Section1-2
どうやら少女1人ではないようだった。
そこにいたのは4人。少女の他に、長剣を腰に携えた目つきの悪い青年。めちゃくちゃに赤いフードを深々と被った少女。それから、しわくちゃで威厳のある顔をした結構年はいっていそうなゴツい男。
ただ、その不揃いすぎる恰好は、まあ騎士団でないことをわかりすぎる程度に教えてくる。
「どうする、殺すか?」
「いいえ、今の私は存外気分がいいの。見逃してあげる」
「それに、運のよかっただけのネズミの1匹や2匹、殺す価値もないじゃない。キャハハハッ!」
いったいなんの話をしているんだろうか。殺す? 殺さない?
理解できない。いや、きっと理解したくないんだろう。
「そんなことよりもさー、見てよメルト。特にこれとかチョーキレイにできてるくない?」
フードの少女は異質な笑い方をしながら固められた村人へと近づいた。
「やっぱり汚らわしい人間は、こうやってキレイにしてあげないとねっ!」
やけに上機嫌なのか、少女はくるくる回ったり飛び跳ねたりしながらあたりの村人たちの近くを移動し、1人騒ぎを起こしていた。
「うるせーよ、クチクラ。てめえは静かにすることすらできねえのかよ」
「なに? ハイネもキッラキラのピッカピカにして欲しいの?」
「クチクラ、ハイネ、やめなさい」
メルトと呼ばれた黒い少女がそう制止をかける。その声に2人はピタリと口と動きを止めた。
「どうする? ここで騎士団を迎え撃つのか?」
「ええ、そうするつもりよ。丁度いいわ。あいつらも生存者が2名いるとわかればそちらの保護に戦力の一部を裂くはずだから戦いやすいはずよ」
老年の男性とメルトが話していた。騎士団を迎え撃つとかなんとか意味のわからないことを言っていたけれど、なにより生存者が2名?
つまり、僕以外にも生き残りがいるのだろうか。
「隠れる必要はないんじゃないかしら? もう魔物はいないし、別に見逃してあげるっていってるんだから殺しはしないわ。騎士団が到着するまで私たちは迎撃の準備をしないといけないからその間に逃げようが構わないわ」
そう言う。僕は道の端にとはいえ立っていたから、とても隠れているとは言えない状況だろう。つまり――。
大気が歪んだような感覚を覚える。今までなにもなかった空間にパキンと亀裂が生じた。
その亀裂からボロボロと透明のなにかが崩れ落ちて、1人の少女が現れた。
「水属性上位魔法と温度魔法ね。よくもあの状況でここまでのクオリティを確保できたものね」
見紛うはずもない。さっき手伝ってくれた、白くて細い指。
「レイン……レイン!」
「アランくん、よく無事で……」
さっきからずっと1人だったからか、レインがいたというその事実に、自分以外の生き残りがいたというその喜びから安心してついつい泣きそうになってしまう。
「感傷に浸るのもいいけれど、逃げなくてもいいのかしら? いつ騎士団が来るのかは私たちにもわからないし、騎士団と戦いながらのときにあなたたちに攻撃の流れてこないとも言い切れないわよ」
状況を理解したがらない頭を無理に動かして考える。
この4人はこの襲撃の黒幕で、これから来る騎士団とたった4人で戦うつもり……。
そして先の襲撃を運良く生き残った僕らのことは見逃してやるから早く逃げろ、と。
つまりこの4人は騎士団と戦うだけの戦力がありながら、それと比べれば全くの戦力もない僕らを見逃そうとしている。僕らとしてはありがたい話なのかもしれないが、はたしてそんなうまい話があるものなのだろうか。
逃げようと背中を見せたところを殺す――なんていうことを考えているんじゃないだろうか。いや、それはただの深読みしすぎだろうか?
