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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
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2.ゼルマンドの最期

 王国歴1397年。うだるような暑さの、ある夏の日。

 遂に、件の奇襲作戦が決行された。

 参加するのは、王国中から選び抜かれた屈指の腕利き約50名。

 遠征中のゼルマンドは、レヴァニアの隣国、ヴァンデミアの地方領主の城を攻め落とし、束の間の住処としていた。

 密偵の報告では、城内に配備されているのは、身辺警護の兵のみ。

 その数、わずか200程度。それ以外の兵たちは、既に次の戦地へと発ったらしい。


 夜明け前、二手に分かれた俺たちは、正門と裏門から同時奇襲をかけた。

 奇襲は成功したものの、戦局は決して有利というわけではなかった。

 相手側にも、ここぞとばかりに実力者が揃えられていたためである。

 戦いは想像以上に苛烈を極め、多くの仲間たちが犠牲となった。

 それでも、俺たちはどうにか防衛網を突破し、城の大広間へと至った。


 遂に対峙したゼルマンドは、ただ一人、不敵な笑みを浮かべて玉座に腰を据えていた。

 青白い顔をした白髪の中年男で、漆黒のローブに身を包んでいた。

 これといった特徴のない男だったが、それがかえって不気味に思えた。

 

「……少々退屈していたところだ。歓迎しよう」 


“たった一人で一国を滅ぼせる”と世界中から恐れられた男の余裕が、その勿体ぶった口調から感じられた。

 一方、こちらの戦力は、俺を含めてたったの五名まで減少していた。


“レヴァニアの鷹”、若き騎士団長ガンドレール。

“戦乙女”、麗しの聖騎士イクシアーナ。

“死の渡り鳥”、歴戦の傭兵ファラルモ。

“冷血”、魔術の才媛リアーヴェル。


 俺を除けば、誰もがその名を知る英傑ばかりである。

 だが、彼らとて、人間であることに変わりはない。

 俺同様、ここに至るまでの戦いで精も根も尽き、満身創痍の状態だった。


「……楽しませてくれよ」


 言いながら、ゼルマンドは天に向かって両手をかざした。

 その途端、俺以外の四人が地べたに這いつくばった。


「……これは、生命吸収(ドレインライフ)!?」


 リアーヴェルが呟いた。

“生命吸収”とは、その名の通り、相手の生命力を奪う高位の暗黒魔術である。

 しかし、俺には通用しなかった。

 なぜなら俺もまた、暗黒魔術の使い手であり、その耐性を有していたためである。



 *   *   *



 俺が初めて暗黒魔術に触れたのは、十歳かそこいらだったと思う。

 娼館を訪れた客が、一冊の魔術書を置き忘れたのがきっかけだった。

 部屋の掃除を一手に担っていた俺は、それを見つけ、黙ってくすねた。

 自分も魔術を会得できるのではないか、と密かに期待したためである。

 

 幼い俺は、無我夢中のまま、そこに記された魔術を片っ端から試した。

 だが、どれも上手くいかなかった。

 残念ながら、大半の人間がそうであるように、魔術の適性がなかったのである。

 けれども、俺はそこで諦めなかった。

 自らの苦境を脱するには、力が必要不可欠だと理解していたからだ。

 

 そこで目をつけたのが、暗黒魔術だった。

 暗黒魔術のいくつかは、 “血液”を媒介とすることで、誰でも使用することができる。

 その分、習得は難しいとされているが、俺は一年ばかりの鍛錬の末、 血液を自在に操る“血操術(けっそうじゅつ)”を身につけることができた。

 血操術は、中位の暗黒魔術で、己の傷から流れた血液を剣に変えたり、血しぶきを刃に変えて敵に浴びせたりと、戦闘においては、かなり汎用性が高いことで知られている。

 実を言えば、俺があまたの戦場を生き抜いてこれたのも、血操術のお陰にほかならなかった。


 だが、のちに俺は知ることになる。

 暗黒魔術が、その忌々しさのために、法によって固く禁じられていることを。

 無学だった俺は、そんな常識さえも知らなかったのだ。

 その後、暗黒魔術を捨てるか否かで悩んだが、結局は隠れて使い続ける道を選んだ。

 戦場で確実に生き残るためには、そうする以外に術はなかった。

 ただし、“必要に迫られたとき、極力人目を避けて使用する”という条件を自らに課した。

 そのお陰で、幸運にも、俺が暗黒魔術の使い手であることが露見したことはなかった。



 *   *   *


 

