Section1-3
「やめてっ! やめて――」
レインの叫びとともに膨張を始めたそれは、ある程度膨らんだところで突然に動きを止めた。
「ちょっと、ナニコレ鎌が通らないんだけどっ!?」
「なにやってるのよ、クチクラ! 死にたいのっ?」
さっきまで声色がまるで氷のように冷たかったメルトの声に、焦りが、明らかな焦りが現れた。
一体これは、この膜はなんだというんだろうか。レインがなにかしたんだろうか。
「こんなことできるヤツがいるなんて聞いてないっ! 急いで撤退するわよっ、オスカー、開いてっ!」
「無理だ、もしそうだとしたら、開ききるまえに発動してしまう、もし開いたとしても閉じるのには絶対に間に合わない。こじ開けられるぞ」
「しかたない、ハイネ。即座に展開できるだけの障壁を展開して! とにかくたくさん! クチクラも早く戻りなさい!」
「ええ、でもこいつら殺せてな――」
「早くっ!」
メルトにそう言われ、クチクラは舌打ちをして僕らから離れる。
それと同時くらいだろうか、膜は急速に収束を始め、小石程度の大きさの球状になる。
そして、今度は、
今度は、さっきとは比べものにならない勢いで膨張を始める。僕も風のようなものが吹いてきたような感覚を受け、少し飛ばされそうになる。
耳が張り裂けそうな程に風が轟音を掻き立てる。そんな中で微かながらなにかが割れ、砕け、折れる音がしていた。
「な……にこれ」
唖然としながらそう呟く。顔を上げてみると、僕たちを中心に円形の範囲にあった瓦礫や死体は吹き飛び、木々は折れ砕け、裸地が露出していた。
「嘘でしょ、あの少女が純魔力爆発を使えたっていうの? ありえない!」
未だ焦りの抜けない声でメルトがそう叫ぶ。
「おいおいおいおい、たしかに急ピッチで展開した障壁だが、相当な数を用意したぞ? それが全部っておい。それに、幻視遮音結界もやられてやがる。どんだけデカいんだよ」
「それが、純魔力爆発というものだ。しかし、様相を見る限りあの少女が使用したはずなのだが」
ふと下に押し倒す形でいたレインの様子を見てみると、気分が悪いのか、とても苦しそうにしている。
「アランくん、ど、どいて。お願い」
「あ、ああ。すまねえ」
僕がどくと、仰向けだった彼女は四つん這いに体勢を変え、左手で口を押さえた。
それにしても、本当に苦しそうだ。今にも吐きそうなくらい。
そんなことを思っていると、本当に吐いた。黄土色をした吐瀉物が地面にベチャベチャと落ちる。
吐いたあと、しばらく苦しそうにしていたが、そのうちプツリと糸が切れたかのように彼女がその場に倒れ込もうとした。
すんでの所でその体を支える。吐瀉物からずらして彼女の体を横にすると、メルトたちの方へと向き直った。
◯ ◯ ◯
「ああ、うん?」
静かに騒がれていた部屋の中に、突然、大きめの声が聞こえた。
残留魔力線を調べていた兵士、リテリバルだ。
「どうした? リテリバル」
「いや、そのですね団長。見て下さい、これ」
リテリバルに呼ばれて私は彼のいる机へと向かう。大きめの長方形をした机の上には1枚の地図が引かれている。
「ほら、超大量の魔力がただ1カ所に向かって流れ始めたんすよ。たまに自然現象でも起こったりはするんすけど、ここまで大規模となると、相当な災害が起こってでもないとこんなことには滅多に」
たしかに地図上に映し出された魔力線の流れ――魔力流を示す光を見る限り、大気中の魔力が渦潮や竜巻のように渦を巻くようにして、王都から南東のあるところに集まっているようだった。
「つまり、どういうことだ?」
「視士と聴士にこの方角の確認をして欲しい。距離もそこまでないか見つけられるはずだし、なにが起こっているのかを――」
リテリバルは突然に言葉を詰まらせる。そして、地図を凝視し始めた。
「おいおいおいおいおいおいおいおいっ! おいおいっ! マジかよっ!」
「どうした、リテリバル!」
そうは聞いてみるものの、リテリバルはなにかの確認や計算をしているようで返事は来なかった。
彼の様子が変わった原因の地図を見てみると、その様子はさっきとは全く変わっていて、さっきまで見えていた魔力線は一本たりとも見えやしなかった。
