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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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29.レジィとルミネラ

 一階に出た俺は、不気味に静まり返ったホールを横切り、二階へ続く階段を駆け登る。

 そして、迷わず廊下を突き進み、遂に大広間の扉の前に立った。


(――いよいよだ)


 深呼吸を一つして、思い切り扉を押し開く。


「……ッ!?」


 俺は我が目を疑った。

 大広間で開かれていたのは、ずいぶんと趣の変わったパーティだったらしい。

 あちこちに壊れた机や食器類、料理が散乱し、壁中に破損が見受けられた。

 そればかりか、床一面は血の海と化し、数え切れぬほどの死体さえ転がっていたのである。

 いつぞや寝込みを襲いに来たドン・ガルノガの手下たち、年かさの使用人、屋敷の料理人――見覚えのある顔も、その中に大勢混じっていた。

 そして、立派な燕尾服をまとったドンは、青ざめた顔のまま、部屋の中央にひざまずいていた。

 彼の両脇には、衣装を血で染めたレジィとルミネラが立っている。

 肩に大剣を担いだレジィは、例のごとく退屈そうな表情を浮かべていたが、ルミネラはそれとは対照的に、楽しくて仕方ないといった顔つきだった。

 彼女は黒いドレスを身にまとい、つま先と(かかと)に鋭い刃があしらわれたブーツを履いている。

 おまけに、その手には、モーニングスター――打撃武器の一種で、柄頭にスパイクの生えた鉄球が配されている――が握られていた。

 先端の鉄球の大きさは、人間の頭の倍ほどもあった。

 どう見ても、並の女が扱える代物ではない。


「――あら、ずいぶんと遅れた参加ね」


 氷のような声で言い放ったのは、“ポリージアの聖母”その人だった。

 顔を隠した俺を、ガルノガ一家の一味だと勘違いしているのだろう。

 彼女は広間の隅に置かれた肘掛け椅子に腰を据え、優雅にワインを嗜んでいた。


(……一体、何が起きたというのだ?)


 まさしく、血で血を洗う抗争の最終局面といった様相である。

 生存者は、ブエタナ、レジィ、ルミネラ、そしてドン・ガルノガの四人だけだった。

 

「これでも、あなたたち一家とは、本気で仲良くしようと思っていたのよ」


 ブエタナが、けれん味たっぷりの口調で話しかけてきた。


「でも、錚々(そうそう)たるガルノガ一家の面々を前にしたとき、ふと気がついたの。商売敵と手を組むのは、私のやり方に相応しくないとね。私は基本的に慎重で計画的な人間ではあるけれど、今回ばかりは素直に直観に従った、というわけ。ときには大胆に出ることが、成功の秘訣なのよ」


 ブエタナはそこで言葉を置き、一口ばかりワインを啜った。そしてこう続けた。


「何にせよ、あなたたちには申し訳ないことをしたとは思うわ。まるで騙し討ちですもの。とは言え、ずいぶんこちらも人手を失ったのだから、お互い様ということにしておきましょう」


 ブエタナの冷たい高笑いが、広間に響き渡った。


「……あばずれのど畜生め。地獄で会ったらぶち殺してやる」


 ドンはそう吐き捨てると、俺を見るなり、くたびれたように微笑みかけてきた。

 

「ガルノガ一家はもう終いだ。しかし、あんた運が良かったな、早く逃げ……」


 言い終わらぬうちに、ルミネラが鉄球を振り下ろし、ドンの頭を叩き割った。

 血と脳髄が、激しく宙に飛散し、その体が前のめりに崩れた。


「――逃げちゃ駄目よ。私はまだ殺し足りないの」


 ルミネラはゾッとするような笑みを浮かべ、俺の手にした“血の双剣”を見やった。


「……あら、面白そうなものを持っているわね。少しは楽しませてくれるかしら?」


 言いながら、ルミネラがモーニングスターを宙に振るうと、凄まじい速度で先端の鉄球が飛来してきた。

 どうやら、柄の中に鎖が仕込まれており、伸縮自在となっているらしい。


(……遠近両用というわけか)


 俺はすぐさま双剣を交差させて構え、重みのある一撃を受け止めた。

 掌に、びりびりとした振動が伝わってくる。


「――やるじゃないの」


 鉄球から伸びた鎖は、瞬時に収納され、元の近接戦闘用の形状に戻った。

 ルミネラはニヤリと笑い、舌なめずりしながらこちらに駆け出した。

 

「――血よ、矢の雨となって降り注げッ!!」


 詠唱すると、床一面に散らばった、おびただしい量の血液が宙に浮かんだ。

 それらは、数多(あまた)の深紅の矢に変化し、一斉にルミネラに襲いかかる。


「……いいわ。すごくいい」


 ルミネラは満ち足りた笑みを浮かべた。

 そして、鎖を伸ばしたモーニングスターの先端を、高速でぶん回し始め、ことごとく血の矢を弾き飛ばしたのである。

 彼女の突進の勢いは、少しも落ちる気配がない。

 瞬く間に、互いの距離が縮まった。

 

(――今だッ!!)


