ダークエルフVSハイエルフ
偽物のメーサが放つ風の攻撃魔法から始まった、存在意義を賭けた戦い。いや、偽物と呼ぶには失礼かもしれない……。
ダークエルフのようなメーサも、ハイエルフのメーサも、どちらも本物。違うのは、肌の色だけだ。
ダークエルフのメーサは、謂わば、本音と深層心理が具現化してしまったような存在である。人前では出さず、絶対に隠して置きたい心の内なのだ。
そう、これは自分との戦い。魔法の能力や運動能力は同じ。どちらが勝つのかなど分からない。一つ言えるのは、自分に打ち勝った者が、最後に残るという事だけだ……。
「アクアショット!」
「ドラゴンフレイム!」
ショットガンのような勢いを持った、水の弾丸を放つダークエルフ。それに対抗するように、メーサはドラゴンの姿を纏った炎を放つ。
水と炎──相成れる二つの属性は、二人の間でぶつかり合い、蒸発した煙へと消えていく。
「やるわね。流石、私」
「フンッ! あんたが自分だなんて認めない!」
「まあ認めたくないわよね? だって、私の方が優秀ですもの」
「はぁっ? 馬鹿も休み休み言いなさいよ!」
まるで意見が合わない二人のエルフ。
まるで、光と闇。どちらかだけでは、成立しない。
光だけでは眩し過ぎて進めず、闇だけでは暗くて進めない。
どちらも存在しているからこそ、道を歩いていける。
この戦いが何をもたらすのかは分からない。だが、どちらかの存在が消えてしまえば、そこに残った者は、きっと壊れてしまうだろう……。
激しい魔法の攻防が続く二人の戦い。その攻防を、何も出来ずに見つめるしかなかったヨシュア。なにせ、ダークエルフにはメーサ本人でしか触れらないのだから、手助けなど出来る訳もなかった。
「どうする、よっちゃん? メーサだけ引っ張ってきて止めるか?」
「どうだろう……確かにメーサを止めれば、戦いは終わるんだろうけど、それだと此処から出られる事はないよね? それに……向こうにいる別の俺達が控えてるのを見ると、俺達も戦わないといけないんだろうね」
「だろうな……それにしても、この空間は魔法が使えるんだな」
「そうみたいだね。恐らく、全力で戦えって事なんだろうね」
「……多分、自分と戦って勝たなければ、次へ進めないのでしょう。私達に出来る事は、メーサさんが勝って戻ってくるのを祈りながら待つだけですわ」
「ああ、勝ってくれるのを祈るぜ」
「そうだね……」
レメクとヨシュアが話し合う中、珍しくまともな事を言うララ。ヨシュア達に今出来る事は、メーサが自分に打ち勝つ事を祈る事。そして、これから来る自分との戦いに、備える事だ。
だが、この空間を脱出するには、ただ自分を倒せば良いという事ではない。本当の意味で“自分に打ち勝つ”という事がどういう事なのか、この時のヨシュア達には、分かっていなかった……。
「早く死になさいよ? あんたは十分人生を生きたでしょ! 次は私が生きる番なのよ!! ──アースバレット!」
「ふざけんな! あんたの番なんか一生来るもんですか!! ──エアロストーム!」
ヨシュア達が見守る中、激しい魔法の攻防が続くダークエルフとハイエルフの戦い。力は互角なだけに、その戦いは永遠にも続きそうだった。
実際、展開が動かなければ永遠に戦う事になる。この闘技場とも呼べる空間では、魔力も体力も、使ったその場で回復してしまう。