「……だらしないぞ。もっと楽しませて欲しいものだ」


 玉座から降りたゼルマンドが、高笑いと共に、俺たちの元へ近づいて来た。

 そのとき、俺は生命吸収によって苦しんでいるように装い、地面に伏していた。

 無論、相手を油断させるためである。

 それが奏功し、ゼルマンドは俺の前ではたと立ち止まった。


「……おい、聞こえているのか? これで終わりか?」


 そう吐き捨てると、ゼルマンドは俺の握っていた鋼の剣を蹴飛ばした。

 その瞬間、ここぞとばかりに飛び起きた俺は、先の戦いで作った脇腹の傷口に、思い切り右手を突っ込んだ。


「――血よッ!! 剣となって我が手に宿れッ!!」


 相手の虚を突いた俺は、瞬時に自らの血液から“血の剣(ブラッド・ソード)”を錬成し、その刀身を深々とゼルマンドの心臓に突き立てた。

 同時に、激しい鮮血が宙に舞う。

 次いで、すぐさま“血の剣”を引き抜き、全身全霊の力を込めて、その首をはね飛ばした。

 最強最悪と(うた)われた男にしては、あまりに呆気ない最期と言えた。

 だが、現実とは往々にしてそういうものなのだろう。


 こうして、俺は積年の宿敵を、自らの手で討つという悲願を果たしたのだった。

 だが、予想通りと言うべきか、祝福の言葉をかけてくれる者は誰もいなかった。


「……あなた、どうして暗黒魔術を?」


“戦乙女”ことイクシアーナは、立ち上がるなり、侮蔑の混じった目で俺を見た。

 聖職者ならば、至極当然の反応だろう。


「毒を以て毒を制す、か。面白いねえ」


“死の渡り鳥”こと傭兵ファラルモは、あぐらをかいたまま、他人事のようにそう言った。


「俺は、ゼルマンドを殺すためだけに生き永らえてきたようなものだ。それを成し遂げた今、もはやこの世に未練はない。煮るなり焼くなり、異端魔術審問所に告発するなり、好きにしろ」


 俺は四人に向かってそう言った。

 決して強がりではなく、嘘偽りのない本心だった。

 正直な話、俺はずいぶんと前から、戦うことに、生きることに疲れ果てていたのだ。


「……馬鹿なこと言わないでくれッ!!」


 そう声を荒げたのは、“レヴァニアの鷹”ことガンドレールだった。

 王国騎士団の団長である彼とは、数え切れないほど戦場を共にしてきた仲だった。


「僕たち四人は、“何も見なかった”。そういうことにしませんか?」


 ガンドレールは、ほかの三人に向かってそう告げた。


「僕たちが黙ってさえいれば、イーシャルが暗黒魔術を使ったことは、絶対に外に漏れない。彼のお陰で命拾いできたんだ。文句はありませんよね?」


 俺の知る限り、ガンドレールは根っからの真面目で堅物で、融通の利かない性格だった。

 従って、彼の発言には驚かざるを得なかったが、それ以上に嬉しくもあった。

 生来、無口で不愛想な俺は、他者から敬遠されてばかりいた。

 それを重々承知していたゆえに、戦場で肩を並べる仲間とも、必要以上の交流を避けてきた。

 にも関わらず、彼は俺に対し、親愛の情を示してくれたのである。

 万に一つも起こり得ない、ほとんど奇跡に等しい助け船と言えた。


「……別に構わない」


 最初に沈黙を破ったのは、“冷血”ことリアーヴェルだった。


「そもそも私は、普通の魔術だろうと、暗黒魔術だろうと、特に差はないと考えてきた。要は使い手の問題でしかない。法に触れないのなら、私だって習得する」


「俺もいいぜ。だが、一つだけ取引を頼みたい」


 次に口を開いたのは、ファラルモだった。


「この件を黙っている代わりに、ゼルマンドに止めを刺したのは俺ってことにしてもらいたいんだ。傭兵稼業にゃ、名誉が欠かせないからな。なぁ、いいだろう?」


 浅ましい男だと思ったが、俺は申し出を承諾した。

 断る理由は、これと言って見当たらなかった。


「……無論、僕は提案した張本人だし、賛成です。あとは、イクシアーナさん、あなただけですね」


 ガンドレールが、静かな声で問いかける。

 すると、イクシアーナは苦悶に満ちた表情を浮かべた。


「まさか、命の恩人を、売ろうとお考えですか?」


 ガンドレールが詰め寄ったが、イクシアーナは答えなかった。

 ひどく張り詰めた沈黙が、一同に降りた。


「……彼は、正しく力を行使しました。その点は、認めざるを得ません」


 やがて、イクシアーナは、眉をひそめながらそう言った。


「ただし、金輪際、暗黒魔術は使わぬことです。それは約束できますか? できるならば、私も口外しないと約束いたします」


 俺は黙ってうなずいた。

 ゼルマンドが倒れた今、もはや暗黒魔術の力を借りる必要もない。


「……では、改めて整理しましょう。まず、僕たち四人は、“何も見ていない”。次に、ゼルマンドに止めを刺したのは、ファラルモさんだった。そして、イーシャルは、二度と暗黒魔術を使わない。以上で、間違いありませんね?」


 ガンドレールの問いかけに、ほかの三人は揃ってうなずいた。

 こうして、俺たち五人は帰路についた。

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