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カルテジアンの小説劇場  作者: 神崎 月桂
第一幕 魔法が使えない世界最強の魔法使い
9/11

Section1-8

「なっ…………」


 その場の誰もが驚嘆を覚えた。だってそもそもこの機械は、特殊能力者じゃないと珠が反応しない。

 それがどうしたことから、ドロシア博士特製の珠は、特殊能力者じゃないエーミル閣下に、光り輝き反応した。


「ほーん、7653っすか。ちゃんと鍛えたら一線級だったっすね」


 ピピピッとディスプレイ、映し出された数字はどっしりと構え動こうとしない。


「ど、どういうことだ? なぜ私に、値が?」


「なぜって言われても、そういう珠っすから、これが」


 そう、適当な返しをしながら、これまた適当に指を指す。


「この珠は、適正値を測るんじゃなくって、そもそも本人がどれくらいの魔力を持っているのか、それを指標化するためのものっす。一般的には特殊能力者の方が高い値なんすが、エーミルは珍しく特殊能力者よりも高めの値っすね」


「なんと! 私もやっていいでしょうか?」


 陛下が、食いついた。


「いいっすよ、ただ、その前にこの少年のことを済ませてからにしてくださいっす」


 博士の言葉にアナスタシア陛下は了承の意を示した。

 そしてドロシア博士はこちらを向いた。


「じゃあ少年、やるっすよ」




「乗せれば、いいんですよね?」


「そうっす、あと1つ言っておくと、特殊能力者の場合、基本的には適正値に対して正の相関を持つっす」


「エーミル、セイノソーカンとはなんでしょうか?」


「陛下、以前数学でやったでしょう。一方が大きくなると他方も大きくなる傾向がある、という話です」


「ああ、ありましたね、そんなもの」


 それにしても、緊張する。今まで測定不能と言われ続けた僕だったし。

 でも、それと同時に、楽しみでもある。


「じゃあ、やりますよ」


 そっと触れるように手を乗せた。


 しばらくすると、ピッと鳴りディスプレイには「17」とたったそれだけ。


 ほんの、ほんの僅かではあったが、値が出た。嬉しいような、悲しいような。微妙すぎる感覚に襲われる。


「珠から手ェ離すなっすよ!」


「えっ!?」


 終わった、ので手を離そうとした。その直前に止められる。

 どういうことか理解できずにいると、不思議なことに音が聞こえた。


 ピッと。ディスプレイには「32」とだけ。増えた?


 ピッ「70」ピッ「156」ピッ、ピッ、ピッ、ピッ。


 ピッ、ピッ、ピッ、ピピピピピピピピピピッ!


