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カルテジアンの小説劇場  作者: 神崎 月桂
第一幕 魔法が使えない世界最強の魔法使い
5/11

Section1-4

 なんでだろうか。僕にはなにもわかりそうになかった。


 彼女の言う通りであれば、もうここには魔物はいないのだろう。

 状況はまだ飲み込みきれていない。飲み込みたくもない。理解したくない。


 だってそうだろう。

 ついさっきまでなんでもないような話をしてバカ言って、それから騒いでいただけ。ただそれだけの、普通に楽しいような生活を送っていた友人が。

 ついさっきまできっと畑仕事をしていたのだろう、気前が良くてよく自慢の野菜と称して立派な野菜をくれていた近所のおっさんが。

 将来の夢は王都に行って騎士になってみんなを守るんだ! って意気込んで、よく僕と一緒に剣の鍛錬をしていた元気な男の子が。

 あんまり家事が得意じゃなかった僕に、料理やら洗濯やらの家事のやり方を教えてくれた綺麗でどこか妖艶な感じもしなくはなかったお姉さんが。

 今、目の前そこらへんに転がっている肉塊の1つだなんて。よっぽどの狂人でもない限り、理解したくないだろう。


 隣ではレインが眠っている。さっき敵が去ってから冷静になって脈を見てみたらちゃんと動いていた。

 ――生きていた。ただそれだけで、ただそれだけのことでほんの少しだけ安心できた。


 騎士団はまだ来ていない。いくらなんでも遅いだろう。

 それとも、この村は。カルテル村は王都から見放されたというのだろうか。

 そうだとすると、いくらなんでも酷だろう。


 じんわりと滲み出した涙を堪えることは、ひどく辛かった。







 ガチャガチャと金属のぶつかり合う音、リズミカルな馬の蹄の音。

 1つではない。相当な数のそれが近づいてきた。


 一瞬安堵しかけて身構える。さっきの前例がある。騎士団と決まったわけではない。

 メルトたちか、その手下が攻撃しに来たのかもしれない。

 それともこの混乱に乗じて盗賊団がやってきたのかもしれない。


 やってきたのはキレイな身なりをした集団だった。


 装備品に統一性がある。その鎧についている紋章は、これもまた教科書のそれでしか見たことがない、王都の紋章。


「これは酷い……。第2小隊は村全体を捜索。魔物、生存者がいないかを確認! 第1小隊は襲撃に備えて準備を行え!」


「はっ!」


「団長、報告が――」


 今度こそ騎士団だった。間違いなく、騎士団だった。

 これで騎士団でなかっただなんて、そんな仕打ちはやめてほしい。とにかく、きっと、騎士団だ。


 疲れ切って、安堵して、動きたがらない体に鞭を打って団長と呼ばれていた人に近づく。


「――というわけで、9位からの連絡は以上です」


「報告ありがとう。しかし9位でもないとするといったい誰が――」


「すみません、あの」


 話しかけた。メルトのことがあったから少し萎縮したし、怖かったのも嘘ではない。


「何奴!?」


 団長の前に1人の男が立ちはだかった。僕は余計に萎縮してしまう。


「いいんだ、下がってくれダグラス」


 ダグラスと呼ばれた重々しい鎧を身に纏った兵士は「はっ!」と勢いよく返事をするとその場からどいてくれた。

 団長は金髪で碧眼で、長槍を持った青年だった。一瞬彼は固い表情だったが、すぐにその表情は柔らかなものに変わった。


「君は……生存者だね。生き残っていてくれて、ありがとう」


 なぜ「ありがとう」なのかは理解できなかった。けど、今大切なのはそこではない。だから後回しにした。

 まずは、まずは――。 


「聞きたいことがあるんです。わからないことが多すぎて」


「いいだろう。私もちょうど、君に用があったんだ」






「まず、私から話を聞かせてもらってもいいだろうか。……と、その前に名前がわからないとどうにもならないだろう。私は騎士団の団長、エレウシスだ」


「僕はカルテル村のアラン。……特殊能力者です。一応だけど」


 やはり、僕は「特殊能力者」と名乗ることに抵抗がある。この体質のせいでバカにされたし、屈辱も余すほど受けた。

 もしも「特殊能力者」じゃなかったら。と、何度も考えたことだ。そうだったなら、もしかすると僕に対する風当たりも変わっていたのかもしれない。何度も考えたことだ。


「そうか。ということは戦ってくれていたのか」


 答えられない。戦うその前に戦力外通告を受け、そして最後までなにもできずに挙げ句生き残ってしまったのだ。戦ってなんか……いない。


「到着が遅れてしまったのは申し訳ない。少々厄介な妨害に遭ってしまい、ここを特定するのが遅くなってしまった」


