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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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5.旅支度

 翌朝、俺はルミネラとギルドで待ち合わせをし、ユーディエの立会いのもと、正式に依頼契約を結んだ。


「……ギルドの一職員が、こんなことを口にするのもどうかと思いますし、戯言と聞き流していただいて構わないのですが」


 滞りなく手続きを終え、ルミネラが先に席を立ったのを見計らい、ユーディエはそう前置きをした上で、胸中を打ち明けてきた。


「この依頼に関しては、手放しでお勧めできないというか、ひどく嫌な感じがするのです。ルミネラさんが本当に“ポリージアの聖母”の姪なのかも、真実かどうか、定かではありませんし……」


 彼女の苦言はもっともだが、それは元より承知の上だった。

 俺だって、何も好き好んで“バルボロ一家”と関わり合っているわけではない。

 ただ、彼らの後ろ暗い事情を嗅ぎ取ってしまった以上、そう易々と引き下がるわけにはいかなくなったというだけだ。


(――連中をこのまま野放しにしておけば、のちにとんでもないことになるだろう)


 俺の直観は確かにそう告げていたし、それは決して無視できないものだった。



 *   *   *



 ルミネラとは、ポリージアへ発つのは翌日の朝と約束していた。

 従って、出発までは、まだ丸一日近くの猶予がある。

 そこで、ギルドを出た俺は、手始めに町の武具屋へ向かった。

 用心棒を請け負う以上、いかなる類の危険も想定し、相応の装備を整えておく必要があったからだ。


 俺は武具屋の老主人と交渉し、間に合わせの安物の革鎧――ありふれた魔物討伐の依頼をこなすために買ったものだ――を下取りに出し、インゴル鋼の兜と鎧一式を購入した。

 兜は無論、頬の傷を隠せるフルフェイス式のものである。


 インゴル鋼は、軽さと耐久度の両方を考慮した場合、ほかのどんな金属にも勝る、優れた合金だった。

 値段こそ張るが、魔術耐性にも秀でるインゴル鋼の防具は、かつての戦場の供でもあった。


 武器は、小回りの利く片手剣しか所持していなかったので、両手持ちの大剣と投擲用のナイフを数本、新たに買い揃えた。

 無論、世のいかなる刀剣よりも軽く、刃こぼれの心配さえ要らぬ“血の刃”こそ、俺にとっては至高の得物だが、さすがにそれを使うことは避けねばならない。


 武具屋の次は道具屋を回り、緊急時を考慮して“移転の門”や“治癒”の魔術が封じられた巻物(スクロール)を買い込み、余った少額の金は薬草類に回した。

 お陰で、手持ちの金はほぼ尽きてしまったが、さして気に留めなかった。

 用心棒の仕事は、住み込みで三食つきとの話だったので、食うに困る心配はない。

 とにかく、これでひとまず準備完了である。


 最後に足を運んだのは、今ではずいぶんと馴染みになった、ミードの村だった。

 俺はテモンとシナム一家の元を訪ね、「ヴリド爺さんとの約束を果たすため、ポリージアに向かう。当分の間、帰って来れないと思うが、心配は不要だ」と伝えた。

 それからシナムの幼い息子に、町で買ってきた木彫りの騎士の玩具を手渡し、頭を撫でてやった。

 消息を絶った娘たちの家族の家々は訪ねなかったが、それは必要以上の期待を抱かせたくないという、俺なりの配慮だった。


(ルミネラの口ぶりから察するに、最悪の場合も想定しておかなくてはならぬ)


 それが最終的に達した結論だが、家族に伝えるには早計であり、無論、俺としてもそんな結末はご免だった。

 彼女たちが、五体満足で生きている可能性を信じるほかない。

 

 とにかく、これでやり残したことはなくなったので、俺はテモンとシナム一家と夕食を共にしたのち、ツヴェルナの安宿に引き返し、早々に床に就いた。



 *   *   *


 

「……あら、せっかくの男前な顔を隠しちゃうだなんて、残念だわ」


 翌朝、約束の時間に落ち合ったルミネラは、インゴル鋼の防具で全身を固めた俺を見て、開口一番にそう言った。

 ポリージアには、ルミネラの用意した馬車で向かう算段になっていたが、道中何が起こるか分かったものではない。

 完全武装はそのためだった。


「それじゃ、行きましょう」


 ルミネラに促され、俺は彼女に続いて馬車へと乗り込んだ。 

 かつて戦場に向かう際、幾度となく味わわされた、あの全身がひりつくような感覚を思い返しながら。

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