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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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21.もう一人の首領

「すみません。ちょっと何を言っているのか、理解できないのですが……」


 リューリカが憔悴しきった声で言った。


「……ガルノガ一家のドンは、ブエタナの屋敷に奇襲をかけるつもりでいた。そしてあんたは、屋敷の構造と警備の人員配置を把握するよう命じられていた。それは間違いないな?」


 問いかけると、リューリカは小さくうなずいた。


「俺は屋敷の構造と警備の人員配置、その全てを記憶している。お近づきの印に、ルミネラを差し出した上で、ガルノガ一家のドンにそれを教えてやるのさ」


「つまり、ガルノガ一家にブエタナの屋敷を襲撃させる――そういうことですか?」


「その通り、ゴミ同士で潰し合ってもらう」


 俺はそう答えた。


「無論、屋敷の襲撃には、俺も参加する腹積もりだ。そして隙を見計らい、自らの手でブエタナの身柄を確保する。成功すれば、バルボロ一家は壊滅も同然だ。売春宿に囚われた女たちだって、すぐに解放してやれる。あとは、ブエタナ本人に、総督を失墜させる証拠を吐かせればいい」


「そんな、無茶な……」


 うつむいたリューリカが、ぽつりと呟く。


「無茶かどうかは、やってみない限りわからない」


「でも、そんな強硬手段に出たら、上層部が何と言うか……」


 彼女の不安を、俺は笑い飛ばした。


「もちろん、これ以上に良い代案があるのなら、聞く耳は持つ。で、どうなんだ?」


 詰め寄ると、リューリカは深々とため息をついた。 


「……ありません」


「ならば、力を貸してくれ。是が非でも、俺はやり遂げてみせる」


 そう宣言すると、リューリカは再びため息をついた。


「……もう、どうなっても知りませんよ。上層部には、ケンゴーさんのほうから上手く報告してくださいね。私は絶対に嫌です」


 呆れたように言いながら、リューリカは俺の手から巻物をむしり取った。

 そして、彼女がそこに記された文言を読み上げると、足元から青白い光が放射状に広がってゆく。

 俺はその光景を目の端に入れつつ、背負い袋を肩に担ぎ、それから床で眠っているルミネラを抱きかかえた。

 やがて、床に複雑な文様の魔法陣が浮かび上がり、その上に立っていたリューリカの姿が、フッと消えた。


(――失敗だけは勘弁してくれよ)


 心の中で祈りながら、俺は魔法陣の中へと足を踏み入れた。



 *   *   *



「――おいおい、あんたたち、一体何なんだ?」


 転移が終わるなり、頓狂な声が耳に飛び込んできた。

 辺りを見渡すと、どうやら寝室のようである。

 部屋の中央には、大きな天蓋つきのベッドが置かれており、そこに裸体の男女が仲睦まじく寝そべっていた。


「……誰かと思えば、リューリカじゃねえか」


 男のほうが身を起こし、呆れたような声で言った。

 太っているというほどではないが、やや肉付きの良い、四十がらみの男である。

 肌は浅黒く、きっちりと分けた黒髪を後ろに撫でつけており、顎の先端には尖った髭を生やしていた。

 パッと見、人の良さそうな面立ちをしているが、その眼光はいやに鋭く、額には縦に走る深い傷跡が残されている。


「で、そちらの御仁は……」


 男はそう言いかけたが、俺の腕に抱えられた手土産(・・・)を見た途端、口をつぐんだ。


「悪いが、席を外してくれ」


 しばしの沈黙を挟んだのち、男は女に向かってそう言った。

 女は怯えたようにうなずき、床に散らばっていた衣服を拾い上げると、それで体の前を隠し、逃げるように部屋から立ち去った。

 俺はひとまず、すっかり眠りこけているルミネラを床に下ろした。


「……ここは一体どこで、あの男は何者なんだ?」


 リューリカに耳打ちすると、彼女は押し殺した声でこう答えた。


「――ここはドンの屋敷。そして、目の前の男こそ、ドン・ヴィットジェロ・ガルノガその人です」


 それを聞いて、俺は思わず笑みをこぼした。


「……あんたの腕でおねんねしていたのは、あの女狐(・・)の姪っ子だよな?」


 ドン・ガルノガは眉間に深い皺を寄せながら、そう尋ねてきた。


「その通りだ。俺はあんたと取引がしたくて、ここに来た」


 そう言って、俺は真っ直ぐにドンを見つめた。


「大したタマだな」


 口端を不敵に歪めながら、ドンは俺の顔をまじまじと見た。


「……なるほど、あんたが噂の“傷跡の聖者”か。女狐の用心棒が取引を申し出るとは、にわかには信じ難いが、まあいいだろう。聞かせてもらおうじゃねえか」


「――俺を雇ってもらいたい」


 そう告げると、ドンは驚いたように瞬きを繰り返した。


「ブエタナの屋敷の構造、警備の人員配置、その全てが俺の頭に入っている。襲撃の際は、間違いなく役に立つはずだ。そしてこの女は、言うなればお近づきの印だ。利用価値はいくらでもあるだろう」


「……そりゃあ、願ってもねえ話だが、ちょっとばかり虫が良すぎる。俺は神様なんて一度も信じたことはねえが、その考えを改めても良いと思っちまったほどだ」


 ドン・ガルノガは、笑いを含んだ声でそう言った。


「ここは一つ、あんたが寝返った理由ってのを、聞かせてもらいたい。リューリカが一緒ってのも、どうも腑に落ちねえしな」


 こちらに向けられたドンの眼差しは、一層鋭さを増していた。


「屋敷の使用人として働き出したリューリカに、俺は一目惚れした。互いに恋に落ちるのに、時間はかからなかった」


 思いつくままに、俺は話し出した。


「ブエタナとは、遅かれ早かれ縁を切るつもりでいた。実に腹に据えかねることがあってな。そんな考えをリューリカに打ち明けると、彼女は自らの素性を明かし、寝返りを持ち掛けてきた。それが経緯だ」


「……なるほどな。しかし、リューリカもやるじゃねえか。女の武器を使ったってわけだ」


 ドンの言葉を聞くなり、彼女は薄く頬を赤らめ、足元を向いた。


「ところで、腹に据えかねることってのは、一体何だったんだ? 女狐の姪っ子を連れ去るなんて危ねえ橋を渡るくらいだ。余程ひでえことをされたに違いねえ」


 興味津々といった口調で、ドンが尋ねてきた。


「ブエタナは、実につまらぬことで使用人をなじり、手を上げた。無論、リューリカに対してもだ。俺はそれが許せなかった」


 情感たっぷりに声を張り上げると、ドンは盛大に笑い出した。


「……良いねえ、あんた。気に入ったよ。愛する女のために体を張る男ってのは、俺は好きだね。いいとも、俺の用心棒として雇ってやろうじゃねえか」


 してやったり、である。

 気づかぬうちに、俺もずいぶん口が達者になったものだと、我ながら感心せざるを得なかった。


「で、取引ってのはそれだけか? もう少々欲張ったって、罰は当たらねえと思うが」


「……では、一つだけ質問をさせて欲しい。“天使の園”の少年にブエタナを襲わせたのは、あんたたちの差し金か?」


 俺はドンの顔を真正面から見据え、そう尋ねた。

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