 彼女の足元に、ドンの手下の骸が転がっていたのを、俺を見逃さなかった。

 虚を突き、無詠唱で“血液爆破ブラッド・エクスプロージョン”を発動させると、即座に小規模の爆発が起こった。


 ――だが、次の瞬間、ルミネラは俺の頭上に舞っていた。

 

 直撃を回避し、さらには爆風を利用して飛翔したに違いなかった。

 事前に身体強化の魔術を受けていたのかもれないが、仮にそうだとしても、実に驚嘆すべき身体能力と言えた。


(……まるで化け物だ)


 以前から、ルミネラが護衛をつけず、常に一人きりで出歩いていたことを、俺は少なからず疑問に思っていた。

 だが、これで合点がいった。

 そんなものは、端から必要がなかったのだ、と。

 彼女は、屋敷の使用人たちと同様、戦闘の英才教育を受けて育ったに違いなかった。

 

「――いい、とってもいいわッ!!」


 ルミネラは中空で、大きくモーニングスターを振りかぶっていた。

 俺は即座に、双剣を頭上に交差させ、重みたっぷりの一撃を受け止める。

 その途端、血の双剣に微かな亀裂が入った。


(……馬鹿力めッ)


 全身に力を込め、どうにか押し返してやると、ルミネラは後方に飛び下がりながら、上空に向けてモーニングスターの鎖を長く伸ばした。

 すると、スパイクのついた鉄球は、深々と天井にめり込む。

 鎖にぶら下がる格好となったルミネラは、両脚で巧みに宙を漕ぎ、大きく反動をつけると、振り子の要領で蹴りかかってきた。

 ブーツの先端の刃が、瞬時に眼前に迫る。

 しかし、俺は思い切り真横に跳び、間一髪のところでそれを逃れた。

 次いで、すぐさま体勢を立て直し、天井に向けて“血の矢雨”を射出した。

 狙いは、振り子の支点(・・)の役目を果たしている鉄球である。


「――すごく楽しいわ。こんなの久しぶりよッ!!」

 

 こちらの目論見を読んだらしいルミネラは、モーニングスターの柄を手放すと、そのままくるりと宙返りをして、俺の足元近くの地面に両掌をついた。

 そして、逆立ち状態のまま、片腕を軸に回転し出し、両脚を旋回させながら、ブーツの刃で斬りかかってきたのである。

 俺は双剣でそれを受け流すと、大きく後方に下がって距離を取った。

“血の矢雨”によって破壊された天井の一部が、モーニングスターを巻き添えにして、雪崩のように落下してくるのが見えたためである。

 ルミネラもまた、それに勘づくと、バック転を繰り返して後退し、易々と瓦礫の山を回避してみせた。 

 やがて立ち上がった彼女は、地面に落ちたモーニングスターを拾い上げると、ゆっくりと背後のレジィに向き直った。


「あなたも加わりなさいよ。どうせ退屈しているのでしょう?」


「……それじゃ、お言葉に甘えようかな。ずいぶん楽しそうにしてたから、遠慮してたんだけど」


 レジィはそう言って、いつものように大あくびをした。


「まあ、一丁やってみますか。少々手を焼いてたみたいだしね」


「……馬鹿言わないで。お楽しみをお裾分けしてあげようってだけよ」


 ルミネラが、むくれたような顔で反論した。


「それに私は、いつでも相手を圧倒していたいの。五分と五分の闘いも悪くはないけれど、二人でなぶり殺しにするほうがゾクゾクしない?」


「……さあ、どうだかね」


 呆れたような声で答えると、レジィは小さく微笑み、疾風のごとく駆け出した。

 こちらも直ちに双剣を構え、迎え撃つ体勢を整える。


(――いいだろう。お手並み拝見だ)

 

 間合いに入るなり、俺たちは全く同時に剣を振るった。

 レジィが放ったのは、身長の低さを生かした、下方向からの斬り上げである。

 俺はそれを双剣で払いのけ、すぐに左右同時の袈裟斬りに転じる算段だった。


「……ッ!?」


 しかし、互いの剣が触れ合った瞬間、“血の双剣”は同時に根元から折れ、刀身が宙に舞った。

 レジィの一撃は、ただひたすらに速く、重く、力に満ち満ちていた。

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