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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
最終章:聖者の凱旋

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3.移ろう冷血(後編)

前回に続き、今回のお話も“冷血”リアーヴェルの視点で進行します。

「――イクシアーナの身に、何かあったのだな?」


 尋ねると、年若い侍女は目を伏せたまま、躊躇いがちに口を開いた。


「……イクシアーナ様は聖騎士団団長の任を解かれ、無期限の謹慎を命じられてしまったのです。そればかりか、いずこに謹慎させられているかも分からないのです」


「……!?」


「加えてレジアナス様、キトリッシュ様も左遷辞令を交付され、遥か遠方の地へとお移りになられました。教会の上層部は各方面からの物議を恐れ、これらの事実を未だ公表しておりませんが……」


 イクシアーナ、レジアナス副団長、キトリッシュ枢機卿――この三人の共通点と言えば、私の知る限り、()()()()()()()()()という点にほかならない。総主教が王国政府に連行された直後に、この三人を排斥するような人事が行われたとあらば、裏で何やら剣呑な事態が持ち上がっているであろうことは明白と言えた。


「――この数日のうちに教会内で何が起きたのか、詳しく事情を教えてくれまいか?」


 私が持ち掛けると、侍女は表情に刻んだ苦悶の色を一層強めつつ、おもむろに話し出した――。



 *   *   *



 侍女の話によれば、イクシアーナ、レジアナス副団長、キトリッシュ枢機卿の三名に対する査問会が執り行われたのは、イーシャルと総主教が王国政府に連行された翌日だったという。


 査問会の名目は、ほとんど言いがかりとしか思えない“フラタル大聖堂の防衛を失敗した責任の追及”というものだった(加えてイクシアーナは、“英雄殺し”騒動の渦中に引き起こした例の脱走事件に対する釈明も求められた)。そしてその結果、三名全員に重大な過失が認められ、先の懲戒処分が下されたのである。


 さらには“イクシアーナの脱走を未然に防げなかった”との(かど)で、警護を担当したネーメス、アゼルナ、トモンドの三名も“聖女の盾”の任を解かれ、平騎士への降格を命じられたのだそうだ。


 私も初耳だったが、この一連の騒動の背景にあったのは、かねてから教会内で問題視されていた“親政府派”と“総主教派”の対立だったという。周知の通り、教会の構成員には、家督を継げぬ上流貴族の次男以下や娘たちが相当数含まれており、彼らの中には王国政府や王国騎士団に縁故を持つ者も少なくない。親政府派はそうした者たちによって形成された一大派閥であり、「教会は王国政府との友好的関係を維持すべき」という主張を繰り返してきた。


 しかし総主教は、親政府派の意見に耳を貸さなかった――そればかりか、ポリージアの一件(暗黒街の首魁、ブエタナ・バルボロと王国騎士団の癒着が疑われていた件だ)への介入を独断で決め、レジアナスを内偵として秘密裏に派遣したのである。


 結果、王国騎士団の悪事は暴かれ、ポリージアの町は綺麗さっぱり浄化されたが、親政府派は不快感を隠さなかった。彼らは王国政府との関係悪化を危惧し、「過度な干渉は慎むべきだった」として総主教を痛烈に批判したのである。ゆえにそれ以降、両派の対立は激化の一途を辿っていたらしい。


 そんな折に突如、“総主教の拘留”という一大事が起きたわけである。親政府派は言わずもがな、この好機を見逃さなかった。彼らは「総主教は国賊イーシャルを大聖堂内に匿った大罪人である」と流布して敵対派閥に多くの離反者を生み、弱体化を図ったのである。


 さらには教会法の規定(総主教の緊急不在時に限り、全七名の枢機卿のうち過半数の賛同があれば、組織運営上の意思決定が行えるというものだ)を悪用した強制人事を画策し、あらゆる手練手管を用いてキトリッシュ枢機卿を除いた他六名の枢機卿の協力を取り付けた。そして、事実上不可能だと思われていた“総主教派”の有力者一掃を実現させたのである――。



 *   *   *



(――どうやらイクシアーナは、私の想定を遥かに超えた窮地に立たされているらしい)


 これは一筋縄ではいかぬな、と嘆息交じりにこぼすと、年若い侍女は沈痛な面持ちで首肯し、それから重々しく口を開いた。


「はっきり申し上げますと、現在の聖ギビニア教会は、過去に類を見ないほど絶望的な状況に置かれています。親政府派は掌握した実権を手放すことを望んでおらず、総主教様が二度と職務に復帰できぬよう、裏で動き回っていると専らの噂なのです。


 ……聞くところによれば、彼らは王国騎士団に対し、『総主教様はイーシャルの正体を知りながら組織に引き入れた。これは国家反逆罪ではないか』などという出鱈目を吹き込んでいるとか。総主教様の拘留が必要以上に長引いているのも、こうした証言のせいなのでしょう。


 さらに悪いことに、修道士や修道女、聖騎士の脱会まで相次いでおります。彼らは激化する組織内の派閥争い、親政府派の横暴を目の当たりにして失望し、教会を見限ったのです。元“聖女の盾”であるネーメス様、アゼルナ様、トモンド様の三人も、処分に対する不服を申し立てても受け入れられなかったため、既に脱会されたと聞いております」


