氷鬼VS炎鬼②
「ぐっっ……なんだよこれ!?」
氷の盾を寸断せんと、渾身の一撃を振るった炎鬼。
しかし、その炎が盾を破壊する事はなかった。
炎の剣は、氷の盾の中枢に食い込み、抜く事が出来ない。それは、偶然でもなんでもなく、氷鬼の思惑通りの展開であった。
炎鬼の炎は体の一部。炎の剣を両手で振り、それが抜けずにいるという事は、両手が抜けないのと同じある。それ故、炎鬼は今、無防備だという事だ。
「そんな温い炎じゃ、俺の盾は砕けねえぜ」
「は、半分は斬った!」
氷鬼の馬鹿にした物言いに、炎鬼は苦し紛れの反論を口にした。しかし、その反論を聞いた氷鬼は、眉間に皺を寄せ、炎鬼を一喝する。
「馬鹿かお前っ!! わざと斬らせたに決まってんだろ!! まあ良い……体で感じろ」
氷鬼は呆れを隠す事なくため息を一つ吐くと、空いた右手をランスのような形の氷へと変化させる。
「アイスランス──」
氷鬼はそう静かに呟くと、揺るぎない瞳で、無防備な炎鬼の腹へと氷のランスを放つ。
その軌道を確認した炎鬼は、氷を溶かそうと、己が出せる最大の熱量を放出する。しかし、溶けた氷と炎が音を出す事は有っても、両手を氷の盾から引き抜くには至らなかった。
そうこうしている内に、炎鬼の腹部へと迫った氷のランスが、躊躇なく炎鬼を貫いていた。
「ぐふっっ……ぐぼっ……」
炎鬼の内臓を貫く氷のランス。炎鬼は腹部から逆流してきた血反吐を吐きながら、冷たい目をした氷を見据えていた。
「痛いか? 悔しいか? だかな、この痛みは何度でもお前を貫くぞ。今も、これからも……」
「ぐほぉっっ!」
睨む炎鬼から視線をずらさずに氷のランスを勢い良く引き抜く氷鬼。そして氷鬼は、引き抜いた瞬間に回復した炎鬼の腹部へ、何度も氷のランスを貫いていく。
メーサが戦っていた時と同様に、白き闘技場の空間では魔力や体力、傷や痛みなどは瞬時に回復する。だがそれは、死ぬ事なく、何度も痛みや苦しみを味あわなければいけないという事でもあった。
氷のランスが腹を貫く度、冷たさと強烈な痛みが走る。何度も何度も貫かれる内、炎鬼の炎は一息で消えてしまいそうな程弱まっていた。
そしてとうとう、心まで弱まっていく……。
「もう……やめてくれ……」
当初の勝ち気な態度と言葉は消え去り、諦めた表情と、消え入りそうな声で懇願する炎鬼。そんな情けない姿に、氷鬼は氷のランスと盾を解除し、崩れ落ちた炎鬼へ語りかけた。
「諦めたのか? お前の炎はそんなものなのか? ……いつもそうだ。肝心な時にその炎を絶やし役に立たない。それで良いのかお前は!! また大切な者を危険に晒すのか!! 燃やせ! いざという時こそ燃やせ!! お前の炎は敵を焼き尽くすためではない! 大切な者達を守る壁炎となるのだ!! 立てレメク!!」
敵に向ける刺々しい言葉ではなく、生徒へと本気でぶつかる先生のような叱咤激励を送る氷鬼。その言葉に、炎鬼は困惑した。
目の前で自分に刃を向けていたのは敵だった筈。自分を殺し、新たなレメクへと成り代わる事を目的としているのではないのか。そんな敵が、なぜわざわざ鼓舞するような言葉を自分に送るのか。
混沌とした心境の中、炎鬼は答えを求めてさ迷う。だが、いくらさ迷ってもその答えにたどり着く事は出来なかった。
しかし、一つ分かった事はあった。自分で消してしまった蝋燭に灯る火が、敵の鼓舞によって再び灯った事を。
「なんなんだお前は……だが、今は礼を言おう。今までにない位、熱い炎が沸き上がってくるのを感じる。ありがとよ!! ──オラァァァァッッー!!」
最初とは比べものにならない灼熱の炎を全身に廻らせて立ち上がった炎鬼は、氷鬼へ礼を述べ、炎の剣──いや、猛火とも呼ぶべき剣を右手に握りしめ、左手には燃ゆる盾を構え、氷鬼へと矛を振るう。
その様子を確認した氷鬼は、冷徹な表情を少し緩め、ぶつかってくる炎鬼を迎え撃つ──
「まだまだぁ!! そんなもので俺の氷は溶けんぞ!!」
「分かってらぁ!! だが、お前の氷も俺の体には届かん!!」
炎鬼の振るった剣は氷鬼の氷の盾とぶつかり、氷と炎が激しい音を立てていた。
そして、氷鬼が放ったアイスランスの一突きは、燃ゆる盾で矛先を溶かされ、炎鬼の体へと刃が届く事はなかった。
二人の鬼は、矛と盾をぶつけ合う。
己のプライドと、生きる事を賭けて。
「「オラァァァァッッ!!」」
猛火剣を盾で防ぎ、アイスランスを突き出す。アイスランスの突きを、燃ゆる盾で溶かしながら再度猛火剣を鋭く振るう──
そんな、一進一退の攻防を続ける二人の間には、ジュジュジュ、ジュッーと、氷と炎の協奏曲が流れていた。
攻防は何度も続き、二人は睨み合う。
だが、その二人の鬼は笑っていた。
牙のような鋭利な視線を送り合うが、その口角は上がり、まるでライバルとの戦闘を楽しむような笑顔を見せていたのだ。
「勝負が着かんな」
お互い後ろへ引き、氷鬼がそう言葉を発すると、炎鬼は一つ頷いて言葉を返す。
