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25.聖者の采配(前編)

 階段を急ぎ下ったのち、ひとまず、俺たちは聖堂内の大礼拝堂を目指した。

 屍兵たちが地下霊廟から二階を目指す際は、必ず大礼拝堂の横を通過せねばならないと知っていたからだ。


(――さて、いかなる手で敵の進行を防ぐべきか)


 聖堂内の俯瞰図を、俺は正確に脳裏に描いていた。

 大礼拝堂は、長方形状の大きな部屋で、その左右には、幅広の真っ直ぐな廊下が通っている。

 左右それぞれの廊下は、どちらも突き当りに差しかかったところで内側に折れ、大礼拝堂の真裏で一つに合流するという構造をとっていた。

 そして、その合流地点の先には、一本の果てしない長廊下が続いており、その最奥部に地下霊廟へつながる階段が設けてあった。

 先ほど修道女は、屍兵たちが『一階に到達していてもおかしくない』と話していたため、今は長廊下を移動している最中と見ていいだろう。

 よって、左右の廊下の合流地点で敵を挟撃し、進軍を食い止めつつ殲滅を図ることが最善手と思われた。


(――いよいよ対面だ。屍兵たちの傍には、“英雄殺し”が身を潜めているに違いない)


 武者震いを覚えつつ、死にもの狂いで駆け続け、間もなく大礼拝堂の正面に到着した。

 重く閉ざされたその扉の前には、三十名ばかりの聖騎士たちが集っていた。

 その中には、これまた何の因果か、リューリカ――以前ガルノガ一家に潜入していた、赤毛の若き女聖騎士だ――の姿も混じっていた。

 リューリカと他数名は、何らかの議論を交わしている様子で、それ以外の者は皆、口を閉ざしたままがちがちに固まっていた。

 どの顔もひどく青ざめ、戦う前から自分の葬式を想像しているかのように、俺の目には映った。

 彼らが一様に浮足立っていることは、火を見るよりも明らかだった。


「――我ら三名、加勢に参ったッ!!」


 聖騎士たちに駆け寄るなり、大きく声を張り上げると、彼らは一斉にこちらに顔を向けた。


「――既に存じているかもしれぬが、俺はケンゴーだ。聖女イクシアーナ様より、屍兵討伐を指揮せよとの命を授かった」


 その証とばかりに聖剣を掲げてみせると、聖騎士たちの間に小さなどよめきが起こった。


「――王国騎士団団長、ディダレイ・バシュトバーだ。私も助太刀致す」


「――同じく参事、ジャンデル・ムルバンク」


 二人が相次いで名乗りを上げると、さらに大きなどよめきが走った。

 その間、目視で兵数を確かめると、正確には三十三名だと分かった。


(――俺たちを加えた総勢三十六名で、まずはどうにかしなくてはならぬ)


 そう腹を決めたのち、近くに立っていた同年代の聖騎士に急いで質問をぶつけ、必要最低限の情報収集に着手した。

 結果、施療に訪れた人々の避難は大部分が済んでいること(彼ら三十三名がそれにあたり、今しがたここに集合したらしい)、遠からず増援が駆けつけるであろうこと、事前に屍兵討伐に向かった聖騎士の数が、全部で五十名ほどだったことが判明した。


(――あまり想像したくはないが、その五十名、悉く屍兵化されているかもしれぬ。……いや、むしろそう考えておくべきだろう)


 緊急時において、楽観的予測は最も危険である。

 従って、俺は最悪の場合を想定して采配を振ることを決めた。


「――ではこれより、二班に分かれて左右の廊下を進み、その合流地点で敵を挟撃する。無論、合流前に敵とまみえた場合は、悉く撃破して直進あるのみッ!!」


 兵たちを鼓舞するように、俺は声高に宣言した。


「右の班は俺が指揮する。左の班は、ディダレイ殿に頼みたい」


 言いながら、ディダレイをちらと見やると、彼は力強くうなずいた。

 次いで、隣に立つジャンデルの肩を静かに叩いた。


「――お前は聖者殿と共に行け。こちらの班は、私一人で預かる」


 そう言うなり、ディダレイが手にした長剣の刀身をさっと撫でると、刃全体がたちまち紅蓮の炎をまとった。

 同時に、兵たちの口から、“煉獄(れんごく)”という単語が次々に飛び出した。

“煉獄”――どうやらそれが、ディダレイの二つ名らしい。


(――炎の魔術戦士というわけか。火を恐れる屍兵相手とあらば、まさにおあつらえ向きだ)


