なんか異世界っぽいし、魔法とか使えないかな?
それは晃が佐紀と一緒に登校しているいつもの日常だった。
晃と佐紀の通う高校は歩いて一五分ほどの距離にある。家が隣同士ということもあり、二人の登校はいつも一緒だ。
端的に言って佐紀はヤンデレだが、普通にしていればただの美少女、むしろ性格はいい。晃も佐紀のヤンデレには辟易していても、二人で話す分には決して彼女のことは嫌いではないしむしろ人間的には好きな部類だ。
「昨日家の庭に野良猫がいてね、すっごく可愛くて~」
そう言って笑う佐紀は本当に可愛い。もし彼女がヤンデレでなければ俺は確実に惚れていただろうなと晃は思う。
そうして佐紀だけを見ていたからだろう(晃がうっかり綺麗な女性を視界に入れて見てしまうと佐紀がヤンデレを発動させるために普段から話しているときは佐紀だけを見るようにしている)、晃は突如として起きた目の前の変化に気づかなかった。
最初に気づいたのは佐紀だ。佐紀がいくら晃が好きだからと言って前を見ないような人間ではない。むしろ隣にいる晃をきっちり視界にいれながら前を見る技術まで習得しているほどである。だからこそ佐紀はその変化に驚き声を上げた。
「えっ」
小さすぎる声でもなく、しかしながら大きな声を発する息継ぎすら忘れて、大きな声もでない。その声に気づいたのは晃だけだ。
晃もつられて前を見る。そこにはどうやって発しているのかもわからない燐光が見えた。
「な————」
晃が佐紀に遅れて声を発っそうとするが、その声はもはや掻き消える。燐光が瞬く間に大きくなり二人を覆ったのだ。音もなく発された強い光は、けれど晃の声を無に帰し、同時に二人の存在を掻き消してしまった。
***
晃と佐紀が目を開けた先に広がっていたのはどこまでも伸びる広い草原だった。どこかのアルプスの少女が走り回りそうなくらい広いその草原は、しかしどこか見覚えのない生物が見える。
ホルスタイン牛のようでありながら鹿のような角を持つ生物。特に角は実際の鹿よりもずっと大きく、その重さに頭が絶えられるのかと疑問に思うほどだ。
晃がぼーっとその生物を眺めているのっそのっそと歩いていたその生物と晃の目が合った。そして一秒二秒……大きな角を前に突き出し、一気に晃に向かって駆けてくる!
突進してくる牛の身体と鹿の角を持った生物。未だに何が何だかわからずにいる晃は彼らの突進に夢でも見ているんじゃないかと現実を受け入れられないまま動けない。
動いたのは佐紀だった。突進してくるその生物を晃を突き飛ばしながら間一髪で躱す。
衝撃で晃も理解する。これは夢ではない。現実だ。
「な、なんなんだ、これは……」
晃がいくら頭脳明晰でスポーツ万能と言えど、突如起きた異常事態に対処できるほどではない。理解できないことに人は対処できるほど強くはないのだ。
「牛、いや鹿?でもなんか私たちを襲おうとしてるし肉食獣とか?それとも縄張りに侵入されたから怒ってるのかな?」
だがこんな状況にも冷静に対処できる若干人間っぽくないヤンデレが一名ここにはいた。もちろん佐紀だ。彼女は冷静にその生物を分析する。そんな姿を見た晃は安心しかけるが、冷静に考えて冷静になったところでどうにかなるようなことでもない。なんで冷静になって冷静になることが駄目だと気づくんだよ!
晃はあたりを見回した。広い草原で、やはり何もない。大きな木の一つも生えておらず、草の高さもそれほど高くはない。つまり身を隠せるような場所も障害物となるようなものもないのだ。
「いや佐紀、どうするんだよこれ!死ぬのか?俺たちここで死ぬのか!?」
冷静になれたからこそ襲ってくる恐怖。佐紀の冷静さにつられて冷静にはなれたものの、だからと言ってどうしようもないこの状況は絶望的だ。人間はステータスのほとんどを知能に極振りしたような生物なので普通牛にも鹿にも勝てない。いつまでも殺しにくるのならば確実に死ぬ。
佐紀の表情は悩ましげだったが、かと言って晃ほど絶望に染まった顔もしていなかった。そしてその表情のまま、突拍子もないことを言いだす。
「なんか異世界っぽいし、魔法とか使えないかな?」
「いやどこからそんな発想来るんだよ!」
晃だって余裕があれば思っただろう。しかし今の状況は命のかかった場面である。つまり佐紀の頭がおかしいのだ!そう、佐紀は頭がおかしいのだ!ちなみに本人にそんなことを思ったとばれたら何されるかわからないので口にはしない。
「だってもう魔法とかしかなくない?普通に戦って勝てる?いくら私が晃のためならどんなことでもできる人間とは言っても彼我の戦闘力を明らかに上回ってそうな生物相手じゃちょっと無理っぽいけど」
いやそうだけども!声にならない叫びは晃の心の中で木霊す。ちなみに「晃のためならどんなことでもできる」発言はスルー。下手につつけば地雷を引きかねない。
「じゃあとりあえず試しに……爆発しろ~」
間延びした可愛らしい声は決して魔法を発動させようと思っている人間の声には聞こえなかった。別に「ダークフレイム!」とか「ニブルヘイム!」だとか格好つけろとは思っていないけれど、それにしたって最後の「~」はない。「!」にしろ!
しかしそんな晃の心の突込みは空振りに終わる。いや、もしかしたら芸人としては最高の出来か?とにかく、「爆発しろ~」の声に合わせて大きな爆発音が起きてしまったのだ。そして牛と鹿を合わせたような生物も爆散してしまった……。いやおかしいだろ!
「いやおかしいだろ!」
「何が?」
「なんでこんなんで魔法使えんだよ!」
「いいじゃん。結果オーライッ」
おかしい。何かが間違っている。神様、こんなんでいいのか!?
可愛く敬礼する佐紀にを見て、思わず天を仰がずにはいられない晃だった。