晃がいいっていうならいいけど?
「おい、なんだこれは」
「ドラゴン?」
「そういうことを訊いてんじゃねえ!」
裏の解体所に連れられた晃と佐紀はそこにドラゴンの死骸二匹をだすと解体を生業としているおじさんにキレられる。いや、まあ、おじさんも突然ドラゴンをだされればこういう反応をしてしまうのも仕方がないところなのだが。
「ドラゴン倒したからだしただけなのに~」
むくれた様子を見せる佐紀にほっとする晃。なぜかって?そりゃ佐紀なら気に入らないことがあれば相手を手にかけてもおかしくなさそうだからである。
だがそんな晃の心配とは裏腹に、佐紀にだって常識はあるのだ!何を隠そう佐紀は今まで警察のご厄介になったことはないのである!
晃は異世界に来て過激になった佐紀に少し過剰なヤンデレケアをしようとするが、そんなことを心配する必要はない。
晃が心配すべきはただ二つ。それが僅かにでも晃を不快にさせるものではないか。それが佐紀の晃への想いを邪魔するものではないか。
つまりこの人はおじさんなので晃の恋愛対象にはならず、また晃を不快にさせるようなこともまだしておらず、佐紀の恋心を邪魔するような行為もしていないのだから佐紀がヤンデレモードに入る理由はない。
よかったね、おじさんで。若い女なら危険性が高いので気をつけるべし。
「おい、これはどういうことだ!」
解体所のおじさんが受付のおばちゃんに訊ねる。受付のおばちゃんもわからないという風に肩をすくめて見せた。
「だいたいあんたら見たことない顔だがなにもんだ」
おじちゃんが鋭い眼光で晃と佐紀を睨む。
晃はその眼光をさっと受け流して平静を保った。じゃないと今度こそ佐紀がおじさん殺しそうだし。
「私たちはちょっと田舎の方から来たんだよ。魔法が使えるから冒険者になりに来たんだ」
佐紀が明るく答える。
「冒険者になりたての人間がドラゴンなんか狩れるか」
「そんなことないよ。私と晃がちょっと強かっただけだよ」
なんか門番のときと違って冒険者ギルドの方では佐紀が主体で喋るようになったなあと思っていた晃だったが、なんだか雲行きが怪しくなってきた。
私と晃がちょっと強かっただけ?いや俺関係ないはずなんだけど。晃、不安を覚える。
「強いってんなら証拠を見せてみな」
おじさん、さらに雲行きを怪しくする。ただし晃の雲行きだけを。
不安が底知れなくなってきたところで晃は慌てて声をかけた。
「なあ佐紀もおじさんもちょっと待―—」
「いいよ望むところだよ!見せてあげる、私と晃の魔法!」
しかしそんな晃の声が聞こえなかったかのように佐紀が切りだす。
なあちょっと待って!「私」はよくても俺の魔法って何!?
佐紀がこんな啖呵を切ることはない(そんなことが起こる前にヤンデレモードに入る)ので狙った展開なんだろう、晃の言葉もあえて無視したことだし。普通の佐紀なら絶対あり得ないことが二つも起きれば、それは佐紀の策略である。
まさかどさくさに紛れて受付けのおばちゃんと解体所のおじさん殺さないよな!?