その事に、薄々気づき始めたヨシュア達。
力も体力も技術も互角な者同士の戦いが終わる時は、各々の体力と気力が尽きた時だ。しかし、この空間でそれが起こる事はない。
それがどんなに恐ろしい事か、嫌でも分かる。この白き闘技場で、永遠に自分と戦わなければいけない地獄が待っているのだから……。
そして、一時間後──
二人のエルフの戦いは、更に苛烈さを増していた。
「いくよ!! 炎と地の複合魔法……メティオ──」
「負けるか!! 氷と風の複合魔法……サンディル──」
ダークエルフが放つのは、拳ほどある岩の塊を空中に発生させ、その岩に炎を纏わせて敵へぶつけるという上級魔法。
そして、メーサが対抗して放つのは、敵の上空で氷と風を発生させ、二つをぶつかり合わせて雷を落とす上級魔法。
どちらも、人間界では賢者と呼ばれる一部の者しか体得出来ない、二つの属性を掛け合わせた魔法。その上級魔法がいよいよ飛び出してきたという事は、二人が決着を望んでいるという事だ。
しかしながら、二人は同じ存在。どこに狙いを定め、どこに逃げれば避ける事が出来るのかなど、分かりきっていた。
「避けるなっ!! さっさとくたばれ!」
「そっちこそっ!! 早く消えなさいよ!」
降り注ぐ炎を纏った岩を、華麗に避けるメーサ。ダークエルフこと、もう一人のメーサも、頭上から落ちる落雷を見事なステップで避けていく。
悪態をつきながら睨み合う両者の表情は、焦りが表れていた。
このままでは決着がつかない事を、感じていたのだ。
「知ってる? あんたは三番目の女って?」
「は? どういう事よ……」
「本当は自分でも分かってるんじゃない? ヨシュアの中ではお姉ちゃんが一番。二番目はあそこの馬鹿女神。三番目があんたよ。あっでも、サキュバスのリリンが来ちゃったから四番目かもね♪ あんたの価値なんてどんどん下がっていくのよ!!」
「うるさいっ!! そんな事分かってる! でも良いの! ヨシュアが傍にいてくれるなら……」
「いつまでも居てくれると思ってるの? 馬鹿なんじゃない? 歳くってババアになったら、あんたの価値なんて0よ0! ヨシュアだってその頃には若い女を抱いてるわよ」
「そんな事ない! ヨシュアはずっと居てくれる!」
「無理よ! 愛なんていつかは冷めるのよ!」
「そんな事ない! そんな事……だ、黙れぇぇっっー!!」
どうしようもない気持ちをぶけつるような叫び。ダークエルフへと駆けたメーサが放ったのは、繊細を欠いた大振りな拳。
そんなメーサの行動は、ダークエルフのおもうつぼだった。
決着がつかない状況で互角の者、それも自分自身に勝つには、相手の心を乱す事が重要なのだ。
鏡に写したもう一人の自分──
そいつは、自分の内に眠る心を持っていた。此処から出せ、その場所は自分こそ相応しいと、鏡を叩いて訴えているのだ。
そいつは、ずっと狙っていた。自分が表へ出る事を、ずっと夢見ていた。自分でも気づかない心の奥で、ひたすら作戦を練っていたのだ。いつか、成り代わるために。
「だから、あんたじゃダメなんだよ!!」
「うぐっっ!」
大振りの拳は当たる事なく空を切り、その隙を狙われ、腹部へと重い痛みが走った。そこからは、打撃の嵐だ。
鈍い痛み、鋭い痛み。
しかし、痛みはすぐに消える。
それでも、メーサは地べたへと這いつくばってしまった。