それどころか、さっきの魔力流にかき乱されたからか、その他の魔力線、残留魔力線も含めて全て。こんな様子、普段見ることはできない。
驚いていたその刹那、急に現れた強烈な光に思わず目を閉じてしまう。なんとか目を開くと、魔力が消えた場所から放射状に強力な光が発生していた。
その様子にリテリバルは震えていた。なにか強大なものに怯えるように。
「信じられねえけど、そうとしか考えられねえ。団長、異常事態だ」
「どうしたんだ、リテリバル」
「これは、どう考えても純魔力爆発だ」
最初、聞き間違いか冗談かと思った。しかし、たしかにその顔は、声色は、冗談で言うそれではなかった。
レベル5の緊急事態に純魔力爆発の確認。関連性があると思ってしまうのが普通だろう。
それ相応の覚悟を持って私は聞き返す。
「それは、本当か?」
「ああ、間違いねえ。俺は幾度となく純魔力爆発のときの魔力流を見てきたんだ。この動き方は自然現象でも災害でもなんでもない。純魔力爆発以外のなにもんでもねえ」
リテリバルの声にはたしかな確信を感じられた。そして、
「団長、南東方面に爆発を確認しました。それから、それまで見つかっていなかった明らか爆発とは違う襲撃の痕跡も」
視士と聴士からの報告だった。それは、リテルバルのその言葉に真実味をより与えた。
レベル5との関連性はともかく、純魔力爆発にそれまで見つかっていなかった襲撃の痕跡。確認をしなければならない。
「リテリバル、座標は割り出せてるな」
「もちろん、カルテル村です」
「第一・二小隊に告ぐ! これより向こう南東のカルテル村! 私とリテリバル、通信士より5名同行、通信士は7位……いや、9位までの魔導士に連絡を全力でとるんだ!」
「はっ!」
周囲から掛け声が揃って聞こえてきた。一瞬安堵したくなるが、ここで気を抜くわけにはいかない。
「しっかし、あの規模って、1位でも無理だろ。付近ならともかく、魔力線が全部消えるとか、俺だって初めてだ。一体どんな規模で発生させりゃ……」
リテルバルの呟きを隣に、私はより気を引き締める。たしかに異常事態には間違いないのだろう。なにが起きていても不思議ではない。
場所がわかったからと終わったわけじゃない。
まだ。まだ、終わっていない。むしろ、ここからなんだ。
◯ ◯ ◯
メルトは、未だ唖然としていた。
「けど、あの少女にはとてもじゃないけど純魔力爆発なんて……」
「じゃあ、メルトのことを傷つけようとしたあの男がなんかしたってこと?」
今にもギリッという歯軋りの音が聞こえそうな程に不穏な空気が漂っていた。
「やっぱりあいつ殺すね。魔法使えないのかもしれないけど、メルトのこと傷つけようとしただけじゃなくて、本当に傷つくところだったんだから」
またも鎌が僕の首を狙っているようだった。
「やめなさい、クチクラ。命令よ。ここはいったん撤退。もしかすると、彼は切れ端なのかもしれない」
またも止められたクチクラは、あからさまに不服そうな顔をして動きをやめた。
「おい、メルト。マジか?」
「ええ、可能性の話だけど、切れ端なら、純魔力爆発を起こせても不思議じゃない」
それにしても一体なんの話をしているんだろうか。切れ端? 純魔力爆発?
「確証が必要なのと、仮に本当に切れ端なら騎士団が到着してしまうと私たちの勝ち筋はなくなるわ。オスカー、お願い」
「わかった」
指示をされたオスカーは、なにもなかったところにぽっかりと濃紺の穴を開けた。
「テメエの太刀筋は悪くねえからな。それだけ言っておく」
「メルトを傷つけようとしたその罪、あんただけは、絶対許さないんだから」
そう言い残して濃紺の穴にクチクラとハイネが消えていった。
「また会うでしょうね、必ず。そのときは……フフフッ」
「うちのクチクラが悪かったな。それでは、また会おう」
メルトが笑いながら穴の中に入り、それに続くようにしてオスカーも消えた。
最後には、その穴が消えた。
その日、襲撃があったその短時間の間に、
平和だった村が、僕らたった2人を残して瓦礫と化した。