僕は夢を見た(82) 黒き影
僕は夢を見た。
暗闇の中、森で蠢く影があった。
目:「天様は夜目がお効きになるでしょうに。」
目:「わざわざ私をお使いにならなくとも…」
天:「ガハハ。たまには良いではないか!」
そう言う天の懐の中にはぬいぐるみのような物が数体顔を出している。
天とともに現世に派遣された目、口、鼻、耳達だ。
それぞれが特化した特殊な能力を持っており、名の通りの力を使う。
今は「目」の能力を使い、共にいる全員が同じ光景を見ているのであった。
天:「ワシの目でもこうはいかぬぞ。」
目:「褒めていただき恐悦至極。」
と頭を下げる「目」。
天:「バカ!!こら!目!前を向かぬか!!」
危うく松の木に激突しそうになる「天」。
ギリギリでその木を避け、顔が引きつる。
天:「危うかったぞ!ううむ…やはり自前のを使うとするか。」
自身の目を使い山のすそ野を下って行く。
目指すは灯りをこうこうと照らす谷に架かる橋。
天:「灯りがあるのなら人が居るはず。」
天:「手がかりを掴めるやもしれん。」
天:「ひとまずあそこを目指すぞ。」
他一同:「御意!」
快調に山を駆け下りて行く「天」。
山を下るにつれ、藪が多くなってきた。
天:「飛ぶぞ!」
天の周りに風の渦ができ、軽く地面を蹴ると空へと舞い上がる。
落ち葉を巻き込みながら渦を巻く風。
天の服の袖がバタバタという音とともに上下に揺れる。
眼下にまで迫った陸橋がどんどんと近づいて来た。
スッと片足から着地する天。
すると突然、後ろのトンネルから眩い光が現れ、「プオ~~~ン」と大きな音が鳴る。
天が後ろを振り向くと、目の前にオレンジ色のダンプカーが迫って来ていた。
天:「うぉぉ!?」
ダンプカーはクラクションを鳴り響かせながらそのまま走り去っていく。
間一髪で避けた天。
一緒に居た目や耳は涙目になっていた。
目:「天様、今のはいったい何だったので?」
耳:「肝を冷やしましたぞ…」
天:「わ、わしも肝を冷やした…」
天:「心の臓の動悸が鳴り止まぬわ…ハァハァ」
天は考えていた。
自分が自由に飛び回っていた時代とは全く違う世界がそこには広がっている。
屋敷ほどの大きさの物が道を走る世界。
灯りも揺らめく炎ではなく、ただただ静かに光っている。
天:「何なのだ、これは。」
天:「人ずてには聞いていたものの、ここまで変わっておるとはのう…」
橋の脇に並ぶ街灯を見上げた。
天:「さてもさてもさてもさてさて。」
天:「これからどうすればよいものかの?」
耳:「まずは、よしひろう殿を探し出す。」
目:「その為にも、まずは民家を探し話を聞く。手掛かりを得ねば。」
口:「この広い日の本の国から探し出すには少々骨が折れまするな。」
口は腕を組み首を傾げる。
うんうんと一同が頷いたが、鼻だけは違うようだ。
鼻:「否、意外に近くに居るようじゃ。彼の者の匂いを微かだが感じる。」
口:「誠か!」
目:「それはそれは良き知らせじゃ。」
天:「うむ。で、どの方角だ?」
鼻は静かに指さす。その方向は南。
天:「ならば行くまでよ。」
天は再び他の者を懐に入れ、空へと舞い上がる。
暫くすると、行き先表示の青い標識を見つけた。
南の方角の矢印を見ると、三次市と書かれていた。
久しぶりの現世。
珍しい物ばかりが表れる。
黄色く点滅している三つ目のカラクリ箱。
綺麗に整備された黒い道。
大量の水を池のごとく貯め込んだ灰色の巨大な構造物。
文字盤を読む「目」。
目:「灰塚ダムとな?」
天:「ん?」
