抜け出せない監獄③
「では、皆が揃った所で第7433回目の大天議会を始めます。今回の議題は『下界における終焉時の選抜者について』です。議題に入る前に、皆から報告などはありますか?」
大天使長が補佐達へそう促すと、まず手を上げたのはお調子者のアズラエルだった。
「私から宜しいでしょうか!」
「……ええ、どうぞ。ですが、手短に頼みますよ?」
「やだな大天使長~。いつも手短じゃないですか! 俺がいつも長々と喋ってるみたいに言わないで下さいよ~。あ、所で今日もお美しいですよ大天使長! 美の秘訣を教えて欲しいな~」
「アズたん、早く本題に入らないと殺すよ?」
「その後、僕がもう一度殺す」
「うぐっっ……」
長々と喋ろうとしたアズラエルに、ラファエルとガブリエルの鋭い視線が突き刺さる。さすがのアズラエルも、その殺気にひきつった表情を浮かべていた。
「分かったよ……んんっ! え~、俺からいつもの報告を。下界の人口バランスはほぼ完璧に近い状況です。百年後には魔族と人を争わせ、更なる調整に入りたいと思います。俺からは以上です」
「ご苦労でしたアズラエル。今後も励んで下さい。他に報告は?」
「ラファたんはありません」
「僕もありません」
「私も」
「で、では、私からっ!」
他の補佐達が首を横に振る中、緊張の面持ちで立ち上がったメタトロン。緊張で声は裏返り、恥ずかしさで小麦色の肌が赤く染まる。そんなメタトロンを落ち着かせるように、大天使長はほがらかな笑みを浮かべ言葉をかける。
「仕事は慣れましたか? あまり気張らずとも良いのですよ。メタトロンは私の所にあまり来ないようですが、私が嫌いなのかしら?」
「そ、そ、そんな事はありませんっ! 大天使長は私が一番尊敬してやまないお方です! そんな方の元に教えを乞いに行くのは、いささか畏れ多くて……だから、決して嫌いなどではないです!どちらかと言えば好きでふっ! あっ……」
「フフ、それは嬉しいわね。私もメタトロンは好きですから、いつでも来て良いですからね。では、報告を」
「あ、はいっ!!」
大事な所で噛んでしまったメタトロンに、大天使長はこちらまで心穏やかになるような笑みで答え、緊張が解けたメタトロンに報告を促した。
「私からの報告は、世界樹についてです──」
打って変わって、堂々とした面構えで報告に入るメタトロン。
そんなメタトロンの心の中では、大天使長への尊敬と憧れで溢れていた。
大天使長=大天使聖は、主神によって一番最初に生み出された天使。彼女はいつもメタトロンを気にかけ、優しく見守っていた。
それこそ、歳の離れた妹を可愛がるように。しかし、決して甘いだけではなかった。メタトロンをルシフェルの補佐に付けたのも彼女であり、厳しいルシフェルの元に置く事でメタトロンの成長を促した。
そんな思いに答えるため、メタトロンもルシフェルの元で粉骨砕身し、仕事にあたってきた。そして、期待に応えるように七大天使に面を構えたのだ。
メタトロンは大天使長の顔を真っ直ぐ見つめ、必ず彼女の手足となり仕えようと、思いを新たにする。
それが、誰かを蹴落として成り上がった地位だろうと……。
◆◆◆
「首尾はどうだ?」
「上手くいっております。必ずルシフェル様を相応しい座にお戻し致します」
天界、第二層。天騎使達の頂点に立つ天使長ことルシフェルの元に、ある女が訪ねていた。
「そうか、頼んだぞ……」
「はい、愛しのルシフェル様……」
ドレスを脱ぎ捨て、ルシフェルへ身を預ける天使。
この天使は、ルシフェルの手駒であった。
そして、ルシフェルは彼女を使い、ある計画を立てていた。
それは、降格された地位を戻すため、いずれ頂点に立つための計画。そして、磨がれた牙は刻々と迫っていた。自身を蹴落とした天使の元に……。
◆◆◆
「大変でございます!!」
「慌ててどうした?」
「天騎使の一部が反旗を翻し、主神様の元へ攻めいっております!!」
「なんだとっ!? 直ぐに向かうぞ!!」
大天議会が終わってから数日後、机の上の書類と格闘していたメタトロンへその一報はもたらされた。天界で初めて起こった天騎使の謀反。それは、天使達のみならず、神々にも衝撃的な事件であった。
報せを受け、主神の住むオリンポス神殿へと向かったメタトロンは、衝撃的な光景を目にする。
「なんだこれは……」
うず高く積まれた天騎使達の死体の山。
その山を築き、千もの天騎使達を一人で撃ち破った者。
「遅かったな……メタトロン」
「ルシフェル様……」
血に濡れた顔と体でメタトロンを待ち構えていたルシフェル。
