なんか投げやりになってない?
晃たちはとりあえず町を目指すことにした。どこかの異世界作品なら山籠もりなどの修業をすることもあるだろうが、残念ながら晃は普通の人間、魔法すら使うことができない。ましてや異世界のサバイバルなんて地球のサバイバルすら知識程度にしか知らないのにできるわけもない。
「とは言っても町が見当たらないんだよなあ」
しかしここはアルプスの少女も大好きな草原。周りには山々が並んでおり、町を見つけることもできない。
別に大きな町でなくてもいい。なんなら村でもいい。人だ。人のいる場所に行きたい。
「あ、あそこにそこそこの町があるよ~」
「え!?」
相変わらずの佐紀の気の抜けた声に、晃は慌てて彼女の目戦の先に身体を向ける。しかし真正面には山しかなかった。それほど大きな高さの山でもないが、かと言って目視できる範囲に町も見当たらない。晃も佐紀も視力は1.0ほどだ。佐紀に見えて晃に見えないなんてことはないはず。
「ほら、山の向こうに」
「いやなんで見えるんだよ!?」
思わずといったツッコミ。もう晃もわかっているのだ。あ、これ魔法じゃね?
「千里眼だよ?」
「やっぱり魔法かよ!」
もはや驚きはしない。きっと神様は魔法の才能を佐紀だけに与えたのだ。このヤンデレ少女にだけ与えたのである。……悲しい。
主よ、これも試練だというのですね。生粋の日本人である晃は無宗教だがそんな言葉が心に浮かんだ。
「大丈夫だよ。晃には魔法の才能がなくても私がいるじゃん。異世界への特典はチート持ちの可愛い幼馴染、ステキだと思わない?」
普通ならそうだ。普通なら諸手を挙げて喜ぶよ。魔法使えなくたってその言葉通りなら最高だよステキだよ。だが何度でも言おう。ヤンデレでなければいい、と。
それからはなんか佐紀と一緒に空を飛んで、向かってくる見知らぬ獣たちを爆散させて進んだ。
そーらーをじゆうにーとーびたーいなー はい 無理 あっきらっめろー
子供の頃に歌った歌は、佐紀さえいればなんとでもなるらしい。いや、晃の意思で飛べないんだから自由じゃないか。
そうして一〇分ほど飛んで見えたのは佐紀の言う通りそこそこの町だった。ゲームで言う始まりの町みたいな感じだ。
町の入り口、門番の目の前に佐紀とともに降りる。
「うおっ」
門番の驚く声が聞こえたが、まあ当然の反応か。だって佐紀、チート持ちだもん。たぶん飛ぶ人間とかそうそういないよね。そりゃ驚くよね。無駄に理解のいい晃は悟りを開き始めているようだった。
「お、お前ら何者だ!」
若干へっぴり腰で威厳も何もあったもんじゃない門番がそれでも強い口調で訊いてくる。向けられた槍は牽制のためでしかないからか急所を狙う方向には向いていない。
佐紀がニコニコとしたまま前にでないので仕方なしに晃が前にでる。
「実はとても遠い田舎の村からこの町に働きに来たんです」
お約束通り、異世界人であることは秘密だ。服は二人とも制服だが、村の特別な衣装となんとか言っておけばいいだろう。
「お、おお。そうか。魔法使いだもんな、そりゃ町にでるか」
なんだか門番も納得してくれたようだ。今の口調から察するに魔法使いというのはそれほど多くないのかもしれない。しかし同時にこの世界では魔法使いがいるということもわかってしまった。もう内政チートしかないかなあ。
「ええと、入ってもいいですか?」
「入りたければ身分証をだせ。いくら村の出身とは言っても町に来るのに身分証くらい発行しているだろ」
「……その、実はうっかり忘れてしまって」
「なら金を払うんだな。一人当たり銅貨二枚でつくれる」
まさかの身分証展開。いやー、困ったなー、誰かこんな展開を覆せるドラ〇もんみたいなすごい人いないかなー(棒)。その眼差しは佐紀へと向いた。
晃は「男としてのプライド」を忘れた。代わりに、「どうせ佐紀ならどうとでもできるんだろう(確信)」を覚えた!
