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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第三章:英雄殺し

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12.冷血再び!?

「……皆さん、ずいぶんと険しい表情をしていますが、おそらく、リアーヴェルのことなら心配要りませんよ。これは、いつものことですから」


 しばしの沈黙を置いたのち、イクシアーナはそう話し出した。


「皆さんもご存知かもしれませんが、リアーヴェルはかなりの変わり者です。魔術の研究、魔導具の開発、魔術書の執筆――常にそうしたことに没頭するあまり、周囲の雑音を可能な限り遮断することを好みます。事実、過去に私が手紙を送っても、使者に言葉を託しても、返事があったためしはほとんどありませんでした」


 彼女はそこで言葉を置き、小さくため息を漏らした。そしてこう続けた。


「ただし、リアーヴェルとは旧知の仲ですから、私が直接会いに行きさえすれば、さすがに話は聞いてくれます。だから、何か要件があるときは、必ず私のほうから出向くようにしていました。今回ばかりは仕方なしに手紙を託しましたが、予想通りの結果になってしまいまいたね……」


 ――リアーヴェルが、“冷血”と呼ばれるようになった由縁。

 その一つは、魔術において全ての面で秀でる彼女が、とりわけ冷気を操る術を得手としているためである。

 そしてもう一つは、イクシアーナが話した通り、彼女の周囲に対する徹底的な無関心にあった。

 基本的には、自分の興味があること以外、何一つとして関わろうとしない性格だと、彼女を知る者は口を揃えて言った。

 ゼルマンドの奇襲作戦に参加した理由も、“その暗黒魔術の腕前を、直接自分の目で確かめたい”という好奇心に駆られた結果に過ぎないのだと、噂に聞いたことがあった。


「……そいつぁ困りましたね。かと言って、イクシアーナ様に出向いてもらっちゃ、本末転倒だもんなあ」


 肩に担いだ斧をじっと見やりながら、トモンドが沈んだような声で言った。

 彼のあとに口を開く者はなく、重苦しい静寂が辺りを包んだ。


「――トモンドの言う通りではありますが、やはり、私が行くしかないでしょう。万が一、リアーヴェルの身に何かがあっては手遅れです」


 やがて、イクシアーナが決然とした口調で沈黙を破った。

 同時に、一同の顔に強い動揺の色が浮かんだのを、俺ははっきりと見て取った。

 次いで、アゼルナが何かを言おうと口を開きかけたが、イクシアーナは黙って首を横に振ってみせ、その発言を遮った。


「皆さんが不安に思う気持ちは理解できますが、今回ばかりは譲れません。私にとって、リアーヴェルは大切な友人です。彼女への訪問は、団長命令として聞き入れて下さい」


 イクシアーナの強い意志のこもった言葉に、反論できる者は誰もいなかった。


「それに、仮に何かが起きたとしても、きっと大丈夫です。私を含めた、この五人の力を合わせれば。というわけで、皆さん、力を貸して下さいますね?」


 そう問いかけるイクシアーナは、一瞬のうちに神々しい佇まいへと転じていた。

 まぶしげにその目を細め、非の打ちどころのない微笑を口元に浮かべている。


(――どうやら彼女は、自分の意志一つで“聖女”になれるらしい)

 