 年若い侍女は、今にも泣き出しそうな表情を浮かべている。

 察するに彼女は、藁にも縋る思いで私に教会の内部事情を打ち明けたのであろう。


「――事情は理解した。兎にも角にも、まずはイクシアーナの謹慎を解いてやる必要があるな。そのために、私自身も動いてみるつもりだ」


 そう言うや否や、侍女は大きく目を見張った。


「君も分かっていようが、神の代弁者たる聖女であり、ゼルマンド討伐の英雄でもあるイクシアーナの支持者は、この国中に数え切れぬほど存在している。自由の身となったイクシアーナが、総主教の拘留の不当性を声高に叫べば、世論は間違いなく彼女に味方するはずだ。仮にそうなれば、王国騎士団とて無視はできまい。総主教が職務に復帰さえすれば、あとは如何様にもなるはずだ」


 並みならぬ聡明さと行動力を持ち合わせるイクシアーナならば、総主教の奪還を実現できぬはずはない、と私は確信していた。


(……しかし、あのイクシアーナのことだ。総主教のみならず、イーシャルも救い出すなどと言い出しかねん)


 彼女に乞い願われ、王国政府を相手に大立ち回りすることになりはしまいか、と私は密かに案じていた。反面、彼女がそれを望むならば、手を貸すことは決してやぶさかではない、という気持ちもあった。

 私としては、取り立ててイーシャルに肩入れするつもりはないが、王国政府のやり口は目に余るものがある。彼はゼルマンドの魔手からこの王都を救った張本人にほかならず、感謝されこそすれ、“英雄殺し”の濡れ衣を着せられるなど、断じてあってはならぬことだ――。


「嗚呼、リアーヴェル様がお力を貸して下さるなんて。何とお礼を申し上げればよいのでしょう……」


 侍女は涙声でそう言うなり、深々と頭を下げた。


「――礼など必要ない。私が好き好んでやることだ」


 イクシアーナはただ一人の友人なのだから――私は心の中でそう付け足した。口に出すのはむず痒くて憚られるが、それが偽らざる本心だった。


「リアーヴェル様、一つご提案がございます。イクシアーナ様の救出にあたって、ウイユベリ辺境伯様と連携を取っていただきたいのです。先日、私たち侍女がイクシアーナ様の窮状をお手紙でお伝えしたところ、辺境伯様はすぐにお返事を下さり、『イクシアーナ様の謹慎を解くために、あらゆる手立てを尽くす』と約束して下さいました」


 侍女が出し抜けそう言ったので、私は首を傾げざるを得なかった。

 無論、ウイユベリ辺境伯が信仰に篤い人物であり、教会の有力なパトロンであるという事実は承知していた。だがその彼が何故、そうまでしてイクシアーナを助けたいと願うのか、判然としなかったのである。

 イクシアーナに与することは、同時に教会の親政府派との対立も意味する。そして親政府派の構成員は、言わずもがな王国政府や王国騎士団の縁者なのだ。彼らと真っ向から敵対することは、それ相応のリスクを孕むものであり、お世辞にも賢い選択とは言えない。事の成り行き次第では、たとえ辺境伯と言えど、その地位さえ揺らぎかねないのだ。私のように、失う物がない人間とはわけが違う――。


「一つ疑問なのだが、君たちは何故、辺境伯に手紙を送ったのだろう? 彼ならば味方してくれる、という確証があったのかい?」


 私がそう問うと、どうしたことか、侍女はにわかに頬を染めた。


「……もしかして、リアーヴェル様はご存じなかったのですか? イクシアーナ様と辺境伯様が相思相愛の間柄であることを。本人たちは隠しているつもりだったのかもしれませんが、近くで見ていれば誰にだって分かります。公然の秘密というわけです」


 私は返す言葉が見つからなかった。

 というのは、仮にイクシアーナに想い人がいるとすれば、それはイーシャルに違いなかろうと、密かに決めてかかっていたせいである。

 イクシアーナはゼルマンドの思念体を無に帰すため、イーシャルの心臓を聖剣で貫こうとしたものの、結局はそれが果たせず、ただひたすらに涙を流し続けた。あのときの切羽詰まった彼女の様子が、イーシャルに対する並ならぬ想いの強さを、否応なく私に感じ取らせたのである。

 しかし、この年若い侍女が嘘をついているようには見えぬし、だいいち私ほど女心に疎い者は世にも稀だということもまた事実なのだ。

 聖者と聖女、お似合いではないか、などと考えていたが、やれやれ、とんだ見当違いだったのだろうか――。


「確かに辺境伯ならば、教会の内部事情にも通じているだろうし、協力者としては申し分ない。君の言う通り、接触を図ってみよう」


 侍女は私の言葉に満足したのか、にわかに微笑を浮かべると、どこか嬉しげに口を開いた。


「……私たち侍女は、イクシアーナ様と辺境伯様の恋が実を結ぶことを、勝手ながら応援しているのです。とってもお似合いですものね。しかし、『イクシアーナ様の謹慎を解くために、あらゆる手立てを尽くす』だなんて、まるで白馬の王子様みたいだと思いませんか?」


 私は同意しているように微笑んでみせたが、心のうちに釈然としないものを感じていた。お節介も甚だしいが、辺境伯はイクシアーナに見合う人物たり得るのか、さらに言えば、協力者として真に信頼に足るのかという疑念を私は抱いているらしい。


(……兎にも角にも、辺境伯と直に会ってみれば、その答えは自ずと分かるだろう)


 彼がこの不安を裏切ってくれる好人物であれば良いが、と私は願うばかりだった――。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど。 イクシアーナへの友情、イーシャルに対する筋が通らぬ王国政府と親政府派のやりようへの義憤。また、突如として名の挙がった辺境伯への冷静な分析と疑念。 リアーヴェルの頭脳に流れるはそ…
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