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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第三章:英雄殺し

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26.聖者の采配(後編)

 合流地点を目指して駆け続け、廊下の中ほどまで差しかかったとき、遂にその瞬間は訪れた。

 廊下の曲がり角から、尋常ならざる速さで、二つの人影が躍り出たのである。

 それらは勢い余って角を曲がり切れず、そのまま壁にぶち当たった。

 同時に、隊に異様な緊張が走ったのを、俺は肌身で感じ取っていた。


(――やはり、間違いない。本物だ)


 壁への衝突を経てこちらに方向転換し、競い合うように走り出した二つの影――そう、狂人のごとき挙動の主の正体は、屍兵化した聖騎士にほかならなかった。

 両者とも不気味に首を揺らしながら、頭上で長剣をぶん回している。

 右の一体は腹部に、左の一体は心臓部に大きな風穴を空けられているのが、遠目にも見て取れた。


(――ファラルモに殺られたに違いない)


 得物はおそらく、彼の愛槍だろうと俺は察した。

 死者が生前愛用していた武器を、副葬品として棺に納めておくことは、武人を弔う際において、ごくごく一般的な風習である。


「――敵襲ーーーーーッ!!!!」


 向こうの隊にも状況が伝わるよう、大声で報せを送ると、直後に屍兵たちがおぞましい叫びを上げた。


「……ァァァアアァァァーーーーーッ!!!!」


 一心不乱にこちらに迫ってくる、その二体の速さたるや、まさに獣並みだった。

 全身を甲冑で固めているというのに、まるで何も身につけていないかのような身軽さである。

 死の恐怖から解放されることにより、極限まで身体能力が引き出され、生前の倍ほどの膂力(りょりょく)と敏捷性を発揮する――それこそが屍兵の特徴であり、人々を(おのの)かせた理由にほかならなかった。

 だが、それ以上に厄介なのが、屍兵の並外れた“しぶとさ”だった。

 頭を潰すか、首を斬り落とさない限り、奴らは何度でも立ち上がり、破壊と殺戮のみを繰り返すのである。

 ゆえに屍兵は、“一体で兵三人分の働きをする”と評されるまでに至ったのだ。


 やがて、反対側の廊下からも、敵襲を報せるディダレイの声が響いてきた。

 たった二体の襲撃だけでは済まされまいと案じつつ、なおも前進を続けると、いよいよ敵との距離は縮まり、そのおぞましい姿をくっきりと視界に捉えることができた。

 灰色みを帯びた肌、開いた大口から垂れるおびただしい量の(よだれ)、そして、焦点の定まらない赤く濁った眼――俺は久々にそれらを目にするなり、隊に進軍停止の号令をかけた。

