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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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20.起死回生の一手

「……違う。俺は聖騎士ではない」


 苦慮の末、正直に打ち明けると、リューリカは物分かりの良い笑顔を浮かべた。


「もはや隠す必要はないと思いますが、そういうことにしておきましょう」


「……」


 やはり彼女は、俺が仲間だと信じ込んでいる様子だった。

 だが、それでこちらが不都合を被るかと言えば、案外そういうわけでもない。


(――むしろ、情報を引き出すには、勘違いさせていたほうが好都合かもしれぬ)


 そう考えた俺は、今の状況を最大限に利用することを決めた。


「ところで、あんたはどこに連れて行かれようとしていたんだ?」


 気がかりだったことを尋ねると、リューリカは実に不愉快そうな表情を浮かべた。


「……断言はできませんが、一家の経営する売春宿かと。大方、そこで働かせるつもりだったのでしょう」


 彼女の口ぶりは、相応の確信に満ちたものだった。

 見込んだ通り、リューリカはブエタナの裏の顔に通じているらしい。

 

「では、あんたがブエタナの“ビジネス”について知っていることを、洗いざらい話してみろ。ガルノガ一家に潜入していたならば、それくらいのことは聞き及んでいるだろう」


 リューリカは、こちらの意図を読めないといった様子で首を傾げていたが、やがて重々しい口ぶりで話し出した。


「その辺の事情は、もちろんあなたのほうが詳しいでしょうが、ブエタナが人身売買によって身を築いたのは、周知の事実です」


 彼女はそう言って、忌々しげに唇を噛みしめた。


「ブエタナはゼルマンド戦役中、偽りの求人情報によって集めた若い女性たちを、闇ルートを通じて性奴隷としてゼルマンド軍に高値で売りつけていた。そして、その資金を元手に、賭博場と売春宿の経営、高利貸しなどに乗り出し、瞬く間に暗黒街の顔役にのし上がった」


 予想を遥かに上回る畜生ぶりに、俺は一瞬言葉を失った。  


「……ゼルマンド戦役後も女たちを集めていたのは、一家の売春宿で働かせるためだったというわけだな?」


 そう問いかけると、リューリカは神妙な面持ちでうなずいた。


「仰る通りです。ブエタナのやり口は、実に卑劣だと聞いています。何でも、囚われの身となった女たちに、依存性の強い精神刺激薬を意図的に投与し、中毒状態に陥らせていたのだとか。それで逃げる気を失くさせ、意に添わぬ仕事を強いていたのです」


 彼女はそこで言葉を置くと、訝しげな眼差しをこちらに向けた。


「……ところで、どうして分かり切ったことばかり質問するのです?」


 俺はそれに返答せず、意味ありげな笑みを浮かべるに留めた。

“沈黙に勝る雄弁はなし”を地で行く対応である。


「では、もう一つ質問だ。こちらの潜入捜査の状況については、上司からどのように聞いている?」


 リューリカはわずかにためらいを見せたが、それでも、俺に対する信頼は揺るがないのだろう。

 ほどなく、包み隠さず真実を口にした。

 

「ブエタナの経営する賭博場と売春宿の場所は、全て把握済み。そして、彼女に力を貸す有力者たちの名簿も、既に完成していると聞いています。残すは、ブエタナと南部総督の癒着を世に示す証拠を掴むだけだ、と」


 南部総督――それは、このレヴァニア王国の南部地域を治めるため、王都より派遣される高官で、言うなれば国王の名代である。

 加えて南部総督は、代々レヴァニア騎士団の副総長が兼任してきた。

 副総長とはその名の通り、騎士団内で総長に次ぐ立場の役職である。

 

(――レヴァニア騎士団がバルボロ一家を野放しにしていたのは、そういうわけだったのか)


