4.危険な駆け引き
ヴリド爺さんの家をあとにしたのち、俺は村中を回って聞き込みを行った。
その結果、いくつかの新しい事実が浮き彫りとなった。
まず、ポリージアに出稼ぎに行ったまま消息を絶った者は、ヴリド爺さんの孫娘ルマを含めて全部で五名。
いずれも、十代半ばから二十代の娘ということだった。
彼女たちは幼馴染みで大層仲が良く、そのうちの一人が、“ブエタナの経営する食堂で、住み込みで働くウエイトレスを募集している”という噂を聞きつけ、ほかの四人を誘ったという経緯らしい。
彼女たちの家族は、初めのうちこそ反対していたものの、衣食住の保証もある上、五人一緒という安心感にも後押しされ、最終的には出稼ぎを許可したという。
五人の娘の名前と外見的特徴は控えたので、その食堂とやらに行けば、すぐに解決するではないかと思ったが、よくよく聞いてみると、話はそれほど単純ではなかった。
ヴリド爺さんをはじめ、彼女たちの家族は、その食堂の名前も、どこにあるのかも、何一つとして知らされていなかったのである。
こうなると、そもそもウエイトレスの募集自体、真実であったのかどうか、疑ってかかるべきだろう。
ミードの村では、これ以上の進展は望めなそうなので、俺はひとまずツヴェルナの町へと引き返した。
(――やはり、ルミネラに探りを入れてみるしかあるまい)
しばしの間、安宿のベッドに寝転んで考え続けたが、それ以外に有効な手立ては思い浮かばなかった。
だが、あの女が何でも開けっ広げに話すとは到底思えない。
従って、やり取りには細心の注意が必要となるだろう。
* * *
その日の夕方、俺はルミネラの滞在する<金の風見鶏>亭へと足を運んだ。
<金の風見鶏>亭は三階建ての豪勢な宿で、基本的には貴族しか客に取らない、一見さんお断りの老舗である。
受付けの若い女に、ルミネラを呼んで欲しいと伝えると、彼女は怪訝な顔をした。
俺のような身なりの人間がこの宿を訪ねるのは、おそらく珍しいことなのだろう。
それでも、女は渋々立ち上がり、やがてルミネラを伴って戻って来た。
「……あら、早速来て下さったのね」
ルミネラは、例のごとく、いやに近しい距離まで寄ってきて、囁くようにそう言った。
「こちらにわざわざやって来たということは、今回の依頼、受ける気になったということかしら?」
俺はその質問に答えず、「どこか静かな場所で話したい」とだけ伝えた。
するとルミネラは、三階にとってある自分の部屋に来るよう誘ってきた。
ルミネラの宿泊している部屋は、俗悪な金満趣味の見本市のようだった。
けばけばしい真鍮のシャンデリア、お姫様の寝床のような天蓋付きベッド、巨大な灰色熊の敷き皮――目にする者を圧倒するために作られた、実用性よりも装飾性に重きを置かれた家具や調度品が、部屋中に溢れ返っている。
俺は一刻も早くこの場を立ち去りたいという気持ちを抑え、ルミネラに促されるまま、彼女と向き合うかたちで、赤いビロードのソファに腰を据えた。
「……依頼については、前向きに検討しているが、一つだけ気がかりなことがある」
俺がそう切り出すと、ルミネラはぴくりと眉根を動かし、窺うような一瞥をくれた。
「本当に、あれほどまでの報酬を支払う財力があるのか、それがどうも引っ掛かっていてな。少々質問をしたい」
「……聖者なんて呼ばれてる癖に、頭の中はお金のことでいっぱいなのね」
ルミネラはそう言うと、声を上げて笑い始めた。
「それじゃ、あなたが重ねてきた無償の善行には、どういう意味があったのかしら?」
その謎かけに対し、俺は意味ありげな沈黙で応じた。
すると、ルミネラは少しばかり身を乗り出し、悪戯っぽい声で尋ねてきた。
「……まさか、美談を世にまき散らし、金儲けの種でも蒔こうとしていたわけ?」
「何事にも、先行投資は必要だ」
俺はそう言って、共犯者めいた視線をルミネラに向けてやった。
「お陰で、お前たちのような金持ちが釣り針にかかった」
ルミネラは俺の返答を気に入ったのか、ますます大きな笑い声を上げた。
「あなたみたいな人となら、上手く仕事がやれそうだわ。それで、質問というのは何?」
「……あんたたちが成功を収めたという事業について、詳しく聞かせてもらいたい。ずいぶんと羽振りが良いみたいだからな」
「飲食業と宿泊業って教えたはずよ」
ルミネラはぶっきらぼうな口調で答えると、目の前のテーブルに置かれた飲みかけのワイングラスに手を伸ばし、一口ばかりそれをすすった。
「……それが事実なら、哀れな田舎者の娘たちは、一体どこに消えたのだろう? 果たして、本当にウエイトレスとして働いているのだろうか?」
頃合いと思って揺さぶりをかけてみたが、どうやら少々度が過ぎていたらしい。
ルミネラは叩きつけるようにグラスをテーブルに置くと、射抜くような目でこちらを睨んだ。
「――あんた、私たちの一家の“ビジネス”について何か知っていると、そう言いたいわけ?」
「さて、どうだろうな」
俺はとぼけた口調でそう返し、できる限りの笑みを浮かべてみせた。
「俺はあんたが思ってる通り、金のことしか頭にない人間だ。だから、あんたたちの“ビジネス”とやらに、少しばかりあやかりたいと考えていてね」
「……小物の分際で、私たちを強請ろうってわけ? もしそんな風に考えてるのなら、全くのお門違いよ。あんたは、何も分かっちゃいないんだから」
完全に、バルボロ一家は“黒”だ――俺は、今のルミネラの発言で、はっきりとそれを確信した。
今までの会話の流れを整理すると、「消息を絶った娘たちは、バルボロ一家の“ビジネス”に深く関与しており、ともすればその事実は、強請りの種になり得る」ということになる。
その“ビジネス”とやらがどんな内容かは定かでないが、お世辞にも手放しで称賛できるものでないことは確かだった。
「落ち着けよ。あんたらしくない」
そう言ってやると、ルミネラはしばしの間黙り込んだ。
彼女が失った冷静さを取り戻すだけの間を置いて、俺はこう続けた。
「俺もいつか、自分でビジネスを手がけるのが夢でね。そのために、上手くやっていく秘訣やからくりを、あんたたちから教えてもらいたいと思っていたのだ。それに、一つ言っておくが、俺にだって分別はある。あんたたちを敵に回すほど、愚かではない」
「……なるほど、それがお望みだったわけね」
ルミネラは呟くようにそう言うと、再びグラスを手に取り、残っていたワインを一気に飲み干した。
「そういうことなら、まずはしっかり用心棒の役目を果たさないといけないわ。それで伯母様があなたに満足すれば、秘密を知るチャンスは巡ってくるかもしれない」
「……伯母様ではなく、あんたが教えてくれたって、俺は別に構わないが」
「――そんなこと、できるわけないでしょ」
ルミネラは、にべもなくそう言った。
つい先ほどまでの威勢の良さはなりを潜め、子犬のように怯えた目をしていたのを、俺は決して見逃さなかった。
どうやら彼女が、“伯母様”の強い支配下に置かれていることは間違いないらしい。
「……とにかく、これで交渉は成立ってことね?」
俺は黙ってうなずいた。
乗りかかった舟であり、もはや容易に引き返せない地点まで来てしまったことは、火を見るよりも明らかだった。