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カルテジアンの小説劇場  作者: 神崎 月桂
第一幕 魔法が使えない世界最強の魔法使い
11/11

Section1-10

「皆、勘違いしてるっすよ? いつ私がアレを溶かせと言ったっすか?」


 ハッとして、記憶を遡る。確かに、溶かせとは言ってない。

 しかし、溶かさないで、アレをどうすれば。


「溶かすんじゃなく、蒸発させればいいんすよ、一気に」


「なっ……」


 そう言いつつ、博士はポケットから針を取り出した。尖っている端には怪我防止だろうかカバーが、尖っていない方の端には小さな珠がついている。

 そしてその針束を押し付けるように僕に渡してくる。全部で10本。


「あの氷を大きく囲うように針を地面に刺してこいっす、できるだけ等間隔で」


「はい………………はいっ!?」


 普通に了承してしまったが、あとになって気づいた。

 この訓練場はカルテル村の学校のグラウンド、体育とかで使うそれの倍ではすまないくらいの大きさがある。

 それを埋め尽くすような氷塊の周りに針を指してこい。つまり、


「どうせ村での学校生活でグラウンドくらい走りまわってたんしょ? もののついでっすから走っていってこいっす」


「は、はあ……」


 まあ、確かに10周とか20周とかは日常的にやってたから、この訓練場1周くらいなら別に大した距離ではないんだけど、

 それでもそれなりの距離はある、それに氷塊に遮られて見える範囲が限られているので、等間隔にというのもなかなか難しい。


「ほらほら、早く行くっすよ、なんなら全力疾走でもいいっす、そっちの方が早いっすからね」


 さすがにこの距離を全力疾走はキツイので、それだけは勘弁してほしい。


 針をしっかりと持って、とりあえず氷から少し離れた地点に1本目を刺す。

 そこから反時計回りに駆けていき、1本、また1本と、地面に刺していった。

 最後の2本くらいは、距離を見誤ったせいで間隔が広くなってしまったが、ドロシア博士曰くそれくらいなら問題ない、らしい。


「さて、それじゃあやりますか」


 カツカツとドロシア博士は歩いていき、1番近い針まで来ると、それについている珠に触れた。


呪珠じゅずよ、汝ら結ばれ吸熱の壁となり給え」


 詠唱だろうが、こんなもの聞いたことがない。

 博士の言葉が終わるとほぼ同時、針からそれぞれ1本、計10本の線が空中に伸び始める。


「これは、久しぶりに見た」


 隣にいたエレウシスさん、どうやらこれが何なのか知っているようだった。

 線たちはやがて伸びるスピードを緩め始める。

 そして完全に止まったかと思えば、今度は針の玉同士が線で結ばれ、またたく間に黄金色した半透明の壁が現れる。


「こんなもんっすかね」


 ドロシア博士は満足げにこちらへと歩いてきた。


「エレウシスに少年、やるっす」


 そう言って、博士はさらに後方へと歩いていく。


「それから、あの二人以外は極力離れといた方がいいっす、あの壁も限界あるんで」


 その言葉に陛下と閣下、さらにレインが後ろの方へと下がった。具体的にどれくらいかというと、訓練場の壁際まで。


「ほらー、やるっすよー!」


 かなり離れた場所から、催促が飛んでくる。


「アランくん、頼めるかい?」


「はい、こちらこそよろしくお願いします」


 エレウシスさんの差し出された手のひらを握る。レインのそれとは違って大きくてゴツゴツしている。

 エレウシスさんは左手で僕の手を握り返し、空いた右手は開いて前へと突き出した。


「それでは、いくぞ」


 すう、はあ。大きな呼吸音が耳に届いた。緊張感が走る。


「火よ、その輝き天道のごとく煌々と、その熱灼熱のごとく燃え盛れ」


 詠唱は淀みなく行われた。でも、エレウシスさんのその横顔は、どうも歪んでいるように見えた。


 僅かな時の後、カッと光が現れた。真昼でもここまでは明るくならないだろうというほどの光が瞼を閉じさせる。それでもなお、眩しい。

 同時に肌が灼けるような熱も感じる。


 眩しいと訴えかける瞼を無視して、なんとか目を開く。拒絶する瞳が捉えたのは――空に浮かぶ太陽。