目:「いえ、気になさるな。独り言ゆえ。」
天:「うむ。」
さらに南下すると小さな集落が見えてきた。
ここでも黄色で点滅するカラクリ箱が交差する道に備えてあった。
地名を見ると「上下町」と書いてある。
灯りのついた建物から人が数名が出入りしているのが見えた。
天:「やっと人らしき者に出会えたか…」
耳:「はい。夜も更けてきましたから寝静まっているかと思いきや。」
口:「こんな夜更けにあの者たちは何をしているのでしょうか?」
鼻:「おや?口殿、人のする事が気になりますか?」
口:「ええ、いつの世(時代)も人の動きは面白きもの故。」
天は顎鬚を触りながら何やら思案しているようだ。
空の上から遠くに目をやると、小さな光がぞろぞろと蟻の行列のように
こちらに向かって来るのが見えた。
天が行列と行列の間の1つの灯りを指さした。
天:「あの者に聞いてみよう。」
天:「あの者なら姫様の言いつけである「必要最小限度の接触」を満たす事が叶うと見た。」
天:「口よ、頼めるか?」
口:「御意。」
耳:「ならば某が会話の内容を皆に伝えましょうぞ。」
一同が頷く。
口:「では、行ってまいります。」
天の懐から口が飛び出し、眼下の民家の裏へと降りていく。
耳も通常の大きさに戻り、電線の上で片膝を付く。
耳:「皆の衆、拙者の体に触れ申せ。」
目:「力を借りるぞ。」
耳:「……天様?……長?」
天:「何じゃ?」
耳:「……そこは、拙者の…」
天:「何じゃ!はっきり申せ!」
耳:「ぶざ…乳房です!」
天:「はうっ!?」
慌てて手を離す天。
目と鼻の視線が痛く突き刺さってくるのを感じる天であった。
そうこうしていると、民家の裏から和服姿の女性が現れた。
天:「なかなかに様になっておるよのう。本物の女子のようじゃ。」
耳:「口殿は今も昔も女子ですよ!」
そうこうしていると、口が灯りの主と接触した。
ほんわかとした優しい口調で口が尋ねる。
口:「旅の方、旅の方。」
灯りの主:「僕ですか?」
うんうんと頷く口。
口:「お尋ねします。これは何か催しの類でしょうか?」
灯りの主:「あ、はい。福山夜間歩行50kmというのがありまして。」
灯りの主:「福山から夜通し歩いてきました。」
笑顔で答える灯りの主。
口:「そうでありましたか。ここまででどのくらい歩かれたのでしょうか?」
灯りの主:「40km くらいかな。」
口:「それはそれは。大変な旅をなさっておられるのですね。」
灯りの主:「いえいえ、好きで歩いていますので。」
口:「最後まで頑張ってくださいまし。」
灯りの主:「ありがとうございます。それでは。」
バイバイの仕草をお互いがし、別れた。
天:「人間とは不思議な生き物よのう…」
天:「鉄の馬、徹の車、徹の船を造り上げたのに、なお自身の足で歩こうとはな。」
耳:「人間のそういうところがお好きなのでしょう?」
と耳がくすりと笑う。
口が元の姿で天の下へと戻って来た。
天:「ご苦労。」
口:「正直、上手く出来たか不安でございました。」
鼻:「上出来、上出来。」
口:「なかなかの好青年でした。」
天:「惑わしてみるか?」
口:「ご冗談を。」
天:「お主ほどの美貌なら簡単な話だろうに。」
耳:「はいはい、この話しはここでお終い。」
目:「我らの役目を果たさねば。」
天:「いかにも。鼻、頼むぞ。」
鼻が周囲の匂いを嗅ぎ始める。そして南の方角を指さした。
天:「さらに南か…ならば行くまで。」
眼下のヘッドランプを付けた老若男女を眺めつつ、天たちは一陣の風となって南へと飛んで行った。
