第二話 開拓地とラスケルク
西の英雄 ゼグレム・ガルベルグが発見した大陸の東にある町ラスケルク。
まだ見たことの無い、暗黒世界が存在する場所。
生まれて初めて島を出て、そこへ向うユラトファルゼインの心の中は、期待に満ちていた。
心躍る冒険の日々が始まる……。
翌朝。
ユラトは冒険者学校から支給された皮製の鎧とショートソードを装備し、淡いグリーンのマントを羽織り、家を出て村長達に挨拶をしてから直ぐに出発し、アートスの港へ来ていた。
空は晴れ渡り、雲一つ無く、遠くの方で海鳥が鳴き声をあげながら飛んでいる。
町から見える海の波は穏やかで、港には多くの船が停泊していた。
大型船から漁で使われる漁船など様々な船があった。
さっき着いたばかりの船等は積荷を下ろしていたり、これから出航しようとしている船は乗客乗員が乗り込んでいる。
他にも積荷を色々な場所に運んでいる者など、たくさんの人や物で、周囲はごった返していた。
「えーっと。俺の乗る船はーっと……あった！あれか……」
ユラトは暗黒世界の開拓地ラスケルクへ向かうための定期船をすぐに探し出していた。
（これが開拓地に行く船か……結構でかいな）
船はマスト３本を備え、丸みを帯びた船体で高波でも壊れることの無い頑丈な作りになっており、遠洋航海や大量輸送が可能であるキャラック船と呼ばれる船だった。
最近では更に性能の良い船を開発中であるとの噂もあるようだ。
船を眺めていると、船員が乗船の開始を告げる。
「新大陸ラスケルク行きは、この船だーー！」
（あっ！……そろそろか……）
ユラトが船に乗り込むと同時に、他の乗客も船内へ続々と乗り込んだ。
乗船する人々は、冒険者らしき人が大半を占めていた。
ユラトは一通り船内を見回ったあと、到着がいつ頃になるのか聞くために船員を探していた。
（この天候だと、どれぐらいで開拓地へ着くのかな？ちょっと聞いてみよう……）
すぐに船員は見つかり、到着時期を聞くと、この海の状況だと６日ほどで着くようだ。
話を聞いてるうちに船が動き出した。
乗客の家族や友人知人などが不安な面持ちでこちらに向け、手振ったり声を上げたりしている。
それに答えるように手を振り返していたり、何かを叫んでいたりする乗客もいた。
（村のみんな……エル……先に行ってくるよ。あの黒い霧の世界へ……）
ユラトを乗せた船は暗黒世界の玄関口となる町、『ラスケルク』へと向かった。
何事も起こらないまま、あっという間に2日が過ぎ、船上で3日目の朝になった。
この日も波は穏やかで空は晴れていた。
周辺の海域には港と同じ様に海鳥達がいた。
翼を大きく広げて体一杯に潮風を受け、元気に鳴き声を上げながら彼の見ている前で、より高く飛翔した。
ユラトは、船で配給される朝食を取りながら、ぼんやりと海の景色を眺めていた。
（ラスケルクへは、もう少しかかりそうだな……あと少し休むか……）
景色を見飽きたので船内へ入ろうとした。
すると、気づかぬ内に隣りにいたユラトよりも背の高い、女連れの男が気さくな感じで声をかけてきた。
「よう！見たところ同業者みたいだが、やっぱり仕事か？」
ユラトは、ぼーっとしていたので、少し慌てて返事を返した。
「あっ！……ええ、そうです」
「やはりそうか、俺はケルヴィンってもんだ、こっちは妻のベラーニャだ。よろしくな！」
「俺は、ユラトって言います。こちらこそ、よろしく！」
そう言って2人は軽く握手をかわした。
隣りにいた体のラインのよくわかる魔道師の格好をした女もユラトに軽く挨拶してくる。
「よろしくね、ユラト」
ユラトは少し照れながら「はい」と短く答えた。
そして、お互いの話をし合った。
ケルヴィンと名乗る男は肩にかかるぐらいの長髪で、ブラウンの髪の色をしており、背丈はユラトより頭一つ大きく、気さくな性格の持ち主でリングメイル（皮鎧などに金属製の輪を縫いこんで加工した鎧）を装備し、赤い弦の付いた弓も持っていた。
