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5.聖女の盾

 総主教と別れ、レジアナスと合流した俺は、彼の案内に従って大聖堂の中を見て回った。

 礼拝堂、施療室、地下霊廟の順に巡り、俺個人に与えられた宿舎の部屋の位置を確認したのち、再び裏庭へと戻って来た。


「……とまあ、一通り案内が済んだところで、あんたの同僚になる奴らを紹介したい」


 難民たちのテントの傍を歩きながら、レジアナスがそう切り出した。


「俺以外にも、警護がいるのか?」


 尋ねると、レジアナスはうなずき、「“聖女の盾”と名づけられた、専属護衛隊がいるのさ」と言った。


「古来より、聖ギビニア教会の巫女(みこ)の役目を担う聖女は、聖騎士の中から自らの護衛兵を選抜するのが慣わしなんだ。歴代の聖女たちは、皆が皆、イクシアーナ様のように武勇に優れていたわけじゃないからな。身を守ってもらう必要があったんだ」


 そう言って、レジアナスは不意に足を止め、裏庭の隅へと目を向けた。

 彼の視線を追うと、そこには小さな白壁の礼拝堂が建っている。

 その扉の前には、白金色の甲冑に身を包んだ、三人の聖騎士が横並びに立っていた。


「あの建物は、聖女専用の礼拝堂なんだ。ここ最近、イクシアーナ様はあそこに篭って、神託を授かるために祈祷を続けている。有事の際は、そうするのが決まりでね」


 レジアナスはそう言うなり、くたびれたように小さく嘆息した。

 単なる気のせいかもしれないが、その面持ちは、どことなく物憂げだった。


「で、礼拝堂の前に立つ三人は、“聖女の盾”におけるトップ3の精鋭たちだ。“英雄殺し”の一件があってからは、日中は必ず彼らに警護についてもらっている。大聖堂の敷地内とは言え、最大限警戒しておくに越したことはないからな」


 微かに眉をひそめながら、レジアナスは順繰りに三人の聖騎士を見た。

 向かって右から、巨大な戦鎚(ウォーハンマー)を肩に担いだ女、大剣を杖のようについて立っている男、両刃の斧と盾を携えた大柄な男という面々である。

 年のころは皆、俺と大して変わらぬように映った。


「イクシアーナ様の祈祷はしばらく終わらないだろうから、その間に、あの三人と立ち話でもして、交流を深めてくれると助かる。当面の間、あんたはあいつらと一緒に過ごすことになるだろうからな」


「……ところで、さっきからどうも浮かない顔つきだが、何か気がかりでもあるのか?」


 余計なお世話かと思いつつも尋ねると、レジアナスは再びため息をつき、それから躊躇(ためら)いがちに口を開いた。


「――正直に言うけど、俺は“聖女の盾”の奴らに好かれていない」


 さもありなん、と俺は思った。

 その理由は当然、年少のレジアナスが急な大出世を果たしたために違いなかった。

 そうした大きな変化は、誰からも手放しで歓迎されることはまずあり得ない。

 俺自身、義勇軍に所属していた当時は、昇進を遂げるたびに、周囲から冷たい眼差しを向けられることも少なくはなかった。

 それが人の世の常というものなのだろう。


「だから、あんたも一緒くたに毛嫌いされたりしないか、どうも心配でな。おまけに、俺は団内の仕事をいくつも抱えているせいで、警護にはほとんど関われない」


「……ガキのくせに、余計なことに気を回すな。聖女様のことだって、俺がしっかり傍で守ってやる。それがお前との約束だ」


 そう発破をかけてやると、レジアナスは小さく声に出して笑った。


「ま、確かにそうかもしれん。いつも通り、気楽にいきますか」


 表情に明るさを取り戻し、再び歩き出したレジアナスと共に、俺は礼拝堂へと向かった。


「――お疲れさんッ!!」


 到着するなり、三人の“聖女の盾”に向かって、レジアナスが景気よく声をかけた。

 しかし、挨拶を返してきたのは、両刃の斧と盾を携えた大柄な男だけだった。

 ほかの二人は、完全にだんまりを決め込んでいる。


「――あんたが噂の聖者さんだな。俺はトモンド。よろしく頼むぜ」


 大柄な男は、斧を地面に突き立てるなり、空いた右手を差し出してきた。


「……ケンゴーだ。こちらこそ、よろしく頼む」


 分厚く硬い手を握り返しながら、俺は目の前の男を見上げた。

 俺も人よりはずいぶん背丈があるほうだが、彼はそれ以上だった。

 浅黒い肌で、(だいだい)に近い赤髪を逆立てており、彫りの深い顔立ちをしている。

 一見すると厳めしくも映るが、彼が浮かべている屈託のない笑みは、ひどく人好きのするものだった。

 その場にいるだけで、自然と周囲の人間を和ませてくれる、そんな雰囲気の持ち主と言えた。

 この種の人間は、兵士たちの心も塞ぎがちな、長きに渡る戦役の際には、ずいぶんと重宝されるものだが、彼はまさしくその典型のように思えた。


「……ほら、あんたらも自分の名くらい名乗れよ」


 レジアナスが促すと、戦鎚を肩に担いだ女が、ちらと視線を向けてきた。

 いくぶん吊り上がった彼女の切れ長の目には、ひどく好戦的な輝きが宿っている。


「――アゼルナよ」


 彼女は実に不愉快そうな口ぶりで言った。

 次いで、肩まで伸びた、淡い栗色のくせっ毛の髪をかき分け、これ見よがしにそっぽを向いてみせた。

 俺とレジアナスを快く思っていないと言わんばかりの、あからさまな態度である。


(――大方、甘やかされて育った貴族のお嬢様だろう)


 俺はそう察した。

 放任主義を履き違えた両親に、好きなだけ我がままを許されてきた人間でなければ、これほど横柄な振る舞いはできないはずである。

 幼少のころから、使用人たちの手を焼かせ続けて大人になったのだろうと、容易に想像がついた。

 今回は止むを得ないが、普段であれば、頭を下げられても決して関わり合いになりたくない手合いの人間と言えた。


「……ほら、残りはあんただけだ」


 最後まで口を開こうとしない大剣持ちの男に、レジアナスがいくぶん険しい目を向けた。


「――申し訳ございませんが、どこの馬の骨か分からないような人間に、名乗る道理はありませんよ」


 男は勿体ぶった口調で言った。

 その口元には、嘲るような笑みさえ浮かんでいる。


(……こいつは、アゼルナ以上のとんだお坊ちゃまだな)


 心の中で苦笑を漏らしつつ、俺は男の顔をまじまじと見た。

 くっきりとした二重まぶたが印象的で、いくぶん中性的な面立ちをしている。

 ダークブラウンの短く豊かな髪を、風になびかせているその様は、いかにも優男風であり、多くの娘たちを虜にしてきたのだろうと思われた。

 だが、それはあくまでも外見に限った話である。

 心の中に、化物のように肥大化した冷たい尊大さを飼っているのに違いないと、一目で見て取ることができた。


「――ふざけるなよ、ネーメス」


 レジアナスが語気を強めて言い放った途端、一同に微かな緊張が走った。

 お読みいただき、どうもありがとうございます!

 本日、アクション文芸部門で【日間ランキング1位】となりました。

 応援して下さった全ての皆さまに、この場を借りて心より感謝申し上げます!

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