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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
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7.酔いどれ達の末路

「――ちょっと、お客様方、喧嘩はお止めくださいッ!!」


 バーテンダーの男が叫んだが、三人組は聞く耳を持たなかった。


「……謝れよ。地面に額を擦りつけてな」


 怒り心頭に発した顔で、肉団子が詰め寄ってきた。


「因縁をつけるのは止せ。あんたたちに無礼を働いた覚えはない。で、籍はあるのか? どうなんだ?」


 俺は努めて穏やかに応じたが、彼らは依然として殺気立ったままだった。

 やがて、禿げ頭の男がにやりと笑った。


「――そんなに知りたければ、力づくで聞き出してみろよッ!!」


 言いながら、禿げ頭が殴りかかってきたが、その動きはひどく緩慢だった。

 俺は後方に身を反らして攻撃を避け、それからゆっくりと椅子を降りた。


「てめえッ!!」


 禿げ頭が再度拳を振り上げたのを見て、落ち着け、とたしなめたが無駄だった。

 懲りずに右の拳を繰り出してきたので、再びそれをかわしたが、その瞬間、背後に立っていた肉団子に羽交い絞めにされた。


「……ちょこまかとうざったいんだよ、坊や」


 肉団子の酒臭い息が、俺の顔にかかる。

 それが不快で仕方なかったので、俺は肉団子の顔面に頭突きを見舞った。

 相手がよろめき、羽交い絞めが解けたので、すかさずその太った腹に蹴りをかましてやったが、どうやら少々力を入れすぎたらしい。

 後方に吹っ飛んだ肉団子は、自分たちのテーブルに勢いよく衝突し、ものの見事にその天板を真っ二つに割ってしまった。

 併せてテーブルに並んでいた食器類も大半が砕けてしまったのは、言うまでもない。


「悪いが、俺は弁償するつもりはないぞ。先に手を出したのは、あんたたちの方だからな」


 こんな下らぬことで無駄金を使うわけにはいかないと、俺はきっぱりと宣言した。


「――ふざけんじゃねぇッ!!」


 またもや酔った禿げ頭が突進してきたので、すかさず身を屈めて水面蹴りを放つ。

 すると、がら空きの足元を狙った一撃によって、相手は派手に態勢を崩し、思い切り頭からすっ転んだ。 

 その瞬間、聞いているこちらが痛みを覚えるほどのけたたましい音が、店中に鳴り響いた。


「――それで、ギルドに籍はあるのか?」


 残った長髪の男に尋ねると、何を思ったのか、一目散に酒場の外へ逃げ出してしまった。

 次いで、むくりと肉団子が起き上がったので、俺は同様の質問をした。

 だが、肉団子は何も答えず、青ざめた顔で店から駆けて行った。


 その後、店員たちがしかめ面で喧嘩の後片付けを始めたのを見て、少なからず胸が痛んだ。

 そこで、俺は伸びている禿げ頭の懐を探り、布の銭袋を取り出した。


「……面倒をかけて済まなかった」


 俺はカウンター席に戻り、バーテンダーの男に頭を下げた。


「飲み食いの代金、テーブルと食器類の弁償代、それから迷惑料を支払いたいと、そこに寝転んでいる男から伝言を頼まれた。遠慮なくもらっておくといい」


 十分に重みのある銭袋を差し出すと、バーテンダーはひどく申し訳なさそうにそれを受け取った。


「……あちらの方、大丈夫ですかね?」


 ちらちらと不安げに禿げ頭を眺めながら、バーテンダーが尋ねてきた。


「心配は要らん。脈はきちんとあった。だが、あんなところで寝られていたら、商売に差し支えはしまいか?」


 そう訊くと、バーテンダーはこくりと小さくうなずいた。

 そこで俺は仕方なく、禿げ頭を担ぎ上げ、店の外へと放り出してやった。

 夜風に当たって頭を冷したほうが良いだろうという、俺なりの心遣いである。

 再びカウンター席に戻ると、バーテンダーは真剣な眼差しで俺の顔を見やり、次のように言った。


「……ところで、お願いを一つ聞いていただいても構いませんでしょうか?」

 

「迷惑をかけたことは重々承知している。構わない」と答えると、彼は思い詰めたように深呼吸をして、ためらいがちにこう続けた。

 

「よろしければ、その布を取って、素顔をお見せいただけませんでしょうか?」


 予想外の発言に、俺は少なからず戸惑った。

 

(……まさか、俺を“イーシャル”だと疑っているのか?)


 一瞬、そんな疑念が頭をよぎったが、すぐに打ち消した。

 今のところ、ツヴェルナに俺の手配書は出回っていない。

 それどころか、俺が死刑直前に姿をくらましたという知らせ自体、この町にはまだ届いていないようだった。

 もし届いていれば、間違いなく噂に上るはずである。

 だが、少なくとも俺の把握している限り、そうした兆候は全く見られなかった。


「なぜ、俺の素顔を知りたい? 目的は何だ?」


 落ち着きを取り戻して尋ねると、バーテンダーは済まなさそうに頭を掻いた。


「……実を申しますと、もしかしてお客様が、“傷跡の聖者”ではないかと思いまして」

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