「アランくん……逃げよう」
レインが近づいてきて、そう言ってきた。レインの言う通り、たしかに逃げることが僕らにできる最善手だろう。戦うなんて、もっての外だ。
「レイン、今から3つカウントをとる。とりおわったら全力で村の南口に行って逃げるんだ」
「うん。わかった」
そう言って彼女は箒をとりだした。僕は痛いほど鼓動を速める心臓を左手で押さえて右手で剣をとる。
逃げるなら荷物となる剣は置いておくべきなんだろうけど、もしかしたら狙われるかもしれないから、なけなしの抵抗のために。
「行くよ。いち」
レインは箒に跨がって少し浮いた。
「にの」
足に力を込めて、すぐに駆け出せるように。
「さんっ!」
そう言って僕は駆けだした。レインも箒に跨がって南口へと向かいだした。
戦うなんてもっての外だ。
そう、もっての外だ。けれど、けれどももし逃げようとしたところを狙っているつもりなら逃げるという選択はあの4人の思うつぼ。
逆に言い換えれば、4人にとっては僕らが戦うという選択をとるなんて考えてもいないはずだ。
こんな行動に出たのは、もしかするとさっき魔物が溢れかえっていたときに動けなかったことへの罪滅ぼしかもしれない。そうだとしたらただの自己満足だ。
でも、たしかにそこには「今度こそは助けたい」という気持ちがあった。たしかにあった。
もしも、逃げるところを狙われていたとしても、もしもこの4人が考えてもいないだろう、僕が攻撃を選ぶという未来。
きっと、少しくらいは驚いてレインが逃げる時間を少しくらいは稼げるはず。
怖くて怖くてしかたないけれど、今度こそはちゃんと動けた。
僕は走りながら剣を構えて、おそらく敵の大将と思われる、メルトに。
「せっかくメルトが見逃してやるって言ったのに、突っ込んでくるとかお前バカか?」
まあ、予想はしていた。剣は届くことなく止められる。
「なかなかにキレイな太刀筋だ。しっかりと鍛錬している、魔法に頼った戦い方をするヤツらが多い今のご時世では珍しいくらいに」
白色をしたすらっと長い長剣、それがメルトを守るようにして横向きに構えられている。
「だが」
長剣の持ち主、ハイネはその得物をぐっと前に押し出して、僕の体ごと弾き飛ばす。
「力不足だ」
今まで幾重にも言われ続けてきた言葉。その言葉に耳が痛くなる。
「いや、違う。この少年は魔法を使っていない。強化魔法すら、微塵に」
「は? マジかよ。オスカー。それがマジだとすると、お前、舐めてんのかよ」
オスカーと呼ばれた老年の男性の言葉にハイネがイラつきを見せる。
「相手がハイネだったとはいえ、明らかチョー格上の相手に向かって魔法無しで突っ込むとか考えられないんですけどー! もしかしてー、魔法使えないとか?」
僕はなにも言い返せずに顔をしかめる。
「え、図星? やっばーい、魔法使えないとかダサすぎてチョーウケるんですけどー! キャハハハハハッ!」
酷く、屈辱的だった。こうも見事に蔑まれるといくらなんでも傷つく。
「てかー、こいつさっきメルトのこと狙ってたんだけど。やっぱり殺していいかな?」
「無駄な体力消費はやめなさい、クチクラ。それからそこのあなた……アランと言ったかしら。早く逃げなさい。本当に私の気分が変わる前に」
メルトの口調が一気に変わる。より冷ややかになった、そんな感じだ。
「アランくんっ! どうして逃げなかったの?」
「レイン、なんで戻ってきたんだよ!」
「だって、1人で逃げるなんて無理だよ。ほら、早く一緒に」
戻ってきたレインにそう言われ、僕は従うことにした。痛む心臓を押さえながら、すくんだ足を動かして。
本当に逃がしてくれるつもりのようだったから。
「やっぱりイラつくから殺すね」
「クチクラ、やめなさいっ!」
唐突に、殺気を感じた。振り返ると大振りに構えられた鎌。フードの奥からは鋭い眼光が一瞬見える。こちらをしっかり捉えていた。このままだと、当たる――。
レインを押し倒し、覆い被さるようにして僕も伏せる。
背中のすぐ後ろで風が切れた。
「あーあ、外しちゃったよ。ま、もう1回やればいっか」
倒れ込んでしまったせいか、今すぐには動けない。動けたとしても、レインがここにいるので動いてしまえば彼女に思い切り鎌が当たる。
だからといって剣は躱した拍子にかなり前方まで飛んでしまって取りに行く暇などない。ならせめて、少しでもレインの盾になれるよう、彼女の上にしっかりと覆い被さる。
「クチクラ、いい加減にしなさいっ!」
「じゃ、そろそろ死んで」
メルトが制止してくれているが、クチクラはそれを聞くつもりはないらしい。全部、僕のせいだ。
ごめんね、レイン。せっかくの助かる機会を――。
「やめてっ! やめて――」
そう、彼女が叫んだ。きっともう少しで僕の体は斬られていたころだろう。鎌の動きで生じた風が当たったかと思うと、
それを押し返す風が吹いた。いや、厳密には風ではないだろう。膜のようななにかが僕らの周りで膨らみ始めた。