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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
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9.正体露見!?

 翌朝、俺は早速国防ギルドへと向かった。

 手始めに、仕事の依頼が掲載されている掲示板に立ち寄り、その多寡(たか)を確かめてみることにした。

 噂通り、依頼の数は十分で、当分の間は仕事に困る心配も要らなそうだった。

 依頼は魔物退治が大半を占めており、幸いにも、手に負えないような案件は一つも見当たらなかった。

 ただ一つの例外を除いては。


 ――お尋ね者“剣聖”イーシャルの確保。


 その見出しを目にした瞬間、心臓が口から飛び出そうになったが、俺は深く息を吸って心を静めた。

 真新しい羊皮紙には、以下のように記されていた。


『かつての英雄にして、暗黒魔術の使い手。死刑直前、黒いローブ姿の集団の手を借りて失踪。身柄を押さえた者には、報奨金としてエギゼル金貨2500枚を贈与。生死は問わず』


 依頼主には、レヴァニア騎士団とある。

 報奨金も、ほかの依頼とは桁が二つばかり違っていた。

 要するに、国を挙げて俺の行方を追っているということだろう。

 しかし、文言の下に描かれた似顔絵を見て、俺は思わず笑みをこぼした。

 それが、“髭の剣聖”という世間のイメージ通りのものだったからだ。

 お馴染みの髭に長髪の姿で、頬の傷跡は見当たらない。

 おまけに、両目は異常なほど吊り上がっていて、ひどい鷲鼻である。

 口などは、裂けたように耳元まで広がり、まるで悪魔のごとき形相だった。

 描いた者の憎悪が感じられたが、そのお陰で、本人とは似ても似つかぬ顔つきとなっている。

 ホッと胸を撫で下ろした俺は、次に受付へと向かった。


「……本日は、何のご用件でしょうか?」


 例の若い受付嬢が、相も変わらぬ義務的な口調で尋ねてきた。

 俺は昨日の酒場の一件のお陰で手に入った、署名入りの推薦状を差し出す。


「こちら、確認できましたので、登録手続きに入りたいのですが……」


 言いながら、女はどこか気まずそうな表情で、俺の顔をじっと見た。


「お手数ですが、そのお顔の布、取っていただけませんでしょうか?」


「――なぜだ。理由は?」


 尋ねると、女はおずおずと口を開いた。


「……国防ギルドには、登録者様の顔つきや身体的な特徴を、記録として残しておく義務があるのです。『布で隠しているため、素顔は不明』などとは、さすがに書けませんので」


「なるほど、事情は理解した。だが、俺の顔は、傷だらけでひどく膿んでいてな。目にしただけで、吐き気を催すほどの代物だ。とてもじゃないが、見せられたものじゃない」


 慎重を期して、俺はそう言った。

 お尋ね者のイーシャルだと疑われることはないだろうが、この女も“傷跡の聖者”の噂を知っている可能性があると見たからだ。

 仮に俺が“傷跡の聖者”だと露見すれば、要らぬ注目を浴びることになる。

 それは是が非でも避けたかった。素顔を隠しておくに越したことはない。


「……そ、そう言われましても」


 女の顔が、凄まじく引きつっていた。あと一押しである。


「そこで提案だ。俺は自分の顔の傷の状態を、正確に把握している。従って、こちらが記録を代筆するということでどうだ?」


「……いえ、それには及びません」


 背後から、突然そんな声が聞こえた。

 振り返ると、そこにはギルドの制服を着た、背の高い女が立っていた。

 受付の女よりは、いくらか年かさに見える。

 細面で、腰に届くほど長い黒髪の持ち主だった。

 美しい女には違いなかったが、ひどく神経質な目つきをしている。

 そこはかとなく、お局といった感じの雰囲気を醸していた。


「――タミーラさん、駄目じゃないの。自分の目で確かめようとしないなんて。ギルドの受付失格よ」


 お局が、キツい口調で若い女をたしなめた。


(……少々、面倒なことになった)

 

 俺は心の中でため息をついた。

 この手の女は口が達者で、言いくるめるのは至難の業である。


「そういうことなら、あんたにも俺の素顔を見てもらおう。ただし、今晩は悪夢にうなされることになるぞ」


 様子見がてら、脅かすように言ったが、お局は動じなかった。


「結構よ。では、早速その布を取っていただけます? それとも、登録は傷が完治してからになさいますか?」


 再び、俺は心の中でため息をついた。 

 現状では、国防ギルドに属する以外、手ごろに金を稼げる術は見当たらない。

 このチャンスをフイにするわけにはいかないので、俺は最終手段に出ることを決めた。


「……では、少々待たれよ」


 俺はそう言い残し、近くに立っていた柱の陰に身を隠す。

 それから素早く顔の布を解き、懐から薬草軟膏を取り出した。

 こんなこともあろうかと、なけなしの金をはたいて購入していた品である。


(――用意しておいて正解だった)


 俺は顔中に軟膏を塗りたくったのち、再び受付へと向かった。

 濃い緑色のクリーム状をしている薬草軟膏は、頬の傷を隠すのにうってつけと言えた。


「軟膏を塗り直した。これなら多少見れるだろう。さあ、手続きを進めてくれ」


 自信たっぷりにそう言うと、お局が大きく目を見開いた。


「……ああ、何と言うことでしょう。あなた様は、“傷跡の聖者”様ですねッ!?」


 思いがけず、お局が大きな声を発したために、近くにいた者たちが、揃ってこちらに視線を向けた。


「“傷跡の聖者”など知らぬ。誰かと勘違いしているのではないか?」


 咄嗟にそう答えたが、俺は動揺を隠せないでいた。

 頬の傷を隠している以上、正体が見抜かれるなど、およそ考えられぬことだった。


「ここで再会できるだなんて、至極光栄にございます。“傷跡の聖者”は、私たちがあなた様に勝手につけた仇名なのです。だって、お名前を教えて下さらないんですもの」


 お局はそう言って、食い入るように俺の顔をじっと見た。


「……覚えておられませんか? 私は、あのとき助けていただいた娘の一人で、ユーディエと申します」


 俺は完全に閉口した。何という巡り合わせだろうか。

 ゼルマンド信者たちに捕えられていた娘は、全部で十三名もいたせいで、俺は彼女たちの顔をロクに覚えていなかったのである。

 従って、自分がこのユーディエという女を救っていたとは、夢にも思わなかった。

 とにかく、こちらの素顔が知られているということは、彼女もまた、バーテンダーの妹に誘われ、俺が川へ顔を洗いに行った際、こっそり跡をついてきたに違いなかった。

 となれば、小便する姿も見られたのだろうが、もはや、そんなことを気にしていられる状況ではない。


「どうなされました、“傷跡の聖者”様?」

 

「……」


 気づけば、周囲に小さな人垣が築かれていた。

 想像し得る限り、最も面倒な事態に陥ってしまったようである。


「――おい、あの男が噂の“傷跡の聖者”らしいぜ?」


「――嘘だろ? あれって作り話じゃなかったのか?」


「――いや、あの事務員の女、最近まで行方不明になってたんだぜ。その本人があんな風に言ってるんだ、この男が“傷跡の聖者”に違いねぇ」


 そのような会話が、方々から聞こえてきた。


「……どうやら、少々周りが騒がしいようだ。登録手続きは、静かな場所でお願いできないだろうか?」


 そう頼むと、ユーディエは小さくうなずき、応接間へと案内してくれた。

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