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【7/25書籍発売】傷跡の聖者  作者: イエニー・コモリフスキ
第一章:聖者の目覚め
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1.地に堕ちた剣聖

 今まさに、俺は死を迎えようとしていた。

 ぼろ布を巻かれた、みすぼらしい姿で十字架にかけられ、足元にはたっぷりと薪がくべられている。

 火を放たれれば、あっという間にこの身は燃え尽きてしまうだろう。


 そして、その瞬間が訪れるのを今か今かと心待ちにしているのは、無数の群衆だった。

 かつて、自らの手で救った民たちに、目を輝かされて死を望まれる――それが俺の最期なのだ。

 王都の中央広場で火炙りの公開処刑に遭った奴なんて、俺の知る限り、とんでもない大悪党ばかりである。

 正義に生きた結果、彼らと同じ列に並ぶ破目になるとは、何という運命の皮肉だろうか。

 きっと歴史書にも、好き勝手にあることないことしたためられ、極悪人にでっち上げられるに違いない。


(……いや、それどころか、記録にさえ残らないかもしれない)


 不意に笑みをこぼすと、傍に立っていた見張りの兵士にきつく睨まれた。


「――貴様、何が可笑しいッ!!」

 

 兵士は声を荒げながら、手にしていた槍の柄で、強く俺の頬を打ち据える。

 唇に、血が滲むのがわかった。

 同時に、群衆の中から歓声が上がる。


「――いいぞッ!! もっとやれッ!!」


「――英雄の皮を被った悪魔めッ!! 恥を知れッ!!」


 罵声と共に、何者かが放り投げた石が、俺の額へと直撃した。

 やがて、そこから生暖かい血が流れ、まぶたの上を滴り落ちてゆく。

 

「――それでは、これより地に堕ちた剣聖、イーシャルの処刑を始めるッ!!」

 

 脇に立つ、太った死刑執行人の男が、声高らかに宣言する。 


(俺は、自らの為したことを誇りに思う。気高く死ぬのだ)


 そう覚悟を決め、ゆっくりと目を閉じる。


(――最期こそ、この有様だが、決して悪い人生ではなかった)


 群衆の怒号と嘲笑にまみれながら、俺は自らの辿った足跡を回想し始めていた――。



 *   *   *



 俺の名はイーシャル。二つ名は“剣聖”。

 つい一か月ほど前まで、大陸中に英雄としてその名を馳せていた。

“死者の王”ことゼルマンド・ソソリス討伐の功績を挙げたためである。 

 その褒賞として、国王から爵位と領地を下賜される栄誉にあずかったが、それは自らの生い立ちを考えると、到底信じられぬことだった。


 何と言っても、俺の生まれは卑しかった。

 レヴァニア王国の貧民街に位置する娼館の前に、赤子の俺は捨てられていたという。

 無論、両親が誰なのか、知る由もない。

 物心ついたときから、意地の悪い娼婦たちに、丁稚としてこき使われる毎日を送らねばならなかった。

 食事も寝る暇もロクに与えられず、明けても暮れても家事や使い走りばかり。

 客に手を上げられた娼婦に、腹いせに殴られることもしばしばだった。

 そんな生活に嫌気が差していた俺は、密かに磨いてきた剣の腕を頼りに、十三歳で娼館を飛び出した。

 そして、ゼルマンド討伐のために組織された義勇軍に加わったのである。

 

 ――暗黒魔導士ゼルマンド。

 地方の小領主に過ぎなかったこの男が覇を唱えたのには、相応の理由があった。

 魔術に秀でたゼルマンドは、死者を操る禁忌の暗黒魔術“屍兵”を会得した、世界で唯一の存在だったのである。

 奴は死者の軍勢を率いて戦争を引き起こしては、殺した敵兵を仲間に引き入れ、際限なく兵力を、そして支持者を拡大していった。

 当時、俺のような子どもが義勇軍に参加できたのは、それほどまでに王国側が劣勢を強いられていたことの証明であろう。


 以来、十二年もの間、終わりの見えない戦いに身を投じ続けた。

 何度となく死にかけたが、その一方でいくつかの手柄にも恵まれ、俺は順調に出世を重ねることができた。

 二十歳のころには、突撃隊の大将を任ぜられるまでになり、気づけば少々名の知られる存在となっていた。

 そんな俺に秘密の指令が下ったのは、今から半年ばかり前のことである。


「王国屈指の精鋭を集い、ゼルマンドに奇襲をかけることが決まった」


 レヴァニア王国騎士団のトップに立つ総長が、直々にそれを告げに来たのだ。

 聞けば、密偵の暗躍により、遂に宿敵の居場所を突き止めたという。


「これは、王国の命運を分ける戦いである。貴殿にも、ぜひ参加してもらいたい」


 俺は二つ返事で承諾した。


(ゼルマンドをこの手で討ち、無益な戦いに終止符を打つことができるかもしれない)


 そう思うだけで、武者震いが止まらなかった。

 戦乱の世は、かつての自分のような孤児を、数え切れないほど生み出してきた。

 その事実は、俺に身もだえするほどの怒りと虚無感をもたらした。

 しかし、それ以上にキツかったのは、義勇軍に参加した少年兵たちが死にゆく姿を目の当たりにすることだった。

 彼らは、過去の自分そのものだった。

 俺は、彼らを救いたかった。そのことが、いつしか戦い続ける理由となっていた。

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