その表情は、不気味だとしか表現出来ないほど歪んでいた。
「これはどういう事だルシフェル」
神殿から響く怒りの籠った酷く低いその声は、紛れもなく主神のものだった。今回の天騎使達の謀反に、はらわたが煮えくり返っているのが、ルシフェルに問う言葉から伝わってくる。
聞いた事のない主神の低い声。その場に居合わせた神々や天使達は肝が冷えきっている。それは、緊急事態に駆けつけた七大天使達も同じであった。
そんな中、一人だけ冷静な表情している天使がいた。
謀反を起こした天騎使達のボス──生と快楽を司る大天使ルシフェルだ。
ルシフェルは真っ赤に染まった剣を一振りすると、ゆっくりと鞘に納めた。そして神殿へ向きなおし、頭を深く下げながら主神の問いに答え始める。
「今回の騒動……天騎使達のトップである私の責任であり、どのような処分もお受けいたす所存であります。大変申し訳ありませんでした」
ルシフェルの謝罪と責任を負うという言葉の後、一瞬の静寂が訪れる。皆、主神の返答を待っているのだ。
この場に居合わせた神々や天使達は、この騒動で受ける罰が相当重いものだと推測していた。重い罰なら即死罪。軽くても堕天は免れないだろうと……。
「責任を負うか……分かっているのか? このままではお前は死ぬぞ」
「分かっております。主神様が死ねと仰るならこの場で死にましょうぞ。しかし、その前にこの騒動の真相をお聞き願いたい」
「真相だと? つまらぬ言い訳なら直ぐに殺すぞ」
「それで構いません」
「ふっ、そうか……では、話せ」
緊張の場面が続く中、主神から話す事を許されたルシフェルは、深く下げていた顔を上げ、堂々とした振る舞いでもって事の真相とやらを話始めた。
「今回の騒動には、裏で手を引き、天騎使達を操っていた者がおります!! その者は、この騒動に乗じて大天使長に責任を被せ、新たな大天使長の座を狙っていたのです!」
ルシフェルの言葉に周りの者達はざわめきだす。
話題に上がった大天使長その人も、表情をしかめていた。
「静まれっっ!!」
主神の怒号が響くと、ざわめき出した神殿前は、一瞬にして静まり返った。
「続きを話せルシフェル。面白くなってきたではないか」
「ははっ。その裏切り者は、大天使長の座だけではなく、女神様の命をも狙っておりました。そう……主神様の大切なお方、ララ様であります」
「「なんだとっっ!!」」
ルシフェルから出たララの名で、激昂する二つの声。
一つは主神のもの。そしてもう一つは、ララの執事長を務めるミカエルのものだった。ミカエルの顔は真っ赤に燃え上がり、それこそ噴火しそうなほどであった。
「裏切り者とは誰だルシフェルっ!! その者は八つ裂きにいたす!!」
主神の興奮する声。
それを諌めるように、ルシフェルは語り出した。
「どうか冷静に……その者の名を言う前に、言い逃れが出来ないよう、証言者を連れて来ています」
「早くしろっ!! この血が茹で上がる前に!!」
急かす主神の言葉が分かっていたように、ルシフェルは部下に二人の天使を連れて来させていた。
「こやつらが証言者でございます。一人はララ様の命を狙った不届き者。そしてもう一人は、この謀反を指揮していた両翼隊の隊長でございます。さあ、一人ずつ話せ」
ルシフェルが縛られた二人の天使にそう促すと、最初に語り出したのはララの命を狙った者だった。
「申し訳ありませんっ!! 自分は命令されていただけなのです! 命令を聞かなければ、お前の大切な者を殺すと脅されて仕方なく……お願いします! どうか命だけはっ!!」
「私もですっ!! あの女に命令され両翼隊を動かしただけなのです! もし、この一件が上手くいけばお前を天使長に取り立てると唆され、騙されただけなのです!!」
「ほう、それで……その裏切り者の名は?」
証言を聞いた主神が、裏切り者の名を問う。
それに答えたのは、ある天使を指差すルシフェルだった。
「裏切り者は、あそこで不敵に佇む──メタトロンであります!!」
ルシフェルが声高々に裏切り者の名を上げると、メタトロンへ一斉に視線が集中する。
「わ、私は、違う!!」
突然裏切り者の汚名を着せられたメタトロンは、動揺を隠せず狼狽えるしかなかった。
「これは間違いない真実。一人の証言者は、メタトロン直属の部下でもあるのが、それを結論付けている」
「確かに、その者は私の部下だが、ララ様を襲えなど命令した覚えもない! それに、両翼隊の隊長など面識もなかった!」
必死に自分は無実だと訴えるメタトロン。しかし、必死になればなるほど、周りの目は氷のように冷ややかなものであった……。