クラスは『レンジャー』をしていると言った。
レンジャーは、弓の扱いに長け、斥候や夜道、森林など様々な環境下での戦闘に長けたスキルを持つ者を言う。
そして妻のベラーニャは長い赤毛でやや日に焼けた肌に、大人の色香を纏う肉体美を持った魔道師であり、胸元が開き、膝までの丈の群青色の肩のところに魔法のルーンの刺繍が施された魔法のケープドレスを着てロングブーツを履いていた。
また、使い込まれたワンド（魔力の消費を抑えたり、威力を上げるために必要な短い杖）を見る限り、かなりのベテランであるのが窺えた。
話を聞くと、この2人は夫婦で冒険者稼業をしていると言う事だった。
ユラトも自分のこれからの仕事について話をした。
「まあ、その仕事なら一人でも十分だし、最初の仕事なら、そんなもんでいいと思うぜ」
その発言を聞いて心配と寂しさが入り混じった表情でベラーニャが会話に入ってくる。
「この人ったら、最初から大きな洞窟に行こうとするのよ……ほっとけないのよ……ほんと……」
妻にそう言われた彼は、その時の事を思い出すと笑い声をあげた。
「はははっ！あの時は悪かったと思ってるぜ、ベラーニャ……けど無事にこなせただろ？」
夫の反省の無い言い方に、ベラーニャは目を吊り上げた。
「何言ってるのよ！ たまたま魔物が少なかっただけでしょ！……もっと慎重にやるべきよ、この前だって……」
ユラトは少し気になったので思わず聞いてみた。
「この前？」
ケルヴィンは少しばつが悪そうに答えた。
「この前は島の北西部の海の戦いに行ったのさ、大きなイカの化け物と戦ったんだ」
イカの化け物と聞いてユラトの表情は少し強張った。
「まさか……『クラーケン』ですか？」
クラーケンとは、この世界では巨大なイカの魔物の事である。
大きさはまちまちで、小さなものでもキャラック船と同じぐらいの大きさがあり、巨大な物になると足一本が船ほどの大きさのものもいるといわれている。
墨を吐いたり、大きな足を使って船を海の中へ引きずり込み、人を喰らう。
クラーケンとの戦いでケルヴィンは相当辛い思いをしたのか、苦しげな表情でユラトに答えていた。
「……ああ、そうだ。けど、あれはまだ中型クラスらしい……」
ベラーニャは悲しげな表情になり、ユラトに話し掛けていた。
「それでも大量の船と仲間が何人もやられたわ……だからユラト、あなたはもっと慎重に冒険をするべきだわ」
ユラトは神妙な面持ちで答えた。
「……ええ、わかりました。そうすることにします」
「だけどよ、魔物ってのは冒険をする以上、どこから出てくるか分からんもんだ。安全だと思った仕事でも、あの大陸に行くって事はいつ襲われてもおかしくないって思っていたほうがいいだろうぜ」
「そうですね、気をつけて行動します」
ケルヴィンの話したことが気に入らなかったのか、ベラーニャは夫を睨みつけて話した。
「だからってあんたみたいに、いつも無鉄砲なのはダメなのよ！」
やれやれといった表情でケルヴィンは答える。
「わかってるって、ベラーニャ……」
ユラトは話題を変える事にした。
「それで次は、どこに行かれるんですか？」
「今度は、まあ大丈夫かな」
ケルヴィンを叱った事で少し気が晴れたのか、ベラーニャがさっきより落ち着いた表情で詳しく説明をし始めた。
「ラスケルクから西に行ったところにある町から更に北西の方に大きな森が発見されたらしくて、その森の探索なの」
どうやらこの2人は、さっきのようなやり取りをいつもしているのだろうか、ケルヴィンが表情を一変させ、嬉しそうに話した。
「まだ森の全体がわからなくて、聖石をたくさん貰ってるのさ。埋めまくって、お宝や新発見を見つけ倒してやろうと思ってるんだ！」