 要するに、ブエタナは南部総督に袖の下を握らせ、自らの悪行を黙認させていたのだろう。

 聖ギビニア騎士団が独自に動いていた理由も、それで納得がいった。

 南部総督がブエタナに手懐けられている限り、レヴァニア騎士団が自ら捜査に乗り出すことはない。

 また、聖ギビニア騎士団が、バルボロ一家に対して実力行使に出たとしても、それはレヴァニア騎士団に対する越権行為と映るはずである。

 だからこそ、秘密裏に事を進める必要があったのだ。

 南部総督を失墜させ、ポリージアに然るべき秩序を取り戻す――それこそが、聖キビニア騎士団の筋書きに違いなかった。


(……この国は、ゼルマンドの侵略を受けている間に、内側からも腐り始めていたのか)


 俺は静かにため息をついた。

 ロクでなしの総督と、暗黒街の顔役たちのために、もはやポリージアは掃き溜め同然の町に成り下がっていたのだ。


「……やはり、解せません。あなたの質問の意図が、一体何なのか、教えていただけませんか?」


 リューリカは、微かな焦りをにじませた声で、そう尋ねてきた。


「気を悪くするなよ。俺はあんたが本当に身内かどうか、疑っていたのだ。だから、その知識を試させてもらった」


「……そういうことですか。では、私の言葉に嘘はないと、信じていただけましたね?」


 黙ってうなずいてみせると、彼女は安堵したように表情を緩めた。


「さて、問題はこの後どうするかだ」


 ため息交じりに言いながら、俺は思案を巡らせた。

 気がかりなのは、“一家に潜り込んだ本物の聖騎士が誰なのか”という点である。

 だが、どちらにせよ、その者を容易く見つけ出すことは不可能と言えた。


(ならばいっそ、俺がその者を演じ切り、全ての問題を解決してしまえば済む話だ)


 俺はそう腹をくくった。

 頭の中には、南部総督を失墜させる証拠を掴む以上に、確実で手っ取り早い打開策が思い浮かんでいた。

 後々面倒を招くかもしれないが、その手に打って出るには、むしろリューリカの身内を装っていたほうが話が早い。


「今となっては、元々の計画は変更せざるを得ない。状況はひどく複雑化した。もはや、証拠を掴むなどと悠長なことは言っていられない」


 そう口にすると、リューリカは実に申し訳なさそうな面持ちでうつむいた。


「……だが、起死回生の一手は見えた。あんたにも、ぜひ力を貸して欲しい」


「もちろんですッ!!」


 リューリカは目を輝かせ、力強い声で応えた。


「私にできることなら、何なりと申し付けてください。もとをただせば、全ては私の失敗が原因なのですから」


「……心強い限りだ。それと紹介が遅れたが、俺の名はケンゴーだ。以後、よろしく頼む」


「こちらこそ、よろしくお願いします」


 リューリカが握手を求めてきたので、俺はそれに応じたのち、地下室のドアへと向かった。

 ドアの傍には、木箱やら縄やらが雑然と置かれており、その中には、厚い布の背負い袋が紛れ込んでいた。

 それは、先ほどワインを取りに行った際、万が一の場合を想定して、一緒に部屋から持ち出してきたものだった。

 袋の中には、俺の荷物の全てが詰め込まれている。

 俺は背負い袋を肩に担ぎ、再びリューリカの前に戻った。


「……ケンゴーさん、これから何をするつもりですか?」


 俺は背負い袋を床に置くと、中から“移転の門”の魔術が封じられた巻物(スクロール)を取り出した。

“移転の門”は、目的地をイメージするだけで、その場所に瞬間移動できる高位の魔術である(ただし、イメージに失敗すれば、海の真上に飛ばされる可能性もあるので、使用には大きなリスクが伴う)。

 そして巻物は、そこに記された文言を読み上げるだけで、封じられた魔術が発動するという大変な優れものだ。


「これを使って、ガルノガ一家のドンの元に出向く。丁度いい手土産もあるしな」

 

 言いながら、俺は床で寝ているルミネラを見やった。

 すると、リューリカは大きく目を見開いたまま、あんぐりと大口を開いた。

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