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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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28.聖者のお節介

「――魔力の矢よ、()の者を貫けッ!!」


 そう聞こえるや否や、辺りに青白い閃光が散り、背中に凄まじい衝撃が走る。

 鎧の一部が弾け飛んだものの、致命傷は負わなかった。

血の盾(ブラッド・シールド)”の効果が、ダメージを和らげたためである。

 俺はよろめきながらも、正面から迫る二人に向かって、肩に担いだ死体を投げ飛ばす。


「……つまらぬ小細工をッ!!」


 眼鏡の男が立ち止まり、素早く大鎌を振るうと、死体は胴から真っ二つに裂けた。

 その瞬間、俺は声を張り上げた。

 

「――血よ沸き立てッ!! 肉よ()ぜろッ!!」


 二つの肉塊が一瞬で燃え上がり、轟音と共に破裂した。

血液爆破ブラッド・エクスプロージョンを詠唱したのである。

 辺り一帯が、肉の焦げるいやな臭いと、もうもうとした黒煙で満たされた。

 俺は振り返り、後方の魔術使いの男に向き直った。


「……やりやがったな。この悪魔めッ!!」


 男は恐怖を宿した瞳でこちらを睨み、左手の杖を振りかざす。

 無詠唱の“魔力の矢(マジック・アロー)”が矢継ぎ早に襲いかかってきたが、俺は構わず前進した。

 威力に劣る無詠唱の魔術は、“血の盾”の前では無力に等しい。

 一歩ずつ近づくにつれ、男の目に潜んだ恐怖が、顔全体へ広がってゆくのがわかった。


「――あんたに勝ち目はない。覚悟を決めろ」


 遂に眼前に立つと、男は死人のように青ざめた顔のまま、右手の剣で斬りかかってきた。

 だが、俺は易々とそれをかわし、左右の双剣を同時に振るった。


「……この屋敷を出る覚悟をな」


 男の手にした剣と杖が真っ二つに折れ、静かに地面に落下した。

 同時に、俺は目の端で、黒煙の中から二つの人影が現れるのを捉えた。

 煤だらけになった、眼鏡の男とかぎ爪の女である。


「……なぜ、力を加減した?」


 眼鏡の男が、背後から怪訝な声で尋ねてきた。

 振り返ると、男は足を負傷したらしく、女の右肩に支えられて立っていた。


「――あれを見ろ」


 三人に向かって言いながら、俺は屋敷の外を指差した。

 芝生に囲まれた石畳の道に、ヘッテをはじめ、先に出た使用人たちが、揃って立っていた。


「仲間が待っている。今度こそ勇気を示せ」


 そう告げると、三人は同時に顔を見合わせ、静かに表情を緩めた。


「……俺も肩を貸すよ」


 魔術使いの男はそう言って、後ろの二人へと駆け寄った。

 眼鏡の男は、仲間に両脇を支えられた格好で、そろそろと歩き出す。


「――あんた、とんだお節介焼きだな」


 すれ違いざま、眼鏡の男が呟いた。

 おそらく、彼なりの謝辞のつもりだろう。

 そして三人は、遂に屋敷の外へと踏み出していった。


(――世話の焼ける連中だ)


 俺は小さくため息をついた。

 それから、足元に落ちていた布を拾って再び顔に巻くと、すぐさま走り出した。


(――無事でいろよ、リューリカ)


 そう祈りつつ、厨房の傍の階段を駆け下り、地下室の中に踏み入った。

 暗闇に目を凝らすと、例の拷問台の上に、彼女の姿を見つけた。

 かつて俺がされていたように、鉄鎖の枷で四肢を縛られ、仰向けに寝かされている。

 顔は壁際を向いたままで、まるで屍のように微動だにしなかった。


(……まさか、手遅れだったのか)


