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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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34.エピローグ

 その後の顛末について話そう。


 レジアナスが掴んだ全ての証拠は、聖ギビニア教会の総主教によって、直々に国王の元に届けられ、遂にブエタナの悪行と南部総督の不正は白日の下に晒された。

 総督は、その日のうちに王都に連行され、直ちに裁判にかけられた。

 そして翌日には、異例の速さで火刑に処せられたという。

 無論、処刑場に選ばれたのは、王都の中央広場である。

 危うく俺が並びかけた、歴々の大悪党の行列に、総督は加わったのだ。


 総督の失脚と同時に、その代理としてポリージアに赴いたのは、南部屈指の名門貴族、ガルローテ・デインダラ公だった。

 レヴァニア王国の第二王女を妻に持つデインダラ公は、王家との縁深さもあって抜擢されたのだろうが、無論それだけが理由ではない。

 デインダラ公は、才気あふれる傑物としてその名を轟かせていた。

 ゼルマンド戦役においては、指揮官として絶大な戦果をもたらし、さらには“国防ギルド”を発案して王国の治安維持に多大な貢献を果たすなど、その功績は枚挙に暇がない。

 既に国中から確たる支持を得ている彼は、ポリージアの民衆に大歓声で迎えられたという。


 事実、デインダラ公は着任早々、その辣腕ぶりを発揮して周囲を驚かせた。

 まず、ブエタナが引き起こした一連の事件の解決には、レヴァニア王国騎士団を一切関与させない、と民衆の前で宣言したのだ。

 ブエタナと結んだ総督の言いなりになり、彼女を野放しにしていた王国騎士団には、決して捜査を任せるわけにはいかない、と。

 だが、この国で警察機能を果たすのは、ほかならぬ王国騎士団である。


 ――ならば、どうやってこの国を揺るがす一大事に始末をつけるのか?


 誰もがそう思ったことだろう。

 だが、デインダラ公は抜かりのない男である。

 彼は既に、自らの領地から率いてきた数多の兵と、協力を申し出た聖ギビニア騎士団に、バルボロ一家の賭博場と娼館の制圧せよ、との指示を済ませていたのだ。


 デインダラ公の命を受けた兵たちは、あっという間に一家の拠点を壊滅させた。

 さらには、囚われていた女たちを一人残らず保護し、故郷まで送り届ける手はずを整えた。

 また、生き残ったブエタナの配下、いかがわしい“ビジネス”の関係者、かつての支援者も悉く捕えられた。

 レジアナスの作成した名簿が、大いに役立ったであろうことは、もはや言うまでもない。

 逮捕者は総勢三百余名にも上り、中には名立たる貴族たちも含まれていたそうだ。

 彼らが迎える結末は、俺の思いつく限りでは、たったの三つしかない。

 死刑、終身刑、国外への永久追放――このうちのいずれかだ。


 かくして、ポリージアの町は、再び健全さと秩序を取り戻した。

 実に驚くべきことに、これらの変化は、たった三日のうちにもたらされたのだと、俺は宿屋の給仕から聞かされた。



 *   *   *



 三日前、レジアナスと別れた俺は、屋敷を出て町に入って間もなく、道端に伏した。

 闘いの疲労、多量の失血、“血の活性”の反動――それら全てが、ホッとしたせいもあるのだろう、唐突にこの身にのしかかってきたのだ。

 不覚にも行き倒れとなった俺は、親切な通行人によって、すぐ近くの宿屋に運ばれ、そのまま深い眠りに落ちた。

 

 丸三日寝通したのちに、ようやく目を覚ました俺は、部屋に様子を窺い来た給仕を捕まえ、事態の進展について聞き出した、というわけである。

 無論、そのとき脳裏に浮かんだのは、小さな英雄の姿だった。


(――やったな)


 俺は心の中で、レジアナスに向かって声をかけた。


 その後、俺はもう一日ばかり静養し、宿屋をあとにしようとした――が、そのときにようやく思い当たった。

 ドン・ガルノガの屋敷で頭をどやされ、ブエタナの屋敷の地下室で目覚めるまでの間に、持ち金を含めた全ての荷物を紛失していたことを。

 そこで止む無く、俺は恥を忍んで宿屋の店主にツケを願い出た。

 すると、仕方ねえな、と店主が呆れ声でぼやいた。

 俺はホッと胸を撫で下ろした。そのときだった。


「――よく見てみりゃ、あんた、もしかして“傷跡の聖者”じゃねえか?」


 まじまじとこちらの顔を眺めながら、店主がそう口にしたのである。


「馬鹿言え。道端で生き倒れになった上に、一文無しでツケを頼むような聖者がどこにいる?」


 隠す必要はないと思いながらも、つい身構えてそう返すと、店主は「それもそうだ」と言って、馬鹿みたいに笑い出した。

 つられて俺も笑った。

 次々に降りかかる困難を跳ね除け、命懸けの戦いを続けた結果が、傷だらけの無一文である。

 これはもう、笑ってやり過ごす以外に術はなかった。


 その後、俺は宿屋の代金と、さらには帰りの路銀を稼ぐため、ポリージアのギルドで最も稼ぎの良い仕事を選んで引き受けた。

 地下水路に出現した、凶暴な人喰いクロコダイルの討伐である。


「……こちらの案件、誰も受けたがらなくて、丁度困っていたところでした」


 ギルドの受付の女が、安堵のため息を交えながらそう言った。

 俺は再び宿屋に戻り、店主から肉切り包丁を借り受けると、勇み足で地下水路に乗り込み、半時間ばかりでその仕事を片付けた。

 血まみれの包丁の返却と、ツケの支払いを同時に済ませた俺は、急いで辻馬車に乗り込んだ。

 目指した先は、もちろんミードの村である。



 *   *   *



 村に到着するなり、丁度鉢合わせたシナムに、広場で待っていて欲しいと頼まれた。

 言われた通りに広場へ向かうと、どんどんと村中の人間が集まり出し、ほどなく俺を囲む人垣が築かれた。


「……聖者様があの女の用心棒に雇われたことは、この老いぼれも聞き及んでおりました」


 そう話しつつ、人垣を抜けて俺の元へ近づいてきたのは、ヴリド爺さんだった。


「わしらは揃って、聖者様からの吉報を待っておりましたが、そうしたら、あれよあれよという間に、耳を疑うような恐ろしい事実が明るみに出ました。さすがに駄目かと諦めかけましたが、何と昨日、わしの孫娘もほかの娘たちも、みんな揃って戻って参りました」


