表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
29/123

17.聖者の決断

「……今さっき、この女に口を割らせる、と言ったな?」


 苦慮の末、ルミネラにそう尋ねると、彼女は楽しげな声で「ええ」と答えた。


「その手合いのことは、まさに俺の得意分野だ」


 言いながら、俺はルミネラに向かって、まるで恋人同士がするような目配せを送る。


「少々荒っぽいのが難点だが、傭兵時代に覚えがある。良かったら、手を貸したいが、どうだ?」


 俺の問いに、彼女は微かに口元を緩め、「それは心強いわね」と返事をした。


「……構わないけれど、あなたに務まるかしら。相手は女性よ?」


 そう口を挟んできたのは、ブエタナである。

 彼女は訝しげな目で、舐めるようにこちらを見た。

 

「“天使の園”では、子ども一人が死ぬのにさえ、ずいぶんと動揺していたわね。とてもじゃないけれど、そんな人間に向いた仕事とは思えないわ。それに、ルミネラだって、相応に手慣れているのよ。あの娘に任せたほうが、良いのではなくて?」


「……馬鹿を言うな。動揺などしていない」


 怪しまれぬよう、俺は間髪を入れずにそう言った。


「あのガキの目が、昔の自分を思い出させただけのこと。少々同情してやったに過ぎない。相手が大人であれば、話は別だ。たとえ女だろうと」


 ブエタナはそれを聞くなり、小さく鼻で笑った。


「……そこまで言うのなら、“結果”を示してみせなさい。その傭兵時代の覚えとやら、期待させてもらうわよ」


 俺は黙ってうなずくと、赤毛の女の襟首を掴み、無理やり立ち上がらせた。


「頼もしいわね。さあ、行きましょう」


 ルミネラは色っぽい目配せをこちらに送ると、静かにドアを開いて廊下へ出た。

 俺は嫌がる女を引っ張りながら、ルミネラのあとに続く。


「さて、どこで仕事をしようか? 今は夜だし、外に声の漏れない場所があると助かる」


 部屋を出るなり、ルミネラにそう話すと、彼女はわざとらしく身をすくめた。


「……ああ、恐ろしい。聖者様が口にするセリフとは、とても思えないわ」


 冗談めかした声で言うと、彼女は軽やかな足取りで歩き出した。


「とにかく、心配は不要よ。ついて来て」


「……行くぞ」


 赤毛の女にそう声をかけると、彼女は蔑むような目でこちらを見やったが、意に介さなかった。

 俺は女の手にかけられた縄を引きながら、ルミネラのあとを追った。


 足早に階段を下ったルミネラは、まず真っ先に厨房へ向かい、そこで二人分の手持ち燭台を譲り受けてきた。

 一方は自分の手に持ち、もう一方は俺に差し出してきた。


(……灯りが必要ということは、外に出るのか?)


 そう勘繰ったが、それは誤りだった。

 ルミネラが向かったのは、厨房のすぐ傍に設けられた、薄暗い地下へと続く石の階段だった。

 

(……!?)


 ルミネラに続いて階段を下り、その先に待ち受けていた部屋に入った瞬間、俺は言葉を失った。

 

 血の染みがついた拷問台、背板や座部に棘が生えた鉄の椅子、三角木馬、人が寝そべれるほどの大きな車輪――ずいぶんと手の込んだ拷問器具が、そこかしこに並んでいたのである。

 天上には、内側に無数の棘が生えた、巨大な鳥かごのような檻まで吊り下げられていた。

 壁中にも、実にバラエティに富んだ道具類が、まるで博物館のごとく飾られている。

 馬鹿でかい鋸に熊手、やっとこ、ハンマー、先端が鉤爪状になった三又鞭――ほかにもごまんと種類があり、挙げていけばキリがない。

 それ以外にも、真鍮製の大きな雄牛の模型や、女性の姿をあしらった巨大な棺桶と見えるものなど、一見して用途のわからぬ装置が置いてあった。

 

「……ここにあるものは、全て好きに使っていいわ。選り取り見取りよ」


 ルミネラは得意げにそう言って、あどけない笑顔をこちらに向けてきた。

 それは、お気に入りの玩具を見せびらかす少女のような、実に無垢な笑みだった。


「では、お手並みを拝見させてもらおうじゃないの」


 俺は微かに額ににじんだ汗を、手の甲で拭った。


(――さて、いかにしてこの場を切り抜けるか)


 実を言うと、俺がルミネラの助手を買って出たのは、深い考えがあってのことではなかった。

 赤毛の女を助けるか、はたまた見殺しにするか。

 それを決めかねた上での、苦肉の策に過ぎなかった。

 要は、決断を先延ばしにするための、単なる時間稼ぎである。


「……なあ、喉が渇かないか?」


 考えあぐねた末、俺はルミネラにそう尋ねた。

 離れの自室に、上等なワインがあったことを思い出したのである。

 それは、俺が一家の一員となることを祝し、今朝方、ルミネラが自ら贈ってくれたものだった。


「……別に、今は乾いていないけれど」


 彼女の反応は芳しいものではなかったが、俺は押し切ることを決めた。


「長丁場になるかもしれん。息抜きの酒が必要だ」


 俺はそう言い残し、赤毛の女をルミネラに任せると、地下室を出て足早に離れへと向かった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