ユラトは、この仲の良い夫婦を少し羨ましく思い、そして成功と無事を祈る思いも込め、穏やかな口調で彼に言った。
「あると……いいですね」
彼の顔を見たケルヴィンは、やさしい表情でそれに答えた。
「お前さんもな……旅の無事を祈ってるぜ……」
二人は軽く握手をかわした。
そして冒険者の夫婦は、その場所から離れて行った。
（色んな冒険者の形があるんだな……）
ユラトは2人の背中を見て、そう思った。
そしてユラトの船旅は続いた。
オリディオール島から開拓地までの海域にも聖石が沈められていたため、黒い霧は無く、波は穏やかで相変わらず船旅は順調だった。
遥か遠くには黒い霧が見えている。
ユラトの頬に心地よい潮風が当った。
季節は春になったところで少し肌寒かったが、不安と期待で興奮している彼には、それがかえって心地よかった。
（海上は気持ちいいもんだなー。そういや……生まれて初めてだな、こんなに遠くに来たのは……）
ユラトは黒い霧を見つめながら両親を思い出した。
（父さん、母さん……俺、知りたいんだ。この世界に何故、呪いを持って生を受け、この世に産み出されたのか。そして……２人の分まで精一杯生きるよ！きっとあるはずだ……この呪いを解く術が……必ず見つけ出してやる！）
彼は今は亡き父母を思い、改めて決意していた。
船はアートスから北西へ航路を進み、何事も無いまま日にちが経ち、ユラトは船上生活6日目の夜を迎えていた。
日が沈み、波は穏やかで辺りは暗くなっている。
そして甲板には、初めて暗黒世界を見た者達が少し興奮気味に叫んでいた。
「おいっ！ラスケルクが見えたぞー！」
その叫びを聞いて仮眠していたユラトは起き上がり、頭の芯が眠っていたが、眠い目を擦りながら、おぼつかない足取りで外の景色を眺めに行った。
「ふあー……んっー………あれが暗黒世界の入り口の町ラスケルク……」
月は後ろ側にあり、雲がかかっていて、この船と近くに見えるラスケルクの明かり以外は真っ暗だった。
街のある場所は聖石のおかげで黒い霧はなかったが、遠くの方にある山はまだ聖石を埋めてないために霧が立ち込めていた。
黒い闇の霧が山を覆っているのが、ぼんやりとだが見えた。
また霧の高さは山ぐらいまでしかないようだった。
遠くの方を見ると夜空が見えていた。
山の辺りに何かが飛んでいた。
（あれは……）
ここから見えるのだから相当大きな生物なのだろうとユラトは思った。
彼がその生物を見ている中、船は港へと入っていく。
開拓地 『ラスケルク』
このラスケルクと言う町は、結界が解け、その後オリディオール島から船で出航し、聖石で霧を払っていく中で最初に見つかった場所だった。
まだこの地域の全体は明らかになっていないのが現状としてある。
島なのか、大きな大陸なのか、それすらも分かってはいなかったが、最近の冒険者の増加により、霧が払われた場所が増え、その範囲はオリディオール島より大きいようで「どうやら島ではなく大陸なのではないか？」ということになりつつあった。
町は魔物の奇襲から守るため、外壁で覆われている。
そして、冒険者だけでは無く、この地一帯に生活の基盤を置く者たちも爆発的に増えていた。
冒険者ギルドや商店、宿屋もあり、まだ規模は小さいが畑もあって作物も収穫できた。
ユラトの乗った船が港へ到着すると乗客は船から降り、一斉に町へと消えていった。
ケルヴィンとベラーニャもユラトに軽く挨拶すると、船から足早に降りていった。
船内で聞いたことだったが、どうやら二人は船から降りたら、すぐに隣町まで行かなくてはならないと言う事だった。
ユラトも船から降りると、すぐに今晩泊まれる宿を見つけ、そこに荷物を置き、寝るにはまだ早いので散歩がてら街中を歩いていた。
「お腹が減ったな……まずは飯にするか」
