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7.剣聖たる由縁

「――それじゃ、まずは双方の武器を点検させてもらおう」


 立会人となったトモンドが、慣れた口調で切り出した。

 決闘の証人となる以外に、未然に不正がないかどうかを調査するのも、立会人の重要な役割である。


「では、僕はこれを使わせてもらおう」


 言いながら、ネーメスがトモンドに得物を差し出した。

 柄に見事な装飾が施され、陽炎(かげろう)のように美しく波打つ刀身を持った大剣である。

 珍しい形状だが、おそらくバシュトバー家の炎をあしらった家紋――貴族の事情には疎い俺でさえ、それについては聞き及んでいた――にあやかってのことだろう。

 しかし、その刀身は見た目の美しさ以上に、殺傷能力を追求した結果に違いなかった。

 細かくうねった刃は、相手の肉を深く裂き、癒えにくい傷を残すのに、まさにうってつけと言えた。


(――あれで斬られるのだけは、御免(こうむ)りたい)


 ありとあらゆる種類の戦傷を負ってきた俺でさえ、そう思わざるを得ない代物だった。


「……よし、別におかしな細工は見当たらないな。それじゃ、次は聖者さんの番だ」


 トモンドがそう声をかけてきたが、「点検は不要だ」と俺は返した。


「……武器も防具も使わぬ。この身一つで良い」


 そう伝えるなり、一同は途端に沈黙したが、俺は気に留めなかった。

 武器類を地面に置き、鎧を取り外しにかかる。


「――おいおい、聖者さん、冗談は止してくれよッ!!」


 慌てふためいたようにトモンドが声を上げたが、俺は手を止めなかった。

 次いで、思い詰めたような面持ちのレジアナスが歩み寄って来た。


「おい、一体どういうつもりだよ? 何考えてんだ?」


「――別に良いじゃないの。本人がそう言ってるんだから」


 俺の代わりに答えたのは、アゼルナである。

 その声は、これからピクニックに向かう少女のように、ひどく愉しげに弾んでいた。

 

「……いくらあんたでも、正気の沙汰とは思えない」


 仏頂面のレジアナスを尻目に、とうとう仮面に鎧下の衣服だけの恰好になった。

 すると、どういうわけか、今度はアゼルナが足早に近づいて来た。


「――そのおかしな仮面、あたしが調べてあげる」


 口早に言うなり、彼女は“魔力探知”の術を用いつつ、すぐさま俺の仮面と衣服を調べ上げ、問題がなかった旨をトモンドに伝えた。

 彼女のあまりの手際の良さに、俺は思わず苦笑を漏らしそうになった。

 どうやら、一刻一秒でも早く、俺のくたばる姿が見たいらしい。


「――これには訳があるんだ。とにかく、任せておけ」


 押し黙るレジアナスの肩を優しく叩いてやると、鎧の点検を終えたネーメスが、背後から迫って来るのが視界の隅に映った。


(――いよいよだ)


 覚悟を決めて振り返ると、不穏な空気を察した難民たちがテントを抜け出し、ぞろぞろと周囲に集まり出しているのに気がついた。


(……しかし、この風景、ずいぶんと懐かしい)