八田原ダムを過ぎた頃、寒さが一番強い頃合いになる。
街路樹や斜面の草木に霜が降り、街灯によってキラキラと光る幻想的な美しい世界。
自然が織りなすこの美しい光景に一同が見とれてしまっていた。
天:「やはり、現世は良いな。この世で暴れ回ったかつての日々が懐かしい。」
目:「未練ですな?」
天:「ああ、未練たらたらじゃ」
天は満身の笑みで目の一言に答えた。
鼻:「この世に未練の無い者などおらぬのでは?」
口:「それがしも同じ思いをしております。」
目:「一度でも常世に入ると引き返すことなど出来ぬによって。」
耳:「なのに自死する者が後を絶たないと聞き及んでおる。」
天:「悲しい事よな。」
目:「実に嘆かわしい。その者たちの残滓がちらほらと見えてきましたな。」
天:「ああ。ここにも、そこにも…なんと哀れな…南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏。…」
片手で拝みながら念仏を唱える天。
山を飛び越え、街灯の灯りを手掛かりに飛行を続けていると…
東西二手に道が分かれていた。
天:「鼻、頼む。」
鼻:「御意。」
鼻が東の方角へ指を指す。
東へ向けて飛行していると眼下には先ほど通り過ぎた町より大きな町が表れた。
看板には「府中市」と書いてある。
天:「夜明けまでほど遠い頃合いなのに、灯りが煌々とついておるとは…」
口:「夜は寝るものという我らの常識がいささか古臭いようで。」
暫く飛行していると、眼下に川が現れた。
月の光を反射し、キラキラと水面が輝いていた。
川筋を伝って下流へと進むと大きな町が現れた。
天:「これはまた大きな町じゃのう。」
目:「まこと大きな町ですこと。」
一同、揃って町の夜景に見惚れていた。
数分は見惚れていただろうか。
すると鼻が声を潜めて呟いた。
鼻:「……様…天様。」
鼻:「長。」
天が微動だにせず鼻にボソリと一言を伝えた。
天:「承知。」
天は背後に全神経を集中させる。
天:「(方角から位置は掴めた。我らの存在に気付くとは何者か。)」
天が押し殺した声で皆に語り掛ける。
天:「ここは気づかぬフリをして進むぞ。」
天の胸元に納まる者達が黙って頷いた。
だいぶん川を下り、次は鉄橋を伝って町の中心部へと向かう天達。
天:「どうだ?よしひろうの匂いは?」
鼻:「当たりでございます。ますます匂いが濃くなってきております。」
天:「そうか、そうか。」
鼻の言葉に笑顔で返す天。
天:「それにしてもな…あ!!」
踵を返すと背後の黒い影を目掛けて高速で間合いを詰める天。
アっという間にその影の胸倉を両腕で掴み上げていた。
天:「先ほどからずっと付けていたようじゃが、貴様、何者か!!」
その影の姿は黒い鎧武者。
兜のアイシールドからは赤い瞳が輝いていた。
両方の腰に太刀を一振りずつ装備し、漆黒の鎧には所々金の装飾が成されている。
胸倉を掴まれてもなお余裕の表情を隠さない影。
天を見下すような目で一瞥すると、兜の下の薄い朱塗りの唇がニヤリと笑った。
瞬間。
天:「女か!!!!!!!!」
影の手から手枷が現れ、天の両手首にガシリと掛けられた。
天:「ぬかった!!」
影:「陣!」
影の一声で周辺の世界が一瞬で変わる。
町の建物や道路、全ての物質の輪郭が赤、青、緑のラインで表され、三方向に振れたと
思いきや、再び重ね合い灰色の世界を作りだす。
天:「誘いこまれたぞ!!」
天に嵌められた手枷の鎖の中心に大きな穴が開いており、影はその穴を掴むと、地面へと