ユラトは空腹を満たすため、夕飯が食べられる店を探すために酒場等がある地区へと向かった。
辺りは真っ暗で、多くの人々が夕飯を食べる時間は既に過ぎていた。
彼は視界に入った料理屋兼酒場の店に入ることにした。
（ここで良いか……）
店の名前は「草原の銀狼亭」と書かれた看板が下りていた。
角地の店で、周囲の店と比べると大きい建物だった。
活気もあり、明かりと声が店の外へ、たくさんもれているのが分かった。
「ここに入るか……」
中に入ると、店内は冒険者と思われる人々で賑わっていた。
皆、手にエールと呼ばれる酒の入ったジョッキを片手にワイワイ喋っているのが見えた。
ユラトは店員に空いている席に案内され、食事を注文し、一緒に会話する相手もいないので、ぼんやりと周りの賑わいを眺めていた。
（みんな冒険者なのかな？……）
そんな事を考えていると、隣りの席にいた体格の良い、スキンヘッドの中年の男がユラトに話し掛けてきた。
「よう、兄ちゃん！見たところ俺と同じ冒険者みたいだが一人なのかい？」
「ええ、そうです。先ほどオリディオール島から、この町に着きました」
「そうか……かなり歳は若そうだが、もしかして、ここは初めてか？」
「はい、この前やっと冒険者育成の学校を卒業したところなんです」
「だろうな、なんとなくそうじゃないかって思ったんだ」
男は軽快に、そして誇らしげに、自らの名を告げてきた。
「俺はよう、ここいらじゃ有名な冒険者のガリバンって言うもんだ、よろしくな！」
そう言って、エールの入ったジョッキを持った手とは反対の手を差し出してきた。
ユラトも自分の名前を告げ握手するために手を差し出した。
「俺はユラトって言います。よろしく」
「ほう……細いかと思ったが、なかなか筋肉があるな。戦士か？」
「いえ、魔法も一応使えるんで純粋な戦士ではないです」
「そうか……俺は純粋な戦士さ。まあ、ギルドの仕事で一緒になったらよろしくな！」
「こちらこそ、よろしく」
ユラトの返事に満足したのか、又はガリバンが、お酒をたくさん飲んだためか、少し赤くなった顔で彼は上機嫌で話し出した。
「このラスケルクから西の方へ道に沿って進むと、第二の開拓の町、シルドナって町があるが、まだ建設中なんだ。外壁は出来てるんだが……中の建物なんかがまだなんだ、だから必要な事は、ここで済ませておいたほうがいいぜ！」
「そうなんですか。情報ありがとう」
「まあ、この世界で生きていくためには、情報の収集や交換は重要だからな。お前さんも何か貴重な情報を得た場合は、ギルドや他の冒険者には言うべきだぜ。そうやってここじゃ、助け合って生き延びてるのさ。だが……儲け話やお宝のありかは秘密にしておくんだな。そうしないと全部持っていかれちまうぞ！ がはははっ！」
そう言ってガリバンは、豪快に笑いながらユラトの肩を叩いた。
「…っく、分かりました。覚えておきます……」
「後は……そうだな……話は変わるが……ここの近辺じゃ、夜になるとダイアーウルフってのが出るらしいから、気をつけたほうがいいぞ」
「ダイアーウルフ？」
「俺はまだ見たことは無いが、遭遇したやつの話だと、体の大きさはオリディオールにいる狼より遥かに大きくて獰猛なやつらしい」
ダイアーウルフは、この新大陸の草原や森、荒地に生息する通常の狼より２倍から３倍ぐらいの大きさの狼で、非常に獰猛で足も素早く、馬に乗った冒険者にも追いつくことができ、死肉なども食べる貪欲な魔物だった。
ガリバンは、表情を曇らせて話した。
「先週の夜にな、この街とシルドナの間を結ぶ道で襲われた冒険者がいたらしい。だから夜は、よほどのことが無い限りは出歩くのは避けた方がいいぞ」
他にもユラトは、この大陸の話を色々ガリバンから聞いた。