 そして、続けざまに声を張り上げた。


「――二列、三列、しっかりと引きつけ、敵の顔を狙って“光球”を放てーーーッ!!」


 光と炎――屍兵の弱点がこの二つであるということは、広く知られている事実である。

 そして、“光球”は聖騎士ならば、誰でも容易く扱える魔術だった。

 暗がりを進む際などに、ふわふわと宙に漂わせ、灯り代わりに用いるのが基本だが、屍兵はその光に怯むのである。

 それがこれだけの人数から一斉に放たれれば、相手の動きを止めるくらい造作もないということを、俺は過去の経験から知っていた。

 魔術の使い手を十分に揃え、的確に弱点さえ突いてやれば、屍兵の相手を務めることは、決して難しくはない。

 義勇軍においては、魔術の使い手はごく少数しか存在せず、たびたび苦戦を強いられたが、その当時と比較すると、現在はよほど恵まれた状況にあると言えた。


「オオーーーッ!!」


 兵たちが、未だ硬さの残る声で応え、直ちに詠唱が開始された。

 それから、一拍の間を置いたのち、数多の“光球”が二体の屍兵を襲った――と同時に、俺は一人で駆け出していた。


「――まずは俺が手本を示すッ!! よくよくまぶたの裏に焼き付けよッ!!」


 吼えるように叫びながら、俺は隙を見せた屍兵たちの眼前に躍り出た。

 そして、右の一体の腹部を蹴飛ばしてその体勢を崩すと、易々と聖剣で首を刎ね飛ばした。

 すると、首を失ったその体は、左のもう一体に覆いかぶさるようにして、勢いよく倒れ込んだ。


「――アアァァッ!!」


 驚いたように唸りを上げつつ、左の屍兵が後方に跳び退()がろうとしたが、その動きを読んでいた俺は、身を翻して横一閃に聖剣を振るった。

 ほどなく、宙に舞った屍兵の首が、静かに地面に転がり落ちると同時に、俺は素早く後ろに向き直り、兵たちの顔を見回した。


「――遠慮は要らぬ、仲間の手で首を落としてやることこそ、最大の供養と思えッ!!」


 腹の底から叫んでやると、彼らは「オオーーーッ!!」と(とき)の声を上げた。

 戦い方を示したために、少しは自信を得たのだろうか、以前より声に覇気が伴い、一同の顔つきもいくらかマシになっていた。

 だが、まだ不十分だ、と俺は思った。


「――これだけは忘れるな、誇り高き戦士の死を、敵はまざまざと愚弄したのだッ!!」


 声高にそう告げると、兵たちの顔が厳しく引き締まった。

 今しがた、正真正銘の死者の冒涜を目の当たりにしたからこそ、俺の言葉が腑に落ちたのだろう。


「――誰しも最初は屍兵を恐れる。それは当然のことだ。だが、恥じずに恐れを受け入れろッ!! そして乗り越えろッ!!」


 声を振り絞って叫ぶなり、微かに床が振動するのを感じた。

 後方を一瞥すると、廊下の曲がり角から再び屍兵たちが飛び出して来るのが見えた。

 今度は少々多勢で、その数、十五は下らない。

 案に違わず、先遣隊は悉く屍兵化されていたのだ。


「――腰抜けのままで人生を終えるか、真の戦士への第一歩を踏み出すかは、今この瞬間で決まると思えッ!!」


 列に戻った俺は、兵たちの士気の高まりを感じながら叫んだ。


「――恐れと共に闘えッ!! 聖騎士の誇りを示せーーーーーーーッ!!!!」


 高々と聖剣を掲げ、屍兵の群れを()めつけながら、俺は声の限りに吼えた。

 一瞬の静寂ののち、聖騎士たちは息を合わせて馬鹿でかい鬨の声を上げた。


「――オウッ!! オウッ!! オオオオオーーーーーーッ!!!!」


 地面が割れんばかりに揺れた。

 反対側の班まで、こちらと一緒になって吼えているのが聞き取れた。

 静かに闘志をたぎらせつつ、俺は声高に指示を下した。


「――この場で敵を迎え撃つ。戦い方は先に示した通りだ。接近戦が始まったら、二列、三列の者は“聖なる盾”で最前列の仲間の身を守れッ!!」


“聖なる盾”も“光球”と同じく、聖騎士の誰もが会得している魔術だった。

 術者の半径五メートル以内程度であれば、望んだ場所に、物理攻撃を防ぐ障壁を一時的に生じさせることができるというのがその効果だ。

 詠唱には十分な集中が必要であり、最前線で斬り合う者が自ら使用するのは難しいが、後列の者となれば話は別である。


「――最前列の者が負傷した場合は、すぐに後列の者と交代せよ。絶対に敵の突破を許してはならんッ!!」


 いよいよ目前に迫った敵を視界に映しながら、俺は声を振り絞ってそう命じた。


「オオオオオーーーーーーッ!!!!」


 覇気に満ちた鬨の声が上がったのち、俺はかけ声を発した。


「――“光球”を放てーーーーーーーッ!!!!」


 今まさに攻撃態勢に移ろうとしていた屍兵たちは、突如として飛来した無数の“光球”に怯み、悉く足を止めた。


「――前列、突撃開始ィーーーーーーーッ!!!!」 


 大音声で号令を下すなり、俺は我先にと駆け出した。

 しかし、俺より早く動き出していたのが、隣のジャンデルだった。

 彼は真っ先に右方へ猛進すると、踊るような身のこなしで水面蹴りを放ち、あっという間に屍兵三体を転倒させた。

 すると、間を置かずにジャンデルの後方から聖騎士二人が飛び出し、地に伏した敵の首を目がけ、次々に刃を突き立てていった。

 実に見事なコンビネーションだった。


「――良いぞッ!! その調子だッ!!」


 周囲を鼓舞しつつ、俺は高々と聖剣を振り上げていた。

 次いで、眼前の屍兵の頭上を目がけ、いやというほど刃を打ち下ろし、兜ごとその頭蓋を割り砕いた。

 視界の端には、左方で奮戦するリューリカの姿も映っていた。

 彼女は先ほど俺が示した通り、屍兵の腹を存分に蹴りつけ、よろめいた隙を狙ってその首を薙ぎ落していた。

 かくして、たちまちのうちに手前の五体が倒れたが、間髪を入れずにその背後から、十体を超す屍兵たちが群がるように躍り出た――と目にするや否や、一斉に放たれた“光球”が俺たちの頭上を飛び越し、小さな隕石のごとく敵中に降り注いだ。

 これ以上ないと思えるほどの、絶好のタイミングだった。


(――もう号令を下すは必要はなさそうだ)