体の痛みではなく、心が痛くて起き上がれないのだ。
「ううっ、ううぅぅっっ……」
「みっともなく泣きながら死にな……それが、あんたにはお似合いさ!」
認めたくない事実。想像したくない未来。
でも、それはいつかやってくる。
そう思うと、消え去りたい衝動に駈られる。
辛い人生。そこから逃げたくなった。
(ごめん皆……弱い私を許して……)
ダークエルフが唱える、炎の魔法。その炎は、きっと自分を燃やし尽くすのだろうと、メーサは全てを諦めていた。
だが──
「諦めるなっ!! 貴女の思いは、それっぽっちの軽い思いなのですか!! 貴女が信じた方は、どんなに醜い姿でも、心でも、見捨てる方ではないですのよ!!」
「立てメーサ! 俺達、いや、俺は!! お前から絶対離れたりしない!!」
諦めかけた醜い心に、活を入れるようなララの言葉。
続けて聞こえたのは、最愛にして、最高の男の声。
愛した男が放った言葉は、ずっと求めていた言葉だった。
その瞬間──メーサの中で、何が弾け飛んだ。
「……認める」
「はぁ? 意味分かんないんだけど……」
戦意を喪失していたメーサが突然起き上がってきた事に、困惑した表情のダークエルフ。発動間近だった炎の魔法も、その困惑とともに消えていく。
「あんたの事を……認めてやるって、言ってんだぁあっっ!!」
「なっっ!? あがぁっっっっ!!」
予想だにしない事態。今度は大振りなどではなく、コンパクトで的確な右フックをダークエルフへとお見舞いするメーサ。
顔面に拳を叩きこまれたダークエルフは倒れこそしないものの、後方に吹き飛ばされていた。
(馬鹿女神とヨシュアの声で復活したのね……でも、そんなの一時的なものに過ぎない! また揺さぶってやる!)
吹き飛ばされたダークエルフは、そんな事を思っていた。自分の心の弱さを知っているからこそ、メーサが戦意喪失から復活した事を一時的なものだと思っていたのだろう。
「あんたは騙されてんの! 馬鹿女神とヨシュアで、あんたの事をこそこそ笑ってるのよ!! おかしいと思わない? なんで女神があんたの味方するのか? 女神にとっては、私達がいなくなった方がヨシュアを一人じめ出来る。きっとあんたは騙されてんのよ! ヨシュアだって、醜い私達の事、心では笑ってんのよ!!」
ダークエルフから放たれたのは、再びメーサを動揺させようとする言葉。自分の弱さにつけこんだ、不安を煽り、悲しみに支配される言葉を選んで放った。
だが、悲しみにくれる筈のメーサの表情は、何一つ変わってはいなかった。
「ふっ、それが本当なら、面白いわね。でも……あんたは何も分かってない! そんな姑息な事、ララが出来る訳ない!! ヨシュアだって、そんな卑屈な性格だったら、今頃此処にいないのよ!!」
「クソッ! なんで戸惑わない……」
ダークエルフの放った言葉に、戸惑うどころか鼻で笑って否定するメーサ。そんなメーサに戸惑っていたのは、ダークエルフの方だった。
そしてここから……メーサの反撃の狼煙が上がる。
「やられた分は、きっちり返す!! オラァァァァッッ!」
「な、何故だっ!? ぐはぁっっっっ!!」
受けた痛みを返すように、次々と拳や蹴りを撃ち込んでいくメーサ。そんなメーサの反撃に、ダークエルフは防戦一方だ。
(何故戸惑わない? 何故悲しまない? 何故怒らないんだ!!)