 そんな感慨が、不意に込み上げてきた。

 義勇軍に所属していた当時、俺は幾度となく決闘を挑まれたものだった――。



 *   *   *



 ゼルマンド討伐義勇軍――それは、騎士になれない平民たちによって結成された、非正規軍であり、俺にとっては人生の約半分を過ごした場所だった。

 命を張る代わりに与えられるのは、粗末な食事と寝床だけ。

 金銭的な見返りは一切ない。

 にも関わらず、義勇軍には数え切れないほどの人々が集まってきた。

 とは言え、その理由は、“国を救いたい”などという高邁な精神とはほとんど無縁だった。

 ゼルマンドに対する憎悪、戦功を立てて成り上がりたいという野心、単なる暴力的衝動の発露――大方、そういったものが人々を駆り立てた結果に過ぎなかった。

 従って、義勇軍とは名ばかりで、実態は他に行き場のないならず者の寄せ集めと言ったほうが正しかった。

 ほかにはせいぜい、血気盛んな田舎丸出しの若造、死を求める悲観論者(ペシミスト)、かつての俺のような身寄りのない少年たちが少々、といったところである。

 善良な人間など、数えるほどしか出会ったことがない。

 また、お尋ね者たちの隠れ家にされることもしばしばで、ときには共闘する王国騎士団に乗り込まれることさえあった。

 見知った顔の者が、目の前でしょっ引かれていったことも、決して一度や二度では済まされなかった。


 人種が人種だけに、義勇兵同士の決闘が日常茶飯事だったのは、まさに必然と言えた。

 肩がぶつかった、生意気だ、腕が立つという噂を聞いた――そんな馬鹿げた理由で決闘が始まり、戦時ではなくとも、毎日のように犬死にする者が絶えなかった。

 上級士官たちはそうした状況を憂慮し、決闘の禁止を命じたが、まともに聞き入れる者はほとんどいなかった。


 初めのうちは、ガキだと思われて見向きされなかった俺も、次第に歳を重ねるにつれ、否応なく暴力の渦に巻き込まれるようになっていった。

 結果、こなした決闘の回数は、おそらく五十は下らない。

 いずれも些末な出来事が発端となって起きたもので、自らそれを望んだことは一度もなかった。

 話し合いで避けられるならばそうしたが、話の通じる相手がいるはずもなかった。

 加えて義勇軍は、“舐められたらお終い”の弱肉強食の世界である。

 一度でも弱みを見せた者は、とことん食い物にされ、骨の髄までしゃぶり尽くされる運命にあった。

 罵倒され、唾を吐かれ、憂さ晴らしに殴られ、金品さえも奪われる――それこそが弱者に対する仕打ちであり、顔立ちが美しい男ならば、犯されることすらあった。

 従って、売られた喧嘩は買う以外、残された道はなかった。

 仮に決闘を拒否しようものなら、直ちに弱者の烙印を押される羽目になる。


 だが、俺は全ての決闘に悉く勝利した。

 鍛え抜いた剣の腕を存分に振るい、ただの一度たりとも負けなかった。 

 命までは奪わずにおいたが、必ず完膚なきまで相手を叩きのめした。

 俺に挑もうなどという愚かな考えを抱かせぬためには、それが一番の近道だった。

 そしていつしか、俺は“剣聖”と仇名され、畏怖の対象となっていった――。



 *   *   *



「――どうやらあなたは、強さと無謀を履き違えているようですね。どこまでも僕をコケにしたいのでしょうが、丸腰で挑もうなどとは、まさに愚の骨頂」


 居丈高な声音で口火を切ったのは、ネーメスだった。


「天下に名を轟かせるバシュトバー家の優れた武勇、とくとご覧に入れましょう」


 自信たっぷりに剣尖を向けてきたネーメスを、俺は鼻で笑ってやった。

 そしてこう言った。


「――家名と剣の腕には、何の関係もないさ」


 出自が卑しくはあっても、俺は自分の強さを疑ったことはない。

 事実、俺は娼婦たちに都合よくこき使われ、日々ぶたれながら育った男である。

 なればこそ、自らの弱さを恥じ、誰よりも強くなろうと決心した。

 そして、覚悟を決めたその日から、密かに手製の木剣を振り始めた。

 熱を出そうが、腕が丸太のごとく腫れようが、それを休んだことは一日たりとてなかった。

 ときには、肉体を酷使し過ぎたために、使い走りの仕事さえできなくなり、娼婦たちに散々鞭で打たれたこともあった。

 だが、そんな状態になってさえ、木剣を振ることだけは欠かさなかった。

 やがて、娼館を抜け出した俺は、数多の戦場を駆け抜けた。

 五十を超える決闘でも、全戦全勝し続けた。

 そうして身につけたのが、今のこの強さである。

 貴族の青二才になど、天地がひっくり返っても屈するはずがなかった。


「――双方とも、準備はいいな?」


 俺とネーメスの間に立ったトモンドが、神妙な面持ちで尋ねてきた。


「僕はもちろん。ですが……」


 ネーメスはそこで言葉を置くと、勿体ぶった沈黙を挟んだのちに、こう続けた。


「あなたが思い直して武器を取りたいと言うのなら、それくらいは許しますよ?」


「――配慮は一切不要だ」


 俺は即座に答え、目の前の尊大さの塊のような男を睨みつけた。

 そして、互いに十分な距離をとり、トモンドの開始の合図を待った。

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