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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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6.聖母と少年

 国内随一の港湾都市、ポリージアに着いたのは、既に日が暮れかけたころだった。

 道中何も起こらなかったのは幸いだったが、暇を持て余したと見えるルミネラが、四六時中質問を浴びせてくるのには辟易とさせられた。

 出身地、経歴、家族構成、魔術の適性、配偶者の有無、過去に付き合った女の数――個人的な興味のためか、はたまた職務上の必要に迫られたためか。

 質問の意図を汲み取ることは難しかったが、とにかく、何から何まで嘘で固めなければ返事もできないので、ほとほと困らされた。

 半日以上もそんなやり取りをさせられたお陰で、切った張ったの大立ち回りをした以上の徒労感が、全身にのしかかっていた。


「……着いたわよ、ケンゴー」


 いつしかルミネラは、俺を名前で呼ぶようにさえなっていた。

 仕方なしに与太話に付き合ってやったために、依頼主との距離が縮まったことは確かだが、果たして、それが良い判断だったのかどうかはわからない。


 ルミネラに促されて馬車を降りると、微かな潮の香りが鼻孔をくすぐった。

 遠くのほうから聞こえてくる、ひっそりとした波の音に耳を澄ませながら、俺は目の前にそびえる二階建ての白亜の豪邸を見やった。

 

 ルミネラのあとに続き、物々しい両開きの扉を抜け、真っ白な壁に囲まれた壮麗なホールに至ると、男女の使用人が左右に整列して俺たちを出迎えた。


「――お帰りなさいませ、お嬢様」


 彼らは声を揃えて挨拶してきたが、ルミネラは何の返事もせずにホールを通り抜け、その先にあった螺旋階段を足早に登ってゆく。

 俺も少しばかり遅れて彼女を追い、二階へと至った。


「……まずは、伯母様へご挨拶よ」


 ルミネラは振り返らずにそう言って、廊下を真っ直ぐ進んでゆき、やがて、突き当りの部屋の前で立ち止まった。

 ドアの脇には、白いシャツに革の吊りズボンという出で立ちの少年が、大きなあくびをしながら立っていた。

 栗色の髪をしたその少年は、ひどく小柄で、年は十五にも満たぬように見えた。

 くりくりとした、大きな黒目がちの瞳と、透き通るような白い肌の持ち主である。

 しばしの間、俺は少年に目を奪われていたが、それは彼の愛らしさのためではなかった。

 その小さな肩に、鉄塊と言っても差し支えないほどの、馬鹿でかい大剣を担いでいたためである。

 その長さと幅は、優に少年の体躯を上回っており、俺でさえまともに振り回せないような代物と言えた。


「……よう、お帰り」


 少年は、ひどく親しげな口調でルミネラに声をかけた。


「私の留守の間、何か変わったことは?」


「……特になかったよ」


 少年は気だるそうに答え、それから視線を俺に移したが、すぐにそっぽを向いた。


「……ところで、あんた、いつまでその兜を被ってるつもり?」


 ルミネラが突き刺すような眼差しを向けてきたので、俺は兜を脱いで脇に抱えた。

 それから、彼女は静かにドアを二回ノックする。


「――伯母様、ただ今帰りましたわ」


 少しばかりの間を置いて、内側からドアが開く。

 中から姿を見せたのは、純白のドレスを身にまとった、長身の美しい女だった。

 彼女は俺に一瞥をくれたのち、ルミネラを強く抱きすくめ、その頬に情熱的な接吻をした。


「――お帰りなさい、私の可愛いルミネラ。良くやったわ」


 やがてルミネラから体を離した女は、ゆっくりと俺に向き直ると、貴婦人のようにドレスの裾を持ち上げ、恭しく頭を下げた。


「あなたが聖者様ね。私がブエタナ・バルボロよ」


 遂に対面した“ポリージアの聖母”は、俺の想像とはかけ離れた容姿をしていた。

 二十歳を超えた姪がいるとなれば、せいぜい若くとも四十過ぎと見積もっていたが、実際に目にしたブエタナは、ルミネラの姉と言っても通用するほど若々しかった。

 小麦色の瑞々しい肌には、ほとんど皺は見受けられない。

 髪は黒く艶やかで、美しく直線的に伸びた眉は、意志の強さを表しているかのようだった。

 鼻はほっそりと高く、いくぶん膨れ上がった唇は、薄い桃色を帯びている。 

 どこかまぶしげに細められた瞳は、豊かな海のように青く澄み渡り、口元には、“聖母”の二つ名にふさわしく、気品と慈愛に満ちた微笑をたたえていた。


「……ケンゴーだ。よろしく頼む」


 そう言って会釈をすると、ブエタナは離れて立っていた少年を手招きした。


「あなた、聖者様に挨拶はしたの?」


 ブエタナが尋ねると、少年は首を横に振り、それから俺の元へと近づいて来た。


「……俺はレジィ。あんたと同じ用心棒だ」


 少年は馴れ馴れしい口調でそう言うと、こちらに右手を差し出してきた。

 俺は仕方なく握手に応じたが、同時にドキリとさせられた。

 少年の手は、小さく硬く、そして桁外れの握力を有していたのである。


「この仕事に関しては、一応、先輩ってことになるけど、まあ、その辺は気楽にやってこう。よろしく」


 少年は、真っ白な歯を剥き出しにして、俺に微笑みかけてきた。

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