メーサの攻撃を耐える中、ダークエルフの心中は疑問に満ちていた。敵は自分なのに、その自分の心が読めない。まるでメーサの中に、新たなメーサが生まれている気配さえ感じていた。
「アクアフォール!」
メーサが魔法を発動させると、滝のような水がダークエルフへと降りかかる。
「小癪な! こんなもので私が死ぬわけない!」
「それはどうかな……サンディル!」
ずぶ濡れになったダークエルフが馬鹿にするなと叫ぶ。メーサは、その叫びを冷静に受け止めると、二度目の複合魔法を発動させた。
「それも効かない! さっきと同じよ!」
落雷を一度目と同じように避けようとするダークエルフ。
その思考は、更なる混乱に支配されていた。
(なんで失敗した魔法を? 自分の心が全然読めない! なんであんたは、笑ってるのよ……)
避けられるのが分かっていて同じ手をうつメーサの行動が、全く読めない事に苛立ちを覚えるダークエルフ。しかも、失敗する筈のメーサは、焦るどころか笑っていた。
それが、何を意味しているのか。
その笑顔の意味は、すぐに分かる事になる。
「が、があぁぁぁぁぁっっ!!」
落雷を華麗に避けたダークエルフを襲ったのは、喰らう筈のない痺れと痛みだった。何故その痛みに襲われたのか、痺れる体から滴る水が、それを教えていた。
「残念だったわね。これが今の私……新生メーサよ!」
「くっっ……なんでよ……なんで!!」
痛みは引いた。だが、今まで攻勢だっただけに、膝をついている今の状況が納得出来なかった。
それからも、メーサの優位は変わらなかった。魔法合戦でもダークエルフの上をいく攻防で圧倒し、拳を使った肉弾戦もメーサの圧勝。当然、ダークエルフの戦意は失われていた。
「なんで勝てないのよ……私の、私の方が上なのに!」
「負け惜しみもほどほどにしなさい。あんたが私に勝てる確率は、もう0よ」
「くそ……クソクソクソクソッッー!! 殺せ、殺しなさいよ!」
完全に戦意を無くしたダークエルフが殺せと叫ぶ。
それは、戦いが終わった事を意味していた。
ダークエルフVSハイエルフの戦いは、白きハイエルフに軍配が上がったのだ。しかし、まだ勝負が決まった訳ではない。
何故なら、ダークエルフを殺してしまえば自分を殺すのと同じ。それでは、この空間を脱出出来ないのだ。この闘技場を制するには、自分に打ち勝たねばならないのだから。
「殺さないわ」
「な、何故だ!!」
「殺せるわけないじゃない。だって……あんたは、大事な私の一部だもの。ごめんね……今まで認めてあげられなくて」
「や、止めろ! 私は敵だ! いいから殺せ!」
「もう大丈夫。あなたは一人じゃない。私の中で、あなたは生き続ける。だから、もう戻っておいで」
「止めろ! 触るな!! 止めろぉぉぉぉっっー!」
メーサがダークエルフへ優しく触れると、二人は激しい光に包まれる。その閃光は、見守っていたヨシュア達の視界を遮るほど激しい光だった。
そして数秒後──
光が治まった闘技場の中央には、哀しくも、スッキリした表情のメーサが佇んでいた。暫く自分の胸に手を当て、闇である部分を慈しむと、メーサはヨシュア達の元へ帰って行く。
「やりましたわね」
「頑張ったねメーサ」
「よくやった!」
帰ってきたメーサを讃えるヨシュア達。メーサはそれに応えるように右手を上げ、それぞれとハイタッチ交わして勝負の余韻を確かめた。
「ララ、ヨシュア……ありがとう。あんたらのお陰で、自分を認めて上げる事が出来た」
「良いのですよ。その代わり……ヨシュア様の正妻は私に譲って下さいね!」
「ハハッ! それは譲れないわね。でも、それはヨシュアが決める事。だから、あんたが選ばれても恨みはしないわ。正々堂々と戦いましょ!」
「え、あ、はあ……」
いつもなら怒っても不思議ではないララの発言を、余裕の態度で受け止めたメーサ。そんなメーサの態度に、ララは拍子抜けした表情で気のない返事が出てしまった。
「どうしたんだメーサ? なんか変だぜ……変だよなヨシュア?」
「うーん……大人になった? のかな?」
「もう、何よ二人して……でも、色々吹っ切れた気がする。皆、これからも宜しくね!」
「「「は、はい……」」」
メーサの変わりように戸惑うヨシュア達。その柔かな笑みと、大人びた雰囲気は、オーラさえ放っていた。
「仲良くじゃれてる所悪いが、次の相手は俺だ!! 来いよ……レメク!!」
ヨシュア達の仲を引き裂くような低く大きな声。
それは正しく、レメクそのものだった……。




