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冒険者になりたいんですけど?

 制服からこの世界風の服に着替えた晃と佐紀は冒険者ギルドに来ていた。

 外観は大きく目立ったところはない。もちろん周りの石造りの質素な建物に比べれば色も塗られているし「冒険者ギルド」の看板がでかでかと目立った位置にかけられてはいるが、それだけだ。色だってわかりやすいように塗られているだけでそれほど目立った様子はないし、看板も大きな特徴は見られない。

 息を吐いて、そんな何気ない建物に対峙する。

 晃は僅かな不安と期待を抱き、しかしその雰囲気に圧倒されていた。

 外からでも聞こえる男たちの騒ぎ声。建物はそれほど特徴がないのになんだか物々しい雰囲気を感じる。


「突っ立ってないで行こうよ!」


 晃の腰が引け気味な中、佐紀はお気に入りに本屋に行くかのような足どりでギルドの扉を開けた。

 扉を開けたことでより聞こえる声。酒に酔った男たちのものが多いが、その中には怒号すらも聞こえる。

 ギルドは真正面に受付、右サイドに依頼書が貼ってあり、左サイドには併設してある酒場があるようだった。

 見慣れない新人二人の登場にギルドの喧騒が少し消える。酒に酔っている者も多いので完全にというわけではないが、今まで騒いでいた人間が急に晃たちを見定めようとする姿は恐怖すら感じられた。

 晃の足がなかなか進まない中、その手をとって佐紀はどんどんと進んでいく。


「すみません、冒険者になりたいんですけど」


 佐紀は空いている受付にまっすぐ向かい、そう言った。欠伸をかいていたおばちゃんは訝しむような目を佐紀に向ける。


「ここはあんたらみたいな弱っちいのが来るとこじゃないよ」


 よし帰ろうそうしよう。あの筋肉もりもり冒険者たちと比べれば俺たちなんて塵芥だしね。晃はおばちゃんの言葉に逆らうことなく踵を返そうとするが、佐紀は晃の手を握ったまま強く引き留める。

 晃は咄嗟に佐紀を見た。佐紀の顔は、笑っていた。あれ、でも目が笑ってないぞお?


「魔法使いなんだけど?」


 佐紀、よくこらえたな!

 佐紀は(笑顔のままにもかかわらず)今にも射殺さんとする形相だが、受付のおばちゃんは興味ないとばかりにもう一度欠伸をした。


「たまにいるんだよねえ、あんたたちみたいなのが。ちょっと魔法が使えたからって調子乗って冒険者になろうとして、それで冒険者の苦労を知って私たちを罵ってくるんだ。こんなのおかしい、俺は英雄になるためにここに来たんだってね。わたしゃそんなのの相手してられないよ」


 しっしと追い払うような仕草をするおばちゃん。

 や、やめろお!やめるんだ!あ、佐紀、俺佐紀と手つないでたいんだけどなあ!あーあ佐紀の手を握っていたいなあ!

 佐紀がおもむろに晃の手を放す。今まで晃の手を握っていた利き手の右手を開けた佐紀に、晃は焦りを覚えた。

 晃の予想通り、佐紀は行動を起こす。

 事は一瞬で起こった。佐紀がいつの間にか右手に握っていたナイフをおばちゃんの首筋に突きだしたのである。ナイフは僅かにおばちゃんの首の皮を突き破り、血をたらりと流させた。

 ひっ、というおばちゃんの声が聞こえる。そして二度目のひっ、が聞こえた。言わずもがな一度目のひっ、はナイフが首筋にあてられたことだが、二度目は佐紀の目を見てである。殺しに躊躇のない目。ハイライトを完全に消し、死んでもないのに光を失った目がまるで死の象徴のようにすら見える。

 これ、今まで何人か殺ってきた奴の目だよな。まあ幸いなことに佐紀は今まで誰一人手にかけてはいないのだが。かろうじて。

 その瞬間だけ、ギルド内は静寂に包まれた。今まで騒いでいた人も危険な雰囲気を感じたのか、それとも佐紀の殺気に怯えたのか。誰もが時間が止まったように動かなくなり、しかしその視線は佐紀の手元にいっている。


