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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
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6.国防ギルドへ

 俺は捕らわれていた女たちの全員を、三日ほどかけて安全な街道まで送り届けたのち、界隈で最も大きな町である“ツヴェルナ”に身を移した。

 ツヴェルナは大陸南東部に位置しており、香料や染料を名産として発展した、古くからの商業都市である。

 

(――さて、これからどうしたものか)


 安宿のベッドに寝転びながら、俺は自らの行く末を案じた。

 思いがけぬかたちで生き延びたはいいものの、もはやトガリアに帰ることも叶わない。

 守るべきものも、人生の目的も、今や何一つとして存在しなかった。

 良く捉えれば“自由”ということなのだろうが、それを経験したことのない俺にとっては、戸惑いのほうが大きかった。


(――そして“金”もない)


 目下の問題はこれである。

 抜け目のない俺は、亡骸となったゼルマンド教の元信者たちの懐から金をくすねていたが、その額は微々たるものでしかなかった。

 加えて、町で衣服一式を購入したために(俺はそれまで、処刑時に着せられていたぼろ布の上に、ゼルマンド信者の巣窟から持ち出した黒いローブをまとった格好だった)、もはや残金は数日暮らせるか否かという程度まで減っていた。


(……働かざる者、食うべからずか)


 ため息をつきつつベッドから起き上がり、俺は部屋をあとにした。



 *   *   *



「……ここか」


 俺が向かった先は、町の中央に位置する、石造りの大きな建物だった。

 入口に掲げられた看板には、“国防ギルド・ツヴェルナ支部”の文字が並んでいる。 


 ――国防ギルド。


 それは、治安維持を目的とした全国規模の組合である。

 本来、王国内の警察機能はレヴァニア騎士団が担っていたが、ここ十数年はゼルマンドの侵略が相次いだため、その役目を果たすことが難しくなっていた。

 一人でも多く兵を戦地に送る必要があり、慢性的な人手不足に陥っていたためである。

 その結果、特に警備の目が行き届かない地方都市において、山賊や魔物による被害が増大した。

 そこで、地方の有力貴族たちによって結成されたのが、この国防ギルドである。

 ギルドには、日々様々な依頼――町の警護や巡回、山賊や魔物の討伐が大半を占めた――が持ち込まれ、それを登録者が請け負った。


 依頼をこなせば、登録者は謝礼金を受け取ることができ、治安も保たれる。

 その仕組みは、単純であるだけに、予想以上に上手く機能した。

 結果、国防ギルドは王国の手厚い庇護を受けることになり、飛躍的な発展を遂げたのである。

 ゼルマンド戦役が終了した今日も、未だ人手不足の現状は変わらず、ギルドには依頼が殺到しているとの噂だった。


(ここならば、きっと何らかの仕事が見つかるだろう)


 そんな期待を胸に、俺は建物の中へと足を踏み入れた。


「仕事の紹介を頼みたい」


 受付の若い女に尋ねると、彼女は引きつった笑顔を浮かべたが、それも無理はなかった。

 例のごとく、俺は顔中に布を巻きつけていたのである。

 止むを得ないことだったが、これでは、自ら不審者だと公言しているようなものだろう。


「……それでは、登録証をお見せいただけますか?」

 

「登録証は持っていない」


「申し訳ございませんが、登録証がなければ、仕事の受注はできません」


 受付の女は義務的な声でそう言って、小さく頭を下げた。


「……ならば、登録を頼む」


「登録には、推薦状が必須となります。そちらはお持ちですか?」


 俺は首を横に振った。


「その推薦状とやらは、どこで手に入る?」


「……こちらになります」


 言いながら、女は一枚の羊皮紙を差し出した。


「こちらの用紙に、ほかの登録者様から、署名をいただいてください。署名は、最低で三名分必要となります。そちらが集まれば、登録手続きが可能となります」


 女が再び頭を下げた。

 俺は羊皮紙を受け取り、ひとまず逗留していた宿へと引き返した。

 王国騎士団の代わりのような仕事も引き受ける以上、同業者から推薦された者しか登録できないというのは納得であるが、面倒なことに変わりはない。

 何か策を考えねばならなかった。



 *   *   *



 その日の晩、俺は町で最も繁盛しているという酒場に足を運んだ。

 言わずもがな、ギルドの登録者たちがそこに顔を出すであろうことは、容易に想像できた。


(一晩粘って頼み込めば、三人分の署名くらい、どうにか集められるだろう)


 そう踏んだ俺は、酒場の扉をくぐり、カウンター席へと腰を下ろした。

 噂通り、客の入りは多く、そこかしこに騒がしい声が飛び交っていた。

 酔っ払いどもと同じ空気を吸うのは気に食わないが、背に腹は代えられない。


「……お客さん、ご注文は?」


 若いバーテンダーの男が、カウンター越しに尋ねてきたので、冷たいミルクを頼んだ。

 注文が運ばれてくるまでの間、俺はほかにやることもないので、周囲の会話に聞き耳を立てていた。


「……あいつ、見かけねえ顔だな。顔に布なんか巻きつけてよォ」


「全く、おかしな奴だよなァ。ちょっとばかり、からかってやろうぜェ」


 背後のテーブルから、そんなやり取りをしているのが耳に入った。

 だが、俺は何も聞こえないふりをした。

 そちらから出向いてくれるとなれば、むしろ手間が省けて都合がいい。


「……へい、お待ちどうさん」


 やがて、バーテンダーがミルクを運んできたが、それと同時にどっと笑い声が起こった。

 俺は振り返り、声の出どころである背後の席を見やると、そこには三人の男たちが、下卑た薄笑いを浮かべて座っていた。

 向かって右側から、禿げ頭の男、長髪の男、肉団子のように太った男、という順である。

 皆揃って図体がでかく、荒くれ者の見本のような男たちだった。

 また、彼らの小さな丸いテーブルには、空になった杯やら皿やらが所狭しと並んでいた。

 思う存分飲み食いして、少々気が大きくなっているのだろう。


「……おい、そこの坊や。ここはな、お前みてぇなお子様が来ていい場所じゃねぇんだ。目障りだから、とっとと失せたらどうだ? 酒が不味くなる」


 そう突っかかってきたのは、テーブルの中央を陣取った、長髪の男だった。

 とうに夏は過ぎ去ったというのに、上半身には何もまとっていない。

 自分の逞しい肉体を、周囲に誇示したいのに違いなかった。


「……一つ聞きたいことがある。あんたたちは、国防ギルドに籍はあるか?」


 尋ねると、男たちは揃ってわざとらしく噴き出した。


「坊や、口の利き方がなっちゃいねえな」


 吐き捨てるように言ったのは、禿げ頭の男である。

 顔はゆでだこのように真っ赤になっており、既に随分な量の酒を飲んでいることは明白だった。


「もし籍があるのなら、推薦状に署名をもらいたい。頼まれてくれるか?」


 酔っ払いをまともに相手してはならないと熟知している俺は、単刀直入に要件を切り出した。

 すると、肉団子のように太った男がこれ見よがしに舌打ちをした。


「……あんた、俺たちに喧嘩売ってんのか?」


「売っていない。俺は、ギルドに籍があるのかどうか訊いているだけだ」


 あくまでも冷静にそう伝えたが、男たちの耳には届いていないようだった。

 三人一斉に立ち上がり、険しい顔つきで俺を取り囲んだのである。

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