5.旅支度
翌朝、俺はルミネラとギルドで待ち合わせをし、ユーディエの立会いのもと、正式に依頼契約を結んだ。
「……ギルドの一職員が、こんなことを口にするのもどうかと思いますし、戯言と聞き流していただいて構わないのですが」
滞りなく手続きを終え、ルミネラが先に席を立ったのを見計らい、ユーディエはそう前置きをした上で、胸中を打ち明けてきた。
「この依頼に関しては、手放しでお勧めできないというか、ひどく嫌な感じがするのです。ルミネラさんが本当に“ポリージアの聖母”の姪なのかも、真実かどうか、定かではありませんし……」
彼女の苦言はもっともだが、それは元より承知の上だった。
俺だって、何も好き好んで“バルボロ一家”と関わり合っているわけではない。
ただ、彼らの後ろ暗い事情を嗅ぎ取ってしまった以上、そう易々と引き下がるわけにはいかなくなったというだけだ。
(――連中をこのまま野放しにしておけば、のちにとんでもないことになるだろう)
俺の直観は確かにそう告げていたし、それは決して無視できないものだった。
* * *
ルミネラとは、ポリージアへ発つのは翌日の朝と約束していた。
従って、出発までは、まだ丸一日近くの猶予がある。
そこで、ギルドを出た俺は、手始めに町の武具屋へ向かった。
用心棒を請け負う以上、いかなる類の危険も想定し、相応の装備を整えておく必要があったからだ。
俺は武具屋の老主人と交渉し、間に合わせの安物の革鎧――ありふれた魔物討伐の依頼をこなすために買ったものだ――を下取りに出し、インゴル鋼の兜と鎧一式を購入した。
兜は無論、頬の傷を隠せるフルフェイス式のものである。
インゴル鋼は、軽さと耐久度の両方を考慮した場合、ほかのどんな金属にも勝る、優れた合金だった。
値段こそ張るが、魔術耐性にも秀でるインゴル鋼の防具は、かつての戦場の供でもあった。
武器は、小回りの利く片手剣しか所持していなかったので、両手持ちの大剣と投擲用のナイフを数本、新たに買い揃えた。
無論、世のいかなる刀剣よりも軽く、刃こぼれの心配さえ要らぬ“血の刃”こそ、俺にとっては至高の得物だが、さすがにそれを使うことは避けねばならない。
武具屋の次は道具屋を回り、緊急時を考慮して“移転の門”や“治癒”の魔術が封じられた巻物を買い込み、余った少額の金は薬草類に回した。
お陰で、手持ちの金はほぼ尽きてしまったが、さして気に留めなかった。
用心棒の仕事は、住み込みで三食つきとの話だったので、食うに困る心配はない。
とにかく、これでひとまず準備完了である。
最後に足を運んだのは、今ではずいぶんと馴染みになった、ミードの村だった。
俺はテモンとシナム一家の元を訪ね、「ヴリド爺さんとの約束を果たすため、ポリージアに向かう。当分の間、帰って来れないと思うが、心配は不要だ」と伝えた。
それからシナムの幼い息子に、町で買ってきた木彫りの騎士の玩具を手渡し、頭を撫でてやった。
消息を絶った娘たちの家族の家々は訪ねなかったが、それは必要以上の期待を抱かせたくないという、俺なりの配慮だった。
(ルミネラの口ぶりから察するに、最悪の場合も想定しておかなくてはならぬ)
それが最終的に達した結論だが、家族に伝えるには早計であり、無論、俺としてもそんな結末はご免だった。
彼女たちが、五体満足で生きている可能性を信じるほかない。
とにかく、これでやり残したことはなくなったので、俺はテモンとシナム一家と夕食を共にしたのち、ツヴェルナの安宿に引き返し、早々に床に就いた。
* * *
「……あら、せっかくの男前な顔を隠しちゃうだなんて、残念だわ」
翌朝、約束の時間に落ち合ったルミネラは、インゴル鋼の防具で全身を固めた俺を見て、開口一番にそう言った。
ポリージアには、ルミネラの用意した馬車で向かう算段になっていたが、道中何が起こるか分かったものではない。
完全武装はそのためだった。
「それじゃ、行きましょう」
ルミネラに促され、俺は彼女に続いて馬車へと乗り込んだ。
かつて戦場に向かう際、幾度となく味わわされた、あの全身がひりつくような感覚を思い返しながら。