 背中にいやな汗を感じつつ、歩を進めてゆくと、彼女の肩がわずかに震えているのがわかった。

 俺はホッと胸を撫で下ろし、台の前で歩みを止めた。


「……もう怯える必要はない」


 そう声をかけると、ゆっくりとリューリカがこちらを向いた。

 その表情は、ひどく硬直しきっていたが、すぐに希望に満ちた笑顔へと転じた。


「――その声、ケンゴーさんですね?」


 俺はうなずき、“血の剣”でことごとくリューリカを縛る鎖を断ち切った。

 彼女の目の前で、気兼ねなくそれを振るうことができたのは、部屋に満ちた暗闇のためだった。

 この状況では、血の剣だろうが普通の剣だろうが、区別のつくはずがない。


「……命を救っていただいたのは、これで三度目ですね」


 台から下りるなり、彼女はそう言って丁寧にお辞儀をした。


「最初は出会ったとき。二度目はドンの屋敷で。あなたは私を助けるために、武器を捨てることを選んで下さった。三度目は今です」


「……たまたまだ」


 そう答えると、リューリカは小さく笑ったが、すぐに真剣な顔つきに変わった。


「ところで、これからどうなさるのです?」


「この屋敷は今、バルボロ一家とガルノガ一家の和睦を祝したパーティの真っ最中だ。俺はそこに乗り込み、両家の連中を一人残らず叩き斬った上で、ブエタナの身柄を押さえる」


 言いながら、俺は天井を見上げた。

 会場はおそらく、二階の大広間と見て間違いない。


「……たった一人で、ですか?」


 黙ってうなずくと、リューリカは急に眉をひそめた。


「いくらケンゴーさんでも、無茶です」


「……そうかもしれんが、無茶をやるのが俺の性分だ」


「それなら、私も一緒に行かせてください。力になりたいのです」


 力強い声でそう言うと、彼女は拷問道具が飾られた壁に向かって歩いてゆく。

 そして、その中から先端が切子状になった剣――死刑執行人が使う、斬首用の剣である――を手に取り、こちらに向き直った。


「これでも、私は聖騎士の端くれ。剣さえあれば、足手まといにはなりません」


「……駄目だ」


 俺は即座に答えた。


「足手まといだとか、そういう話ではない。相手は確実に多勢だ。俺は自分の持てる力を、なりふり構わず出し尽くさねばならないだろう。そうなると、仲間さえ傷つけかねん。俺の戦い方は、それほどまでに手荒だ」


「……そのときは、そのときです」


 リューリカの声には、揺るぎない意志が込められていた。


「どれほどこの身が傷つこうと、今回ばかりは譲れません。命を懸けて、あなたと共に闘います」


「……御託はもう十分だ。俺はあんたを巻き添えにしたくない。分かったなら、黙ってこの屋敷を去れッ!!」


 有無を言わせぬ口調で詰め寄ったが、彼女は引かなかった。


「絶対に嫌です。死んでもお供いたしますッ!!」

 

 嘆息した俺は、リューリカの眼前に、しっかりと“血の剣”を掲げてみせた。


「これが何だかわかるな?」


 問いかけると、リューリカは唐突に表情を失い、嘘だ、と呟いた。


「聖騎士が神の教えに背き、暗黒魔術に手を出すなんて……。決してあってはならないことです」


 言いながら、彼女はハッと息を呑み、大きく目を見開いた。

 そして、信じられないといった表情で俺の顔を覗いたのである。

 どうやら、目の前の男の正体が聖騎士ではないと、ようやく思い当たったらしい。


「……あなたは、一体何者なのです? 噂通りの聖者なのですか? それとも悪魔?」

 

「どちらもさ」


 俺はそう答えた。


「だが、これより先は悪魔になる。頭のてっぺんからつま先までな。その覚悟は既に決めた」


 リューリカは物言いたげな表情を浮かべたまま、じっと黙り込んでいた。

 だが、これ以上構っていられる暇はなかった。

 パーティがお開きになってしまったら、元も子もない。


「……庭の木に、馬をつないでおいた。あんたはそれで逃げろ」


 そう言い残し、俺は部屋の出入り口へと駆け出した。そのときだった。


「――ケンゴーさんッ!!」


 リューリカがそう叫び、俺は立ち止まって振り返った。


「……正直に言って、あなたはずいぶんおかしな人です。それでも、私はあなたのことを信じています。だから、禁忌を破った件については、この胸のうちに留めておきます。それだけは、神と聖騎士の名の下に誓わせてください」


 俺はうなずき、達者でな、と別れの挨拶をした。

 そして、二階の大広間を目指して再び走り出した。

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