僕は夢を見た(86) 常世の巫女
読んでくださる方には心からの感謝を。
そしてこの世に平和が早く訪れますように。
僕は夢を見た。
「天」達が現世で怨霊と闘っていた頃。
最果ての巫女の屋敷での事。
僕はエアリスの事を考えていた。
フリージアやエルマたちは大丈夫だろうか?
レギオナがいるから大丈夫だと思うが…
最果ての巫女:「よしひろう?どうした?遠い目をして。」
よしひろう:「僕の、僕の夢の世界の事を考えていました。」
最果ての巫女:「その世界で何が起きておる?」
僕は即答した。
よしひろう:「戦です。」
最果ての巫女:「敵は人か?」
よしひろう:「いえ、怪物です。」
巫女は少し考え込むような仕草をした後に。
最果ての巫女:「詳しく聞かせてくれんかの?」
僕は頷き目の前の巫女にその世界での出来事を話し始めた。
色々な人と知り合った事。
地下迷宮で仲間になったレギオナ(バンパイア)の事。
○○様から刀を頂戴した事。
王族の姫君を助けて城に出入りできるようになった事。
無一文から億万長者にのし上がった事。
その世界では僕は「勇者」と呼ばれている事。
もう一人の勇者と知り合った事。
そして、その世界に危機が起きている事。
謎の怪物たちが進攻してきた事。
巫女は全てを聞き終わると、一言僕に言葉をかけた。
最果ての巫女:「化け物がお主の仲間を皆殺しにしても、その世界は続いていく。」
最果ての巫女:「当然だろう。だって、お主だけの世界ではないのだから。」
よしひろう:「え?」
最果ての巫女:「お主にとってはただの夢かもしれぬが…な。」
最果ての巫女:「誰かが死んだとしても、今のお主ではどうしようもなかろう?」
最果ての巫女:「生き返らせる力も無く、ただ有るのは破壊の力のみ。」
最果ての巫女:「それも勇者かもしれぬが、私はそうは思わぬ。」
最果ての巫女:「人を救い、人を生かすのも勇者ではないかの?」
僕は言葉を失った。
最果ての巫女:「まあ、少なくとももう一人の「勇者」がおれば何とかなるであろう?」
最果ての巫女:「何とかして現状を打破できるやもしれぬしな。」
巫女は中腰で僕の傍らまで来て、僕の頭を撫でる。
最果ての巫女:「だが、今は目の前の災いを何とかせねばのう?」
よしひろう:「はい…」
最果ての巫女は僕の額に彼女の額を合わせてきた。
顔が近すぎてドキドキと胸が高鳴る。
最果ての巫女:「ふむ。お主の内側からその因果を逆に辿ってみるよって、心を落ち着かせよ。」
最果ての巫女:「そんな風にドキドキされると我も恥ずかしいぞ。」
よしひろう:「は、はい。」
僕は深呼吸し、高鳴る心を落ち着かせた。
それにしても、巫女様はなんて良い香りなんだろう。
この人を姫さまと呼ぶ人もいるし。謎が多い方だ。
などなど考えていると、僕の意識が遠のいていく。
自意識が薄くなり、巫女様の意識とシンクロしていく。
気が付けば、僕と巫女様は霊体化し、一糸纏わぬ姿で手を繋いでいた。
巫女様が笑顔で語りかけて来る。
最果ての巫女:「ようこそ。あなたの世界へ。」
僕は慌てて股間を手で隠そうとしたが、巫女様から一喝。
最果ての巫女:「心を乱す出ない!」
よしひろう:「はい…」
次に穏やかで優しい声で一言。
最果ての巫女:「手を放すでないぞ?」
最果ての巫女:「決して。良いな?」
よしひろう:「はい。」
巫女様の視線の先には青い糸と赤い糸がよじれ合って部屋の外にまで伸びていた。
この糸がどこまで伸びているのか、その先にはあの怨霊がいるのか。
そう考えると鳥肌が立ってくる。
最果ての巫女:「さて、物は試しだ。行ってみようぞ。」
よしひろう:「はい。」
僕は大きく頷いた。
糸を辿り、障子を透き抜けて庭へと出る。
糸は庭から裏庭の勝手口の引き戸へ。そしてその向こうへと伸びていた。
引き戸には壁に寄りかかり腕を組んで見張りをしている「入道」がいた。
よしひろう:「入道さんが見張っててくれたんですね。」
最果ての巫女:「まあ、あ奴でもたまには役に立つな(笑)」
よしひろう:「気づくかな?」
最果ての巫女:「さあ?賭けてみるか?」
よしひろう:「……んーー。」
よしひろう:「何を賭けようか?」
最果ての巫女:「そうさのう、では、お主が勝ったら我への接吻を許す。」