そして、明日も早いので話にきりが付いたところでユラトは、ガリバンにお礼を言うと、今夜眠る場所へ引き上げ、船旅の疲れもあってか、その日は直ぐに眠りについた。
次の朝になると、すぐにラスケルクから出発し、ユラトはギルドで請け負った仕事の場所へと、たどり着いていた。
ラスケルクから西へ、馬車で第二の町シルドナまで進み、その後、馬を借り南西に進み、ここまで来ていた。
そう遠い場所では無かったため、昼前には着いていた。
周囲は草原で、その中にぽつんと目的の村があった。
（あそこだな……）
村に近づくと、なにやら花の香りがしてくる。
「ここが調査依頼のあった廃村か……良い香りがするな……これはどこかで……」
ユラトは自身の記憶をたどった。
「そうだ……思い出した！これはライラの花だ……この大陸にもあるのか……」
村の周りには、ライラの木と言われる落葉樹が茂っていた。
この木はオリディオール島にも存在していて、春になると非常に香りの強い、白や薄い青色の花を咲かせる。
また香水の原料にもなっている。
「奥へ行くか……」
彼は馬に乗りながら、その木をくぐって奥へ進み、村の中へ入ると、ギルドで渡された資料を見ながら辺りも見回した。
すると、雑草が生え放題生えているのが見えた。
所々ユラトの背丈と同じぐらいまでの草が生えているのもあった。
また建物は殆どが廃墟と化していた。
「これじゃあ……何もないだろうな……」
馬を下り、ユラトは建物を１軒づつ調べて回った。
「んー……ここも特に何もないな……次の家はっと……」
次々調べていくが、何か特別な物がある訳でも無く、時間だけが過ぎていく。
そうこうしているうちに全ての建物を調べ終え、ライラの木の木陰で昼食を取りながら調査報告書に何も無かったことを記入した。
（ふう……何も無しか……少しは期待したんだけどな……まあ、魔物が居なかっただけ良しとするか！）
昼食を食べ終え、ユラトは立ち上がり、調査した証に冒険者ギルドから支給された魔力を篭められた宝石ホークスアイを地面に埋めた。
この石は聖石と同じく、オリディオールの中央にあるゾイル地方北部の山間部で大量に産出されており、この石の魔力を感じることによって冒険者は、ここが調査済みであることを知るのである。
「これでよし！！あとは周辺の調査だな……まあ、この調子だと何もないだろうな」
廃村の周辺を調べようと歩き出したその時、近くの茂みから冒険者と思われる出で立ちの青年が現れた。
「………」
その人物は姿を現すなり、ユラトに向って声をかけてきた。
「よう！ここで人に会うとはな。こんな所にいるってことは、ひょっとしてお前……冒険者か？」
ユラトは突然現れた人物に驚くと、やや警戒しながら答えた。
「―――！？（こんな場所に人が？……）ええ……ギルドの仕事で、この辺りの調査に来てますけど、殆ど調べ終わったんで、もうすぐ帰るところです」
それを聞くと彼は少し嬉しそうに話しかけてきた。
「おおっ！なら丁度良かった！悪いが俺の仕事にも少し付き合ってもらえないか？」
ユラトは尋ねた。
「あなたも……冒険者なんですか？」
謎の青年は冒険者の証であるワイバーンの目にホークスアイのはめ込まれたバッジを見せながら、自分の名を告げた。
「ああ、そうだ。俺の名前はデュラン・マーベリックって言うんだ。よろしくな！」
彼はそう言って人懐っこい笑顔を見せると、右手を差し出してきた。
「どうも……」
このデュランと名乗る青年は赤毛でユラトより少し背が高かく、レザーアーマーの上に水色のマント、腰には皮製のウエストポーチを装備していて、ベルトには投げナイフがあり、性格は快活そうな人物に見えた。
ユラトも同じように冒険者のバッジを見せ、名を告げる。
「俺はユラト・ファルゼインと言います。よろしく」
