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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第二章:暗黒街の用心棒
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2.ポリージアの聖母

 俺たちが席に着くなり、ルミネラは静かな声で話し始めた。


「私は普段、ポリージアで暮らしているのだけど、“傷跡の聖者”の噂は、私たちのところまで聞こえてきた。だからこうして、はるばる足を運んだというわけ」


 ポリージアと言えば、ツヴェルナからさらに南進した先にある大きな港町である。

 レヴァニア王国内では、知らぬ者は誰もない、五本の指に入る大都市だった。


「……ところで、用心棒の仕事だと聞いたが」


 こちらからそう切り出すと、ルミネラはゆっくりとうなずいてみせた。


「ええ、そうよ。ただ、護衛してもらいたいのは、私ではなく、私の伯母なの。伯母は、少々名の知れた篤志家でね」


「……ルミネラさんの姓は、バルボロと仰っていましたよね。もしかして、その伯母様というのは、“ポリージアの聖母”のことでしょうか?」


 ユーディエが驚いたような口調で尋ねると、ルミネラは控え目な笑みを浮かべ、お察しの通りよ、と答えた。


「“ポリージアの聖母”をご存じありませんか?」


 ユーディエがそう訊いてきたので、俺は首を横に振った。


「“ポリージアの聖母”ことブエタナ・バルボロ様は、偉大な慈善家です。戦によって住処を失った人々や、生活に困窮している人々を、自分の屋敷に招いて食事を振る舞ったり、仕事の斡旋などをされているのです」


「……だが、用心棒が必要となると、それ相応の理由があるはずだ。名の知れた篤志家が命を狙われているとならば、なおのこと」


 疑問を投げかけると、ルミネラはいくぶん神妙な面持ちになった。


「伯母は慈善事業以外にも、いくつかの事業を手がけて成功を収めているの。飲食業や宿泊業、まあそんなところね。要するに、伯母は敵をつくりやすい立場にあるってわけ」


「……しかし、それだけで命の危機に晒されるものだろうか?」


「ポリージアは、国中から大勢の人間が集まる町よ。中には、すぐに暴力に訴えようとする、鼻持ちならない輩もいるってわけ。ところで、あなたは “ガルノガ一家(ファミリー)”についてご存知かしら?」


 俺はまたも首を横に振った。

 これまで気にしたことはなかったが、戦にばかり明け暮れていたせいだろう、どうやら世情には疎い性質らしい。


「“ガルノガ一家”は、古くからポリージアに根付くやくざ者の集まりで、縄張り意識がいやに強いの。彼らは伯母に法外なみかじめ料をふっかけてきたから、まあ、当然跳ね除けてやったのだけど、その件をきっかけに、勝手に逆恨みを始めてね。新参者で成功者でもある伯母を、目の上のたん瘤だと考えてるってわけ。全く、迷惑な話よ」


「……事情は理解した。それで報酬は?」


 尋ねると、ルミネラは共犯者を見るような視線を向けてきた。


「規定の指名料に加えて、一日でエギゼル金貨七枚。ただし、最初の一週間は試用期間として、その半額でお願いできればと考えているわ」


 あまりの報酬の高さに、俺は自分の耳を疑った。

 それは横に座っていたユーディエも同じらしく、彼女は驚きを隠せないと言わんばかりに、両手で口元を覆っていた。

 一般的な市民は、エギゼル金貨十枚もあれば、ひと月の生計を立てられる。

 それに近い額を一日で稼げるとなれば、あまりに虫のいい話ではないか。

“ただより高いものはなし”とはよく言うが、不自然なほど報酬が高いのも考えものである。

 怪しまないわけにはいかなかった。

 

「でも、試用期間での働きぶりに問題があれば、残念ながら、依頼はその時点で打ち切りにさせてもらうわ。もちろん、そのような心配はしていないけれど」


 ルミネラはそこで言葉を切ると、たっぷりの間を置いてからこう続けた。


「――それで、お返事は?」


「……考えておこう」


 ひとまず、俺はそう答えておいたが、ルミネラは気に食わなかったのだろう。

 ほんの一瞬、その瞳に獲物を狙うハンターのような鋭い光が宿ったのを、俺は見逃さなかった。


「どこか不満な点があったのかしら? よろしければ、是非ともお聞かせ願いたいわ」


「……生憎、今のところは金に困っていない。それに俺は、根っからの気分屋でね」


 そう言ってやると、ルミネラは呆れたように小さな笑い声を上げた。


「――では、もう少しばかり様子を見させていただくわ。私は当分の間、この町に滞在するつもりでいるの。その気になったら、すぐにこちらへいらして」


 ルミネラはそう言って、小さな紙片を差し出した。

 そこに記された宿泊先の住所は、貴族を相手に商売する、この町で最も高級な老舗宿だった。


「――聖母に聖者。ピッタリの組み合わせだと思うのだけれど。とにかく、良いお返事を期待しているわ」


 そんなセリフを置き土産に、ルミネラは意味ありげな微笑と共に席を立った。

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