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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
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~英雄たちのその後1~ ガンドレールの秘密の日記

 今回のお話は、暗黒魔導士ゼルマンドを討ちし英雄の一人、“レヴァニアの鷹”こと若き騎士団長、ガンドレールの視点で進行します。


 軍議ばかりの一日を終え、兵舎の自室に戻ったのは、ちょうど夕暮れどきだった。

 窓の外には、血に染まったような不気味に赤い夕陽が見えた。


「……イーシャル」


 書き物机の前に置かれた椅子に腰かけ、僕はぽつりとその名を呟く。

 夕食までは、まだ少々の猶予があったので、抽斗(ひきだし)から日記帳を取り出し、羽根ペンを手に取る。

 日記をつけるという行為は、年端も行かぬころ、父上に“手習いのため”と無理に強いられて始めた習慣だったが、今では欠かせないものとなった。


 騎士団内での下らない権力争いや、嘘にまみれた社交界に身を置く僕にとって、本心をさらけ出せる機会など、この日記のほかにはそうそうありはしない。

 ささやかな解放感を味わいながら、僕は夢中になってペンを滑らせ始めた――。



 *   *   *



 ――君は一体、どこに姿を消したのか?

 ――君を逃した黒いローブの男たちは、何者だったのか?


 最近は、そんなことばかりが、四六時中、頭の中を駆け巡っている。


 ――君を救い出す役目は、この僕が担うべきだった。


 今になって、改めてそう思う。

 でも、意気地なしの僕は、何の行動も起こすことができなかった。

 レヴァニア王国の騎士団長という責任。

 名門カルソッテ伯爵家の長男という重圧。

 僕は、それらにがんじがらめにされ、ただただ瞳を曇らせていた。

 自分が何を望み、どう振舞うべきかを、完全に見失っていたのだ。


 だが、何よりも重要なのは、君が死を免れたという事実。

 つまり、僕たちは今の瞬間も、同じ世界の空気を吸い、同じ大地を踏みしめているのだ。

 そう思うだけで、僕の胸は燃えるように熱くなる。


 イーシャル。僕の愛しい人。

 肩書も家名も、全てを捨てて君を助け出し、心のうちに溢れる想いをぶつけていたら、果たして、君はそれを受け止めてくれただろうか?

 もちろん、今さらそんな“もしも”を考えたところで、何の益もないということはわかっているけれど。


 だが、僕はこう思わずにはいられない。

 君に死刑宣告が下されたのは、二人に与えられた愛の試練だったのではないか、と。

 それなのに、ガンドレールよ、お前は何をしていた?

 毎朝毎晩、赤ん坊のようにベッドに横たわり、ただ泣き喚いていただけではないか。

 こんな男が“レヴァニアの鷹”など、聞いて呆れる。これでは、雀の雛以下だ。

 ああ、何という軟弱さ!! 何という愚かしさ!!

 一度は、君の罪の片棒を担いだ身だ。なぜ、二度目はそれができなかったのか?

 そして何よりも、父上の拷問にも等しいしごきに耐え、あまたの戦場を駆け巡り、これほどまでに磨き上げてきた剣の腕を、なぜ活かそうと思わなかったのか?

 愛しい君を救い出すため、僕は己の全てを賭して立ち向かうべきだった。

 子どものころ、母上が聞かせてくれた騎士道物語に登場する、あの英雄たちのように。


 思い返せば、どの物語でも、勇敢な騎士と彼が見初めた姫君は、必ず結ばれる運命にあった。

 今では僕は、奇しくも本物の騎士となったわけだけれど、それは君というお姫様と永遠を誓い合うための必然だったと思いたい。

 もちろん、僕以上に逞しい肉体の持ち主である君をお姫様呼ばわりするのは、ちょっとばかり滑稽かもしれないけれど。


 それはそうと、母上は昨日も手紙を送りつけてきた。

 内容はまたしても、見合いの勧め。

 先月帰省したとき、その気はないとあれほどまで強く言ったのに、本当に懲りない人だ。


 ――僕が愛と忠誠を誓っているのは、イーシャルに対してだけ。


 母上にそう説明できれば、どれだけ心が楽になるだろう。

 だが、それは断じて許されない。

 母上は、僕を深く愛してくれているけれど、それと同じくらい、カルソッテの家名を重んじているからだ。


 ――息子の想い人は、卑しい生まれの人間。それも“男”。


 その事実を知ったら、母上は僕を殺した上で、自ら命を絶つだろう。

 そういう人なのだ。


 とにかく、目下の問題は、いかにして君と再び巡り会うかだ。

 そればかりが気にかかって、日々の職務も剣術の鍛錬も、まるで身が入らない。

 おまけに、明日からはまた遠征だ。

 ゼルマンド軍の残党狩りなどという下らぬ仕事のために、どうしてこの僕が直接出向かなくてはならないのだろう?

 君のいない戦場なんて、もはや額縁だけの絵画のようなもので、露ほどの価値もない。


 ――そう、君のいない人生など、僕にとっては何の意味もないのだ。


 だから、この遠征が終わったら、僕は“お尋ね者”となった君の捜索の任を、自ら買って出るつもりでいる。

 もう二度と、君との関係において、一切の後悔をしたくないから。

 そのために、利用できるものは何でも利用するのだと、僕は覚悟を決めた。

 この騎士団長という立場さえも、今ではただの道具に過ぎない。


 ああ、愛しい僕のイーシャル。

 再び巡り会える日まで、どうか元気で生き続けて欲しい。

 この命に代えても、必ず君を見つけ出してみせるから。



 *   *   *



 僕はそこで羽根ペンを置いた。

 心のうちを日記に吐き出したことによって、ここ最近の鬱屈とした気持ちも、少しは和らいでいた。

 だが、強くイーシャルを想い過ぎたせいだろう、身体に鈍い疼きを覚えた。

 こんなときは、人目を忍んで夜の街に繰り出し、男娼を買うのを常としていた。

 けれども僕は、すぐにその邪念を頭から追い払った。

 イーシャルと再び出会えるまでは、清らかな肉体でいたいと思ったからだ。


(……まるで、乙女の戯言だな)


 己の滑稽さを、僕は声に出して小さく笑った。

 だが、その下らない戯言にさえすがりたいと考えてしまうのも、嘘偽りのない真実の心だった。

 次回より、新章突入です。乞うご期待!!

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― 新着の感想 ―
アッーーー!
[一言] 中世だから同性愛もアリなのかね
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