「冒険者になりたいんですけど?」


 佐紀はデフォルトで明るい声をしている分、冷たくなった声は誰もが震えあがるほどのものだった。表情も完全な無。

 ギルド内は呼吸の仕方がわからなくなった人たちの微細動しか感じられない。いつもとあまり変わりなく動けているのは晃くらいなものだ。

 あーあ、初めて見ると怖いよね。ちなみに晃は慣れっこなのでもうそんなに怖くない。

 動かないおばちゃんを見て、佐紀は右手のナイフを動かそうとする。


「あ、ああ!わかった、冒険者にする!冒険者にするからそれを収めてくれ!」


 おばちゃんは慌てて声を放った。焦ったせいか、声が若干かすれていた。

 佐紀がナイフを収める。素早く引かれた手にはいつの間にやらナイフは握られていない。目には光が戻り、ヤンデレモードじゃないときの佐紀の笑顔が宿る。


「もう、最初からそう言ってくれればいいのに。新人をからかうのはよくないと思いますよ」


 ふふふと綺麗な笑顔を浮かべる佐紀とは対照的におばちゃんは引きつった笑みを浮かべた。

 晃はふと気になって酒場の冒険者たちの方を見るが、晃も佐紀と同類と思われたのかあからさまに目をそらされる。

 もしかしなくても頼れる現地人を調達することはできないな。晃くん、れいせーい!


 冒険者カードというものを少しばかり期待したがそんなものはないようだった。まあ別にいい。何度も言うようだが晃が恥をかくだけである。

 代わりに冒険者の証明になるのが門番の人に発行してもらった身分証だった。身分証を受け付けのおばちゃんに渡すとそこに冒険者印というものが押され、それが冒険者の証明になるようだ。


「い、一応言っとくけど飛び級は無理だからね……?」


 おばちゃん、震える声で告げる。おばちゃんの位置が少しばかり後ろになった気がするのは気のせいではあるまい。


「もうっ、そんなのわかってますよ~」


 そんな当たり前のこと言わないでくださいよ~みたいなニュアンスで言っている佐紀だが、さっきのことがあったせいか何か裏の意味が含まれているのではないかと不安をよぎらせている感じのおばちゃん。気にせずとも今の佐紀に裏はないと思うよ。幼稚園からずっと一緒な俺が保証しよう。とは思いつつも何かあっても晃は助けられないので念のためおばちゃんは不安に思っておく方がいいかもしれない。


「あとこれが冒険者バッジだよ。身分証と合わせてようやく冒険者だってことを証明できるからなくすんじゃないよ?」


 なんかおばちゃんのくちょうに覇気がなくなっている。おそらくおばちゃんの性格からいって普段なら素っ気なさげに「なくすんじゃないよ」と言い切りの形になっただろうに、今は自信なせげに最後に疑問符がついてしまっている有様。頑張れ、受付のおばちゃん。

 晃は冒険者バッジを受けとり、それを胸に付けた。Fと書かれたバッジは冒険者ランクがFであることを表している。佐紀も同様に胸につけていたが、そのとき佐紀の胸が腕によって変形しているところに目が行ってしまったのはご愛敬。どうせ佐紀にはばれていただろうが慌てて目をそらす。

 さて、これからどうするか。

 佐紀の胸を頭から追いだし、あえて冷静に物事を考え始める。逃げるように考え始めたこれからだが、早急にどうにかしなければいけない問題でもあった。

 冒険者ランクを上げてお金も名声もゲット!も少し前なら考えただろう。佐紀のみにチートがあり、晃は何もできないと知るまでは。冒険者ランクはFからSまであるらしいが、しかしもう冒険者に憧れる気持ちはなくなってしまった。佐紀が何かしら企んでいるらしいが、堅実にやっていこうかなあ、と考える。


「晃、さっそくだけどこの依頼受けようよ!」

「おお、いいぞ」


 でもまあ、どうせ何かするのは佐紀だ。晃ができることなんて薬草採取とかそんな程度だろう。だから受ける依頼を決定すべきは佐紀にある。晃はそう思い、佐紀に依頼の決定権を委ねる。しかしそれが間違いだった。頭ぶっ飛んだチート持ちに決定権を委ねたことを後悔した。


「なんでドラゴンの巣穴に突撃してるんだよ!」


 知らぬ間に連れてこられたのはドラゴンの巣穴。もはやわけがわからない。…………おうち帰りたい。

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