“魔術戦士”――それは魔術と武術の両方に長けた者にのみ与えられる呼称であり、男子ならば、誰もが一度は夢見る存在と言えた。

 だが、それを実際に叶えられる者は、ごくごく少数である。

 そもそも、魔術の会得には、天性の才能が欠かせない。

 加えて、鍛冶屋と大工を兼ねる者がないように、二つの異なる技術を一定水準まで身につけることは、決して容易くないのである。

 従って、どちらも中途半端になるか、あるいはどちらかに偏りが出るのが当然と言えたが、ディダレイに限ってはそのようなことはないらしい。

 王国騎士団団長でありながら、まるで魔術師のごとき異名を持つという事実こそ、彼が一線級の“魔術戦士”である証拠に違いなかった。


(――案に違わず、相当な手練れのようだ)


 敵としては相対したくないものだと密かに憂慮しつつ、俺は指示を再開した。


「――早速だが、急いで左右十八名ずつに分かれ、六列縦隊を組んでもらう。屍兵を討った経験のある者、及び剣の腕に自信のある者は、我々と共に最前列に並べッ!!」


 六列縦隊としたのは、無論、廊下の幅を考慮してのことである。

 俺が真っ先に右班の最前列中央を位置取ると、右横にジャンデルが、左横にはリューリカが並んだ。

 少々驚きながらリューリカに視線を向けると、すぐに彼女と目が合った。

 その顔には、死さえ厭わぬ決然とした覚悟が宿っているのが見て取れた。


「――私、命を懸けて戦います。神と聖騎士の名の下にッ!!」


 彼女の心意気に、「頼んだぞ」と俺は返した。


(――さすがだ。単身でガルノガ一家に潜入していただけのことはある)


 単に武力に秀でた兵よりも、肝の据わった兵のほうが、より多くの戦果を上げるという実例を何度も目にしてきた俺は、嘘偽りなく彼女に期待した。

 しかし、俺たち三人のほかに、最前列に並ぼうとする者は現れなかった。

 一刻の猶予も許されないというのに、皆揃って躊躇し出し、隊列を組む動きに必要以上の遅れが見られていた。

 ジャンデルは口出しこそしなかったが、あからさまに不快げな表情を浮かべていた。


(――まずい、負け戦の兆候だ)


 俺は直ちにそう予感しつつ、改めて兵たちの顔を見回した。

 緊張、自信のなさ、死への恐怖――彼らの抱いている感情が、そのまま表情に張り付き、見ているほうまで気が滅入る始末だった。

 義勇軍とは真逆だ、と俺は思った。

 義勇軍には、血気盛んな腕っぷしの強い者ばかり揃っていたが、その代わり、上官に盾突く行為や身勝手な振る舞いは日常茶飯事で、隊の統制は乱れがちだった。

 一方、聖ギビニア騎士団の兵は従順で協力的であり、隊の統制は取りやすいだろうという印象を受けたが、どうも受け身の姿勢が強く、闘争心に欠けるのである。

 以前、総主教は、“貴族の次男坊や三男坊ばかりが入団を申し込む”と話していたが、 両者の違いは、まさしく育ちの差が生んだものだろう。


(――二つ良いこと、さてないものよ)


 俺は心の中で嘆息した。

 義勇軍と聖ギビニア騎士団を足して二で割れば丁度良いのだが、世の中それほど都合よくできてはいない。

 だが、義勇兵を率いてきたお陰で、俺は自分のなすべきことをより鮮明に理解できていた。


(――過去を活かすのだ。この俺が、必ず兵たちに自信を与え、士気を高めてみせる)


 自らにそう言い聞かせるなり、俺は手近にいた三名を最前列に引っ張り込み、無理矢理隊列を整えた。

 この有様では、誰がどこに並ぼうと、五十歩百歩に違いないと判断したのである。

 次いで、ディダレイ率いる左の班を見やると、そちらも丁度隊列が組み上がったところだった。

 騎士団長は密かに眉根を寄せており、俺同様に手を焼いたらしいことが見て取れた。


「――よしッ、それでは左右とも、進軍開始ィーーーーーーーッ!!!!」


 声を振り絞って号令をかけると、両班とも揃って(とき)の声を上げたが、それはかたちだけのものに過ぎず、まるで覇気がなかった。

 とは言え、自分でも少々意外なことに、俺はほとんど不安を感じていなかった。


(――頑なだったこの俺でさえ、今は変化を遂げつつある。少々頼りなく見えるお前たちだって、きっと勇敢な兵に生まれ変われるさ。……そうだとも、この俺が生まれ変わらせてやる)


 右の廊下を真っ直ぐ突き進む傍ら、俺は心の中で兵たちにそれを誓った。

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