よしひろう:「おおぅ!(歓喜)」
最果ての巫女:「お主は何を賭ける?…あ、お主が死んだら我の下僕になれ。」
よしひろう:「おおぅ!?(絶望)」
最果ての巫女:「うんうん。それがいい!な?な?」
よしひろう:「なんだか賭け値が釣り合っていないんですけど!!」
と渋々ながら承諾する僕。
最果ての巫女:「我は気付かぬ方へ賭ける!」
よしひろう:「え!?ずるくないですか!!?」
最果ての巫女:「早い物勝ちという言葉も知らぬのか?」
よしひろう:「う……。じゃあ、僕は気付く方に賭けます…」
あぁ、死んだら奴隷か…でも、巫女様の奴隷なら、悪くはないかも。
などと考えていると、巫女様が握った手を引っ張る。
最果ての巫女:「さあ!行くぞ!」
よしひろう:「へ~い。」
気分は既に奴隷である。
手を引かれ、引き戸を透き抜ける。
「あぁ、奴隷確定かよ」と思った瞬間、入道が声を上げた。
入道:「姫さまによしひろうの旦那、どこに行くつもりで?」
よしひろう:「え!?」
僕は心臓がドキッとするぐらい驚いた。
最果ての巫女:「チッ、気付きやがって。空気読めよな、もう。」
入道:「心の声が聞こえてますぜ、姫さま(苦笑)」
頭を掻きながら答える入道。
よしひろう:「入道さん、見えてるんですか?」
入道:「いや、さすがは姫さまの術だ。全く見えねえ。」
入道:「でも、感覚で分かるんスわ。居るのが。直観ってヤツ?」
巫女様が眉をひそめた。
最果ての巫女:「入道に気取られるようでは、あの怨霊には効かぬかもしれんな。」
よしひろう:「……勝った。」
最果ての巫女:「どうする?止めて帰るか?」
よしひろう:「……勝った。」
最果ての巫女:「おい、よしひろう?どうした?」
よしひろう:「接吻!!!」
最果ての巫女:「は???馬鹿か!!お主は!!」
最果ての巫女:「ハリセンが有れば貴様の頭を振り抜いているところじゃぞ!!」
入道:「まぁまぁ、姫さま、落ち着いて。」
最果ての巫女:「黙れ!入道!!貴様が一番の原因なのじゃぞ!!」
全く身に覚えの無い罪をなすくられた入道が可哀想に思えてくる。
でも、この生死の境に置かれた状況でも、巫女様との接吻を想像すると体中の細胞が唸りを上げるのは仕方がない。
最果ての巫女:「はいはい。帰ったらな。一回だけじゃぞ。」
よしひろう:「うぉーーー!」
最果ての巫女:「なんだか、助けるのが馬鹿らしくなてきたな…」
入道:「姫さま、まぁまぁそう言わずに。」
入道:「私もお供しますので。」
最果ての巫女:「うむ。では、我らの気配を辿って来てくれ。」
入道:「御意。」
最果ての巫女は僕の手を握りしめながら何やらブツクサ言っていた。
最果ての巫女:「(山姥か火車でも連れて来た方がよかったか?)」
最果ての巫女:「(お毬でもよかったかも。)」
最果ての巫女:「(入道?無いわー。絶対に無いわー。)」
後ろを着いて来る入道が一言。
入道:「全部聞こえてるんスけど(苦笑)」
そうこうしているうちに、村の外れの川までやって来た。
対岸が以前より近くに見える。
よしひろう:「え?何で?……」
最果ての巫女:「ほほう、お主の見えている景色が我にも見える。」
最果ての巫女:「岸がだいぶ近くに来たな。」
よしひろう:「これは何でなんですか?」
話してよいものか暫く考え込む巫女。
意を決して話し始める。
最果ての巫女:「寿命じゃ。」
よしひろう:「寿命?」
僕は巫女の顔をジッと見つめた。
巫女はそんな僕の瞳を目を逸らさずに話を続ける。
最果ての巫女:「人には命がある。定命、そして因果に応じた寿命。」
最果ての巫女:「それが尽きてくれば、向こう岸が近くなる。」
僕は巫女さまの話を静かに聞いた。
最果ての巫女:「いよいよ魂が尽きる時、この川は簡単に渡れるほど近くなる。」
最果ての巫女:「いわゆる「三途の川」がこれじゃ。」
巫女が川を指さす。
ここで僕の頭に疑問が一つ生まれた。
どうしても聞いておきたい事が一つ。
よしひろう:「あの…」
最果ての巫女:「ん?」
よしひろう:「今でも六文ですか?六十円でなく。」
最果ての巫女:「は?」
よしひろう:「渡り賃…」
こめかみに手を当てて怒りの余りに震えだす巫女。
握る手に力が籠って痛い。
最果ての巫女:「お、おのれは…大事な話をしている時に!