佐紀は解体所から外にでると思いっきり叫んだ。
「打ち上げ花火!」
ドーン、というこの世界ではおそらくは聞きなれないであろう音が鳴り響く。そろそろ日が暮れようという時間に空に咲いた花はそれはもう綺麗なものだったが、この世界の人間は大騒ぎを始めた。
「あ、あんた!何してんだい!?」
「何って、魔法で打ち上げ花火だけど」
「何かは知らんが儂が謝る!謝るからやめてくれ‼」
町はもう大騒ぎ。人々の「死にたくない」や「俺はまだやり残したことがあるんだ」という声が聞こえる。
晃や佐紀からしてみればただの打ち上げ花火だが、そんな慣習のない異世界では攻撃とみなされたようだった。
佐紀が仕方がないなあ、と呟いて空にいくつも咲き続けた花火を止める。
「それで?私たちの実力はわかってくれた?」
「ああ、わかった。わかったとも。あんなことが魔法でできるやつはドラゴンだって殺せるだろうことは十二分に理解できる」
なぜか晃は魔法を見せていないにもかかわらず晃の実力もわかってくれたようである。当然、佐紀と同じようなものとして。だからなのか、さっきまで佐紀に特に恐怖を覚えていたおばちゃんが晃にまで恐怖の視線を向けるようになった。世の中って不思議だね。
町の騒ぎを収めるためでていったおばちゃんを除き、解体所には晃と佐紀とおじさんが残る。
おじさんがため息を吐きながら佐紀のだしたドラゴンを見つめた。
「それにしても飛竜か。町には危害を加えることがないがこいつのせいで冒険者たちが森になかなかでれなくて困ってはいたんだ。だから一応感謝はしておくが……」
「しておくが?」
きっと打ち上げ花火のことだろう、素直に感謝しきれないのは。晃は納得して佐紀に見えないよう軽く頭を下げておく。おじさんもむやみに責めるようなことはできないからか、消化しきれない雰囲気を残したままに話を変えた。
「それにしてもよく倒せたもんだな。飛ぶし、厄介じゃなかったか」
当然晃が答えることはないので佐紀が答える。
「巣を奇襲したからね。飛ぶ前に倒したからそんなに苦労はしなかったよ」
なぜか意味ありげに晃に視線を送る佐紀。特に「巣を奇襲したからね」あたりで晃を見たせいで、おじさんが晃がやったものだと勘違いしたようだ。順調に晃の強いイメージをつくられている。
「一応言っておくが、ドラゴンだから解体に時間はかかるぞ。すぐに金にはできんことは承知しておいてくれ」
「うーん、晃がいいっていうならいいけど?」
「あ、はい。大丈夫です」
間髪入れずに速攻で答える晃。晃は確かに佐紀のヤンデレに過剰ではあるが、同時に佐紀は過剰なほどにケアしなければ危ない人間である。晃だって佐紀の思考をすべて把握できるわけではない。晃は普通の人間なんだもの。
ところで佐紀はかなりの確率で晃の思考をぴったりとあててくる(もちろん異世界に来る前から)のであるが、もしかして人間やめてます?
「それと状態が悪いから、相場ほどの値はつけられんことも理解しておいてくれ」
「晃がいいっていうなら――」
「大丈夫です」
当然間髪入れずに答えます。
「じゃあざっくばらんにどれくらいの値がつけられるの?」
そう佐紀が訊くのに対して、おじさんはうーんとたっぷり三〇秒ほど悩んで答える。
「金貨四〇枚ってところか」
「普通は?」
「もし仮にまったく傷がついてないんなら金貨百枚は下らんが、まあ一般的には六〇枚から七〇枚ってところか」
あっ。そこで晃思い出す。そう、佐紀はまだ見せていないドラゴンがもう一匹いるのだ。それこそが地竜。飛竜を倒した後佐紀が倒したあのドラゴンである。
ところで佐紀はあの地竜を手っ取り早く即死魔法で殺した。(飛竜のときに即死魔法を使わなかったのは即死魔法が魔力を大量消費するかららしい。それでも地竜に即死魔法を使ったのは、ゴキブリみたいなドラゴンは早く倒してしまいたかったからのようである)
さて、ここで問題です。一般的な即死魔法において、それを使われた相手の死骸の状態はどうなるでしょう?三秒以内にお答えください。ちなみに佐紀が使ったのは黒い靄で覆ったら相手が死ぬタイプの魔法です。
「じゃあ完全状態のもだすからここ空けて」
正解!外傷も内傷もない完全状態でした!……はあ。
当然おじさんは呆けた声をだす。
「は?」
しかしその声をだし終わるよりも先に、「あ、ここ空いてる」と言って佐紀が地竜をだした。傷一つついておらず、なのにぐったりとして動かなくなった地竜を。
「これで金貨一四〇枚以上は確定だね!」
佐紀の笑顔がはじける。
金貨一枚が日本円でどれほどの価値になるかはわからないが、きっとすごい金額なんだろうなあ。晃は大量のお金が入る喜びとともに佐紀から逃れられなくなるであろう未来が見えて静かに涙した。