「じゃあ、あれか?」
「あれだな」
炎鬼が同意を求めるように問いかけると、氷鬼は求めに答えるように同意を示す。
二人は頷き合うと、己を守る筈の盾を消してしまう。そして、盾を消して空いた片手には、腰から抜いた騎士の剣が握られていた。
前エノク領主から賜ったその剣は、騎士の誇りそのもの。その剣を抜いたという事は……お互いの誇りを賭け、最後の攻に出るという事だ。
次の一手で、全てが決する──
「いくぞっっ!!」
「望むところだっっ!!」
前進するために全身の力を込めて踏み込む両者。炎鬼の手には猛火剣と騎士の剣、氷鬼の手にはアイスランスと騎士の剣。
一歩近付く度、炎の帯が大きくなり、熱さを増す猛火剣。対してアイスランスも、その冷たさを増すように、凍りついた冷気を漂わせていた。
両者の間合いからいけば、リーチが長いアイスランスの方が有利。だが、その突きを避ける事が出来れば、勝機は巡ってくる。
そして、予想通り──凍てつく突きが炎鬼へ伸びていく……。
「ぐぉっ! ……良い突きだ、氷鬼」
「まあな……」
肩に騎士の剣が突き刺さり、腹にはランスの先がめり込んだ炎鬼が氷鬼を讃える。それにぼそりと答える氷鬼。
とうとう雌雄を決した両者。この戦いの勝者は……。
「俺の負けだ……炎鬼の騎士よ」
「ああ、俺の勝ちだ。氷鬼の騎士」
「ウォォォォッッー!!」
勝利の雄叫びを上げる炎鬼。肩に騎士の剣が突き刺さったものの、腹にめり込んでいるように見えるアイスランスの矛先は、バッサリ斬られていたのだ。
腹にアイスランスが突き刺さる寸前──炎鬼は最大の火力を乗せた猛火剣を振るって、その矛先をぶった斬る。
それでも、腹には衝撃、肩には騎士の剣が鋭く突き刺さる。炎鬼は唇を噛み締めながら、その痛みを堪えて氷鬼の胸へと騎士の剣を突き立てたのだ。
それは正に、『肉を切らせて骨を断つ』を実行した炎鬼の、勝利に他ならなかった。
勝負が決し、騎士の剣を体から抜き合う両者。
一瞬、痛みに歪むが、直ぐに表情を正す。
そして、二人は自分自身と語り合う最後の時を迎えていた──
「本当に良いのか? 俺が生きて……」
「勝った奴がなに言ってんだ……。まあ、力抜けよ」
「力抜けって言ってもな……これからどうなるか分かんねえし、ここから抜け出せるかも分か──」
「うるせえっ!! 四の五の言わずドンッと構えてろ!! 俺がお前を支えてやる!!」
「だが俺は……直ぐに熱くなっちまうし……」
「俺を誰だと思ってる。氷使いのレメクだぜ! 俺が、お前のマグマを抑えてやる。火山の上に、分厚い氷層でな。だが……いざとなったら突き破れ!! 熱く滾るお前の炎で!!」
「熱く滾る炎、か……分かったぜ!! やってやらぁっ!!」
「ああ、やってみろっ!!」
二人の鬼は笑いながらそう言って、胸の前で力強く手を握り合う。その瞬間、氷使いの騎士は厳かに消えていく……。
「任せろ、俺……」
消え去ったもう一人の自分に言い聞かせるように、炎の騎士レメクは呟いた。
「勝ったぞ!」
「ああ、見事だった。それに、なんだか吹っ切れた顔だね」
「まあな……それで一つ、よっちゃんに言いたい事がある」
「ん? どうしたのレー君、改まって……」
「これからは、新生レメクとしてより一層の忠義を誓う次第でございます……ヨシュア様」
「……そうか。頼んだぞ、レメク」
膝まずき、頭を下げて忠誠を誓うレメク。この瞬間、ヨシュアとレメクは親友という深い絆の上に、王と配下という重石を乗せる。そしてこれ以降、二人が幼い頃の呼び名で呼び合う事はなくなった。
だがそれは、二人がよそよそしくなったという訳ではない。二人の絆がより深く結ばれ、決してほどける事がないという証なのだ。
「あのさ、友情を深め合ってる所悪いんだけど……なんかあっさり勝ち過ぎじゃない? 私の時なんか長ーく戦ってたんだけど……」
「性格の問題じゃねえか?」
「そうですわね! 陰険な性格だと苦労するという事ですわ~」
納得がいかないという表情で尋ねるメーサに、レメクは立ち上がって答える。それに便乗するのは、小馬鹿にする言い方でメーサに喧嘩を売るララだ。
「性格ね~。確かにそうかもね」
「あら、認めるのですね……」
「まあね。前の私は性格酷かったし」
「…………」
まるで、今は違うと言いたげなメーサに、ララはいつか化けの皮を剥いでやるとひそかに誓っていた……。
「仲良くお喋りしてる所悪いんだけど、早く来てくんないかな? ヨシュア!!」
中央で佇むヨシュアの分身は、イライラしたような口調でヨシュア達へ叫ぶ。その目は赤く血走り、好戦的な笑みを浮かべていた。
「最後は俺か……皆、行ってくる」
「ああ、自分に勝ってこい。だが、あんまり気負うなよ」
「そうよ。肩の力抜いて行って来なさい」
「ヨシュア様。無事を祈って待っております……」
仲間の言葉を背に、歩むヨシュア。
白き闘技場最後の戦いが、幕を開ける──