「歳も近そうだし、俺の事はデュランって呼んでくれ。お前の事も、ユラトって呼ばせてもらうぜ！」
ユラトは彼の言う事に納得し、口調を変えて尋ねた。
「ああ、わかったよ、デュラン。それで仕事って？」
ユラトからそう尋ねられると顔から笑顔が消え、彼は真面目な表情でここに来るまでの経緯を話始めた。
「実はな……俺の仕事ってのは、ここから少し行った所にある洞窟の調査でな。俺を入れて３人のパーティーで行く予定だったんだが……自分以外の２人のメンバーが行く途中で金の分け前で揉めやがってよ……解散しちまったんだ……」
これは冒険者の中では良くある事で、冒険が終わってからが特に多い出来事だった。
最悪な場合、殺し合いが始まる事もあった。
「あらら……（そんなこともあるのか）」
ユラトが困惑してそう言うと、彼は話を続けた。
「それで一人で行けるかと思って洞窟の入り口まで来たんだが……どうやら中に魔物が何匹かいるようなんだ……」
「なるほど……魔物か……」
デュランは自信の無い表情なり、今の自分の気持ちを吐露した。
「それで……俺……実はよ……冒険が……今回が初めてでよ……一人で行くのはちょっと不安なんだ……」
それを聞いたユラトは、さらっと自分も同じく初めてであることを伝えた。
「ああ、そうなのか。俺も今回が初めてだよ」
デュランは驚き、ユラトを見た。
「何っ！お前もか！」
「ああ、そうだよ」
デュランは両腕を組み、しばし考え込むと不安な表情を浮かべたまま話した。
「うーーん……初心者２人で行けるか……一応洞窟の入り口でマナサーチの魔法を使って調べたんだが……強い魔力は感じなかったんだよな……」
この世界の生物の体内には、マナと言われる魔力が宿っている。
マナサーチの魔法とは、一定の範囲にいるマナを持つ生物や物等の強さや大きさ、数を大まかに測ることができた。
調べることの出来る範囲や内容は、術者の能力に依存する。
冒険者は聖石を使い、霧が払われた場所で、この魔法を使用する事により、金品や魔力を帯びたアイテムなどを見つけることが容易になる。
また調査済みの印であるホークスアイの場所も知る事が出来る。
不安になったユラトは提案をしてみた。
「ならいったん、街に戻ってパーティーの募集してきたらどうだい？」
デュランは困った表情になって答えた。
「それがだな……借金ともう一つ理由があってよ……で……借金の期限が明後日までなんだ……だから頼む！」
「それは君の勝手な事情だね……」
彼の理由を聞いたユラトは呆れ、断ろうと思った。
「悪いけど、そんな理由で危険な場所には行けないよ」
だが、デュランは引き下がらなかった。
彼は真剣な表情で土下座までして頼み込んできた。
「本当に頼む！この通りだ！頼む……」
あまりの熱心さに、ユラトは彼のもう一つの理由の事が気になった。
「……もう一つの理由って？」
「それは……今は言えん……だが、やましいことではないんだ！頼む！」
デュランの顔を見ると悲痛な気配が漂っていた。
（どんな理由があるんだ？……）
ユラトは、なぜここまでしてデュランが頼んで来るのか、真の理由が分からなかった。
彼はすぐに断る事が出来たがデュランの熱意と、ほんの少し行って見たいと言う思いが心の奥底にあったため、引き受ける事にした。
「わかったよ……だから顔を上げてくれ……だけどデュラン、さっきも言ったけど、俺も初心者だよ、いいの？」
デュランは顔を上げ、立ち上がった。
「ああ、構わない、早速で悪いんだが着いてきてくれ……こっちだ！」
ユラトは、自分の仕事がまだ終わっていない事を思い出した。
「待ってくれ！まだ終わっていない周辺の調査があるんだ！」
「ああ、そうか……わかった。俺も手伝うぜ！」
ユラトはデュランと廃村周辺の調査を直ぐに済ませると、彼の目的地である洞窟へ向かうことにした。
