表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
11/123

11.聖者の目覚め

 国防ギルドにて、立てこもり事件の解決を引き受けた、その約三時間後。

 全ての準備を整えた俺は、テモンの案内で、無事にミードの村へと到着した。

 真っ先に出迎えてくれたのは、テモンの兄、つまりは人質の子の父親だった。

 弟と同様、むらなく日焼けした背の高い男で、シナムと名乗った。


「喜べ、兄者。噂に名高い“傷跡の聖者”様が、直々に依頼を引き受けて下さったぞ」


 テモンがそう説明すると、シナムは深々と頭を下げた。


「本当に、ありがとうございます。ところで、そのお姿から察するに、本業も聖職者様なんですかい?」


 俺は首を横に振ったが、勘違いされるのも当然と言えた。

 なぜなら、俺は本物の聖職者が着用する、純白の祭服を身にまとっていたからだ。

 ツヴェルナの教会に押しかけ、無理を言って借りてきた品である。

 加えて、今日は素顔を隠すための布も巻いていない。

 誰の目にも、聖職者だと映るはずである。


「……いや、俺は単なる流れ者だ。このような姿で参ったのは、少々考えがあってのこと。それより、子どもが心配だ。早く家へ案内しろ」


 そう促すと、シナムは力強くうなずいて駆け出した。

 俺とテモンも、急いでそのあとを追った。



 *   *   *



 ほどなくして、俺たちはシナムの家に到着した。

 干草の屋根に覆われた、粗末な木造の家だった。

 予想通り、家から少し離れた地点に、野次馬の人垣が築かれていた。


「……テモン、例のあれを」


 そう伝えると、彼は上等なパンの入った籠を差し出した。

 こちらも、ツヴェルナの町で買っておいた品である。

 俺は籠を手に下げ、シナムの家の戸口の前に立った。


「……私は、隣町から来た教会の神父だ。少々話がある」


 そう声を張り上げると、たちまち罵声が返ってきた。


「話など聞かん。それ以上口を開いたら、子どもを殺すぞッ!!」


「落ち着け。私はお前を捕まえに来たわけではない」


 俺は諭すように言った。


「子どもがひもじい思いをしているに違いないと考え、食料を持って参ったのだ。もちろん、お前の分もある。受け取ってくれるか?」


 そう尋ねると、少しの間を置いて返事があった。


「……お前、本当に神父なのか? 念のため、姿を見せてみろ」


 言われた通り、俺はゆっくりと玄関のドアを開ける。

 すると、五メートルほど離れた地点に、坊主頭の大男が立っていた。

 岩のように大きな鼻の持ち主で、ユーディエの話していた通り、人間の耳が連なった首飾りを下げている。

 耳は、切り取られて間もないと見えるものから、不気味に青白く変色したものまで様々だった。

 殺気立ち、ひどく血走った眼は、いかにも元傭兵のそれである。

 俺は、目の前の人物が“耳削ぎマリージャ”だと確信した。

 マリージャは、右手に剣を携え、左腕に小さな可愛らしい男の子を抱きかかえている。


「……嘘ではなかったようだな。その籠に入っているのが食料か?」


 俺は質問に答える代わりに、籠からパンを一つ取り出して見せてやった。


「まさかとは思うが、毒を仕込んではいまいな?」


「そんなわけはあるまい」


 俺はパンの端をちぎって口に入れ、ゆっくりと咀嚼してから飲み込んでみせた。


「……では、こちらへ投げろ」


 言われた通りにパンを一つ放ると、それはマリージャの足元に転がった。

 マリージャは抱えていた子をゆっくりと床に下ろし、左手でパンを拾い上げる。

 右手には、しっかりと剣を握ったままだった。

 元傭兵らしく、かなりの用心深さである。


「次は、そちらの子の分だ」


 俺はそう言って、男の子に向かってパンを放った。

 すると、彼はたちまち顔を綻ばせ、それを拾い上げて手のひらで弄び始めた。

 マリージャは、その様子を黙って眺めていた。

 こちらへの警戒は、いくらか薄れているようである。


「――では、もう一ついくぞ」


 俺は、籠に忍ばせていたナイフを取り出し、マリージャの額に向けて投擲した。

 ナイフ投げは、幼いころ身につけた特技の一つである。

 娼館で暮らしていた当時、俺は近所の悪ガキたちと、こぞってナイフ投げの正確さを競い合ったものだった。

 ときに、ナイフ投げは賭けの手段にもなり、俺はそれに勝ち続けた。

 娼館を抜け出す際の路銀を稼ぐことができたのは、ナイフ投げの腕が誰よりも勝っていたお陰だった。


「――図ったなッ!!」


 マリージャは、見事な剣捌きでナイフを弾く。

 その隙に、俺は籠を投げ捨て、相手との間合いを一気に詰めた。


「――貴様ァ!!」

 

 マリージャが左の肩口へ向けて斬撃を放ってきたが、俺は横に跳んでそれをかわし、がっちりと相手の手首を掴んだ。

 随分と甘い太刀筋だったのは、こちらが丸腰だと思い、舐めてかかったせいだろう。


「それで神父など、聞いて呆れる。一体、何者だ?」


「……お前にとっての死神だ」

 

 俺はマリージャの懐に入り込みながら、渾身の力で手首をねじり上げた。

 やがて、堪えきれなくなったマリージャが剣を床に落としたので、俺は前方に倒れ込むようにして、力任せに相手の体を投げ飛ばす。

 すると、マリージャの巨体は、玄関脇の壁板に勢いよくぶち当たった。

 即座に剣を拾い上げた俺は、起き上がろうとしたマリージャの元へ駆けてゆき、その首に向かって、横薙ぎの強烈な一閃を見舞った。


 美味そうにパンを頬張る子どもを抱えて外に出ると、シナムとその妻と思しき女性が、死に物狂いでこちらに駆けてきた。

 地面にそっと子どもを下ろすと、女は大声でわんわん泣きながら、ひしと我が子を抱き締めた。


「……ああ、何てお礼を言ったらいいものか。はした金で、こんな危険な仕事を引き受けて下さって」


 シナムは涙声でそう言って、深々と頭を下げた。


「その通り。あってもなくても変わらぬほどのはした金だ」


 俺はきっぱりとそう告げた。


「だから、そんなものは要らん。その代わり、子どもに何か美味いものでも食わせてやれ」


「……あんたは、間違いなく、本物の聖者だ」


 あとから駆けてきたテモンが、呟くようにそう言った。

 第一章をお読み下さった皆さま、どうもありがとうございました!!

 しかし、この物語は第二章からが本当の幕開けです。

 乞うご期待!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
七人の侍
2024/11/22 01:42 島田勘兵衛
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