18.傷跡の聖者
「――準備は整った。手合わせ願おうか」
ゴグリガン総長に告げると、仲間たち、王とその護衛一行は慌ただしく処刑台を下り、俺と総長の二人だけが取り残された。
刹那、一陣の風が吹き、獅子の鬣のごとき金色の総長の頭髪が、ゆらりと揺れた。彼の瞳には、炯々たる眼光が煌めている――。
「――行くぞ、イーシャルッ!!!!」
峻烈なる気迫を宿した声で言いながら、総長は右手に握った剣の刀身を、左手でサッと撫でた――と、次の瞬間、その刀身が激しい電光を帯び始めた。
“雷の魔術効果付与”が発動したのである。
次いで、総長は剣を大上段に構えるなり、左足を一歩、ゆっくりと前へ送った。
一方、俺は剣を構えず、両手をだらりと下にさげた自然体である。
互いの間には、未だ十メートルほどの距離があった。
(――俺の体力は長く持たぬ。早期に雌雄を決せねば、敗北は必定)
覚悟を決めると同時に、総長が獅子のごときしなやかな足捌きで駆け出し、一挙に間合いを詰めた。
「――行くぞッ、総長!!!!」
俺もまた、駆けながらに吼えた。
刹那、俺はほぼ無意識のうちに、左手に携えた聖剣の刀身を、右掌で力強く握っていた――と、次の瞬間、刃が掌にのめり込み、真っ赤な鮮血が零れ出す。
「――血よッ!!!! 剣となって我が右手に宿れッ!!!!」
叫ぶや否や、右掌の傷口に光の魔素が集い、それは煌めく白光を放つ剣の形状へと収束した。俺は光の剣の柄を、力強く握り締める。聖剣との二刀流だった。
「――断じてあり得ぬ。魔術属性が変化しただとッ!?」
そう声を上げたのは、国王ソンバーニュ五世だった。
「――あれは“血躁術”ならぬ、“血聖術”……!?」
続いてレジアナスが声を張り上げた。
……そう、俺は聖剣で己の心臓を貫いたその直後から、体質に変化が生じ、光の魔素を感じ取ることが可能となっていたのだ。言わずもがな、光の魔素を感じ取れることは、聖光魔術の使い手の第一条件である。ゆえに俺は、己の直感に従って、“血躁術”ならぬ“血聖術”を詠唱したのだった――。
「――無駄だッ!!!!」
唸る雷光を帯びた、大上段からの峻烈なる一撃が、俺の脳天に迫った――が、俺は即座に二刀を交差させ、刃と刃の間で、しっかと総長の一撃を受け止める。
直後、その衝撃で、処刑台が激しく軋む――。
(――生きる。生きるのだ。俺は生きてゼルマンとの誓いを果たすッ!!!)
己を叱咤しながら、俺は腹の底から吼えた。
「――うおおおおおおおおおおおおおーーーーーッ!!!!!」
腕がちぎれる――そう思えるほど、めいっぱい剣に力を込めて押し返すと、総長はその勢いを利用し、一挙に後方へ跳び退がった。
刹那、総長は宙を薙ぎ、電撃を伴った剣風が、一直線にこちらへ向かって来る――。
しかし、俺は迷うことなく前へ前へと駆けた。不断の修練で鍛えた己の技をただ偏に信じたのである。信じて、光の剣を頭上から振り抜き、眼前に迫った剣風を、唐竹割で霧消させた。
同時に、互いに剣の間合いに入り、俺は左手の聖剣で横薙ぎの一閃を放つ――が、総長は目にもとまらぬ速さでそれを受け止める。
――だが、そのとき既に、俺が右上段から振るった光の刃は、総長の左肩に深々と喰い込んでいた。
「――はああああああああッ!!!!」
そのまま光の剣を一直線に振り下ろし、存分に斬撃を浴びせると、総長はがっくりとその場に跪いた――が、彼は完全に無傷だった。まとった黄金の胸当てが、木っ端微塵に砕けたのみである。
「――右手に宿るこの剣は、俺の意思そのもの。断じて殺生はせぬッ!!!!」
そう告げると、総長は我に返ったような表情で、俺の顔をじっと見た。次いで俺は、光の剣を捨て、総長に向かって右手を差し出した。
「……さあ、総長、俺の手を取り、そして立ち上がるのだ。いがみ合う者たちが手を取り合うことで、人々はまた違った明日を想い描けるようになる」
そう言葉を継ぐと、総長は俺の手をとり、清々しく微笑んでみせた。
「――イーシャル、及びもつかぬ男よ」
言いながら、総長が立ち上がると、押し黙っていた人々は歓声を爆発させた。
今や、数え切れないほどの人々が、口々に俺の名を叫んでいる――。
「――きずあとの、せいじゃ!!!!」
その中でも、一際大きな声を上げていたのは、ほかでもない、ケンゴー少年だった。俺は彼の青く透き通った瞳を見て、心に誓った。
(――彼の瞳が、曇ることのなき世を、俺は築いてゆこう)
誰もが傷つけ合うことのない世界。困ったときは、当たり前のように、人々が互いに肩を貸し合う世界。子どもたちが、ただ笑って毎日を過ごせる世界――俺が築きたい世界の在り様が、色鮮やかに、ありありと脳裏に描かれていた。
(――そうした世界を築いてみせる。己の一生を懸けても!!!!)
なぜなら、それが“傷跡の聖者”の役目なのだから――。
“傷跡の聖者”を最後までお読み下さった皆様、本当にどうもありがとうございました!!
連載終了まで、約四年もの歳月を要してしまいましたし、至らぬ点も多々あったかと存じます。
それでも、自分なりにベストを尽くし、ここまでたどり着くことが出来たのは、ひとえにたくさんの読者の皆様に温かく見守っていただけたお陰です。
この物語は、読者の皆様と共に紡いだ作品であると、作者は腹の底から感じております。
改めまして、本日まで“傷跡の聖者”を応援いただき、本当にどうもありがとうございました!!
作者イエニー・コモリフスキより愛を込めて