「いや、こちらこそ、なにも守ることができずに……」


 本当に悔しかった。思い出すほどに苦しくなってくる。


「なにも守れなかったということはないんじゃないかな? 現にあそこにいる彼女は生きているのだろう?」


 レインのことだろう。レインは生きている。生きてくれている。

 けれど、けれども。


「いや、僕は守れてません。僕は彼女に守られたんです」


 絶対的な死を覚悟したのに、その鎌は届くことなく手前で止まった。

 クチクラ――彼女の攻撃から逃げ延びれたのはレインのおかげでしかないだろう。

 あの時、僕はなにもできなかった。メルトたちの会話からも、なんだっけ、純魔力爆発? を使ったのはレインだって。


「まあ、とりあえずその話は置いておこう。……それでだね、君に聞きたいことというのは、確認を取りたいんだ」


「確認……ですか」


 なんの確認だろうか。もしかしてこの騒動が僕のせいだと疑われている、なんてことがあるのだろうか? いや、エレウシスさんは僕のことを「生き残り」と言ってくれた。いや、だからと言って疑ってないとは……。


「ああ、君はメルトという少女を見かけたかい?」


 メルト。なんの偶然か、それとも本当に彼女のことなのか。


 あまりのその一致に、僕は気持ち悪いほどの期待と不安を抱いた。

 

「いや、名前までは知らないかもしれな――」


「見ました。メルト……ですよね。それからハイネ、クチクラ。それにオスカー」


 僕はあのときの会話を、思い出したくはなかったがその中から取り出せるだけの名前を取り出した。

 たぶん、彼ら全員の名前だろう。


 その名前を告げるや否や、エレウシスさんは。いや、周辺にいたダグラスさんやその他の兵士の人たちの様相が変わった。


「君…………アランと言ったね、メルトを知っているのか?」


「はい、と言っても人が4人いて、その人たちの会話から聞き取った限りの名前では……という範囲でですが」


 そう伝えると騎士団の人たちは口々に話し始めていた。エレウシスさんはというと、彼も顎に手を当ててなにか考え込んでいるようだった。

 聞きたいことはあったのだが、なんというか話しかけるのがはばかられる雰囲気だった。


「つまり、いやしかしアレは…………ああ、悪い。君も、私になにか聞きたいことがあったのだな」


「あ、はい。いくつか」


 なにもせずに呆然としているとそう声をかけられた。気を使わせてしまったようだった。


「あの、えっと」


 僕の中では競争が行われていた。どの情報が今最も必要なのか。どの情報ならエレウシスさんで回答可能なのか。

 捻り出した答えがこれだった。


「純魔力爆発……って、なんですか?」


 もしかするとメルトたちについて聞くべきだったのかもしれない。けれども今僕の後方で地に臥しているレインの身になにが起こっているのか。それをひと時でも早く知りたいと望んだ。


 純魔力爆発――メルトたちの言葉を信じるなら(襲撃されたのに信じるなぞ滑稽な話ではあるが)レインは「純魔力爆発」なるものを使い、そして今倒れているらしかった。


「本当に君には驚かせられる。……純魔力爆発。なぜ君がその言葉を知っているんだ?」


「あ、え、いや。あの、メルトたちが言っていた言葉で……」


 僕は後ろにいるレインにサッと視線を向ける。


「レインがそれを使って、僕を助けてくれたらしいんです。ただ、その後でああやって倒れちゃって」


「純魔力爆発については……そうだな、あとで説明を約束するではだめだろうか? 私よりも詳しい者がいる」


 レインになにが起こっているのか早く知りたかったので大雑把にでも知りたかったのだが、エレウシスさん曰くレインはただ一度に魔力の放出を行い過ぎたために魔力欠乏症で倒れているだけ――しばらくすれば目を覚ますらしかった。

 レインが目を覚ましてからその詳しい人に説明してもらえるらしかったので今は肯定の返事をした。


 エレウシスさんはそれを聞くと近くの兵士を呼び寄せしばらく答弁を続けていた。


「わかった、ありがとう」


 そう言って、なにかの会話が終わったのだろう。兵士が離れていき別の場所へと向かって行った。

 エレウシスさんはこちらに向き直り、口を開く。


「アランと、そちらの彼女はレインとだったか」


「あ、はい。そうです」


 そう答えると目の前の青年はすうっと大きく息を吸い込み、言った。


「君たち2名は、現刻をもって我々騎士団の監視下に置かれることとなった。すまないがこれは決定事項だ、変えられない」

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