 ひよっこだった聖騎士たちが、早くも戦い方を身につけたのだと確信した俺は、無我夢中になって屍兵の首を狩り、その頭蓋を砕き続けた。

 左方では、変わらずジャンデルが躍動し続けていた。

 掌底打ち、後ろ回し蹴り、二段蹴り――彼はほとんど剣を使わず、敵の隙を突くことにのみ専念し、首を落とす役目は他の者に任せると決めているらしかった。

 隊の全体効率を考えてのことだろうが、その判断は正しく、実に有効的に機能していた。

 難敵として知られる屍兵が、ほとんど流れ作業と言っていいほどの容易さで、次から次へと打ち倒されてゆく様を、俺は横目に映していた。

 一方、リューリカは先に俺が示した戦法を、なおも律儀に守り通していた。

 その戦いぶりは少々危なくも見えたが、“聖なる盾”にしっかりと身を護られ、また“光球”の助けもたびたび借りながら、彼女は一体、また一体と着実に敵の頭数を減らしていた。

 リューリカの左横で戦う聖騎士も、彼女の善戦ぶりに勇気づけられてか、手堅く戦果を稼いでいた。

 戦いのさ中、さらに八体の屍兵が出現したが、もはや俺たちの敵ではなかった。


(――戦とは、こういうものなのだ)


 自信を得、一度勢いづけば、戦局を一気に決定づけることが可能になる。

 その流れを生むきっかけを作るのが、まさに指揮官の役目なのだという真理を、俺は肌身に沁みて理解していた人間の一人だった。

 遂に過去が活きたのだ、と俺は思った。


「――聖者殿、誠に感服いたした」


 正面から襲ってきた屍兵の首を撫で斬りにした直後、背後からジャンデルが声をかけてきた。

 ちらと辺りを一瞥すると、既に敵の姿は一体も見えなかった。


「実に見事な采配ぶりでした。青二才の兵たちを、まさかこれほどの短時間で生まれ変わらせるとは」


 深々とうなずきながら話すジャンデルに、「あくまでも、彼らの背中を押しただけのことだ」と俺は返した。


「とにかく、雑兵は大方仕留めたと見て良いでしょう。あとは、大将首さえ取れば……」 


 ジャンデルは真剣な声音でそう言うと、丹念に周囲を見回し、俺もそれに倣った。

 屍兵化した聖騎士は、多く見積もっても五十程度のはずだが、既にその半数を超す骸が、あちこちに散らばっていた。


「――被害の状況は?」


 兵たちに尋ねると、何とも奇跡的なことに、こちら側には誰一人として戦死者が出ていないことが判明した。

 負傷者は少々目立ったが、致命傷を負った者は誰もおらず、“癒しの光”の術――これも聖騎士ならば誰もが会得している――で治癒を施せば、戦闘の再開に支障はないと判断できた。


「――まだまだ油断はならないが、皆、本当に良くやった」


 兵たちの顔を見回しながら語りかけると、彼らの顔に誇りに満ちた笑顔が咲いた。

 だが、それもほんの一瞬のことだった。

 彼らはすぐに表情を引き締め、早くも次の戦いに備える心構えを見せた。


「――良い面構えだ。では、直ちに乱れた隊列を整え、傷の手当てを開始せよ。それが済み次第、進軍を再開する」


 彼らの成長ぶりを嬉しく思いつつ、急いで指示を出すと、脇に立つジャンデルが、「ひとまず、上々な出だしですね」と安堵したように漏らした。

 それから、ジャンデルはおもむろに壁際を向き、「団長、こちらは一旦片付きました。そちらの戦況は?」と声高に叫んだ。

 すると、やや間を置いたのち、「あともう少々といったところだ。先に合流地点に向かってくれ」とディダレイの返事があった。

 事実、合流地点は、もはや目と鼻の先だった。

 俺たちは敵の撃退を繰り返しつつ、ひたすらに前進を続けてきたお陰で、廊下の突き当り手前まで到達していたのである。


 治療が済むのを待つ傍ら、今後の戦闘に備え、手近の兵から隊の者が扱える魔術について詳細に聞き出していると、「聖者殿」とジャンデルが俺の肩を叩いた。

 

「――今のうちに、先の道の様子を探り、安全を確かめて参ります」


 彼の申し出に、「頼む」と俺は返事をした。

 彼は力強くうなずいてみせると、慎重な足取りで前進を開始し、左の壁際に身を寄せつつ、ゆっくりと角を曲がった。

 そして、姿が見えなくなって間もなく、彼の悲痛な叫びが上がった。


「――まずいッ、聖者殿、加勢を頼むッ!! ……ファラルモがッ!!」


 再び手近の兵とやり取りしていた俺は、即座に廊下の角に目を移した。

 すると、そこには顔中を血に染めたジャンデルが立っていた。

 彼は小さく吼えると、曲刀を振りかぶって駆け出し、その姿は再び廊下の奥へと消えていった。

 俺は深呼吸を一つしたのち、聖剣の柄を握り直すと、「そのまま手当てを続行して待機せよ。すぐに指示を与える」と兵たちに言い残し、一目散に駆け出した。

 そして、警戒しつつも角を曲がった、まさにその瞬間だった。



 ――俺の首元を一直線に目がけ、尋常ならざる速さで剣尖が襲ってきた。

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