最果ての巫女:「今なら只で渡してくれるわ!!!」
よしひろう:「ごめん!ごめんなさい!!つい、出来心です!!」
入道は背中を向けて笑っていた。
最果ての巫女:「はー。はー。」
息を整える巫女。
最果ての巫女:「ま、その位無駄口が叩けるなら大丈夫じゃな。」
冷静になって糸の進む先を見てみると、そこにヤツが居た。
前進に鳥肌が立つ。
入道:「おいでなすったか。」
それとなく僕らの前に盾になるように進み出る入道。
声にならないくらいの声で囁いた。
入道:「(姫さま、よしひろうの旦那、油断するんじゃねえぞ)」
最果ての巫女がヤツを凝視する。
最果ての巫女:「アレが何者なのか。それを知らねばお主を助ける事もままならぬ。」
最果ての巫女:「幸いアレもこちらには気づいておらぬようじゃ。」
最果ての巫女:「さあ、正体を現せ!」
最果ての巫女は自身の持つ力、「真実を見通す力」を使った。
巫女の脳裏に怨霊の思念のようなものが流れ込んでくる。
青白い顔に赤と青の血管が透けて見えるデスマスクが恨み事を吐きながら浮かんでは消え、浮かんでは消えする。
そのあまりの多さに吐き気を催す巫女。
手で繋がっている僕にも同じ思念が流れ込んでくる。
僕は、吐いた。
巫女ほど強い精神力も持たず、ぬるま湯のような人生しか送ってこなかった自分。
情けない。
悲しい。
生きているのが辛い。
よしひろう:「死にた…」
バチーン!!
巫女が僕の頬を平手打ちする。
最果ての巫女:「飲まれるな!ヤツに飲まれるな!!」
ハッと正気に戻る僕。
流れ込んでくるヤツの怨念は新しいものから古いものへと順に流れてくるようだ。
最近の服装から段々と古いものになっていく。
令和…平成…昭和…戦中の服装をした者もいた。
大正…明治…江戸末期…そして…入道と同じ格好をした者が現れた。
顔を覆う黒い布には「目」と書いてあった。
最果ての巫女:「目!!?」
声が聞こえたのか、入道がこちらに振り向く。
「目」の方も巫女に気付いたようで、人差し指でシーっと声を「出さぬように」という仕草をして怨霊の内へと飲まれて行った。。
しかし、遅かった。
その一声で気付かれてしまったのだ。ヤツに。
入道が前に向き直ると、ヤツが目の前に居た。
入道:「え!?」
怨霊の腐りかけた腹から白い顔が一つ現れ、ガブリと入道の右腕を根元から食いちぎる。
入道:「ーーーーーーーーーー!!!」
その場に倒れ込む入道。
のたうち回る入道。
声を上げないよう必死に我慢していた。
それを見ていた巫女が悲痛な叫び声を上げた。
最果ての巫女:「入道ーー!!」
気丈にも全く動じることのない巫女。
巫女は怨霊から絶対に目を逸らさない。
怨霊の腹からもう一つの顔が現れた。
最果ての巫女:「くっ!」
巫女の額から一筋の汗が流れた。
次の目標は…巫女様か!?
