をやり、考える仕草をしておりましたが大きな太ももを叩いて一言。

「……買おう、いくらだ」

「はい! ありがとうございます! 今回はなかなか手に入らないレアものですので――500万円ほどで」

そう言い私は電卓を差し出し、同時に契約書もお出しします。

男性はフンと鼻を鳴らしつつもご契約いただき、後日金額は頂戴いたします。

ベッドにお座りいただき、少年と同じようにマシンを男性の頭に装着。その後は何度もご利用いただいているのでしばらくしたらご感想でもお伺いいたしましょうか。

やはり若いっていいですねぇ。あの頃の記憶というものは懐かしく、輝かしいものばかりです。思い出補正と言われるかもしれませんが、間違いなく黄金の刻ですよ。

それを売ってしまうなんて。まあ、そのおかげで私も生活できているのですが。


人間とはつくづく罪深い生き物ですね、まったく。






お読みくださりありがとうございます。

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