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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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19.聖騎士の思い込み

(……しかし、なぜ俺を聖騎士だと勘違いしているのだ?)


 考えてみたが、まるで埒が明かないので、俺は思い切ってリューリカに尋ねた。


「俺が聖騎士かどうかという質問に答える前に、聞かせて欲しいことがある。あんたは俺が、“潜入(・・)していた”と口にした。なぜそう思った?」


 俺の問いかけに、リューリカは少々困ったような表情を浮かべた。


「……その理由を話すには、少しばかり時間が必要かもしれません。何分、事情が混み合っているのです。それでも構いませんか?」


 そう口にしつつ、彼女は不安げにちらとルミネラを見やる。


「あの女には薬を盛った。朝まで目を覚ますことはない。だから、安心して話してくれ」


 そう伝えると、リューリカは安堵したようにため息をついたのち、次のように切り出した。


「……実は、私は一年ほど前より、ガルノガ一家の潜入捜査を行っておりました」



 *   *   *



 リューリカの話をまとめると、つまりはこういうことだった。


 まず、バルボロ一家とガルノガ一家の抗争が激化し、ポリージアの治安が悪化。

 その状況を改善しようと独自に動き出したのが、ほかならぬ聖ギビニア騎士団だった。

 騎士団は、両ファミリーに対する捜査員の派遣を決定し、リューリカにガルノガ一家への潜入の命が下った。

 目的は、一家の組織構成の把握と、犯罪の事前阻止につながる情報の横流しである。

 余談だが、彼女に白羽の矢が立ったのは、幼馴染みにガルノガ一家の手下がいたためだったという。

 リューリカは、 “素行不良のために騎士団を追放された”と経歴を詐称し、故郷のポリージアに帰ってきた。

 そして、幼馴染みの助力を得て、ガルノガ一家の手下に加わったのである。


 その後、一家の信頼を勝ち取り、順調に任務をこなしていたリューリカは、ある日、一家を取り仕切るドン・ヴィットジェロ・ガルノガに呼び出された。


「ブエタナの屋敷に潜り込み、その構造と警備の人員配置を把握して来い」


 彼女はそう命じられた。

 ドンは、屋敷に篭りきりのブエタナに業を煮やし、襲撃を計画していたのである。

 リューリカは聖ギビニア騎士団の聖騎士でありながら、ガルノガ一家の手下を演じたまま、さらにはバルボロ一家潜入の任を帯びるという、何とも複雑で危険な状況に追い込まれた。


 そこで、彼女は騎士団の上司に対し、どうすべきか判断を仰いだところ、次のような返答があったという。


「ドンの命に従い、バルボロ一家に潜入し、引き続き捜査を継続せよ。何か問題が生じれば、バルボロ一家に潜り込んでいる我々の仲間が、必ず力を貸すだろう。極秘事項のため、現段階では正体こそ明かせないが、その者は実に信用に足る人物だ」


 それを聞いて安心したリューリカは、貧しい市井の娘を演じてブエタナと接触した。

 無論、何らかの罠が待ち受けている可能性は、十分に承知の上で、である。

 そして、屋敷の使用人として雇ってもらえないかと持ち掛けたところ、ブエタナは快く承諾した。


 だが、いざ当日になって屋敷へ出向くと、「申し訳ないが、こちらの使用人の数は足りているので、別荘で働いて欲しい」と急に言い渡された。

 そこでリューリカは、自分の不安がいよいよ現実のものになろうとしていることを悟った。


 用意された馬車に乗り込むと、ほかに三人の若い娘が同乗していた。

 いずれも、見目麗しい娘たちである。

 おまけに、全身を甲冑で固めた護衛が、二人も同行するという。

 護衛とは名目ばかりで、実際は逃走を防ぐための監視役に過ぎないのだと、彼女はすぐに勘づいた。


 このまま連れて行かれれば、自分だけでなく、ほかの娘たちの身も危ない――意を決したリューリカは、頃合いを見計らい、体調不良を訴えて馬車を停めさせた。

 そして、慣れぬ魔術を用いて警備の一人を気絶させると、ほかの娘たちを逃がしてやった。


 だが、そのときのリューリカには、娘たちの逃げる時間を稼ぐだけで精一杯だった。

 それというのも、護身用のナイフ以外に、得物がなかったせいである。

 貧しい市井の娘が、武器を携行するのは怪しいと考えたのが、裏目に出たのだ。


 リューリカが残った警備とやり合っている最中、御者が剣を手に助太刀し、やがて、気絶させた警備までもが目を覚まして加勢し出した。

 戦況は三対一と追い込まれ、遂に彼女は囚われの身となり、屋敷へ連れ戻されたのである。



 *   *   *



「……剣さえあれば、こんなことにならずに済んだのですが」


 強く唇を噛みしめ、絞り出したような声でリューリカが言った。


「でも、私には一つだけ希望が残されていました。バルボロ一家に潜り込んでいる、我々の仲間の存在です」


 言いながら、彼女は真剣な眼差しをこちらに向けた。


「それが、あなたなのでしょう? そうとしか考えられません」


 俺は返答に窮した。

 リューリカの話を聞く限り、彼女が俺を仲間だと思い込むのも、至極当然と言えた。

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