 いや、まるで太陽を見ているかと思わせるほど煌めく白炎だった。


「助力程度だが、追加だ」


 まだなにかやるのか。と僕が思っているうちにエレウシスさんは言葉を続ける。


「風よ、柔らかく吹きつけ燃える豪火を焚きつけよ」


 どこからともなくビュウウッと風が吹く。

 風は炎に吸い込まれるように流れ、勢いを増させる。


「そろそろだな、いくぞ」


 上空に浮かぶ炎は少しずつ降下し始める。やがて氷に接近し、そして氷は蒸発を始める。

 まさかそんなことがありえるのか、と思わせるような光景だった。炎が地面に到達する頃にはもうすでに氷はなく、高温多湿の熱波のみが僕らを襲った。

 火傷しそうな熱の中で、肌はぐしょぐしょに汗まみれになった。


 最後に残ったのは、黒く焦げた地面、それと僕が刺した針だった。


「ほいほい、お疲れ様っす、こっちまで熱かったっすよ」


 ケラケラと笑いながら、ドロシア博士が歩いてくる。相変わらずこの博士はブレない。


「ところでエレウシス、感想とかあるっすか?」


「感想……そうだな、ここまでのことが私にできるだなんて、というところか」


「オーケーオーケーありがとっす」


 パキンッ! パキンッ!

 会話に割り込むように唐突に聞こえてきたガラスが割れるような音。全員の視線がそっちに向く。


「あーあ、いくつか割れちったっすね、まあ、仕方ねえっすか」


 あの針高いんすけどね、と。しかしケラケラ笑っている。


「ま、有益な実験結果が得られたんで問題ないっすけど。それに実験費ってことで後で財務科に請求しとくっすし」


 さも満足げに言う博士にしかしエーミル閣下は頭を抱えて悩んでいた。








     ● ● ⚫








「信頼度に応じて、受け渡し効率上昇……だっけ?」


「ああ、確かに博士はそう言っていた、証拠はないらしいけど、僕の魔法はその可能性が高いらしい」


 あのとき襲ってきた相当な熱波。それが理由らしかった。

 予定では、もっとマシになるらしかった、が。



「助けてもらったことによる信頼、それにより火力が上昇、予定以上に強い炎になった……だっけ?」


「そうそう、まあ、現段階ではレインが一番効率いいらしいけど」


 やはり、同郷というものが強かったのだろう。素での魔法の力量はエレウシスさんの方がよっぽど上だったし、けど、それにも関わらずレインはエレウシスさんと同程度の魔法を扱えていた。


「それにしても、凄いよねエレウシスさんのあの値もだし、あの魔力。私なんかとは全然違う」


 レインは二元素使い(マスター)だ。単元素使い(マスタリー)に比べれば劣るものの、やはり扱える属性が少ない分三元素使い(デルタ)四元素使い(テトラ)、またそれ以上の属性を扱える人に比べれば、原則強い魔法を扱える。

 砕いて言えば、どれかに突出するか、器用貧乏のバリエーション戦法か、というところ。


 しかしまあ、それは同程度の適性値を持っていることが前提で、適正値の差が歴然なレインとエレウシスさんの間では、上の原則は通用しない。

 レインの本気とエレウシスさんの本気とでは、明確すぎる差がそこにはあった。しかしそれが同程度までに調整された、ということは。


 つまり、エレウシスさんよりレインのほうが、僕の魔法がうまく伝わっている、ということだろう。


「アランくんが、あのとき私のこと守ってくれたんだよ。その恩返しくらいさせてよ」


「あのとき。いや、でもそれだってレインがいなきゃ」


 パチンッ、額にデコピンが当たる。


「もう、いつまでそう言ってるの? とにかく、アランくんのおかげったらアランくんのおかげなの」


 レインがそう言って、ニッコリと笑った。


「とにかく、ありがと。それから……これからもよろしく」


「ああ、よろしくな」


「それじゃ、私今日は寝るから、おやすみ!」


 彼女はそう言って出ていった。

 今日はとても疲れていた、眠い。

 部屋の電気を消して、僕ももう一度寝ることにした。

次回の更新予定は未定です

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