咄嗟に身を乗り出して巫女の体を押す。
僕の目の前が突然真っ暗闇になった。
僕は、怨霊に食われたのだ。
だけど、巫女さまの手を離さなかった。
不思議な体験。
巫女さまの手を繋いだ左手がどんどん伸びながら、僕は怨霊の体内を落ちていく。
先程見た青白い顔が体内の壁面一杯に張り付いて、苦悶の表情とともに恨みの言葉を吐いて来た。
僕はその恨みに憑りつかれぬよう、心の中でただひたすら「南無阿弥陀仏」と唱える。
しばらく落ちていくと…
先程、巫女さまが「目」と呼んだ黒装束の男の所まで達した。
よしひろう:「あなたが「目」さん?」
目:「如何にも。私が「目」です。黒狗衆が一人、「目」」
目:「で、姫さまはご無事ですか?」
よしひろう:「分かりません。」
よしひろう:「ただ、握った手から暖かいものを感じるんです。」
目:「ふむ。」
そういうと、目は僕の伸びきった腕の先の方を見る。
目:「おぉ!姫さまはご無事な様子で。」
目:「礼を言います。よしひろう殿。」
目:「其方が庇わなければ姫さまの方が取り込まれていたでしょう。うんうん。」
目:「それにしても…そなたは喰われてもなお取り込まれていない…」
目:「霊基の違いか、それとも神々からの祝福の賜物か。」
目:「いずれにせよ、そなたにしか出来ぬ事が一つ有る。」
よしひろう:「え?」
そして「目」は下を指さしながら言った。
目:「救いを求めているのは拙者、そこもとだけではありませんぞ?」
よしひろう:「え?え?」
目:「さあ、もっと下に行きなさい。もっと、もっと下へ。」
目:「何か不思議なものが見えるのです。人なのか、神なのか。そして邪悪なる獣が一匹。」
よしひろう:「不思議なもの?獣!?」
目:「ええ。今の私には行きつく事は叶いませんが、よしひろう殿なら辿り着けるやもしれません。」
「目」が忠告してくれた。
目:「壁に浮き上がった者の言葉には耳を傾けてはなりませんぞ?」
目:「返事をすると、私のように壁に取り込まれてしまいます。」
よしひろう:「はい。」
目:「そして、姫さまの手を絶対に離してはなりませぬ。帰れなくなる。よろしいな?」
目:「これ以上は無理だと思ったなら、心の中で姫様を呼びなさい。よいですかな?」
よしひろう:「はい!」
「目」に言われるがまま、もっともっと下へと降りていく。
握った手は絶対に離さずに。
体壁の顔はどんどん醜いものと化していく。
取り込まれた者の恨みが蓄積され化け物と化していくからだろうか。
よしひろう:「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。」
感情のスイッチを切り、無心で念仏を唱える。
目は虚ろなまま。
焦点を合わせると発狂してしまうから。
何も考えない。
考えると絶望してしまうから。
頼りは左手で握った温かい手。
そうこうしていると、底が見えてきた。
どんな化け物がいるのだろうか?
「目」が言ってた下に在るものとは何だろうか?
虚ろな目に薄い桃色が入り込んできた。
腐乱、汚物、悪意、狂気が渦巻く世界で、不釣り合いな美しい色。
何なのだろうか?