 そんなことを思いながらも、俺は否応なく彼女に目を奪われていた。

 ほかの面々もそれは同じらしく、彼らも食い入るように“聖女”を見つめながら、各人恭しくうなずいてみせた。


 かくして、俺たちは“移転の門”の巻物(スクロール)を使い、リアーヴェルの自宅兼魔導具工房へと向かったのだった――。



 *   *   *



 リアーヴェルの自宅兼魔導具工房――王都の外れの住宅街に位置するそれは、横に伸びた長方形の箱のように見える、平屋建ての木造の建物だった。

 看板の一つさえ出ておらず、建物の周囲にはわけのわからないがらくた類がうず高く積まれており、一見すれば倉庫のようにしか映らない。

 無論、俺にとっては初めての訪問だった。


「……見たところ、特に変わった様子はなさそうですね」


 イクシアーナはそう言うなり、自ら“魔力探知”を起動し、近辺で暗黒魔術が用いられた痕跡がないことを確かめた。

“英雄殺し”は姿を現していない――ひとまずそう結論づけた俺たちは、周囲を警戒しつつ建物のドアの前に立った。

 俺と“聖女の盾”の四人は、イクシアーナを四方から囲む陣形を組み、先頭に立ったネーメスが、静かにドアを三度ノックした。

 神経を研ぎ澄ませながら、俺は背に負った大剣の柄に手をかけ、いつでも抜ける態勢を整えた。


「――はい、どなたでしょう」


 やや間を置いてドアが開かれ、中から革の前掛けをした細身の若い男が姿を現した。

 彼の身にまとった衣服には、おかしな色の染みが至るところに付着している。


(――工房に務める職人に違いない)


 そう見て取った俺は、ひとまず大剣の柄から手を離した。

 同時に、一同に張り詰めていた緊張が、直ちにほぐれていくのが分かった。

 男は、少々驚いたような目で俺たちをさっと眺めたのち、恭しい口ぶりでこう言った。


「これはこれはイクシアーナ様、よくぞいらして下さいました。リアーヴェル様に、何かご用でしょうか?」


 男の問いかけに対し、イクシアーナは「ええ、そうです」と微笑みながら答えた。


「では、中に入ってお待ち下さい。すぐに呼んで参ります」


 俺たちを中に招き入れると、男は深々と頭を下げ、すぐさま奥のほうへと小走りで向かっていった。

 建物の内部は広々としており、いくつもの横長の木机が等間隔に並べられていた。

 魔物の角や骨、茸や薬草などの植物類、色とりどりの鉱石類、怪しげな液体の入った無数の試験管――どの机の上にも、魔導具の素材と見られる品々が散乱している。

 中にいる職人は、全部で十五名ほど。

 彼らは卓上で作業に没頭したり、分厚い本を忙しなくめくったり、熱っぽく議論を交わしていたりと、それぞれが並々ならぬエネルギーを発散させていた。

 そうした様子を飽かずに眺めていると、間もなく、先ほどの若い男と共に、丸縁の眼鏡をかけた小柄な女性が近づいてくるのが映った。


「――やあ、今日はずいぶんとお供がいるな」


 その見覚えのない眼鏡の女性は、俺たちの前で足を止め、気さくに声をかけてきた。

 率直に言って、女を捨てたかのような女である。

 右手には羽根ペンを握ったままで、顔中にも、身にまとった深い青色のローブのあちこちにも、インクの汚れが見受けられた。

 ほとんど黒に近いブラウンの髪は、全く手入れされていないのが一目でわかるほど乱れきっている。

 そこかしこが、宿命的な寝ぐせよろしく逆立ち、まるで鳥の巣のようだった。

 丸い金縁眼鏡の下の黒々とした瞳は落ち窪み、その周りには紫がかった隈までできている。

 さらには、彼女のこけた頬、そして小ぶりな鼻の先端は、ひどく垢じみているように映った。


「……リアーヴェル、いつにも増してひどいですね。お風呂くらい入るべきです」


 しかめっ面でイクシアーナがそう言ったのを聞いて、俺は耳を疑った。


(この女が、リアーヴェルだと……!?)


 俺が記憶している彼女は、十人並みよりは美しく、何よりこれほど身なりに無頓着ではなかった。

 端的に言って、今目の前にいる彼女は、全くの別人としか映らない。

 悪い冗談としか思えないほどである。

 しかし、よくよく目を凝らしてみると、どことなく小動物を思わせるその顔つきは、かつての面影をいくらかなりとも残していた。

 そもそも、旧知のイクシアーナが見間違う道理はない以上、この目の前の女こそが、リアーヴェル本人だと結論づけるほかなかった。


「――わざわざここに来たということは、急用か?」


 実に淡々とした声で、リアーヴェルがイクシアーナに尋ねた。

 こちらが心配していたことなど、万に一つも想像しなかったであろう口ぶりである。

 イクシアーナは呆れたように嘆息し、それから口を開いた。


「一応訊いておくけれど、私の手紙は読んでくれた?」


「……手紙? はて、何のことだろう?」


 首を傾げるリアーヴェルを見て、イクシアーナは再びため息を漏らした。

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