急降下する。
天:「おおおぉぉぉ!!?」
地面へと激突する天。
影が声を発した。
影:「バンカァァァァ!バスタァァァ!!」
影の鎧の右肘付近から杭打ち機のような物が現れ、爆音とともに天の手枷の穴を目掛けて
杭が打ち放たれる。
「ドガァァァァ!」
地面に這いずるが如く張り付けられた天。
天の手から解放された影は悠々と腕組みし、天の品定めをしているようだった。
天:「クッ!抜けぬ!!動けぬ!!!」
焦りを隠せない天。
天:「貴様!!」
焦る天に囁く鼻。
鼻:「ボソリ(長、長。)」
天:「ボソボソ(この急場でなんじゃというのか!?)」
鼻:「ボソのボソボソ(あやつから現世の巫女様の匂いがいたしまする。)」
天:「馬鹿な!!?」
影は両腕を交差し、両腰の太刀に手を掛ける。そして抜刀。
影:「怪異は全て消し去るのみ。」
手枷を外そうと藻掻く天。
天:「くそっ!何故に外れんのか!!」
影:「それは我が生み出したる地上の牢獄!そう簡単には外せぬ物と知れ。」
影:「滅せよ!!」
影は刀を交差させ、天目掛けて突っ込んで行く。
天は袖から爪楊枝を取り出し、即座に口で咥えた。
そして、向かい来る影へと目掛けて吹き出した。
一本から無数へと数を変えながら突っ込んでくる影目掛けて飛んでいく。
影:「くっ!まだ足掻くか!!化け物ども!!」
楊枝に当たる瞬間全身を丸めて防御の態勢をとった影。
鎧の防御力によって全ての爪楊枝を弾き返した。
影の動きが止まったのを見定めて、天が影に話しかける。
天:「お主、現世の巫女の手の者か?」
無言で何も反応しない影。
天:「ワシは常世の巫女様の使いで現世に来た者!」
天:「そこもとは現世の巫女より選ばれし者とワシは見た!」
天:「そこもとは「よしひろう」という者を知らぬか?」
やれやれと言わんばかりに顔を横に振る影。
影:「怪異の言う事なぞ、耳を貸さぬわ!」
影:「さて、同じ手は食わぬぞ!」
再び突っ込む構えを見せた影。
しかしそこから何故か体が動かない。
影:「こ、これは!?」
影の袖に数本の爪楊枝が刺さっていて、その場から動けないようだ。
天:「封じの術はお主だけの取柄ではない事を知れ!ガハハ!!」
空間封じの術。
影は封じられた袖の部分を太刀で切り離し始める。
天の胸元より口が飛び出した。
そして元の姿へと変身する。
口:「聞け!選ばれし者よ!!」
口:「我が歯牙は世の全ての物を?み砕く!我が歯牙に敵う物無し!!」
影:「な、何だと?」
天:「良し!!今ぞ!!」
口が天の両腕に架せられた手枷に噛みつく。
次の瞬間、ガラスが割れるように手枷が砕けた。
影:「ウソ!?」
天:「お主の世界だ。お主の迷いが世界を揺さぶる!!」
天はそう言いながら袖よりヤツデの葉を取り出した。
天:「次はこちらの番じゃい!」
ヤツデの葉を一振りすると一筋の突風が巻き起こり、影へと目掛けて放たれた。
竜巻が影を襲いその体を福山城城郭に激突させた。
崩れ行く城郭。
影:「キャァ!」
天:「ほほお、なかなか可愛い声で哭くではないか。」
天:「もう一撃すれば話を聞く気になるか?」
影:「クッ!まだ動けぬのか!」
天:「さて、もう一撃。」
と構えた瞬間、影の体がキラキラと光だし、粒子状となり消えていく。
影が消えると同時に再び空間が大きく振動し、元の世界へと戻っていった。
そこは灰色の世界では無く、白い朝日が眩しく照らす現世の世界。
先ほど崩壊した城郭も元に戻っていた。
天:「さてもさてもさてもさてさて。」




