17.聖者の決断
「……今さっき、この女に口を割らせる、と言ったな?」
苦慮の末、ルミネラにそう尋ねると、彼女は楽しげな声で「ええ」と答えた。
「その手合いのことは、まさに俺の得意分野だ」
言いながら、俺はルミネラに向かって、まるで恋人同士がするような目配せを送る。
「少々荒っぽいのが難点だが、傭兵時代に覚えがある。良かったら、手を貸したいが、どうだ?」
俺の問いに、彼女は微かに口元を緩め、「それは心強いわね」と返事をした。
「……構わないけれど、あなたに務まるかしら。相手は女性よ?」
そう口を挟んできたのは、ブエタナである。
彼女は訝しげな目で、舐めるようにこちらを見た。
「“天使の園”では、子ども一人が死ぬのにさえ、ずいぶんと動揺していたわね。とてもじゃないけれど、そんな人間に向いた仕事とは思えないわ。それに、ルミネラだって、相応に手慣れているのよ。あの娘に任せたほうが、良いのではなくて?」
「……馬鹿を言うな。動揺などしていない」
怪しまれぬよう、俺は間髪を入れずにそう言った。
「あのガキの目が、昔の自分を思い出させただけのこと。少々同情してやったに過ぎない。相手が大人であれば、話は別だ。たとえ女だろうと」
ブエタナはそれを聞くなり、小さく鼻で笑った。
「……そこまで言うのなら、“結果”を示してみせなさい。その傭兵時代の覚えとやら、期待させてもらうわよ」
俺は黙ってうなずくと、赤毛の女の襟首を掴み、無理やり立ち上がらせた。
「頼もしいわね。さあ、行きましょう」
ルミネラは色っぽい目配せをこちらに送ると、静かにドアを開いて廊下へ出た。
俺は嫌がる女を引っ張りながら、ルミネラのあとに続く。
「さて、どこで仕事をしようか? 今は夜だし、外に声の漏れない場所があると助かる」
部屋を出るなり、ルミネラにそう話すと、彼女はわざとらしく身をすくめた。
「……ああ、恐ろしい。聖者様が口にするセリフとは、とても思えないわ」
冗談めかした声で言うと、彼女は軽やかな足取りで歩き出した。
「とにかく、心配は不要よ。ついて来て」
「……行くぞ」
赤毛の女にそう声をかけると、彼女は蔑むような目でこちらを見やったが、意に介さなかった。
俺は女の手にかけられた縄を引きながら、ルミネラのあとを追った。
足早に階段を下ったルミネラは、まず真っ先に厨房へ向かい、そこで二人分の手持ち燭台を譲り受けてきた。
一方は自分の手に持ち、もう一方は俺に差し出してきた。
(……灯りが必要ということは、外に出るのか?)
そう勘繰ったが、それは誤りだった。
ルミネラが向かったのは、厨房のすぐ傍に設けられた、薄暗い地下へと続く石の階段だった。
(……!?)
ルミネラに続いて階段を下り、その先に待ち受けていた部屋に入った瞬間、俺は言葉を失った。
血の染みがついた拷問台、背板や座部に棘が生えた鉄の椅子、三角木馬、人が寝そべれるほどの大きな車輪――ずいぶんと手の込んだ拷問器具が、そこかしこに並んでいたのである。
天上には、内側に無数の棘が生えた、巨大な鳥かごのような檻まで吊り下げられていた。
壁中にも、実にバラエティに富んだ道具類が、まるで博物館のごとく飾られている。
馬鹿でかい鋸に熊手、やっとこ、ハンマー、先端が鉤爪状になった三又鞭――ほかにもごまんと種類があり、挙げていけばキリがない。
それ以外にも、真鍮製の大きな雄牛の模型や、女性の姿をあしらった巨大な棺桶と見えるものなど、一見して用途のわからぬ装置が置いてあった。
「……ここにあるものは、全て好きに使っていいわ。選り取り見取りよ」
ルミネラは得意げにそう言って、あどけない笑顔をこちらに向けてきた。
それは、お気に入りの玩具を見せびらかす少女のような、実に無垢な笑みだった。
「では、お手並みを拝見させてもらおうじゃないの」
俺は微かに額ににじんだ汗を、手の甲で拭った。
(――さて、いかにしてこの場を切り抜けるか)
実を言うと、俺がルミネラの助手を買って出たのは、深い考えがあってのことではなかった。
赤毛の女を助けるか、はたまた見殺しにするか。
それを決めかねた上での、苦肉の策に過ぎなかった。
要は、決断を先延ばしにするための、単なる時間稼ぎである。
「……なあ、喉が渇かないか?」
考えあぐねた末、俺はルミネラにそう尋ねた。
離れの自室に、上等なワインがあったことを思い出したのである。
それは、俺が一家の一員となることを祝し、今朝方、ルミネラが自ら贈ってくれたものだった。
「……別に、今は乾いていないけれど」
彼女の反応は芳しいものではなかったが、俺は押し切ることを決めた。
「長丁場になるかもしれん。息抜きの酒が必要だ」
俺はそう言い残し、赤毛の女をルミネラに任せると、地下室を出て足早に離れへと向かった。