それは汚物からはみ出た着物の一部だった。
よしひろう:「え?」
汚物から体の一部が伸びて、それが薄汚く白い顔となった。
血管が透けて見え、窪んだ眼の部分を見ると、魂が吸い込まれていきそうだ。
直観的に「こいつはヤバい」と心が囁いている。
カリカリになった細い腕を僕へと伸ばしてくる。
凄まじい恐怖に対抗するために、僕は心を殺した。
何も見えない。
何も聞こえない。
汚物から延びた腕の指先が僕の頬に触れる。
瞬間、バチッっと光が弾け、白い顔の化け物は指を引込めた。
怨霊:「お前は…お主は…貴様は…」
怨霊はそう呟くと歓喜した。
怨霊:「そうか!そうだったのか!!」
怨霊:「まさか…まさか…このような所で巡り合えるとは…」
怨霊:「新しい依り代…強き者、勇ましい者、美しき者…」
怨霊:「うぉぉぉぉぉーーーん」
怨霊は今度は両腕をのばし、その掌でがっしりと僕の顔を掴んだ。
ゆっくりと顔を近づけてくる。
嗅ぐに耐えられない腐敗臭、見るに耐えないおぞましい顔。
口から紫色の舌を出し、僕の頬をベロリの舐めた。
怨霊:「うふふふふ。グフフフフ。」
怨霊は腹をハエトリグサの葉が開くように開けた。
そこからドロッとしたものがこぼれ落ちる。
一部、薄桃色の端切れが見えているが、全体的にはほぼ腐敗し、
一部白骨化したボロボロな状態になった女だった。
顔半分が腐りかけ、かろうじて眼球が一つ付いている。
残りの半分は白骨化し、髪の毛もボサボサ。
耐えきれず、殺したはずの心が戻る。
そして、吐いた。
怨霊:「さぁ、おいで。ここに入るのだ。」
僕は無理やりに怨霊の腹に入れられそうになる。
抵抗しても無力だと悟った。抗えない。
よしひろう:「だけど、負けるかよ!」
なんとか片手を伸ばして突っ張り棒のようにして抵抗した。
足元の腐った女の目が抗う僕を見つめている。
腐った女:「逃・げ・て…」
腐った女:「ここから…早く…逃・げ・て…」
女は最後の力を振り絞って、僕に「逃げろ」と。
腐った女:「逃・げ・て…」
腐った女の一つしかない眼球から一筋の涙がこぼれた。
その時、僕の巫女を握った左手から凄まじい力の波動が流れて来る。
「ガン!!!」と腸まで震える程の衝撃があり、それは僕の右手から放たれた。
赤い術式が怨霊を数メートル突き放し、プラズマのような光でもってその動きを止めている。
怨霊:「うがぁぁぁ!!うぉぉぉぉーーん!!」
怨霊:「何だ!これは!?貴様か!?貴様の力か!!?がぁぁぁ!!!」
声にならない声が響き渡る。
怨霊:「逃がさぬー、逃がさぬぞー。ふー。ふー。」
体に受けた術式をなんとか解こうとする。
最果ての巫女:「聞こえておるか!?」
最果ての巫女:「その化け物は厄介だ!早く逃げろ!!今すぐだ!!」
よしひろう:「はい!!逃げます!!」
足元を見ると、腐った女が虚ろな目でこちらを見ていた。
そして白骨化しかけた腕をバイバイと振った。
腐った女:「さようなら、強き者。さようなら、勇ましい人。」
腐った女:「もうここへ来てはダメですよ…」
腐った女:「さようなら。さようなら…」
巫女の叱責が飛ぶ。
最果ての巫女:「長くは持たぬぞ!!早う逃げんか!!」
僕は腐った女を見て、「さようなら」と呟いた。
腐った女が少し微笑んだかに見えた。
先程までの虚ろな目ではない。
慈愛に満ちた美しい目…
腐った女:「さようなら。」
僕の迷いは消し飛んだ。
よしひろう:「只では退かん!!」
僕は怨霊を睨みつけた。
よしひろう:「お前の奪ったものを俺がいただく!!」
そう言うと、僕は腐った女を右腕に抱えた。
怨霊:「!?」
よしひろう:「さらば!!」
怨霊は明らかに動揺していた。
怨霊:「待てぇ…、返せぇ…返せぇぇぇぇ!!」
よしひろう:「巫女さま!!」
最果ての巫女:「手を離すなよ!!」
よしひろう:「はい!!」
術式を破壊し、自由に動けるようになった怨霊が我が身に迫った。
巫女が僕の体を引き上げる。
追いすがる怨霊。
