17.決闘裁判
「……王よ、一つ提案がある」
考えに考え抜いた末、俺はそう切り出した。
「お互いに引けぬ状況なればこそ、“決闘裁判”で片をつけようではないか」
決闘裁判――それは解決の糸口が見えぬ争いを、命を懸けた決闘の結果に委ねるという一種の“神判”である。その根底に在るのは、『神は正しい者に味方する』という考えにほかならず、聖ギビニア教会の正式な許可が下りない限り、実現は不可能だ――が、幸いにも、今この場には総主教が居る。
現総主教は争いを好まぬゆえ、過去五十年あまり、一度も決闘裁判が許された例はなかったと聞くが、彼が首を縦にさえ振れば、その実現は可能となるのだ――。
(双方の全面的な武力衝突を避け、且つ俺自身が生き抜くには、決闘裁判に勝つ。これしか道はあるまい)
これこそが、俺の辿り着いた結論だった。
俺は仲間たちの顔を順繰りに見やったが、代案がある者はいない様子で、反対の声は一つも上がらない。当然ながら、王都を血の海にしたくないという想いは、皆同じなのだ。
「……して、総主教様、ご判断は如何に?」
俺が伺いを立てると、総主教は深々と首肯し、「やむを得ないでしょう」と静かな声で答えた。
同時に、人々の間にざわめきが走る――。
「……こちらにも異存はない。私とて、この王都を進んで荒廃させたいとは思わぬのでな」
長い沈黙ののち、苦虫を嚙み潰したような顔で、国王ソンバーニュ五世も賛同の意を示した。
次いで彼は、ゴグリガン総長の元へと歩み寄り、その肩を叩いて「頼まれてくれるな」と声をかけた。
すると総長は、恭しく跪き、仰せのままに、と応じた。
周知の通り、決闘裁判は、必ずしも原告と被告の両当事者――今回に関して言えば、王が原告で俺が被告ということになろう――が決闘する必要はない。代闘士が認められているのである。
(……やはり“レヴァニアの金獅子”が選ばれたか)
ゴグリガン総長は齢五十を過ぎてなお、未だ王国騎士団内最強との呼び声が高い、一頭地を抜く魔術戦士である。俺自身、ゼルマンド戦役にて、彼が最前線で自ら剣を振るい、数多の敵を屠る姿を目にしてきたのだから、実力に関して疑いの余地はなかった。間違いのない人選と言えよう。
「決闘裁判――確かに賢明な判断かもしれぬ。何せこちら側にも、王国屈指の精鋭が集っているのだからな。して、イーシャルよ、誰を決闘代理人に指名するつもりだ?」
重々しい口ぶりでそう尋ねてきたのは、ディダレイだった。
「あんたなら、俺を指名するはずだよな?」
間髪入れずに名乗り出たのは、レジアナスである。
「……私も覚悟は出来ています」
右の拳を胸に当てながら、イクシアーナが言った。
「私とてそれは同じだ。利き腕は失ったが、火炎魔術の腕は錆びついておらぬ」
続けざまに、ディダレイが堂々たる口ぶりで言った――が、俺は首を横に振った。
「――皆の気持ちは嬉しいが、代闘士は立てぬ。俺自身が戦う」
そう宣言すると、仲間たちの表情は直ちに曇った。
その痩せ細った腕で、まともに剣が扱えるとは思えぬ――まず間違いなく、彼らはそう考えているのだろう。
加えて、決闘裁判は、魔術の使用こそ許可されているものの、当然“暗黒魔術”の使用は禁じられている。従って常識的に考えれば、今の俺にとって、ただひたすらに不利な条件と言えなくもない。
だが、譲る気はさらさらなかった。
俺自身の決闘裁判で、仲間のうちの誰かが命を落とす――想像したくもないが、そんな結末は、ほかでもない俺自身が許容できない。
(――ゆえに、俺自身が戦って勝てば良い)
答えは単純明快だった。あとは皆を納得させばそれで済む話だ――と思った、そのときだった。
「――いけません、イーシャル殿。お願いですから、私をご指名ください」
しゃがれた声で名乗り出たのは、『白き語り部』だった。
彼は馬からひらりと飛び降りるなり、足元に落ちていた一枚の葉を拾い上げ、中空に放った――と、次の瞬間、腰の鞘から剣を引き抜き、葉を膾のごとく斬り刻んでみせた。それは驚くべき早業であり、尋常ならざる腕前というほかなかった。
(……そうか、そうだったのか)
俺はようやく合点がいった。『白き語り部』とは何者なのか、前々から甚だ疑問に思っていたが、今ようやく、その正体を掴んだためである。
――“レヴァニアの鷹”ガンドレール。
共に戦場を駆け抜けた戦友の剣筋を、この俺が見間違えるはずはなかった。ほかの者はおそらく気づいていないのだろうが、『白き語り部』は、間違いなくガンドレールその人だった。
(ガンドレールは俺を密告した張本人だ。ゆえに彼は、俺と顔を合わせられぬと考え、己の顔を火で焼き、別人に成り済まして馳せ参じてくれたのだ。数多の兵まで率いて……)
俺はガンドレールの元へと歩み寄り、その耳元で囁いた。
「――ありがとう、戦友よ。だが、その気持ちだけで十分だ」
刹那、ガンドレールは信じられぬとばかりに小さく頭を振った。
「……こんな私を、未だ戦友と?」
無論だ、と答えると、ガンドレールは両手で顔を覆い、嗚咽を漏らし始めた。一同は俺たちのやり取りを不思議に思っている様子だったが、俺は構わず話を続けた。
「皆は俺を信じ、ここまで駆けつけてくれた。なればこそ、この俺を、最後まで信じ抜いて欲しい。言っておくが、俺は必ず約束を果たす男だ。……そう、俺は是が非でも決闘裁判に勝つ。そして、もう一つ加えておきたいことがある。俺は心臓を貫いてもなお、死なぬ男だ」
俺は断言し、仲間たち一人ひとりの顔を見やった。
「――奇跡ならば、もう一度起こしてみせるとも」
そう締めくくった俺は、王に向かって、「戦うのはこの俺だ」と宣言した。
刹那、ゴグリガン総長はこちらを睨み据え、
「――容赦は一切せぬぞ、イーシャル」
と唸るように口走った――と、そのときだった。
「……イーシャル、聖剣“ラングレス”をあなたに託します」
イクシアーナはそう言うと、ハッという気合の掛け声と共に、手にした聖剣を振るい、俺の手枷についた鎖を両断した。それから彼女はこう続けた。
「必ず生きて戻って、ご自身の手で、私にこれを返してください」
俺はレイニエラの侍従から奪った剣を捨て、イクシアーナが差し出した聖剣を受け取る――と同時に、彼女は俺の背に手を回し、ひしと抱擁した。
「……絶対に、約束ですよ」
彼女は耳元で囁くなり、ゆっくりと抱擁を解き、優しく微笑んでみせた。
案ずるな、俺を信じろ、と俺は答え、次いで聖女から授かった幸運のお守りを見やる。
その刀身は、傷も曇りもただの一つさえ見受けられず、銀色の宝石のごとく荘厳な輝きを放っていた――。