「少年、手を離すっすよ!」


「は、はいっ!」


 正直怖くなってきていて、離す準備は万端だった。

 手を離すと同時に、反射的に後ろに飛び退いた。


「これが、真実っす」


 ニヤリと笑う博士。その手が指し示すは。


「嘘……」


 誰だががそう声を上げた。

 でも、僕だってそう思った。だって。

 指し示されたディスプレイに映るは「458786578057」、まるで小さな幼子に適当に数字を羅列させて作ったかのような、数字。


「ちなみにこれが全部じゃないっすよ? 無理やり中断させたっすから」


「で、でも僕、魔法なんて…………」


「使えない、そう言いたいっすね?」


 ズバリ指摘され、少し怯みながら頷く。


「まあ、そいつはただの思い込みっす、気づいてないだけで君は実際に使ってるっす、まあ気づけないのも無理はないっすけど」


 カツカツカツと謁見の間を歩きながら、博士は言う。


「とりあえずついて来いっす、実際にやりながら説明するっす」






「広い……」


 連れてこられたのは、訓練場だった。カルテル村の学校にあったそれよりも随分と大きい。


「じゃあまず少女、君の属性は……たしか氷あたり出せるっすね? 全力で氷塊出すっす」


「え、あ、はい」


 レインは前に出て、自身の得物、箒に手をかける。


「水よ、我が命に従いてここに凍りて顕現せよ」


 詠唱が終わるとほぼ同時に空気の流れが変わる。演習場の上空に小さな氷。

 それはどんどん肥大化して、ある程度大きく、だいたい半径が大人の身長くらいの球状に近い形になって、落下。


「オーケーっす、ちなみにこれ、一応聞くっすけど全力っすよね?」


「は、はい。全力です」


 レインは、少し息が切れ気味になっている。


「まあ、無意識でセーブしてるとかもあるとしても、これ以上はあんまり大きくならない、ということを前提にしてほしいっす」


 博士はそう言って進めるが、なぜわざわざ前提がどうとか言っているのか、誰も理解できないでいた。


「じゃ、もう1回やるっす」


「ええ!? え、あの、今さっきので魔力相当使っちゃって、それでもう1回はキツイというか……」


「んなことは知らないっす。やれったらやれっすよ」


 唖然。と、全員が呆れかけるほどに、まるで子供のわがままのような言いよう。


「それに、たしかに本当なら魔力の回復を待つべきなんしょうけど、今回ばかりは必要ねえっすし。もちろん、さっきと条件は若干変わるっすよ」


 カツカツカツと、相変わらずの靴の音を立てて、博士が歩く。

 僕の前まで。


「少年、少女と手を繋ぐっす」


「はああああああああ!?」


「えええええええええ!?」


 僕と、レイン。二人の絶叫。しかしまあ、ドロシア博士のその言葉には驚いたようで、エレウシスさんやエーミル閣下は目を見開いたりしている。

 陛下は、口に手を当てて「あらあら」なんて呟いていた。


「な、なんで僕が?」


「いや、そもそもこの実験は少年のために行ってるっすよ?」


 そうだった。


「それに、少年。君くらいの年齢の男子なんてほぼ常に異性の体に触りたいとか思ってるもんすっよね? ほら、合法的に触れる機会っすよ」


「いや、なんでそうなるんですか!?」


「アランくん、そんなこと思ってたの……?」


「違うから、違うから、思ってないからな!」


 冷ややかな視線がレインから送られてくる。僕はなんとかそれを弁解しようとする。弁解できていると信じている。


「まあ、とにもかくにも手を繋がないことには始まらないっすから、ほらさっさとやるっす、ハーリーアップ、ハーリーアップ!」


 そう言って催促してくる。非常に、とてつもなく、不本意ではあるけれども、この人の言うことには従ったほうが吉なのかもしれない。

 従うまでこうやって催促しそうではあるし、それに、博士がやれということにはどことなくそうするべきというロジックが見える。


「レイン、いいか?」


「アランくんが、いいのなら」


 レインはそう言ってくれた。少し躊躇いはしたけど、僕は右手で彼女の手をとった。


「よし、じゃあ少年はさっき測定機にやったみたいに彼女に魔力を込めるっす。少女は全力で氷塊作れっすよ」


 なにが起こるのか全くわからない。けど、とりあえずやって見る他ないだろう。

 彼女の手を握っている右手に神経を集中させる。レインはさっきと同じように箒を片手に詠唱を始めた。


「水よ、我が命に従いてここに凍りて顕げ――かはっ!」


「レイン!?」


 急変したレインの様子。しかし、僕のとろうとした行動――実験の中断は博士によって。制される。


「続けろっす」


「ドロシア博士、でも、レインが」


「いいから、続けろっす」


 冷徹な声が、続けろと、ただそれだけを告げる。

 本当に僕は意気地なしだ。レインが僕のせいでこんなに辛そうだというのに、それを止める勇気も、博士に反論する勇気も。なにひとつない。


「大丈夫っす、初めての感覚に体がびっくりしただけっすから」


 さっきの声に比べれば、いくらか柔らかな声色だった。

 しかし、そうは言われても。握ったままで離せないでいた手から伝わってくる彼女の脈拍は異様に速く、それに従って僕の中の焦燥も増していた。


「はあ……はあ……」


 レインの息も切れていて、彼女に相当な負荷がかかっていることがわかる。


「少女、薄々感づいてるかもしれねえっすが、ここでやめれば下手すりゃ――死ぬっすよ」


 博士が放った言葉。その場の空気の温度が下がったのは、気のせいか、はたまた。


「はいっ!」


 普段では考えられないような、捻り出すように割れた叫び声。


「詠唱」


「はいっ!」


 レインは改めて箒を構え直す。僕も、彼女の手を握り直す。


「水よ……、我が、命に従いて……ここに凍……りて、顕現、せよっ!」


 刹那、背筋どころか体の芯までが凍るかのような感覚に襲われる。

 博士がさっき放った言葉のせいではない。そんな比ではない。


「嘘だ……ろ?」


 その場にいた誰かが、そう言った。

 まるで世紀末を見るような表情が溢れる中、ただ1人ドロシア博士だけが笑っていた。

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