徐々に距離が縮まってくる。
よしひろう:「あと30!!?くっ!!!」
間に合わぬのか!と思った瞬間、周囲が眩い光に包まれた。
叫び声が聞こえてくる。
天:「「目」えぇぇぇ!掴めぇぇぇ!!」
よしひろう:「な、何!?」
そしてもう一声。
天:「人に仇名す邪なる者よ!この者は貴様には渡さぬ!!去れい!!!」
ドドーン!というもの凄い衝撃がこの世界そのものを激しく揺さぶる。
そして、腐乱、汚物、悪意、狂気が吹き飛んだ。
怨霊も吹き飛んだ。
僕は叫んだ。
よしひろう:「巫女さまーーーーー!!!」
物凄い力と早さで僕と腐った女は体内を一気に上り詰める。
パァッと視界が開け、元居た河原へと飛び出した。
元気な声が聞こえてきた。
最果ての巫女:「おっかえりぃ!!」
よしひろう:「たっだいまぁ!!」
怨霊の方を見ると…
力を失ったせいか、ボロボロと崩れはじめていた。
僕と怨霊を結ぶ因果の糸も切れてなくなっていた。
しかし、弱くなったとはいえ、その邪悪さは変わってはいなかった。
怨霊:「おおぉぉぉぉ…返せぇぇぇぇ…」
最果ての巫女:「屋敷に戻るぞ!!」
よしひろう:「はい!」
咄嗟に思い出して巫女に問う。
よしひろう:「この人は?」
と抱えた腐乱した女に目を向けると、珠のように光る艶やかな全裸の女性が。
よしひろう:「嘘っそぉ!?誰!?マジか!!」
最果ての巫女:「その娘も連れて行くぞ!!急げ!!!」
よしひろう:「はい!!!」
全力で走る巫女の背中を追いかける。
手は繋いだまま。
後ろは振り向かない。
追って来ている事は明らかだったから。
その頃、屋敷ではお毬が針仕事をしていた。
楽しいはずなのだが、何か心が晴れない。
お毬:「胸騒ぎがする。」
ため息を一つ。
外に目をやると雀達が楽しげに囀っていた。
彼らを見ていると心が穏やかになる。
思わず微笑むお毬。
お毬:「ふふ」
その穏やかな雰囲気がガラッと変わった。
雀達は逃げ、もうそこにはいない。
お毬:「こ、この感覚は!…この臭いは!!…」
お毬は知っていた。
穢れし者、邪悪なる獣、悪などと一言では語れぬ絶対悪。
そしてハッと気が付いた。
お毬:「姫さま!!」
針仕事を宝利投げ、裏木戸へとダッシュする。
裏木戸を開けるや否や、何かが体を透き抜けていった。
目を大きく見広げるお毬。
お毬:「姫さま?」
そして立て続けにもう一つ何かが透き抜けた。
お毬:「あの男…そしてもう一人…これは誰!?」
考えている余裕は無かった。
目の前には死人のような血管の赤と青が浮き出た白い肌の邪悪なるものが迫って来ていたからだ。
自然に体が動く。
右手を前に出し、掌から術式が円を描きながら発現した。
お毬:「炎舞!!」
怨霊は火災旋風に包まれた。
怨霊:「おのれ…畜生ごときが!!」
お毬:「ふん!畜生で悪かったわね。ゴミ!!」
怨霊は内から気を放って炎を吹き飛ばした。
怨霊:「ふん!効かぬ、効かぬわ。」
怨霊:「そこをどけ、今すぐ!」
お毬:「ここは常世の巫女様の住まう屋敷!そう簡単には通さぬぞ!!」
お毬の手から再び術式が現れる。
お毬:「結界術!!紅炎防御(プロミネンス・ガーディアン!!!)」
攻撃型防御陣が発現した。
怨霊が結界表面に触れると、数万度の東洋の紅き竜が現れ巻き付いていく。
怨霊:「グガガガガガ…」
怨霊の体表に現れた全ての死人顔が苦悶の表情を浮かべる。
怨霊:「ケケケ…哀れよのう。」
お毬:「ん?」
怨霊:「我に痛みなど伝わらぬ。苦しむのは全て我が内なるこの亡者どもよ。ケケケ。」
お毬の顔色が変わった。
お毬:「貴様、どこの誰だ?元は名の有る神の類か!」
怨霊:「ひぃぃはははは。我は既に名も無き者。どこの誰でもなく、そなた自身でもある。」
そう言って醜くやせ細った人差し指でお毬を指さす。
お毬:「わ、私自身だと?」
お毬は動揺した。
怨霊は結界へ自らの体を擦り合わせてきた。
気色の悪い笑みを浮かべる怨霊。
怨霊:「これ(結界)がいつまで保つやら。」