 言い終えるなり、五人の娘たちが歩み出て、俺の目の前に並んだ。


「……わしは大して頭の回る人間じゃありませんが、それでも、ちゃんと分かってますよ。きっと、聖者様が命懸けで闘い、裏で手を引いて下さったお陰に違いないと。さあ、あんたたち、お礼を言いなさい」


 ヴリド爺さんに促された娘たちは、声を揃えて言った。


「――ありがとうございました」


 だが、そこには一切の感情が宿っていなかった。

 皆、その目は虚ろで、顔は死人のように青ざめている。

 俺はリューリカの言葉を思い返していた。


『ブエタナのやり口は、実に卑劣だと聞いています。何でも、囚われの身となった女たちに、依存性の強い精神刺激薬を意図的に投与し、中毒状態に陥らせていたのだとか。それで逃げる気を失くさせ、意に添わぬ仕事を強いていたのです』


 娘たちの身に降りかかったであろう出来事は、想像を絶するものに違いなかった。

 俺はかける言葉を探したが、正直に言って見つからなかった。

 やがて、一人の娘がはらはらと涙をこぼした。


「……死んでしまいたい」


 その娘が、囁くように漏らした。

 俺は咄嗟に彼女の肩を掴んだ。


「――駄目だ。死んではならぬ。生き続けるのだ」 


 結局のところ、俺はそれしか口にできなかった。

 言葉とは無力なものだ、と思わざるを得なかった。


(――生きてさえいれば、必ず希望を持てる日が来る)


 本当はそう言ってやりたかった。

 だが、生きるだけでも苦しいときに、さらに希望を持てと言うのは、いささか配慮に欠けるように思われた。

 いつ訪れるかわからないものに期待し続けることほど、酷なものはない。


「……生き続ける?」


 訊き返してきた娘に、俺は力強くうなずいてみせた。

 思い返せば、かつての自分は、ゼルマンドに対する怒りにのみ突き動かされ、ただひたすらに戦場を駆ける機械のごとき存在だった。

 十年以上にも及ぶ、その血塗られて荒んだ、終わりの見えない日々の中で、俺は次第に絶望を帯びるようになってゆき、感情や人間味を失っていった。

 そして、その果てに磔の身となったとき、一切の後悔はなかったと自分に言い聞かせ、気高く死のうと考えた。


(――だが、本当にあのまま死んでいたら、それで心から満足できただろうか?)


 もしそう問われたとしたら、今の俺は、迷わず首を横に振る。

 その後、奇しくも生き続けたお陰で、手放してきた大事な何かを取り戻し、さらには新しい人間に生まれ変わっていくような感覚を抱きつつあった。

 俺は五人の娘たちの顔をしっかりと見据え、もう一度繰り返した。


「生き続けるのだ」


 そうして良かったと、心から思える日が来るまで――胸の中で、俺はそう付け加えた。



 *   *   *



 ツヴェルナに引き返すと、辺りはすっかり暗くなっていた。

 俺は夕食をとるため、何度か訪れたことがある、町で最も繁盛している酒場に足を向けた。

 中に入ると、いつぞやのように、活気づいた声があちこちで飛び交っていた。

 空いていたカウンター席に腰を下ろすと、間もなく、顔馴染みとなったバーテンダー――以前、その妹を救った縁のある男だ――が注文を取りに来た。


「ご無沙汰ですね、聖者様」


「最近は少々忙しかったのでな。しかし、いつにも増して、騒がしいように思えるが……」


 言いながら辺りを見回していると、バーテンダーが思い立ったような顔つきになった。


「そう言えば、巷ではあの噂で持ち切りですからね。それを酒の肴にして、話に花を咲かせているのでしょう」


「……何の噂だ?」


 尋ねると、バーテンダーはこう教えてくれた。


「何でも、聖ギビニア騎士団で、たった十六歳の少年が副団長に任じられたそうでしてね。ご存知ありませんでしたか?」


 その報せは、俺の塞いだ心に、一筋の光をもたらしてくれた。

 第二章の本編は、これで完結です!

 正統なダークファンタジー路線を目指していたので、重苦しい展開も多々見受けられたかと思いますが、最後まで読んで下さった皆さま、本当にありがとうございました。

 楽しんでいただけたら幸いです!


 物語も一区切りつきましたので、読者の皆さまのご意見を、ぜひとも感想やレビューに書き込んでいただければと願っております。

 今後の参考にさせていただきます!

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― 新着の感想 ―
[良い点] いや〜面白い! ダークファンタジーな展開なのにゴリゴリメンタルが削られる展開が今の所なくて、各章読み終えた後に何とも言えない清々しさすらある。 よくある展開から主人公が腐ってやさぐれながら…
[良い点] > 俺は再び宿屋に戻り、店主から肉切り包丁を借り受けると、 >勇み足で地下水路に乗り込み、 >半時間ばかりでその仕事を片付けた。 イーシャルのみりょくが凝縮された一場面ですあ。
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