佐紀は晃の視線を受けて嬉しそうに頷くと石ころを四つ拾って門番に渡す。
「はい、二人分銅貨四枚です」
「う、うむ。確かに受けとった」
門番が佐紀の笑顔に赤面して声をどもらせてはいたが、何も疑問を持たずに石ころ四つを受けとった。
ああーはいはい、幻覚みたいなやつかな。異世界ものも愛読する晃にとってなんとなく佐紀のやっていることはわかった。
門番から二枚の小さな羊皮紙が渡される。
「そこに自分の名前と年齢、あと血判を押してくれ。それで身分証の完成だ」
異世界あるある的には魔法とか職業とかそんなのが浮かび上がってくる身分証が多いが、流石にそんなことはないかと晃はあっさり受け入れる。あったとしても魔法が使えない晃は困るだけだからだ。もしかしたら冒険者ギルドみたいなものがあって冒険者カードがあればそんなシステムも見られるかもしれないが、どうせお世話になるのは佐紀だけである。魔法も使えず戦闘技術もない晃はただのヒモだ。
「「ありがとうございまーす」」
異世界あるある的に漢字はなさそうなので二人とも名前をカタカナで書き、かつ苗字は書かないことにした。
どうせ苗字があるのはお貴族様だけなんだろ?晃、魔法が使えないからといって適当になってきている。頭脳明晰はどこ行った?
佐紀のだした針で親指に小さく穴をあけ血判を押し、門番に提出。門番が確認印を押すと二人は気の抜けた俺を言いながら町の中に入る。
町の中は壮健、というほどでもなかったが、中性か近世くらいのヨーロッパの建物が並んでいた。まだ町の端っこなのでそれほど重要な施設っぽいところは見当たらないが、それでも異世界に来たんだなあという実感が確かに持てる。
「とりあえず、住む場所探すか?」
とりあえず常識人な晃はまともなことを考えた。まず探すべきは住む場所だ。日はだんだんと沈んできており、このままでは野宿になりかねない。それではなんのために町に入ったのか。
だが晃は同時に予想もしていたのである。ここで無意識のうちに佐紀に訊いた意味。
帰ってきたのは突拍子もない答えだった。
「うーん、それなら邪魔にならなそうな適当な場所につくっちゃえばいいんじゃない」
あーもう、これだからチート持ちは。まともな案をすべて非常識で乗り越えてくるんだよなあ。今まで読者として楽しんで見ていた俺TUEEEだが、それを間近で観戦する側になると気分も変わってくる。そう言いつつもう受け入れてしまっている晃はもう駄目かもしれない。
「あー、うん、それでいいや」
「なんか投げやりになってない?」
「気のせい気のせい」
「気のせいじゃないと思うんだけどなあ」
町の中心部に行くほど町は賑わっていた。それならば、町の円周部なら空いている土地もあるはずだ。
佐紀は晃を気にするようにちらちらと見ているが、晃は気にしない。(蛇足ではあるが、佐紀はいつも晃をじっくり、いっぴとたりとも目を離さない勢いで見ている)
「夕方までに家つくるかあ」
「ええと、うん。そうだね」
なんだか釈然としなさそうな佐紀だが晃の言葉を聞かないわけではない。
二人はそのまま町の円周部を軽く見て回り、誰も気にしていなさそうな土地に家を建てた。例のごとく佐紀が魔法で一瞬でつくったが、もはや晃に魔法に対する感動はない。
俺の異世界生活、これからもこんなんなのかな。そう思う晃の心を咎めるものなど男なら現時点では誰もいないだろう。たとえこれからヒモになるとわかっていても。
ああ、それはそうと。晃が家をつくることを拒否しなかったのは魔法でつくれるのならばお金がかからずに済むというのもそうだが、何より宿とかに行って偶然同年代の女の子と会ったらどうなるかわからないからである。
やっぱり異世界の宿屋と言ったら若くて可愛い女の子が親のお手伝いしてるもんだし。
そしたらその女の子死んじゃうかもしれないし。
ヤンデレ怖い。