ジュウと腐敗した肉が焼け爛れる。
もの凄い悪臭と死人顔が発する絶叫、苦悶の顔とで、そこは地獄と化していた。
あまりの惨状にお毬は思わず顔を反らす。
僕は巫女様と部屋に戻るとすぐに、実態へと飛び込んだ。
カッ!と二人の目が開く。
巫女は実体を起こしながら僕に叫んだ。
最果ての巫女:「よしひろう!お前は来るな!!」
最果ての巫女:「あやつ(怨霊)の狙いはお主じゃ!」
よしひろう:「僕が?なぜ!?」
最果ての巫女:「お主が無理と分かれば、そこの女子を狙う!」
よしひろう:「!!」
最果ての巫女:「ここでその女子を守っておれ!!」
そう言うや錫杖を手に取り部屋を飛び出すと、裏木戸へと向かって走り出した。。
僕はというと、正直二度と会いたくない怨霊に会わなくて済むという安心感と、
巫女様の尋常じゃない焦りの様子に戸惑いつつ、抱えた少女をそっと横に寝かせた。
よしひろう:「全裸の娘を守れ…か…」
ついつい頭のてっぺんから爪先まで舐るように見てしまう。
よしひろう:「俺、緊張感無いな…。これが煩悩ってヤツか…」
と自身に呆れてしまい、壁に向かって反省のポーズをとる。
巫女はお毬の元へと辿り着くと錫杖を構えて術式を発生させた。
最果ての巫女:「お毬!大丈夫か!?」
お毬:「はい!ですが、この者、自分は私だと言いました!!」
お毬:「私は…そうなのですか?姫様?」
怯えるお毬を叱りつける。
最果ての巫女:「ヤツの口車に乗るな!!ヤツは誰でもない大勢の自分ぞ!!」
最果ての巫女:「名も無き神々と魂の寄せ集め。それが腐った塊となった、その末路じゃ。」
錫杖に魂の光が集まる。
最果ての巫女:「白光の中より出ずるは天と地の境にいまし我が軍勢。」
最果ての巫女:「歓喜をもって奉らん!打ち滅ぼすは眼前の敵!打ち砕くは全面の狂気!!」
錫杖に現れた白金の術式の光がどんどんと増していき、眩い光と化す。
最果ての巫女:「月光を以ってその全てを地に帰さん!月光照夜!!!」
最果ての巫女の錫杖の術式が完成した。
最果ての巫女の術式がお毬の放った防御陣、怨霊共々を圧倒しながら飲み込んでいく。
怨霊:「おぉぉぉぉ…馬鹿な!我が体が!我が骸が朽ちて逝く…我が…われ…れ」
輝いていたのは数秒だろうか、それとも数十秒だろうか。
光が消えた後には、防衛術式も怨霊も消えていた。
お毬:「姫様、危ない所を助けていただき、ありがとうございます。」
お毬:「不甲斐ない私をお諫めください。」
最果ての巫女:「いや、お毬はよく頑張った。」
最果ての巫女:「アレはそれほどの厄介なモノだったのだからの。」
と、お毬に優しい言葉をかけつつ舌打ちした。
最果ての巫女:「ちっ!」
お毬:「なら、なぜ舌打ちを?やはり私が…」
最果ての巫女:「違う。いやな、全てを封じられんかったからな。」
最果ての巫女:「数匹逃げよった。」
お毬:「姫様…」
最果ての巫女:「「天」の一撃が無かったら、正直危うかったかもしれぬ。」
最果ての巫女:「ま、ハッピーエンドじゃから良しとしよう!」
大きく「ん~~」と背伸びをしリラックスする巫女。
巫女の顔が笑顔に戻り、手でグゥをしながらお毬に言った。
最果ての巫女:「とりあえず、オッケーって事で。帰ろうか?」
急に言われてキョトンとするお毬。
お毬:「はい、姫様」
お毬の顔にも笑顔が戻った。
最果ての巫女:「今日はいろいろな事があったからの。あとで聞かせてやんよ。」
お毬:「まぁ、うふふ。それは、それは。楽しみにございます。」
最果ての巫女:「あ…」
お毬:「どうかなさいました?」
最果ての巫女:「河原に「入道」を忘れてきた。」
お毬:「あらら。」
お毬は苦笑いしていた。
お毬:「後で私が迎えにいきますわ。」
最果ての巫女:「うむ。頼む。その時でいいからこれ傷口に貼っといて。」
そういうと、治癒のお札を一枚お毬に渡す巫女。
その頃「入道」はというと…河原でピクピクしながら失神していた。
今宵の夢の話はここまで。




